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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ 花の命のような生き急ぎ

2019.02.15 Fri * 11:32

(関連:「連理に通る悪事」)

「君にどんな昔があったって構わないよ」

ワカバタウンの東外れ、紺色の波が穏やかに寄せたり引いたりするさまを眺めながら、私は小さな声でそう告げた。
靴が濡れないギリギリのところまで砂浜を進んだ彼は、私の声にちゃんと気付いて、振り向いてくれる。
僅かに細められた紅い目が月明かりによく映えて、いつものようにとても綺麗で、そのことにどうしようもなく安心させられる。
私の声を彼が無視したことは一度もない。私の心を彼が蔑ろにしたことも、ない。

「君が私の知らない昔に、どんな悪いことをしていたって構わない。君がその心の内に、どんな悪魔を飼っていたって構わない。
だって君も、知らないものね? 君も私の昔がどんな風だったか、私の心にどんな悪魔がいるか、全く、知らないんだものね?」

「それは、そうだろう。俺達は旅の中で、たった十数回しか会ったことがないんだ。その十数回だって、ほとんどポケモンバトルで会話をしているようなものだった」

「そうだよ。私達、互いのポケモンのことはとてもよく知っていても、互いのことはきっとまだほとんど知らないの」

研究所の前で突き飛ばされて、29番道路で戦って、それからの旅先でもずっと、彼に呼び止められたり彼を呼び止めたりして、出会う旅にポケモンバトルをして……。
そうした私達の時間はあまりにも慌ただしすぎて、沢山の知らない感情が嵐のように吹き荒れこそしたけれど、その中で彼という存在をちゃんと想うことはひどく難しかった。

この指輪を嵌めるために恋というものが必要であるのなら、きっと私はこの綺麗なリングに弾かれてしまっていたことだろう。
そういうことだった。私は彼に上手く恋をすることができなかった。今もきっとできていないのだろう。
この短い時間で彼を呼び止めるためには、彼と一緒に在ることを乞うためには、恋なんてものはあまりにもまどろっこしすぎた。
嵐のようにジョウトとカントーを走り抜けた私達には、恋の甘ったるいスピードは少し、遅すぎたのだ。

「そんな相手によくこんなものを渡せたものだな」と、薬指を月明りに弾かせるように天へとかざして笑うので、
私も駆け寄って隣に立って「君だって私の指に嵌めてくれたんだから同罪でしょ?」と、からかうように告げて笑い返してみた。
婚約紛いのやり取りを「同罪」とするなんて、随分と不謹慎だと思った。
けれども今この夜の砂浜に、その不謹慎な悪行を咎める人物はいなかったから、私は訂正する隙を見失ってしまい、そのまま、笑ってしまうことになったのだ。

私達の存在がもし連理になることが叶ったなら、きっとその木目には悪戯めいた「悪事」が通っている。
私の木が、彼のこれまでの幹を、悪魔めいているかもしれないその木目を引き取って、そして一緒に伸ばしていく。私の幹も木目も、いつか彼が引き取ってくれる。
日差しを喜び、雨を楽しみ、雪に震え、そうして咲かせる花の色さえも揃えていく。

「昔のことなんか無理して話さなくていい。君の中にいる悪魔のことを懺悔してくれなくてもいい。
私は君がどんな風であったとしても、その君の全部を抱きこんで一緒に枝を伸ばすって決めたの。だから隠し事の十や二十あったって、どうってことないよ」

「……俺の隠した悪魔とやらのせいで、お前の枝が折れたとしても?」

「折れるときは君も一緒だよ。だってもうそれ、受け取ってくれたものね。木目はもう合わさっちゃったから、私の枝だけ折れるなんてこと、在り得ないよね」

彼の手を取った。ぎゅっと強く握りしめた。大きく目を見開いた彼の紅い目に、にっこりと微笑む私が映っていた。

「残念でした!」

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▽ 奇跡に香るカカオ

2019.02.14 Thu * 22:38

「お父さん、いい加減にして! 貴方に渡すチョコレートなのに、貴方が監修しちゃ意味がないじゃないの!」

彼が手を出そうとしたのを大声で咎める。もうこれで6回目だ。流石にそろそろ諦めてもらわなければなるまい。
実の娘の、聞いたこともない大声を聞いて彼は流石に怯んだらしく、緩慢な歩みでキッチンを出ていった。
あたしの隣に立つ彼女が「大丈夫だから」と告げて微笑んだのも、彼を納得せしめる要因となったのだろう。彼はあの笑顔にめっぽう、弱いから。

素人のテンパリングに指摘を入れたくなるのはシェフの性なのだろう。
同じ材料で作るのなら、より美味しくなった方がいいに決まっている。それが自らの口に入るものであるのなら、尚更だ。
けれどもあたしは今日、そうした芸術性や効率性を完全に無視して、ただ彼女とチョコレートを作ることに決めていた。
彼の手の一切が入らない、女性だけのキッチンで、正しく「バレンタイン」なるものをやろうとしていたのだった。

