何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。
(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。
▽ 連理に通る悪事
2019.02.10 Sun * 13:33
(「どうして貴方は貴方なの?」の続き)
ヒビキと話をしている最中に、ノックもなしに部屋へと駆け込んできて来たあいつは、何を思ったのか俺の手を取り、指に紐を巻きつけてきた。
痛い? と尋ねてきたので、何をやっているんだ、というとびきりの軽蔑の視線を向けつつ、少しな、と返した。
すると僅かに紐を緩めて、それじゃあこれはと更に訊いてきたので、俺は問い詰めることさえ忘れて、痛くないと答えた。
よかった、と笑ったあいつは、その奇行の理由を説明することもなく部屋を出ていった。
気味の悪い謎をこの部屋に落としていかれたことへの不満をヒビキに零せば、彼は膝元に置いた植物図鑑のページを捲りつつ、
コトネはいつもああして楽しそうなことを直ぐにやろうとするんだよ、と、寧ろあの行動力を羨むような言葉を返した。
「あいつのようになるのはお勧めしないが、お前だって、やりたいことくらい自由にやってみればいいじゃないか」
「そうだね、そうできればいいと思うよ」
「なんだよ、できないのか? なら俺が手を貸してやるよ。どんなことでもいいさ、俺を道連れにしてみろ。友達ってそういうものだろう」
……随分と、大きなことが言えたものだと思う。友達、と呼べる人物など、俺のこれまでに居たかどうかも定かではないくせに。
それでも俺は何故だか、この同い年の、体の弱い子供に対して、そうした思い上がった言葉を紡ぐことを躊躇わなかった。
もしかしたら俺の口が語る「友達」は、普通のそれとは少し意味合いがズレているのかもしれなかった。
それでもよかった。もしこれから俺とこいつが友達になれたとして、その関係を評価する奴なんかこの場所にはいやしないのだ。
唯一、それを評価する権利のある人物であるヒビキは、驚きか喜びか戸惑いかは分からないが、やや声を上ずらせつつ、
「ありがとう、嬉しいよ」と答えて、ほら、俺のこの悪事が誰にも迷惑をかける代物でないことを証明してくれたのだから、もう十分すぎる程だ。
確固たる定義を知らずとも、定義など自分で作ってしまえばいい。それが間違っていたとしても、それくらいの「悪事」など恐れるに足らない。
今までずっと、憎しみと反抗心だけを糧に、もっと悪いことを沢山してきたのだ。こんなことに今更怯むなんて馬鹿げている。
俺は、これを「悪事」だとしていたい。そう考えてしまった方が幾分か呼吸が楽になるからだ。
これを勇気とか親しみとかいう、正しく眩しく情に溢れた言葉へと言い換えるのはどうにも気恥ずかしく、また俺らしくないと思えたのだ。
その30分後、息を切らせて部屋へと駆け込んできた彼女は、勝手に俺の指を飾り立てるという「悪事」をやってのけた。
「!」
見たことのないような美しい光沢を放つリングは、俺の薬指であまりにも眩しく光っていて、ずっとその手に握っていたからだろう、金属のくせに随分と生温かくて、
それでいて、全く同じシンプルなデザインのものを俺の掌にのせて、俺の指をそっと畳んで握らせて、らしくない、泣きそうな、随分と弱気な笑みで、
「君と生きるために必要だって聞いたから用意したの」
とか、そんな、あまりにも滑稽であまりにも卑怯な「悪事」の誘いを、その震える声音の内に俺へと持ち掛けるものだから。
つい30分程前の、紐を俺の指に巻きつける奇行は、このサイズを測るためのものだったのだと気付いてしまった、ものだから。
「やっと見つかったよ。君を表す言葉、君と私の間に置きたい言葉!
