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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ (塵)アオイ仮案

2022.09.28 Wed * 9:47

「あなたがアオイさんね」

 オモダカは長身を折り畳むようにして少女へと目線を合わせた。白い帽子の奥に隠れた、ニャスパーのようにまんまるな瞳がじっと彼女を見つめている。怯えも緊張もその目からは感じられなかった。子供らしい無邪気さや快活さにも乏しかった。
 スランプを抱えた芸術家のやや鬱々とした色、彼女の目はそれに似ている。何かを表現したいのに表現できないことへのもどかしさに、苦しみ、苛立っているようにも思える。

 この子供はやや無口であるとオモダカは聞き知っていた。けれどもオモダカには、彼女が「好んで寡黙を貫いている訳ではない」ように見えた。伝えたいことや訴えたいことは湯水のように湧き出ているのに、それを表現するための相応しい言葉が出てこない。そんなもどかしさが彼女の喉を詰まらせている。オモダカにはそう見えた。

「靴音」

 こちらが一方的に話をするだけの邂逅となるのでは。そう覚悟していただけに、彼女の方から言葉が出てきたことはオモダカを多少なりとも驚かせた。けれども、靴音? 彼女は何を言おうとしているのだろう。オモダカは沈黙で続きを促し彼女を見つめ続けた。彼女も視線を逸らさぬまま、落ち着いた声で続けた。

「あなたが歩くと音が鳴る。あなたの歩くところに宝石の道が出来る」

 ややあって、オモダカは彼女の言うそれが、オモダカの履く靴が立てる独特の音を指しているのだと気付いた。カツンカツンと高く響くそれをどうやらこの子は気に入ってくれたらしい。
 宝石の道、とは面白いことを言う、と思いながら、オモダカは尖った靴先をちょんと出して、悪戯っ子のように笑ってみせた。ただ彼女は靴先にすっかり目を奪われてしまっているので、オモダカの表情の変化になど気付く由もなかったのだけれど。

「凄いわね、どうして分かったの? この靴の裏には本当に宝石が入っているのよ」
「……」
「見たい?」

 彼女が頷くより先に、オモダカはその尖った靴を脱いで、ひっくり返してみせるつもりだった。勿論そこに宝石などありはしない。代わりに靴裏へと刻まれたブランドロゴを見せて「あなたも大きくなってこの名前の靴を履けば、宝石の道を作れるわ」と、話して聞かせるつもりだった。そんなちょっとした夢を彼女に見せてやれたなら。そんなお茶目な励ましで、このまんまるな目をした子供が少しでも優しく笑ってくれるなら。
 けれどもそうしたオモダカの意図に反して、彼女は首を大きく振って拒絶の意を示した。靴へと伸ばしていたオモダカの手をぐいと掴んで引き留めさえして、焦ったような必死さでこちらを見つめてきたのだ。

「見たくない」
「どうして?」
「聞くのがいいの。あなたが作った音がいいの」

 それは……どういうことだろうか。

 彼女の発言の真意を図りかねてしまい、オモダカは静かな笑顔のままに「そうなの」と同意するしかなかった。けれどもその同意こそが彼女の最も欲しいものであったのかもしれない。オモダカの相槌を受けて、彼女は手をほどきつつふわりと笑ってみせたから。喉の詰まりが取れたことへの爽快感と、何かに許されたことへの安堵感を湛えた、とても子供っぽくてあどけなくて、それはそれは素敵な笑顔だったから。

「また会いましょう、アオイさん」

 温かい手をぎゅっと握り締めてからオモダカは立ち上がった。帽子を目深に被った彼女とは、もう視線も交わりようがなかった。
 カツカツと靴音を響かせて歩く。今、オモダカは宝石の道を作っているのだと、オモダカの歩くところに宝石の道ができるのだと、あの不思議な子が言ったから、今はそれがオモダカの真実になる。

 もっと話してほしい。もっとあなたの話を聞きたい。あなたの目や耳に届くパルデアの世界がどれほど美しく素晴らしいものなのか、私にもっと聞かせてほしい。

 いつか、あなたの世界にあなたの言葉が追いつくところを見てみたい。

*

アオイ仮案その①(話し下手・独特の感性・強い拘り)
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▽ (塵)いつか死んでほしい