どうせこの二人は、バレンタインとかいう風習に則ったことなどないのだろう。
逆チョコと称して彼の方からチョコレートを贈ったことならあったかもしれないけれど、と微笑みながら、溶かしたチョコレートを型に流し込んだ。
もうすぐ50歳を迎えようとしているこの女性、ここ数年でようやく、冷たい水や新鮮な食材に触れることができるようになった私の母。
そんな彼女と一緒にチョコを作る。お父さんのために、二人で作る。その有り体な光景を、けれども数年前の私は想像することさえできなかった。
そう、今、あたしたちがこうしてキッチンに並んでいることは、奇跡のようなことなのだ。
その素晴らしい奇跡があれば、作ったチョコレートが不味くなることくらい、どうということはない。

そして、それを「奇跡」だとしていたのはどうやらあたしだけではなかったらしく、
チョコを溶かして型に流し込んで冷やし固めただけの代物を受け取った彼は、震える両手でそれを包み、その上にぽろぽろと涙を落としたのだ。
それを見た彼女も、釣られたように泣き出してしまった。小さなチョコを囲んで涙を流す壮年夫婦の姿を、あたしはしばらくの間、黙って眺めていた。
その後で勿論あたしは「どうしてこんなことで」と、とびきり呆れた。「大袈裟だわ」と笑い飛ばしてやった。そうしなければいけなかったのだ。
二人が妙なところで涙脆いから、あたしはこうして強くなっていく。これがあたしたちの歪な家族の形だ。それでよかった。それがよかったのだ。

「あたしとお母さんが、お父さんのために作ったのよ。たとえ不味かったとしても、不味いなんて言わせないわ」

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▽ ビックリヘッド(USUM・未定)

2019.02.14 Thu * 19:24

(「悪魔が幸せそうに眠るから」と同じ世界線)

甲高い声で呼び止められ、振り向いた。
青年の側から少女を呼び止めることはあっても、彼女からこちらを呼んだことは未だかつてなかったような気がして、
彼は物珍しさを抱きつつ、駆け寄ってくる少女の小さな足跡が、黒い砂浜に一歩ずつ増えていくさまを見ていた。

「久しぶりだな。どうしたんだ」

「えっと、私……」

青年のすぐ前に立った少女は、持っていた小さな紙袋を胸元へと掲げる。不自然に震えている手をこちらへと差し出してくる。甘い匂いがする。
これは、と尋ねて首を捻る彼の前で、少女は何と説明したらいいものかと悩むように、ぎこちなく、やわらかく、笑う。
その態度に青年は少し、ほんの少しだけ傷付く。

『馴れ馴れしく話しかけるな! ミヅキはお前みたいな甘ったれた奴が大嫌いだ!』
『お前もどうせミヅキを嫌いになる。ミヅキを裏切る。でもそんなの知ったことじゃない。ミヅキはお前たちのことなんかどうでもいいんだ』
『暑い場所も寒い場所も、煩い場所も嫌い。ミヅキはポケモンセンターで過ごす、暑くも寒くもない一人の夜が一番好き。分かる? お前、邪魔なんだよ』
『中途半端に力をつけて、ミヅキの足を引っ張って付きまとってくるくらいなら、いっそ弱いままの方がマシだ』

……これらはかつて、青年が旅の途中で偶然耳にしてきた少女の言葉だ。
青年がその場にいないとき、ミヅキという少女はいつだって尊大かつ高慢に振る舞い、誰も彼もを無条件に嫌っていた。
大人に対しても敬語を使わずにお前と呼びつけ、自らの歪んだ自論に基づいて相手を徹底的に貶める。彼女はそういう人物だった。
光溢れる美しいアローラの中で、彼女の周りの時空だけが歪んでいた。彼女はアローラにいるようで、アローラにいなかった。
だからこそ彼女はこの地において、誰よりも……そう、いつも彼女の隣にいるあの姫よりも……ずっと目立っていたのだ。

「チョコクッキーを作ったんです。受け取ってくれますか? 一口だけ食べて、お口に合わなければ捨ててもいいから」

けれども青年と顔を合わせるとき、そうしたいつもの、誰よりも目立っていた彼女の姿は消え失せる。
そこにいるのは、自分のことを「私」と呼び、少し不安そうな、それでいて人懐っこそうな目でこちらを見上げ、大人に対して丁寧な言葉を使う、ごく普通の女の子だ。
青年の前では、少女は自らのことを「ミヅキ」と呼ばない。青年のことを「お前」と呼ばない。「大嫌いだ」と言わない。高慢な言葉を選ばない。
青年を恐れているのか、それとも青年に何か仕掛けようとしているのかは分からないが、少女が彼の名を呼んだ瞬間に、少女は青年の知る「少女」ではなくなる。
そのことに青年は言いようのない寂しさを感じていた。何故、俺にだけそうなのだろう、と不安に思わずにはいられなかったのだ。

