SS

・ジャンルはすべてポケモン
・短編未満、連載番外、if、パロ、なんでも詰め合わせ

SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ(塵)」に格納します。


▽ 綻ぶメリヤス

2020.12.08 Tue * 21:30

 私が流れていってもよかったのに、と思うことが何度かあった。カロスという土地は、私が生き抜くにはやはり美しすぎたように思ったからだ。
 けれどそんなの、別にどうだっていい。だって馴染まないのなら出ていけばいいだけの話なのだから。別の土地からつい数か月前にカロスへとやって来たのと同じように、あと一年か二年もすれば何処か別の土地へ行ってしまえばいい。私の永住の地は、必ずしもカロスでなければいけなかった訳ではない。
 にもかかわらず、カロスに執心し続けたあの人はいなくなり、カロスに何の執心もなかったはずの私が、今のこの土地を象徴する存在になり果ててしまっている。

 ごめんなさい? 馬鹿馬鹿しい。私は謝ったりしない。あの方にも、あの人にも、あの子にも、この土地にも。

 私にはカロスに執着するための理由が足りない。あの方のような理想も、あの人のような愛も、この土地のような夢も、あの子のような友達も、何も持っていない。にもかかわらずこの騒動に「出しゃばってしまった」ことを、けれども私は悔いることさえ許されない。私が持つべきは愛でも理想でも夢でも友達でもなく「正義」であり「英雄心」だった。私が旅の中で懸命になって見つけようとせずとも、ただ求められるがままに動いた結果、カロスという土地がそれを差し出してきたのだ。

 愛を知りたかった。理想を求めたかった。夢を見たかった。友達が欲しかった。
 友達は……いなくてもいいものだと知った。私のことを友達だとして親しく接してくれる子供たちはカロスに沢山いたけれど、私はそうした「おともだち」と一緒にいない時の方がずっと楽に、息ができた。
 夢や理想は持つだけ無駄だと分かっていた。基本的に怠惰で飽きっぽい私は何をやっても長続きしなかったし、なりたいものも思い付かなかったし、何かを追い求めて血を吐くような努力をするなんて、私には到底似合わない、不格好なものだったからだ。かっこいい努力をする人間を私は知っていたから、同じことをして「かっこ悪くなる」ことを無意識のうちに恐れていたのかもしれない。とにかく、夢や理想を持てばそれらが逆に「頑張れない私」の首を締めに来る。だから、夢も理想も打ち捨ててしまった方が都合がよかった。
 愛は……よく分からない。愛なんてものがなければ、セキタイタウンにあの大きな花が咲くこともなかっただろうと思う。でもそれと同じくらい、カロスに生きる人々がカロスのことを愛していなければ、私の旅した土地がここまで美しくなることもなかったと思う。私は誰かが向けた愛の欠片を踏んで歩くように旅をした。誰かが巻き起こした愛の嵐の中を駆け抜けるように戦った。沢山の愛に触れてきたはずだったのに、旅を終えてみればなんてことはない、私の中に愛などただの一つも残らなかった。清々しい程に、恐ろしい程に、私は誰も何も愛せないままだった。

 私には、愛は、理想は、夢は、友達は、重すぎた。恐れ多いとも感じたし、私にはなんて勿体ないことだろうとも思われた。その重さを感じることができたのは言うまでもなく、私にそれらがあらゆる形で差し出され続けてきたからだ。こんなにも重いものを、こんなにも恐れ多いものを、私なんかにくれた人が確かにいたのだ。おそらくは、よかれと思って。おそらくはそれらが、私の希望になってくれるはずだと信じて。
 その結果、こんなことになるとは露程も想像せずに。

 ……私が漠然と「こうなれたらいいな」と思っていたもの全て、愛も理想も夢も友達も全て、私が「手に入れられなかった」が故に抱いていた幻想に過ぎなかったのかもしれない。それら全て、本当は、そういいものではなかったのだ。それら全て、本当は持たなくたって生きていかれてしまうのだ。本当に必要なものなんてただのひとつもなかったのだ。
 こんなものはない方がいい。きっとない方がずっと楽に生きられる。だから、