2021.05.12 Wed * 18:04

「貴方には想像が難しいかもしれないけれど……私にとって、800年目を迎えたあの日はつい先週くらいのことのように思えるんです。だから次の100年だってきっとあっという間に過ぎる」
「やはり壮大な話だ。僕などは80年を生きるのがやっとだったというのに」
「だから私はこれからも、大勢の人とすれ違い、大勢の人とほんの一瞬だけ生きて、そして別れて、忘れていく。貴方の子供や孫のことだって、忙しない時代の流れの中、きっと見失ってしまいます」

 しわの増えた僕の手を握り、天使様はそう仰いました。永遠の命を持ち、あらゆることを見聞きしてきたはずの彼女。同じく死ぬことを忘れた相棒であるサーナイトと共にもう何百年と生き続けてきた彼女。知らぬことなど何一つなく、できないことなど数える程しかなさそうな彼女。
 けれどもそんな彼女は、僕の崇敬する天使様は、ああ、ああ、たったこれだけのことさえ叶えてくださらない。その全知全能に近しい頭脳のほんの片隅に、僕という存在を置くことさえ許してくださらない。

「だから約束はできない。貴方のことは連れていけない。私は今日限りで貴方とはさようなら、思い出さえ全て此処に置いていきます」
「……」
「貴方のことを嫌っている訳じゃないんです。私は誰に対しても、こうします。今までも、これからも」

 冷たい話だと思う。死の床で視界を眩ませている僕に対してなんと非道なことかとも思う。期待の一切を抱かせないその切り捨て方はほとほと天使様らしくない、とも思う。ああ天使様、永遠を生きるカロスの女神よ。貴方の記憶に留まれないことのなんと悲しく辛いことか。
 けれどもそれも仕方のないことなのかもしれない。だって彼女は天使ではあるが神ではないのだ。全知全能に思えるがきっと本当はそうではないのだ。出会った人、別れ行く人のことを全て覚えておくことなどできないのだ。その小柄な体に蓄えておける記憶には限界がある。僕では「そこ」に入れない。きっと他の誰にも入れない。彼女の「そこ」はきっともう一杯だ。おそらくは、彼女が天使様になるずっと前の段階、死の運命をまともに抱え込んでいた人の頃にはもう、既に。

「どうしても叶いませんか」
「ごめんなさい」
「声や姿までとは望みません。せめて名前だけでも憶えて、持って行ってくださいませんか」
「……ごめんなさい、本当に」

 ああなんて頑固な天使様。でもそんな貴方が看取ってくださるのなら今日限りそれも許しましょう。きっと貴方の仰る通りだ。僕には想像も付かないことではありますが、永遠を生きる貴方にとって「覚えておく」というのはとても、とても辛いことなのでしょうね。貴方はきっともう十分に辛いのだ。これ以上の辛さを抱えてはおけないのだ。であるならば僕は喜んで忘れ去られましょう。僕を手放すことが安息となるならば喜んで消えてみせましょう。

「じゃあ、いつか死んでいただけますか。僕のもとへ、来ていただけますか」

 でも許されるなら、いつか、いつか、貴方にも僕のように、消えるという安息が訪れてほしい。死ぬことさえ忘れた彼女、次の100年さえあっという間だと語った彼女に、千年先、万年先でも構わない、どうかこの平穏が訪れてほしい。

「……ふふ、そんなことを誰かに望まれるのはとても久しぶり」

 老体の駄々捏ねに、天使様は存外機嫌を良くされてしまった。はっきりとはもう見えないが、貴方の笑顔はいつだって美しく、今もほら、光のようだ。その光、死の向こう側にある平穏で、僕はずっと天使様のことを待っています。そんな人、きっと僕の他にも沢山、沢山、いらっしゃいますよ。

 ガラリ、と扉の開く音がする。不思議な音で誰かが誰かのことを呼ぶ。彼女はそれまでずっと天使様だったから、この地では誰に対してもずっとそうであったから、僕はその男の声が紡いだ「シェリー」が他ならぬ女神様の名前であるということに、最期まで気付くことができなかった。