「アローラにこういう風習があるのかは分からないけれど、私の住んでいた場所ではこの日を「バレンタイン」と言って、女の子が好きな人にチョコを贈るんです」

けれどもその寂しさと不安は、少女がこの言葉を口にした瞬間、ズガドーンの頭のように勢いよく弾け飛んでしまった。

「好きな人に?」と、青年は最も重要な部分を繰り返して尋ねた。聞き間違いだろうかと、彼は本気で疑っていたのだ。
けれども青年の知る姿を捨てた、普通の女の子になった少女は、小さく頷き、ひどく年相応な可愛らしい笑みを……そう、まるで光のような笑みを浮かべたのだ。
それは青年にとって、どんな太陽よりも眩しい輝きであったから、思わず目がくらんで、心臓に痛みを覚える程であったから。

「お前が俺の前でいつものお前を捨てるのは、俺を嫌っているからではなかったのか?」

「私、貴方には「大嫌いだ」って、いつものミヅキで告げたことなんかなかったはずですよ。……この私はつまらないですか? 貴方の前に立つ人間に、値しない?」

彼は慌てた。そして焦った。少しでも余計な沈黙を挟んでしまえば、その眩しい笑みが絶えてしまうような気がしたからだ。
さっと手を伸ばした。少女の手から紙袋を受け取った。それを強く胸に押し当てた。洋菓子の甘い香りが強くなった。

「そんなことはない!」

「!」

「俺はいつものお前が放つ輝きを好ましく思っていた。だが今のお前のことも同じくらい、いやそれ以上に美しいと思う」

……アローラに住む全ての人をその笑顔で照らしてやったなら、お前ももう少し此処で生きやすくなるだろうに、と青年は思った。
けれども同時に、その眩しすぎる少女の光が自分だけに向けられているという事実は、不安になる程の多幸感を彼にもたらした。
この少女を、こんなにも普通の女の子である少女を、誰か助けてやればいいのに、と思った。
けれども同時に、もし彼女へと手を差し出せる相手がいるのなら、それは彼女の内にある真の光を見てしまった自分を置いて他にいないのでは、とも考えてしまった。

ありがとうございます、と鈴を転がすような声で甲高く告げた少女は、踵を返して元来た砂浜を駆けていく。往復分の足跡が黒い砂浜へと落ちていく。
随分と小さくなった姿で彼女は振り返った。大きく手を振って、下ろして、そして目を細めてそっと告げた。
おそらく、波と潮風の音にかき消されて聞こえなくなることを彼女は想定していたのだろう。
だが光の差さない、あの暗すぎる世界で生きてきた彼にとって、その程度の雑音など障害のうちに入らなかった。彼はその声を、少女の懇願を、聞いてしまった。

「貴方は、貴方だけは、本当の私を覚えていてくださいね。もしミヅキが、殺されてしまったとしても」

糖度0%のバレンタインSS、へいおまち!

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▽ 比翼と連理

2019.02.14 Thu * 9:56

(参考:「連理に通る悪事」)

「立派ね、とても」

トウコちゃんらしくない言葉に私は思わず目を丸くしてしまった。彼女もその「らしくなさ」を自覚していたらしく、少しばかり恥ずかしそうに肩を竦めてみせた。
12歳という、何処からどう見ても子供であるその年齢で、人生の大きすぎる決断を軽率にした私のことを、何故だか彼女は立派だと評してくれた。

「私は母さんにそうした覚悟を問われなかったわ。友達を家に泊める感覚で、Nをずっと、もう何年もの間、家に置いてくれていたの」

「そうなんだ! 優しいお母さんだね」

「さあ、どうだか? ……勿論、Nも私も、その分の手間を担う形でちゃんと家での務めは果たしていたわ。家事だってしたし、お金だって家に入れた。
それでもコトネとシルバーの果断に比べれば、私達の時間を支えるものは随分と曖昧で、子供っぽいものだったと言わざるを得ないわね」

私がシルバーを強引に家へと招いたあの日から5年。出会った頃から20cm近く背を伸ばしたシルバーはもう、あの頃のリングを嵌められなくなっていた。
体は大きくなっても、金属製の誓いの証はそれに合わせて大きくなってなどくれないのだ。