「私は貴方から沢山のものを貰ったけれど、私は貴方にただのひとつもそれを返しません」

 ねえ博士。私に愛を教え、理想を掲げ、夢を見せ、友達を与えてくださった博士。私は貴方にただのひとつもそれを返しません。だってそんなものを返してしまえば苦しいから。貴方が、苦しむことになるから。また眠れない夜が増えるだけのことだから。

「だからこんな最低な人間のために、謝らないでください」

(修正版に加筆予定)

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▽ (塵)わたしがいる、などとは言ってやれない

2020.10.20 Tue * 19:30

 だってシアが、シアがいないんです。波打ち際に膝を折り、子供のように泣く彼女は、自らが捨て置いてきた親友の名前を繰り返し呼んでいる。寂寥と懇願はやがて恨みに代わり、彼女は砂を握りしめながら淡々と呪詛を吐き出すだけの怪物と化していく。月が砂浜に薄く落とすその怪物の影を、フラダリは目を細めて眩しそうに、見ている。

「彼女の優しいところも、努力家なところも、傲慢で強欲なところも、好きだったはずなのに、そうして鮮やかに世界を変えていく彼女のようになりたかったはずなのに、今ではこんなにも彼女が憎い。憎くて憎くて仕方がない」
「彼女だけだったんです。私からいなくなるって言って背中を向けても『私も一緒に行くよ』って言って追いかけてきてくれたのは」
「父さんと母さんが揃って転勤族だったから、引越す度に友達はいなくなっていく。その場所で積み上げてきたものはいつも唐突に『大人の事情』で取り上げられる。そういうものだと思っていました。でもシアだけは違った。シアは付いてきてくれた。海を越えて、カロスにまで。私がいるからっていうただそれだけの理由で」
「シアだけなんです。私の友達、私の親友、私が、絶対に失わずに済むと確信できた人。唯一の人」
「でも、今此処にシアはいません。シアは付いてきてくれなかった。私はこんなにも寂しいのに、シアは追いかけて来てくれない。私が好きになったシアはもういない。追いかけて来てくれないシアなんか、嫌い」

「シェリー、君はそれを望んでいたのでは?」
「……」
「『私は、貴方たちの行けないところへ行く』のだと、随分、楽しそうに言っていたように記憶しているよ。あれは確か、350年前のことだったか」

 彼女はフラダリを睨み上げる。フラダリは微笑む。

「君が一人なのは君のせいだ。君は、あのシアでも追いかけられないところへ来てしまったのだから」

たぶん400年を超えたあたり

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▽ 硬度7で全てを斬ってみせよう

2020.10.20 Tue * 19:06

 彼女には少し、植物に厳しめなところがあった。
 大通りに植えられた常緑樹の葉っぱを笑顔のままにむしり取り、手の中でぐしゃぐしゃに潰してから少し冷たい風に流していくのだ。さわさわとアスファルトに散る緑を青年は少し憐れに思う。そうしたささやかな残虐性で己を装飾する彼女のことを、誰よりもその死臭に囚われてしまっている存在のことを、青年はその緑よりは強く、憐れに思う。

「僕は、何か気に障ることをしているかな」
「いいえ、そんなこと。急にどうしたんですか? 私がこの通りを歩くときはいつだってこうしていること、貴方はもうずっと前から知っているはずなのに」

 まだ彼女に馴染んでいない白衣は、華奢な彼女の肩を少し大きく見せている。デート、などと浮ついた言葉を免罪符にしてこの町へと頻繁に訪れ、彼女が魂を削るように書いている論文の経過を見るのはとても楽しい。下手な小説や漫画よりずっと、彼女の論文は「生きている」と感じる。科学的根拠に基づく書物はもっと無機質で在れと多くの人が説くだろうが、青年は彼女の文章の節々からにじみ出る「祈り」が、どうにも人間らしくて、嫌いではなかった。彼女のそうした人間性を愛した身としては、その魂を引き継いだ文字の一言一句さえ、愛おしくないはずがなかったのだ。