私、君とずっと一緒に生き続けたい。どんな幸福もどんな栄誉も、隣で君が「よかったな」って言ってくれなきゃ意味がない」
「……随分、熱烈な口説き文句だな。何をそんなに焦っているんだ?」
「口説いているんじゃない、縛っているんだよ。また君が何処かへ行ってしまう前に、此処を……ううん、私を、君の帰る場所にしてしまいたいの」
口説く、という眩しい言葉ではなく、縛る、という悪い言葉に言い換える。そうした俺の十八番は、いつの間にかこいつのものにさえなっていた。
……いや、もしかしたらこうした言い換えはもともとこいつの所有物で、それを俺が勝手に、俺のものにしてしまっただけなのだろうか?
分からなかった。もう、分かりようがなかったのだ。もう随分と前から、俺は俺の元の形を忘れてしまっていた。
俺はこの土地での旅の間、お前を探しながら旅をしていた。お前に会う度に書き換えられていく自身のことが、もうずっと前から誇らしかった。
もう、どちらの言葉であったのか、どちらの想いであったのか分からない。
だから、……随分と狡い思考であるのかもしれないが、こいつが「私を、君の帰る場所にしてしまいたい」と告げたとき、俺も全く、同じことを思ったのだ。
もし俺に帰る場所が与えられるのなら、それが「彼女」であるのなら、俺にその幸福を受け取る権利があるのなら。
「連理の木」
手元の分厚い植物図鑑を捲りながら、ヒビキが静かに声を発した。
「比翼連理、は聞いたことがあるよね? 仲睦まじい夫婦を表す言葉だ。けれど「連理」とは元々、別々の木が枝を伸ばして、一つに合わさる現象を指す単語なんだよ。
果実の効率的な栽培のためにする「接ぎ木」が自然界で起こったもの、と考えた方が分かりやすいかな。
枝の傷を修復するための再生の時に、別の木へと木目を通すんだ。とても珍しい現象なんだよ、奇跡と言ってもいいくらい」
「……」
「コトネ、君はシルバーと木目を揃えたいんだね。……いや、もしかしたら二人はもうとっくに連理の木になっていて、その証明のために指輪が必要だったのかな?」
歯の浮くような恥ずかしい言葉を、まるで本を読み聞かせるかのような穏やかさでヒビキは流暢に紡いでみせた。
息を飲む音があいつの指先から伝わってきたので、はっと我に返ったように慌てて振り向けば、……なんてことだ。彼女は顔を真っ赤にしているではないか。
図星なのだ。つまりはそういうことなのだ。
「連理の木」などという洒落た言い回しではなかったかもしれないが、こいつが「やっと見つかった」と言っていた言葉は、それに匹敵する類のものだったのだ。
こいつは俺を「連理」にしようとしている。いや、きっとヒビキが言うように、俺達はどこかもう「そうなって」しまっている。
そこまで認めて、俺は笑った。ここまで分かってしまえばもう、俺がその指輪をこいつの指に通さない理由など、在るはずもなかったのだ。
「左手を出してくれ」
ミルクパズル ヒビキ/コトネ/シルバー▽ 忘れ返してやった(未定)
2019.02.09 Sat * 17:01
「ありがとう、皆を呼んでくれて。ミヅキ一人ではきっと、別の場所からやってきたあいつ等に勝つことはできなかっただろうから」
「お力になれたのであれば何よりです。……それに、ミヅキさんのためというよりも、これはわたくしの欲望に忠実に動いた結果、と言った方が正確かもしれません」
「お前の欲望?」
「ええ、わたくしがどこまでこの未知の技術を使いこなせるのか、実際に試してみたかった、というのが一つ。
そしてもう一つは、何処かの世界で実際に繰り広げられたであろう、悪役と主人公の戦いの再現を、間近で見てみたかった、ということでしょうか」
……ということはこの科学者、私の後をこっそりと付いてきていたのだ! 私がRR団の下っ端と戦っている姿を、こいつは傍でずっと見ていたのだ!
トキがマツブサやアオギリと戦う姿も、アカギを迎えに来たヒカリの姿も、フラダリを救うために声を荒げるシェリーの姿も、ゲーチスを嘲笑うトウコの姿も!
