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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ どうして貴方は貴方なの?

2019.02.06 Wed * 9:31

「同情であの子を迎え入れようとしているのなら、やめた方がいいわ」

日付が変わろうとしている頃、ヒビキとシルバーが寝静まった頃。
私だけを起こしてリビングへと招いた母さんは、夜中に起こしたことへの謝罪と共にホットミルクを差し出しつつ、そんなことを言った。

「可哀想、っていう気持ちを持つことはとても大事よ。けれどその気持ちのままに、誰もに手を伸べることはできないの。
貴方は……旅をして立派になったけれど、それでも貴方の手はまだとても小さなものよ。貴方が心を寄せる相手、全員を、救うことはどうしてもできないのよ」

「……私は、シルバーに同情したからこの家に招いたわけじゃないし、彼を救うつもりでこんなことを言っているのでもないの。上手く、言えないんだけど……」

「上手く言えないのなら、想いを言葉にできないのなら、貴方の想いはその程度だったということよ」

あまりにも厳しい言葉に私は息を飲んだ。声音は陽だまりのように静かなのに、その中身はまるで血に濡れた刃のように尖っているのだ。
彼女がひとつ、またひとつ、私の想いを切り捨てる度に、私の喉には傷が増えていった。私は徐々に、彼女へと反論することが難しくなっていた。

「貴方がしようとしていることは、とても大事なことなの。
他人を家に招待することは簡単よ。気心の知れた相手なら、一晩や二晩くらい、泊めることだってできるでしょう。
でも「一緒に暮らす」ということを、それらと一緒にしないでほしい。言っていること、分かるかしら?」

私は、必死に考えていた。どうにかして彼への、シルバーへの気持ちを、この人の納得できるような言葉の形にしなければと、必死になっていた。
今が深夜の0時半であることも、両手で包んだマグカップの中身が冷め始めていることも忘れて、私は考えていた。
旅をして、私は沢山の感情を知ったはずなのに、その感情を表す言葉だって知ったはずなのに、彼への言葉だけがどうにも見つからない。
言葉が、言葉が欲しい。私の気持ちを第三者に分かってもらえるように言語化する力が、もっとあればいいのに。

「貴方は彼を大切に思っている。きっと家族のように大事に。だからこの家に連れてきたのよね?
でも私やヒビキは違うわ。私達は彼のことを何も知らない。一緒に暮らすということは、私達に、他人である彼を「家族」のように認識することを強いるということなの。
その変化を周りに乞えるのは、長い人生のうちで1回だけ。貴方が誰かと結婚する、その1回だけ」

「!」

マグカップを乱暴に置いた。ホットミルクがぽちゃん、と大きく揺れてテーブルに少しだけ散らばった。無造作に砕いたパズルの欠片のように見えた。

「そうだよ、私、シルバーとずっと一緒に生き続けたかったんだ。そのために、二人の帰る場所がお揃いになることがあったなら、それはこれ以上ない幸せだって思ったんだ」

「……コトネ、貴方、」

「それって結婚しなければ叶わないこと? もしそうなら私、一生に一度のチャンスを今、使うよ」

コトネとシルバーの想い合いは障害のゆるいロミオとジュリエットみたいなところがあるかもしれない

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▽ 紙のような羽根のような手

2019.02.06 Wed * 8:44

チャイムの音が遠くで聞こえる。鼻をかみ過ぎたせいで耳が少しおかしくなっているらしく、少しその「ピンポーン」の音がいつもより高く聞こえて不安になる。
ママのスリッパの音がパタパタと聞こえる。お友達が来たのかもしれない。
グズマさんのお母さんかな、と思う。ママと彼女はとても仲が良い。どちらもおぞましいくらいの自愛を飼いこなしているところなんて、そっくりだ。
そうした、侮蔑めいたささやかな反抗心を心の中で唱えて口元を緩ませる。心の中で、唱えるだけにしておく。
ママ達のおぞましい自愛に救われているのは他でもない私なのだから、それを侮蔑しながらも、もう私は拒むことができない。
だから今の風邪っ引きの私はこうして、ママのおぞましい自愛に飲み込まれるがままに、久しぶりの自室のベッドで、こうして看病されている、という訳なのだった。

「……」

耳を澄ましてみる。ママの少し驚いたような声がする。その後に、少し演技めいた、得意げな、それでいて少しばかり恥ずかしそうな低い声が続く。
グズマさんのお母さんじゃない。そう確信することは簡単だった。けれどもその聞き慣れた声の正体を確信するのは、少しだけ難しかった。
「彼だ」としてしまうのは、なんだか随分と傲慢なことのような気がしたからだ。