「そうだね、少し驕りが過ぎたようだ。今日くらいは忘れてしまってもいいだろうに、と思ってしまうあたり、僕はまだ貴方への理解が足りないのだろうね」

 研究を愛する科学的で人間的な精神は父譲り、誰かを導く人になりたいという思いは母譲り。どちらも優しい人だから、あの子もとびきり優しくなってしまうに違いないわ、と眉を下げつつ歌ったのは青年の母である。事実彼女は優しかった。この年下の少女に青年が傷付けられたことはただの一度もなかった。苦しめられたことは……まあ、あったかもしれないけれど、それだって彼女の救いようのない優しさに比べれば、可愛いものだと言わざるを得なかった。

「……それはもしかして、焼きもちですか? 誕生日くらい自分のことだけ考えていればいいのに、まだお前は心の中にあいつを招くのか、って、貴方は暗に私を糾弾しようとしている?」

 彼女は足を止めた。すぐ隣にはまたあの木があった。愛と死を象徴するこの花は、今年の寒波と大雨により既に散ってしまっている。本来なら彼女の記念日に一番、濃い香りを放つはずだった。だから今年の誕生日は真に、彼女だけのものだ。カロスの救世主に奪われることのない、あの死臭に塗り替えられることのない、彼女だけの誕生日。
 どうか喜んでくれないか。今日は貴方が生まれた日なんだ。一緒に楽しんでほしい。喜んでほしい。今日が「あいつ」の命日であることなど、思い出しもしないで。

「貴方を責めるつもりはないよ。でも貴方がこんな日にさえ、純粋に、愛されることだけを喜んでいられないというのは少し悔しいね。この場合、責められるべきは、……ああ、ならば僕もこうすべきかな?」

 彼女のすぐ隣にある葉っぱに手を伸べて、ぐいと握りしめた。ガサガサと乾いた葉の擦れる音を大きく拾いすぎたらしく、彼女は肩を大きく跳ねさせて左耳を塞いだ。青年はその手を取って、引き剥がした。

「ほら、よく聞いて。これは今日の音だよ。貴方のために鳴らす音だよ」
「……や、やめませんかこんなこと。貴方らしくない」
「そうとも僕らしくない。僕は植物が好きだからね、本当は理由もなく痛めつけたりなんかしたくないんだよ。でも今日は特別だ。今日だけだよ、こんなことをするのは」
「……」
「貴方ならこの意味が分かるよね。僕を分析するのが得意な貴方なら」

 貴方が一番であると、他でもない貴方に知らしめたいから、僕はこの葉を潰すのだ。
 貴方が生まれてきてくれたことを喜ぶだけでなく、「お前がもう二度と蘇ってくれるなと祈る」ために、小さく砕いてアスファルトに散らすのだ。
 この木のことも、カロスの救世主のことも、僕は嫌いではない。でもそれらの存在が、今日という特別な日にさえ優しい貴方を苦しめるなら、僕も同じだけこの木のことを、あいつのことを、苦しませてみせよう。そうしたことを優しくない心で想える程度の愛であるのだと、どうにかして貴方に伝えてみせよう。
 いつか、届くときが来るのだろうか。それは次の瞬間であるかもしれないし、十年先かもしれないし、あるいは永劫届かないままであるかもしれない。早ければ早いほどいいと思った。けれど今この瞬間でなくてもいいかな、とも思った。不可視の想いの伝達がそんな生易しいものであるはずがない。易しくない方がきっといい。

「やさしくありませんように」

 大きく見開かれた目いっぱいに、微笑む青年が映り込んでいた。海の中に留まることのできる己が空色を、彼は少しだけ誇らしく思った。

「誕生日おめでとう。今日は貴方が一番幸せになる日だよ」

【13:17】(「青年」は24歳くらい、「あたし」がカフェで働き始めた直後のこと)