やられた、と思った。随分と美味しいところで長いこと息を潜めていたのだな、と、彼を責めることは簡単にできた。
けれども私だって、彼女達の大活躍を間近で見せてもらった一人に過ぎず、甘い汁をすすったのは私も同じであるのだから、彼ばかりを非難する気には……なれなかった。
彼女達の凛とした戦いぶりに比べれば、私の、サカキとのバトルはひどく無様で見劣りしただろうな、と思う。
いや、それも見越してアクロマは、あの、名前を教えてくれなかった不思議な女の子を連れてきてくれたのかもしれなかった。
何処までも彼の「計算通り」に動いている気がした。
この男がRR団のような組織を、それこそ戯れに立ち上げてしまったなら、一体誰が止められるのだろう、と考えて、……そこで私は、大事なことを思い出した。
そうだ。「彼女」がいない。「彼女」が、アクロマに呼ばれていない。
「なあ、マリーはどうしたんだ? お前なら誰を呼ぶよりも先に、マリーを呼んできていそうなものだけれど」
「……マリー? それは、誰のことでしょう?」
「何を言っているんだ? マリーは、」
ぞっとした。頭が真っ白になった。氷の中に埋め込まれたような、あの夢のような恐怖を私は久々に思い出した。
ミヅキの知らない人物と出会うことよりも、私が同じ運命を辿っていきそうになることよりも、そんな私に関する何もかもよりもずっと、ずっと、
この男がマリーを知らないことが恐ろしかった。
「嘘だ、嘘だろう? 冗談だと言ってくれ。お前が! お前がマリーを知らないはずがないんだ。
仮に世界がマリーを忘れたとしても、お前だけはマリーのことを知っているはずなんだ。知っていなきゃダメなんだ!」
「ミヅキさん、落ち着いてください。わたくしは本当に、マリーという名前に心当たりがないのです」
「やめろ! やめてくれ! マリーを……シアを忘れたなんてその口で言うな!」
彼女の本名を口にしても、彼の表情は変わらなかった。突然、大声を上げた私を案じるように、その金色の目は不安に揺れていた。
ああ、違う、違う! その目を私なんかに向けなくていい。その太陽に案じられるべきは私じゃない!
どうして、どうしてお前がマリーを知らないんだ。私が知っているのに、あんなに二人は想い合っていたのに、どうしてお前はマリーを呼ばないんだ。
私は、期待したのに。いろんな場所の主人公が悪役と対峙するために呼ばれる度に、次こそマリーが来るはずだと、どうか会わせてほしいと、祈っていたのに。
この男の中には、本当に、最初から「マリー」などいなかったというのか?
あんまりだ。
アクロマ/ミヅキ▽ 悪魔が幸せそうに眠るから(未定)
2019.02.09 Sat * 13:55
ポケモンセンターの中にあるカフェの男性に、モーモーミルクをテイクアウトで注文する。
温めて、と短く告げれば、少しばかり驚いたような沈黙の後で「かしこまりました」と笑顔で快諾してくれた。
お金をカウンターの上に置き、無言でミルクを受け取って、2階にあるトレーナー専用の宿泊部屋へと向かう。
ベッドと小さなテーブルがあるだけの簡素な狭い部屋に入り、鞄からペットボトルとスプーンを取り出す。
中に入っている土色の粉を、温めてもらったミルクの上に勢いよくかけてざぶざぶと沈める。スプーンでぐるぐるとかき混ぜれば、その粉はミルクの渦に吸い込まれる。
程よくかき混ぜたところで、その渦が収まるのを待たずに口を付ける。すう、と軽く流し込む。
「……溶けてない」
ほろりと零した私の舌に、苦いコーヒーの粒が残っている。強引に口の中で溶かしてみる。もっと混ぜた方がいいのかしら。
そう思って更にぐるぐると続けたけれど、やはり粉は僅かに残ったままだった。
液体に溶かせるものの量には限界がある。ママとお菓子作りを試みて見事に失敗した遠い日のことを思い出しながら、きっと粉が多すぎたのだ、と結論付ける。
「もっと欲しいな」
ミルクは特に好きではない。この粉だって苦いだけの代物だ。