 850年目くらい

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▽ 雨後に箱舟

2021.04.10 Sat * 14:16

(旧サイトSS企画より抜粋、イベント「お花見」企画9本目)
 雲間から思い出したように陽の光が降り始めた頃、私と彼は最寄りの喫茶店を出た。
 ほんの1時間程度の通り雨だったけれど、それでもミナモの並木道に咲き誇る春の色を殺ぎ落とすには十分すぎる程であったらしく、その7割程が枝から離れてしまっていた。
 けれど枝から殺ぎ落とされてもその鮮やかさは褪せることがなかったようで、並木道の水溜まりに降り積もった花弁は、その下にあるアスファルトの色を忘れさせてしまう程の眩しさで人の目を鋭く穿ち、一気に散ってしまった桜を惜しむ彼等の溜め息を、一瞬にして感嘆のそれに変えてしまった。勿論、私だって例外ではなく、歓喜の声を上げてそちらへと駆け出し、水溜まりを埋め尽くす桜色を、言葉すら忘れてただ茫然と見つめていた。

「花筏か」

 少し遅れて私の隣に並んだ彼は、赤い隻眼をすっと細めて、水溜まりを彩るその桜に私の知らない名前を付けてみせた。花筏、と彼の言葉を反芻すれば、彼はいかにも説明が億劫だというように大きく溜め息を吐いてから、しかし淀みなく饒舌に「花筏」の説明をしてくれた。

「水面を埋め尽くす桜をそう呼ぶ人もいるらしい。もっとも、本来は川を筏のように流れる花弁を指す言葉であるようですが。
……人というものは、命の短く美しいものには必ずと言っていい程に、何かと名前や理由を付けて慈しまずにはいられない、忙しない生き物だということですよ」

「ふふ、でもそんな『忙しない』言葉を、私は知りませんでしたよ、ゲーチスさん」

 貴方はどうして知っていたんですか?
 そう告げれば彼は見るからに不機嫌そうな顔になって、私の、まだ乾ききっていないセミロングの髪を左手で掻き乱した。それは先程の雨空の下で為された行為に酷く似ていたけれど、もう彼は子供のように屈託なく笑うことはしなかった。彼の子供のようなあの笑顔を引き取るように、彼の屈んだアスファルトは春色の方舟を描いていた。

「しかしお前もこれから『忙しない』ことをするのでしょう? 相変わらず強欲なことだ」

 そうして彼はいとも容易く私の心を読む。私は肩を竦めて微笑み、鞄からその「忙しない」行為の象徴である、スケッチブックと色鉛筆を取り出して、近くのベンチへと駆け出す。彼はいつもの溜め息を落とした後で、少し遅れて付いてきてくれる。

<サイコロ番外「葉桜の目は赤」の後にあったかもしれない話>

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▽ 綻ぶメリヤス

2020.12.08 Tue * 21:30

 私が流れていってもよかったのに、と思うことが何度かあった。カロスという土地は、私が生き抜くにはやはり美しすぎたように思ったからだ。
 けれどそんなの、別にどうだっていい。だって馴染まないのなら出ていけばいいだけの話なのだから。別の土地からつい数か月前にカロスへとやって来たのと同じように、あと一年か二年もすれば何処か別の土地へ行ってしまえばいい。私の永住の地は、必ずしもカロスでなければいけなかった訳ではない。
 にもかかわらず、カロスに執心し続けたあの人はいなくなり、カロスに何の執心もなかったはずの私が、今のこの土地を象徴する存在になり果ててしまっている。

 ごめんなさい? 馬鹿馬鹿しい。私は謝ったりしない。あの方にも、あの人にも、あの子にも、この土地にも。

 私にはカロスに執着するための理由が足りない。あの方のような理想も、あの人のような愛も、この土地のような夢も、あの子のような友達も、何も持っていない。にもかかわらずこの騒動に「出しゃばってしまった」ことを、けれども私は悔いることさえ許されない。私が持つべきは愛でも理想でも夢でも友達でもなく「正義」であり「英雄心」だった。私が旅の中で懸命になって見つけようとせずとも、ただ求められるがままに動いた結果、カロスという土地がそれを差し出してきたのだ。