 

▽ 夜ばかりの国(USUM・未定)

2020.08.03 Mon * 21:17

(「悪魔が幸せそうに眠るから」のもう少し後、ちょっとばかし仲良くなってしまった二人)

「貴方も私と同じなんですね。此処ではない別の世界の人間で、挨拶の仕方さえぎこちなくて、この常夏にはきっと一生馴染めない」

 馴染めない、などというネガティブな言葉を歌うような陽気な心地で告げつつ少女は笑う。ミヅキではなく「私」と自身を称して、子供っぽくはあるがそれなりに綺麗な敬語を使って話す。ダルスにだけ見せる彼女の姿である。別の世界の人間である彼にのみ、彼女は「別の世界の私」を開示してくる。

「お前はカントーという土地から来たのだろう。それはこのアローラと世界を同じくしているはずだ。俺とは……事情が違う」
「違いませんよ。何も違わない。此処は私の世界じゃないんです。私は余所者、ずっと余所者。でも私、諦めませんよ。ちゃんとこの世界を私のものにしてみせます。ミヅキから、奪い取ってみせます」

 奪い取る相手、それはこの少女と同じ名前をしているので、ダルスはやはり眉をひそめて困惑を示さずにはいられない。その表情がこの子を楽しませることになると分かっていながら、彼にはそうすることでしか、彼女の情報開示を求められない。別の世界からやって来た彼は不器用だ。別の世界からやって来たと思い込もうとしているこの少女と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に。
 「ミヅキ」と「私」の違いが彼には分からない。おそらく本質としては同じなのだろうとは思っているが、それを指摘したところで彼女は認めようとしないだろう。ただ、彼女にはその「ミヅキ」を「私」の中に迎え入れたくない理由があるのだ。受け入れたくないがために、わざと呼び分けて、区別して、弾いているのだ。

『馴れ馴れしく話しかけるな! ミヅキはお前みたいな甘ったれた奴が大嫌いだ!』

 白い帽子の可憐な少女の手を振り払い、悪魔のような形相でそう告げていたあの姿を思い出す。誰もに憎悪を振り撒き、攻撃を怠らず、大嫌いと繰り返してきた彼女。排斥に余念のない彼女。けれどもダルスは知っている。彼女が排斥したがっているのは他の誰でもない彼女自身だ。正確には彼女が、彼女自身の一部であると認めたくない「ミヅキ」の運命、それに他ならないのだ。
 彼女は「ミヅキ」を排斥したがっている。自らの背中にべっとりと付いてくる「ミヅキの運命」が恐ろしくて、必死に振り払おうとしている。

「私は絶対に、ミヅキのように眠ったりしない」

 その運命の成れの果てはいつも「眠る」という行為に収束する。故に彼女は眠ることをひどく恐れている。目の下に黒く彫られた隈は奇しくもダルスと揃いの様相を呈していて、彼は密かにその事実を少し、ほんの少しだけ喜んでいる。

 生まれた時から太陽を知り尽くしているはずのお前の目にも、影があるのか。
 お前のような輝きを宿した子供が、よりにもよってこのような暗いものを拠り所とするのか。

「貴方も、太陽を奪い返したいんでしょう? 貴方の世界を在るべき形に戻したい。そのために此処へ来た。違う?」
「……訂正させてもらおう。かがやきさまを取り戻したいとは考えているが、そのためにこのアローラを暗闇に落とそうなどとは考えていない。この輝かしい土地を犠牲にしてまで光を手に入れたいとは思わない」
「ふうん、そうなんですか。ちょっとつまらないな、貴方も悪役だと思っていたのに」

 彼女自身がとっくに悪役、ヒールへと身を落としているかのような口ぶりである。悪者であることを喜んでいるかのような、ひどく嬉しそうな、眩しく暗い笑顔である。矛盾を孕み過ぎた複雑な輝きはダルスを混乱させる。当惑と不安と混乱の果てに、けれども彼は、この少女が自分のような余所者に対して寄せる「信頼」に似た何かを感じずにはいられない。お前が一緒にいて安心できるのは俺やアマモのような余所者だけなんだなと、そうした悲しい確信を抱かずにはいられない。
 ……いや、少しだけ嘘だ。悲しいだけでは在り得ない。ダルスは少し、ほんの少しだけ喜ばしい。