私は優しい甘さの中にちょっとしたほろ苦さがあるような、そうした、もっと繊細な味が好き。けれどもその大好きな味をこの地で手に入れることは不可能だ。
そんなことは分かっている。この地には私の大好きだったものなんて何もない。ミヅキがそれを知っている。だから私は、分かっている。
それでも、大して好きでもなく美味しくもないものを毎晩こうして飲んでいる。それは私の切実な願いのためだ。
これは私のおまじない。眠りませんようにという、私の祈り。眠っている私を見なくて済みますようにという、祈り。
「明日も明後日もその次も、ずっとずっと、ミヅキはお前たちを許さない。ミヅキは絶対に、この運命を受け入れない」
狭い部屋、静かな場所、夜の闇は答えない。窓の外に見える月は、毎夜のこうした呪詛をただ静かに許している。
まだコップの中に半分も残ったその「おまじない」を抱えて、私はベッドへと腰掛け、月を見上げた。
「大嫌いだ」
ミヅキ▽ Rain falling like wisteria(hpパロ)
2019.02.09 Sat * 11:44
この友人と共にルールを破ることへの高揚は、年に1回あるかないかの頻度で私へと乱暴に踏み入る。
ほら、ほら、素敵でしょう! と、そんな「柄」ではないくせに、幼い子供のように、本物の14歳であるように私へと手招きする。
愉快そうに細めたその目は、もう何十年もこの世界を見てきているというのに。私など、貴方がすれ違ってきた幾千の命のうちの一つに過ぎないというのに。
「ほらコトネ、早くしなさい! 雨が止んじゃう、朝が来ちゃう」
この小雨。この涼しい夜明け。私のずっと前を走るように滑る半透明の彼女には、これらの要素がどうにも重要であるらしかった。
からかうように、騙すように、禁じられた森の闇間へとその魂を滑り込ませるようにして入っていく。
振り返って急かす彼女にしっかりと呆れ顔を向けてから、誰かに見つかってしまうことへのリスクを回避するために、透明マントを被った。
「自由に消えることができないなんて、生きているって不便ね」
クスクスと笑う、いつものことだ。その蔑視、その揶揄、あまりにもいつものことだから、私は憤ったりしないけれど、あんまりだ、とは、毎回思うようにしている。
それでも、普段は私を軽蔑するように笑うだけのこの友人、私と一緒にいたがるようなことなど万に一つも起こり得なさそうな彼女からの、珍しい誘いを、
それがたとえ朝の4時に為されたものであっても、まだ夢の中にいた私を叩き起こして為したものであっても、私はやはり、拒むことができていない。
それに、偏屈な友人がこのように笑う理由など、きっと「私」では在り得ない。他の誰でも在り得ない。つまり……そういうことだ。
彼女の駆ける先には、彼女の庇護すべき人が、彼女の世界の半分を持っている相手がいる。私も大好きな、私の友達でもある、半透明の魔法使いが待っている。
「……わあ、K。貴方、コトネを起こしてしまったの?」
樹海へと絡み付くように背を伸ばし、雨を降らすように地へと向けて咲く、優しい紫色の花。その下に彼女はいた。半透明の笑顔が私の名を呼んだ。
この花はジョウト地方でも見たことがある。藤だ。俯いているにもかかわらず、それはとても鮮やかで甘い香りと共に凛として降るのだ。
気の遠くなるような永い時をこのホグワーツで過ごしている彼女たちは、生きている人間にはとても見つけられないような秘密の場所を、幾つも持っている。
きっと今日、この4時半、私はその隠された場所の一つを紹介してもらったのだろう。
小雨の降る夜明け前。この時が最も美しいからこそ、私は叩き起こされたのだろう。
「……綺麗だね。綺麗すぎて現実じゃないみたい。貴方達にとてもよく似合っている」
「あれ? それは……褒められているのかな?」
「勿論だよ、だって私にはどうやっても似合わない! そんなこと、Kにだって分かっていたはずなのに、それでも私を呼んでくれたんだね」