それでも彼は、あの子供っぽい私の暴走をいつまでも覚えている。薬指に嵌めることができなくなった指輪を、細い鎖に通して首へと結んでいる。
同じように指輪のネックレスを作って彼の真似をした私も、あの日のことを忘れられないまま、今日まで過ごしている。
ヒビキの「連理の木」という言葉を受けて小さく笑い、指輪を手に取り「手を出してくれ」と告げた、彼の優しい音を、きっといつまでも覚えている。
その、あまりにも恥ずかしい、あまりにも幸せな思い出を得ることができたという点においては、あれは確かに「果断」であったのかもしれなかった。

12歳の私が限界まで背伸びをして購入した指輪は、安くて軽い金属で出来た、何の装飾もないシンプルなものだった。
それに比べると、今、彼女の薬指に輝いている指輪は、正しく「誓い」の輝きを有していて、ああこれが結婚するということなのだ、と思わざるを得ない。

「黒いダイヤ、かっこいいね。とてもよく似合っている。
トウコちゃんは結婚しても、子供を産んでも、おばあちゃんになっても、ずっとNさんと一緒にいて、その幸せな姿をこの指輪はずっと見ていくんだね」

「案外、私達の変わらないままを見て呆れることになるかもしれないわよ」

あんたも災難ね、と左手を口元に掲げて、目線を其処に落として、囁くように彼女は言う。まるでゼクロムに語り掛けているみたいだと思った。
彼女はその指に黒い宝石を宿すことで、イッシュでのあの運命をやっと許せるようになったのかもしれなかった。

「Nさんのこと、好き?」

「あはは、馬鹿言ってんじゃないわよ」

彼女らしさを極めたその返事を受けて、黒いダイヤが眩しく笑った気がした。

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▽ 雪上を転がる首

2019.02.13 Wed * 8:01

鋭く細めた目は、小さなハケと左手の指先にしっかりと縫い留められている。旅をするトレーナーにしては長く伸ばされているその爪に、鮮やかな赤が流れていく。
とても鮮やかな赤だね、と告げれば、ええそうでしょう、と得意気に返ってくる。
薔薇の花弁みたいだ、と煌びやかな言葉を選んで告げれば、動脈血みたいでしょう、と物騒な言葉に言い換えられてしまった。
左手の小指まで塗ったところで、彼女はハケを赤が映えるその指に持ち替えた。どうやら今度は右の爪を塗っていくつもりらしい。

「こちらはあまり、見ないでくださる? 左手で塗るといつも不格好になってしまうから」

親指の爪を慎重に塗りながら、彼女はこちらへ視線を向けることなくそう告げる。ごめんよ、と告げようとして……ふいに青年は思い付いた。

「……それじゃあ、ボクが塗ろうか?」

べちゃ。
順調であったはずのそれは、爪から赤を大きくはみ出し、つるりと滑って指の腹にまでその色を伸ばしていた。
指先を出血したかのような大惨事に、青年は勿論のこと、少女も「あっ!」と大声を上げる。

「もう! いきなりそんなことを言わないで。びっくりしちゃったじゃない」

「いや、そんなに驚かれてしまうとは思わなくてね。……それで、どうだろう? ボクに塗らせてくれるのかい?」

「……いいわよ。でも先ずはこの血塗れの指をどうにかさせて」

ポーチから取り出したコットンに、リムーバーを数滴垂らしたものでそっと指を包む。
するりと、トランセルが脱皮をするかのように抜き取られたコットンは、血の色を大胆に吸って鮮やかに染色されている。
もう一度、彼女は親指の爪を整え始めた。青年は今度こそ横槍を入れることなくそれを見守った。
くるくると手首を捻って仕上がりを確認してから、続きをどうぞとハケを差し出してくれる。小さなハケは青年の手に収まると、より一層繊細なものに見えた。

彼女の人差し指を取った。
旅をして、それなりに小さな怪我も経験してきているはずなのに、それでもその手はあまりにも綺麗で、あまりにも白かった。
シンオウ地方に降る、眩しい雪の粒を思い出させるその肌、そこから伸びる鋭い爪の上に鮮やかな花弁を一枚ずつ置いていく作業は、どうにも青年を緊張させた。
この上ない芸術がそこにあった。自分がその芸術の一端を担えることが、ひどく誇らしいものに思われてならなかった。

「薔薇というよりは、椿かな。雪の上に咲くのなら、あの花に例えた方がしっくりくる」

「ふふ、私もあの花は好きよ。断頭台の下で潔く首を落とすところなんか、特に素敵」

「ではもし君がその首を落としたら、ボクが持ち帰って育てることにするよ。雪に植えればもしかしたら身体が生えてくるかもしれない」

物騒な言い回しに物騒な言い回しで返してみる。そのやり取りをいたく気に入ったらしく、彼女は声を上げて笑い始めた。
「待ってくれ、動かないで」と言いそうになるのを堪えて、ハケをさっと引っ込めた。
今は指先の椿よりも、この至極楽しそうな大輪の花を目に焼き付けておきたかったのだ。

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