「お前が本気で望むなら悪役になってみせようか?」
「え?」
「お前と、二人きりの時に限るが」

 彼女の数少ない信頼の対象に自分が在ることを、彼は喜ばずにはいられない。

「ふふ、あはは! ダルスさん、根本からして間違っていますよ。悪役は、そんな優しいことを言えるように出来ていないんです」
「そうだろうか。『悪役』を自称するお前はしかし、俺と二人きりの時にだけ優しいような気がする」
「今は『オフ』なんですよ。憎悪と排斥を振り撒く悪役の私は休業中。だから貴方に優しくしたところで何の問題もありませんよね?」
「ではその悪役の看板、今は空いているということだな。俺が貰い受けても構わない訳だ」

 愉快そうに笑いながら、彼女は煤色の目を細める。本気で? と、その目は雄弁に問うている。
 さあ悪役のプロフェッショナルよ、どうすればいいか教えてほしい。お前の望むようになろう。お前の歪で寂しく悲しい信頼に足る悪役になってみせよう。どうせこれだって二人のうちに秘匿されるのみ、他の誰にも、太陽にさえ、知られはしないのだから。

「それじゃあ悪者のダルスさん? 貴方に奪ってほしいものがあるんです」
「何だ」
「今夜の私の、睡眠時間」

 時刻は夜の11時を回ろうかというところ。星と月の照る夜空は故郷の闇よりずっと明るい。悪役にはもう少し濃い闇が必要であろう。そう例えば、ミルクの一滴も入らない、コーヒーのような。

「エスプレッソ、にしておくか? 眠りたくないのならあちらの方が効果的だろう」
「ふふ、素敵な提案! 11歳の子供に勧める飲み物としては大外れですよ。でも悪役ムーブとしては完璧。それじゃあ行きましょう、私のダークヒーローさん!」

 最寄りのポケモンセンターへ続く道へと足を向け、少女は悪役の手を取った。太陽より眩しく月より冷たい彼女の目元、今日もこうして隈が濃くなる。夜はまだもう少しだけ、明けないままで、秘匿されたままであるべきだ。でないと彼女が笑ってくれない。

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▽ (塵)「Please show mercy, God.」

2020.07.20 Mon * 23:38

 ずっとお慕い申し上げておりました。貴女様に焦がれて生きてまいりました。貴女様はボクの憧憬の全てであり、神に等しい存在でした。サイキッカーとして振るったボクの読心も、ボクの未来予知も、貴女様の神秘を暴くには足りないのです。そうした高みにおられる方だと心得ています。それでも貴方様が人の形であることにボクは心から感謝申し上げたい。だからどうか、どうか、神様!

「貴女の慈悲をどうか貴女に」
「……ふふ、私に?」
「愛しているんです、貴女のことを。だからどうか愛してください、貴女のことを」

 この愛は破綻している。これは信仰である。神への信心である。それだけで十分である。ああ、にもかかわらずこの女性の形をした何者かは神にさえなってくださらない。彼女はイツキの神には決してならない。神の寵愛を受けるのはただ一人である。それがイツキでないことを既に心得ている。だからもう彼は、この神様の幸いを祈るほかにない。ああ、でも。

「ボクも青ければ、貴女に愛していただけましたか」

 揃いの青は神に愛される器の必要条件であり、この男では受け止めきれない。故に信仰であった。信仰とするしかなかった。それが彼女に示し得る愛の限界であったのだ。報われない想いを理屈付けるために、神という偶像は都合が良かった、それだけのこと。

(HGSSの世界にいるクリスさんが「異質=物語の外にいる存在」であるとぼんやり見抜いてしまっているイツキさんの話)

 

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