振り返って「ありがとう」と付け足せば、彼女はまたしても少女のように、ごく普通の14歳であるように、その感謝を喜ぶ笑みを作ってみせた。
このゴーストにとっては、この美しい、藤の香りが小雨と共に降りてくる神秘的な場所に、私を紹介しない方がずっと「らしい」ことであったのだろう。
そうした方が、半透明の片割れと永い時を回し続ける彼女にはいっとう似合っていたのだろう。
それでも彼女は私を呼んだ。朝の4時に叩き起こして此処まで連れてきてくれた。
その意味は解りかねたけれど、単なる気紛れであったのかもしれないけれど、今はただ、彼女の見えない心の変遷の先に与えられたこの景色を喜んでいたかった。
雨と共に降る花に、夜明け前の薄明るい空から降りる甘い香りに、この、命から切り離された二人は何を見たのだろう。
冷たい羽 Y/K/コトネ▽ 切符と共に散りぬ
2019.02.08 Fri * 19:02
好きな人、誰よりも尊敬し、誰よりも恋焦がれていた人。それ故に、私が関わることなど本来なら許されなかった人。
そんな人の好きな色を身に纏える幸福、それ以上のものが、この世界にあるはずがなかったのだ。
臓器が、私の心臓を覆うように移植されていた。
私の身体に息づくことなど在り得なかった筈のその臓器は、けれども拒絶反応を起こすことなく、私の最も深いところで脈打っている。
「勇気」という名の付いた臓器、くらくらとする程に私を安心させる臓器を提供してくれたその人は、
けれども自らの勇気を微塵も欠くことなく、私に切符を渡す前と寸分変わらない眼差しを向けてくれる。
誰もに何もかもを与えるために生まれてきたような人、与える存在、それが彼だ。
彼に与えられた臓器が私に前を向かせる。自分のことを、許させる。
ポケモンと共に旅をした。一人で知らない道を歩くことの恐ろしさに、嘘を吐いて歩き続けた。
大勢の人と出会い、話をした。異なる言葉でまくしたてる彼等を恐れながら、俯いて謝り続けた。
あんなに辛い時間、私の心を締め付けるだけの時間、そんな苦しい時を経ても手に入らなかった、勇気とかいう代物。
それを、ああ、貴方は! 貴方は! 傘を差すような自然さで私に与えてしまわれた!
あの時間は、あの苦しみは何だったのだろう? 遠い日の信託に縋って歩き続けた地獄の日々にどんな意味があったというのだろう?
構わない。意味などなかったとしても、ガラクタのような時であったとしても、そんなことはもうどうだっていい。
貴方に会えた。貴方が私にこの臓器をくれた。私は今、真に貴方と共に生きている。それで十分だ。これまでの苦痛も恐怖も孤独も「これ」で全て帳消しだ。
「どうして、君がそこにいるんだ。どうしてそんな服を着ているんだ。どうしてそんな色に髪を染めたんだ。どうして俺の前を塞ぐんだ」
何故、を投げ続ける男の子を横目に、彼を見上げる。柔らかい視線が降ってくる。
私の肩を抱いていない方の手が、私に「どうぞ」と促すように男の子へと伸ばされる。いいの、と確認を乞うように首を傾げれば、静かに笑って頷いてくれた。
私は男の子へと向き直り、その目を真っ直ぐに見つめて、小さく息を吸い込んで、口を開いてみた。
「私の居場所、私の一番好きな色、私がこの土地で生きる理由、全部、全部、此処に在ったの。やっと見つかったの。私はきっと、このために生まれてきたんだよ」
「……馬鹿なことを言うな。そいつから離れろよ、シェリー」
「そうするよ、君が私に勝てたなら」
ああ、なんて、なんて流暢な言葉だろう! 自らの口からすらすらと流れ出るカロスの言語に私はすっかり高揚していた。
これが勇気の力、私に前を向かせてくれる、私の息を楽にしてくれる、臓器の正体。
この臓器に殺されたって構わない。
誰かにこの力を否定されて、奪われて、昨日までの恐怖を思い出すくらいなら、誰にも取られないところへ一緒に行ってしまいたい。
*
参考曲:vocaloid曲「ホワイトハッピー」
シェリー/フラダリ