慌ててベッドから体を起こす。重たい頭を軽く振って、髪を申し訳程度に手櫛でといて、ドアを見る。

ミヅキ、入りますよ」

「!」

さっきよりもずっと近くで、いつもの声がした。それを「いつもの」としてしまった傲慢に、またもや私は不安になった。
きっと風邪を引いているからだ。いつもならこの確信に喜べるはずなのに、きっと風邪が私の心を弱くしているのだ。
早くよくならなければ、と思う。元気になって、鼻をかむためのティッシュの箱を膝の上に抱えたりする必要がなくなればいい、と思う。
そうすればきっといつものように、ドアの向こうの相手をからかえるようになるはずだ。私が不安になるのではなく、相手を不安にさせることさえできるようになるはずだ。

ゆっくりとドアが開く。やや冷たい風が部屋の中へと吹き込んできて、私は思わず大きなくしゃみをする。1回、2回、……ああ、もう1回。
慌てて膝の上のティッシュを引き抜いて鼻を隠すように押し当てる。まだ隠れきっていないような気がして、もう一枚重ねて、乱暴にかむ。
風邪の典型的な姿を目の当たりにした彼は、その細身を大袈裟に折り曲げてくつくつと笑った。

「これはこれは、随分と辛そうですねえ。そんな質の悪いものを使うから、鼻も立派に赤くなっているじゃありませんか。」

「……ありがとうございます、来てくれて。でも貴方じゃなければもっと嬉しかったのになあ」

「そんなことを言っていいんですか?鼻が痛くならないように、このザオボーがわざわざ極上のものを持ってきてあげたというのに」

そう告げてこちらに差し出されたティッシュの箱は、いつも私が使っているものよりもかなり大きくて、こんなものがあるのだ、と私は少し驚いた。
試しに一枚引き抜いてみれば、あまりにもふわふわしていて、柔らかくて、鼻をかむためのものであるはずのそれを何故だか頬に持っていってしまった。
彼が私の頭を軽く叩いたり、私の頬を軽くつねったりする、あの手の心地を私は思い出した。
こんなにも柔らかくて優しいものを彼に重ねるなんて、と思ったけれど、それでも、この偏屈な個性が、私の大好きな個性が傍にいてくれているようで、嬉しくなってしまった。

「変なの、ザオボーさんがこんなに優しいなんて」

鼻声でそう告げれば、けれども彼は怒ることさえせず、そうでしょうとも、だなんて何故だか得意げに、嬉しそうに笑ってみせて、私の頭を優しく撫でた。
それはまさに、つい先程のティッシュのようで、私は喜びを通り越してなんだかおかしくなってしまった。
変だ。もしかして、彼も風邪を引いてしまっているのではないだろうか。

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▽ 地獄の紅色

2019.02.05 Tue * 20:28

最愛のパートナーを見限るための酷い言葉を、彼女は紡ぎ続けていた。
陰鬱な態度がずっと気に入らなかったのだとか、頑としてメガシンカしないその頑固な意思が癇に障るとか、
あんたみたいな最低なポケモンにはあの最低なトレーナーがお似合いだとか、二人でずっと地獄を這っていればいい、だとか。

随分と横暴な物言いだ、今まで散々、そのサーナイトに助けてもらっていたくせに。
などと思ってしまった人がもしいたならば、その人はきっと、この気高い少女の何をも分かっていない。
この、痛々しい程の激情は、傷付けるためだけに吐き出される悪意の刃は、けれども彼女のためのものではなく、地獄へ向かう二人のためのものだ。
二人が、正しく彼女を嫌い、二人で在ることを喜べるようにするためのものだ。
確かに愛したポケモンが、何の心残りもなく元の主のところへ帰れるようにするためのものだ。
そのためならこの少女は、悪魔の仮面を被ることだってできる。

……そうしてようやく「陰鬱」で「気に入らない」「二人」が「地獄」へと戻り、一人になってしまった彼女は、
憑き物が落ちたような晴れやかな顔で、お人形のように美しい所作で、青年に駆け寄り、笑いかけた。

「ふふ、変だわ。一体どうしてしまったというの、ダイゴさん。どうして貴方が泣きそうな顔をしていらっしゃるの」

トキちゃん、」

「私は、どうともないわ。もう平気なのよ。一人に戻るだけ。これまでずっとそうだったことを思い出せばいいだけ。
ホウエン地方でのあれとの旅は、大好きだったあの子との、どんな宝石よりも美しい思い出は、私の見た都合の良い夢だということにすればいいだけ」