 愛を知りたかった。理想を求めたかった。夢を見たかった。友達が欲しかった。
 友達は……いなくてもいいものだと知った。私のことを友達だとして親しく接してくれる子供たちはカロスに沢山いたけれど、私はそうした「おともだち」と一緒にいない時の方がずっと楽に、息ができた。
 夢や理想は持つだけ無駄だと分かっていた。基本的に怠惰で飽きっぽい私は何をやっても長続きしなかったし、なりたいものも思い付かなかったし、何かを追い求めて血を吐くような努力をするなんて、私には到底似合わない、不格好なものだったからだ。かっこいい努力をする人間を私は知っていたから、同じことをして「かっこ悪くなる」ことを無意識のうちに恐れていたのかもしれない。とにかく、夢や理想を持てばそれらが逆に「頑張れない私」の首を締めに来る。だから、夢も理想も打ち捨ててしまった方が都合がよかった。
 愛は……よく分からない。愛なんてものがなければ、セキタイタウンにあの大きな花が咲くこともなかっただろうと思う。でもそれと同じくらい、カロスに生きる人々がカロスのことを愛していなければ、私の旅した土地がここまで美しくなることもなかったと思う。私は誰かが向けた愛の欠片を踏んで歩くように旅をした。誰かが巻き起こした愛の嵐の中を駆け抜けるように戦った。沢山の愛に触れてきたはずだったのに、旅を終えてみればなんてことはない、私の中に愛などただの一つも残らなかった。清々しい程に、恐ろしい程に、私は誰も何も愛せないままだった。

 私には、愛は、理想は、夢は、友達は、重すぎた。恐れ多いとも感じたし、私にはなんて勿体ないことだろうとも思われた。その重さを感じることができたのは言うまでもなく、私にそれらがあらゆる形で差し出され続けてきたからだ。こんなにも重いものを、こんなにも恐れ多いものを、私なんかにくれた人が確かにいたのだ。おそらくは、よかれと思って。おそらくはそれらが、私の希望になってくれるはずだと信じて。
 その結果、こんなことになるとは露程も想像せずに。

 ……私が漠然と「こうなれたらいいな」と思っていたもの全て、愛も理想も夢も友達も全て、私が「手に入れられなかった」が故に抱いていた幻想に過ぎなかったのかもしれない。それら全て、本当は、そういいものではなかったのだ。それら全て、本当は持たなくたって生きていかれてしまうのだ。本当に必要なものなんてただのひとつもなかったのだ。
 こんなものはない方がいい。きっとない方がずっと楽に生きられる。だから、

「私は貴方から沢山のものを貰ったけれど、私は貴方にただのひとつもそれを返しません」

 ねえ博士。私に愛を教え、理想を掲げ、夢を見せ、友達を与えてくださった博士。私は貴方にただのひとつもそれを返しません。だってそんなものを返してしまえば苦しいから。貴方が、苦しむことになるから。また眠れない夜が増えるだけのことだから。

「だからこんな最低な人間のために、謝らないでください」

(修正版に加筆予定)

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▽ (塵)わたしがいる、などとは言ってやれない

2020.10.20 Tue * 19:30

 だってシアが、シアがいないんです。波打ち際に膝を折り、子供のように泣く彼女は、自らが捨て置いてきた親友の名前を繰り返し呼んでいる。寂寥と懇願はやがて恨みに代わり、彼女は砂を握りしめながら淡々と呪詛を吐き出すだけの怪物と化していく。月が砂浜に薄く落とすその怪物の影を、フラダリは目を細めて眩しそうに、見ている。

「彼女の優しいところも、努力家なところも、傲慢で強欲なところも、好きだったはずなのに、そうして鮮やかに世界を変えていく彼女のようになりたかったはずなのに、今ではこんなにも彼女が憎い。憎くて憎くて仕方がない」
「彼女だけだったんです。私からいなくなるって言って背中を向けても『私も一緒に行くよ』って言って追いかけてきてくれたのは」
「父さんと母さんが揃って転勤族だったから、引越す度に友達はいなくなっていく。その場所で積み上げてきたものはいつも唐突に『大人の事情』で取り上げられる。そういうものだと思っていました。でもシアだけは違った。シアは付いてきてくれた。海を越えて、カロスにまで。私がいるからっていうただそれだけの理由で」
「シアだけなんです。私の友達、私の親友、私が、絶対に失わずに済むと確信できた人。唯一の人」
「でも、今此処にシアはいません。シアは付いてきてくれなかった。私はこんなにも寂しいのに、シアは追いかけて来てくれない。私が好きになったシアはもういない。追いかけて来てくれないシアなんか、嫌い」

「シェリー、君はそれを望んでいたのでは?」
「……」
「『私は、貴方たちの行けないところへ行く』のだと、随分、楽しそうに言っていたように記憶しているよ。あれは確か、350年前のことだったか」

 彼女はフラダリを睨み上げる。フラダリは微笑む。

「君が一人なのは君のせいだ。君は、あのシアでも追いかけられないところへ来てしまったのだから」

たぶん400年を超えたあたり

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