小話たち3

【火照る白砂】

 本日のヨロイ島は全体的に快晴、師匠の独断により修行の舞台は海辺へ。水着の用意がない人の分はおかみさんが全サイズ、準備済みだ。プルリルをモチーフにしたワンピース水着を纏い、私は嬉々として砂浜へ飛び出す。ビキニ姿を披露する門下生のお姉様方は私を見て「惜しい」という表情をした。私もお腹を出すべきだったのかもしれない。

「ちょっとユウリ、そこで止まりなさいな! それ以上の接近は許しませんよ!」
「どうしたの、まさか水着姿を見せるのが恥ずかしいとか言うんじゃないだろうね?」

 おかみさんからの支給品と思しき橙色のズボン水着は、面白いことに普段彼が履いているユニフォームよりも丈が長い。けれどもハイソックスがない分だけ、出している肌の領域としては多めだ。普段隠れているところの全て、想像に違わぬ色白加減。酷暑に晒しては真っ赤になってしまいそう。日焼け止め、塗り忘れていないといいけれど。

「ワタクシが? ハッ、誤解も甚だしい! 恥ずかしいのはあなたの方です!」
「えっ、……そんなに見苦しい? 出しているのは脚くらいのものなのだけれど」
「露出の話ではなく! 普段の道着では分かりにくかったのですが、あ、あなたってそんなに細く小さかったのか、と思いまして、そのせいで気恥ずかしくてですね。……あこれちょっと、聞いていましたか? ホワイ! 何故距離を詰めるのですユウリ!」

 成る程、この人を戸惑わせるにはこの姿でも十分であったらしい。ひどく安心した心地で笑いながら砂より白い彼を追う。砂浜の端に追い詰めて、浅瀬へ突き飛ばしてしまおう。もっと近距離で彼の水着姿をしかと見よう。彼だって私を、見たのだから。


花火その1【愉快と優雅を渡るジョーカー】

 夜と同化する花紺青の色、絞りの入った上品な浴衣にくるまれた長身、長い髪をひとまとめにすることで白いうなじまで晒すという徹底ぶり。遠目に見れば背の高い美人の淑女と見紛う程だ。にもかかわらずやっていることと言ったら、スパーク花火の四本持ちを嬉々として男の子に見せびらかしたり、手筒花火を高く浮かせて火花の雨を降らせてみせたり。道化を極める彼はしかし本気である。男の子が自慢してきた花火三本持ちに、全力で張り合った結果がこれである。正直なところ、台無しだと思う。でも彼が楽しそうなので全て、救われる。その楽しそうな横顔が今夜の正解である。
 愉快と優雅を繋ぐ糸、彼はそれを綱渡りして楽しむのがとても上手だ。愉快から優雅へ、優雅から愉快へ。変色花火が呈する色、その鮮やかな切り替わりにも似ている。彼の様変わりは今日も忙しい。私も彼の為す見事な綱渡りを見て楽しむのに忙しい。
 愉快を楽しみ終え、男の子が遠慮する形で降参を示したことに満足したらしいセイボリーは、いつもの得意気な微笑みのままにこちらを向く。そうだよ私、ずっと見ていたんだ。目を細めて無音のうちにそう告げる。立ち上がって、朝顔の咲く己が白い浴衣を軽く見回し、着崩れを起こしていないか確認してから歩を進め、彼の前に立つ。

「さあユウリ、あなたの番ですよ。どれからなさいますか? 先程の彼より戦利品として全種類、頂戴してきたばかりなので、今なら選び放題ですけれども」

 花火を複数差し出すその挙動は実に優雅、けれども先程の戦いを想起させるその発言は実に愉快。どちらだって彼の魅力には違いない。私を眩ませる彼に、変わりない。


花火その2【水色に紅茶を散らす午後10時】

 二本目のススキ花火を楽しんだところで手持ちが尽きる。そろそろおひらきかと思いつつ砂浜を見渡すと、おかみさんが線香花火を皆に配っているところだった。「仲良く分けるんだよ」とセイボリーに念押ししつつ、一束六本のそれを私の手に握らせる。不服そうに顔を歪める彼に笑いながら一本差し出し、ほぼ同時に蝋燭の火へ先を入れた。
 パチ、パチと弾ける「松葉」を楽しみながら、潮風から守るように背を曲げて、揺らさないよう慎重に。そうした気遣いにもかかわらず私の火玉は「散り菊」が始まるや否や呆気なく落ちる。惜しいことをした、と思いつつ隣を見遣ると、実に堂々とした不正が目に飛び込んでくる。小さくなった火玉を包むその色はとても綺麗で、それがまた悔しい。長持ちした火玉をようやく落として得意気に笑う彼に、さあ尋問を。