造作もないわ、と彼女は笑う。本当に造作もないことであればいいのに、と青年は思う。
強く、強く握り締めている少女の手を取り、両手でゆっくりと開く。女性らしい丸く細長い形の爪、その先にはべっとりと赤い色が付いている。
掌には4つの爪痕と、そこから滲む新しい赤が見えて、暴かれたことを恥じるように少女は肩を竦めて笑ってみせる。
これ程までに悲しい紅色の涙を、彼は見たことがなかった。彼女はこうしていつだって、誰にも見えないように泣こうとするのだ。

「ボク等も地獄へ行ってみるかい?」

「……ふふ、あはは、ご冗談を! 私達はもっとずっといいところへ行くのよ。だってそうしないとあまりにも悔しすぎるわ。あまりにも、寂しすぎるわ」

彼は少女の血塗れの手を包むように、誰もの目から隠すように握って、歌うように笑う少女の隣を歩いた。
地獄の色は手の中に押し殺して、二人はずっと幸せな場所へ行くのだ。そうしなければ、いけなかったのだ。

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▽ Notebook(hpパロ)

2019.02.05 Tue * 8:55

『ノートを開いてくれない?』

夕方の図書館、一人の少女が分厚い本を読みふける席。その机の上に文字が浮かび上がりました。

「……あ、」

少女の口から零れた音は震えていました。栞を挟むことも忘れて、本を勢いよく閉じて、机の上に手を置いて、その文字を何度も、何度も指でなぞりました。
机の上のその言葉が、少女の都合の良い幻覚ではないということを確かめるように、文字に触れて、自らの名前をなぞって、そうしてようやく彼女は確信するに至ったのです。

鞄の中へと手を突っ込んで、B5サイズのリングノートを取り出しました。少女は僅かな期待を捨てきれず、あれからもずっと、ずっと、このノートを携えていたのでした。
携えてこそいたものの、ノートを机の上に置いて開いたことは、あれから一度もありませんでした。開いてしまえば、いよいよ悲しくなってしまうからです。
いつまで経っても書き込まれない新しいページの白が、彼女の心を殺いでいくだろうことは容易に想像が付いたからです。

……最後にこのノートを開いたのはいつのことだったでしょう。少女はもう、正確な日付を思い出すことができませんでした。
日時の記録をこのノートには付けていなかったからです。付けずとも、構わないと思っていたのです。
少女が「彼女」と話をするのは毎日のことであり、二人は此処に、この図書館に来ればいつだって出会えました。
いえ、時には図書館の外でだって、二人はこのノートを介して話をすることさえあったのです。そうした関係でした。
毎日のことであったから、それが当然のことになっていたから、失われることなど全く想定していなかったから、一瞬一瞬を大事にすることを忘れかけてさえいたから、

だから、その文字が唐突に失われたとき、少女は悲しみに暮れながら、何故、とこれまでの時間を疑いそうになりながら、それでも此処で待つことしかできなかったのです。

震える手でノートを開きました。使い慣れたペンを構えて、待ちました。
ノートの白が、薄く引かれた罫線が、ぐにゃりと歪みそうになりました。
一秒、また一秒と経過する度に、やはりあれは私の期待が見せた都合の良い幻だったのでは、と、疑う気持ちがこんこんと大きくなっていきました。
お願い、書いて。早く来て。私に書かせて。言葉を書いて。私を呼んで。貴方が此処にいると確信させて。

『ごめんなさい、クリス。本、もう少しで読み終わるところだったのに』

そんな文字が、見慣れた彼女の綺麗な文字が、少女の空色の目を穿ちました。

『本なんて! 本なんて! 馬鹿なことを言わないで頂戴、私が、貴方よりも本を大事にする人間に見えるの?』

ページが破れてしまいそうな程に、少女は強く、強く書きました。怯んだように返事を書き損ねた、見えない友人のその一瞬を盗んで、少女は更に、続けました。

『私、ずっと待っていたわ。貴方が来てくれる日を、貴方とこうしてお話できる日を!
もう、消えてしまったのかもしれないと思っていたの。私のことを忘れてしまったんじゃないかって、嫌われたんじゃないかって、そんな風にも思ったりしていたの。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。私、さっきから、自分本位な言葉ばかりだわ。貴方もきっと大変な思いをしていたのよね。本当にごめんなさい。
でも私、辛かったから、寂しかったから、貴方に会えなかったから、ずっと会いたかったから、……だからしばらくの間、貴方を責める言葉を止められそうにないの。』

強すぎる筆圧で、ページにはしわが幾つも出来ていました。そこに水まで落ちてくるものですから、もうそのページは使い物になりそうにありませんでした。
風が吹き、そのページがゆっくりと起き上がりました。
新しいページ、しわの付いていないページ、けれども涙の跡が少しだけ染み込んでいるページに、その見えない友人はたった一言、

『聞かせて』

と、書き込んでしまったものですから、少女は少しだけ笑うことができて、安堵と歓喜と衝動のままに、そのページにも、次のページにも、自分本位な言葉を書き続けました。
見えない何かはただ静かにそれを許していました。

泣きながら、時に笑いながら、ものすごい筆圧でノートに言葉を書き込み続ける少女のことを、夕方の図書館にいた数少ない生徒や教師はどのように見ていたのでしょう。
不気味に思ったかもしれません。彼女を知る人が見れば、いつものことだと思ったかもしれません。
……もし、彼女をとてもよく理解している人がそこにいたなら、何かを察して微笑んだことでしょう。
いずれにせよ、それら全ては今の少女にとってどうでもよいことでした。
彼女は今この時、自らの世界の全てを見えない何かに捧げていましたから、それ程に大切な存在だったものですから、それ以外の一切合切は何も分からなかったのです。

『やっと会えた。ずっと会いたかった』

重すぎる諦念により、物語は随分と錆び付いてしまっていて、再びそれを動かすことは困難を極めそうでした。
それでも、風は再び吹きました。見えない何かは確かにそこにいました。少女にとってはそれだけで十分でした。

『私も、会いたかったよ。またお話、してくれる?』

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▽ 霊も羨む丑三つ時

2019.02.04 Mon * 19:22

枕元の電話が鳴る。寒いのに、眠いのに、と独り言ちて、毛布の下からもぞもぞと右手を出して、豆電球だけの明かりが揺蕩うやわらかな闇を探る。
受話器らしきものを掴むことに成功して、それを毛布の下へと引き込む。
もしもし、という音を、果たして私の寝ぼけた喉は正確に出すことができたのだろうか。

トウコちゃん! ねえ! 眠れないの! もうずっと布団の中に入っているのに、全然、眠くなってくれないの! どうしてかな?』

「……」

『今ね、空がすっごく綺麗なんだよ! トウコちゃんに教えなきゃって思って、かけちゃった!』

親友の声、眠れない、布団、星、教え……。
そうした情報と声を私の耳は拾い上げて、そうした単語を送り込まれた頭は徐々に冴えていく。
むくりと体を起こして目をこする。豆電球の頼りない明かりが時計の針を僅かに照らす。
2時。

「ふ……ふざけんじゃないわよコトネ! 2時じゃないの!」

『そうだよ! 丑三つ時って星がくっきり見えるんだね、私、初めて知ったよ!』

「そうじゃないわよ、なんで、あんた、こんな……私は! 私は寝ていたのよ!?」

『でも私は起きていたんだよ!』

何を言っているんだこいつは!

『いいから窓を開けてよ! そうしたら目も覚めるし、イッシュの空だってきっとすごく綺麗だと思うの!』

「冗談じゃないわ、私は寝るのよ! 邪魔しないで! いいから寝かせろ!」

『嫌だよ、寝かさない! 私は起きているんだよ! いいから起きて窓を開けろー!』

深夜2時という時刻は親友を完全に酔わせていた。大人からすれば子供の世迷言にしか思われないだろうけれど、子供だってしっかりと酔うのだ。
アルコールなんかなくたって、人は酔っ払うことができる。お酒を飲まずとも、人はこのような暴挙を冒せる。

怒鳴り合って、罵り合って、喉が掠れてきた頃にようやく私は窓を開けた。
冬の星は目に染みる程に美しく、容赦なく吹き込んできた風は私を身震いさせて、ああこんなもののために、と笑いかけて、
……そこで、ようやく私は気付いたのだった。

「ええ、とても綺麗だと思うわ。それじゃあコトネがもっとこの空を喜べるようにしましょうか」

らしくない沈黙が耳元をくすぐる。
きっと彼女は期待していた。私なら窓を開けてくれると、この丑三つ時の暴挙の意図に気付いてくれると、確信していたのだ。
その、ともすれば傲慢な信頼を持っていたからこそ、彼女はこんな時間に私を呼んだのだ。
「あいつ」以外から寄せられた、強烈な濃度の信頼に気付いてしまっては、もう、怒鳴れそうになかった。
掠れた喉の僅かな痛みを心地良いとさえ感じ始めていた。私も随分と都合のいい奴だ。

「辛い気持ちの時に綺麗なものを見ても、寂しくなるだけだものね? 夜が明けて、星が消えてしまう前に、聞かせなさいよ。何かあったんでしょう」

毛布をぐいと引っ張って、肩の上から豪快に羽織った。折角だから窓は閉めないでおこう。

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