「君の線香花火、水色じゃなかった?」
「おや、ヨロイ島産の線香花火は元よりこの色ですよ。知らなかったのですか?」

 あくまでもしらばっくれる容疑者の清々しい愉快が、尋問を続ける気力を削いでいく。残ったのは三本の線香花火。きっと次もテレキネシスで火玉をくっつけたままにしておくつもりだ。ならば、と再び一本を差し出して、今度は共犯者になりたいと希う。

「私もこの島の名物を楽しみたいのだけれど、力不足みたいだ。どうしたらいいかな?」

 大きく見開かれた水色、蝋燭の橙色を映すそこにも先程の花火が在る。炎を抱き込む彼の瞳、火玉を包んで浮かせる彼のテレキネシス。不正だろうが邪道だろうが「仕方ありませんね!」と笑顔で快諾する彼は楽しく美しい。ならば、ほら、これが今夜の正解。


【水色まなこのてるてる】

「ねえセイボリー、君のテレキネシスで外の雷雲を他所へ遣ることはできないの?」
「……あなたはこの力を、まるで神のものであるかのように信奉してくださいますが」
「分かっているよ、そうだったね。君は私と同じ人間だ、喜ばしいことに」
「その通り。明日の『晴れ』を約束する力、などというものを人間は扱えません。そう生温くないんですよ、人生というのは。……それによしんばワタクシが神であったとしても、たった一指し、それだけで何もかも思いのまま、なんてことは在り得ないと」
「え、そう? 私は君に一指しされてしまえば、どうにでもなれてしまえそうなのに」
「は? え、今そんな話じゃありませんでしたよね? いきなり何を言い出すんです」
「だって君は私を『浮かせる』のがとても上手じゃないか。ひとたび君の力、あの水色を見る機会を頂戴してしまえば、私の晴れなんてもう約束されたようなもので」
「ストップ、ストップ! あなた今、自分が何を言っているのか分かっていますか?」
「勿論、天気の話だよ。明日晴れたらスイカ割りをするんだって、師匠が、……ふあ」
「ああ分かりましたよ、あなた眠いんですね。だからそんなとんでもないことばかり」
「ふふ、ご明察。そうだよとても眠くてどうしようもない。さあ、一指しする?」
「ハイハイ、あなたの神様が浮かせて運んで布団に包んで差し上げますよ。……って、ちょっとユウリ、あなた寝惚けているのかそうでないのかどっちなんです」
「好きに解釈するといいよ、私の神様に全て任せるから。おやすみなさい」
「……ハァ、なんて質の悪い信心。それで? 雷が止んだ頃に起こせばよろしいか?」


並行世界その1【剣を夢見る盾】

 清涼湿原の奥、森の方角へと歩く後ろ姿を認めた瞬間、私がどういった事情で泣きそうになったのかということを、言葉にして表すのはとても難しい。「悪夢を見た」という単純明快な事実、でも彼の存在が絡むとその処理は複雑性を極める。とにかく一刻も早く安心したくて、湿地の水を蹴るようにして追いかけた。水音に気が付いて振り向いた彼が、私の髪の寝癖を指摘したくて仕方がないといった風に笑う。穏やかで楽しそうな余裕の表情である。けれども私が速度を落とさず突進し、男性にしては細いその胴を正面から両腕で羽交い絞めにした辺りで、その余裕もするりと消え失せてしまう。

「どうしましたユウリ、怖いもの知らずのあなたがこんなことをなさるなんて珍しい」

 訝しそうな呆れ声である。若干のぎこちなさを残した、優しい頭の撫で方である。

「そうだよ、とても恐ろしいものを見た。怖くて、だから君を見て安心したかった」

 ひどく情けない涙声である。縋り付くような利己的で我が儘な拘束の有様である。

「フム、参考までにお聞かせ願えますか? 何があなたを怯えるウールーにしたのか」
「……君のいないヨロイ島で修業する夢を見たんだよ。君が、何処にもいなかった」

 頭を撫でてくれていたその手がぴた、と止まる。それだけ? と尋ねてきたので、そうだよと即答しつつ顔を上げる。水色の目はとろけるように細められている。

「たかが夢にワタクシがいないだけで、あなた、こんな風に泣いてくれるんですね」

 何度も頷き胸元に顔を埋める。己が弱さを喜んでもらえることが嬉しい。「ハイハイ、此処にいますよ」と降る声と、水を吸った靴の冷たさが、夢の終わりを知らせてくる。


並行世界その1【盾を夢見る剣】(クララとユウリの話、お友達、セイボリー不在)

「最近、奇妙な夢を見るんだ。君でない別の誰かと一緒にこの島で修業をする夢」
「……ふぅーん、別の誰かねェ。何、もしかして、うちじゃ不満だって言うのォ?」

 そのままでも十分に綺麗な宝石の上から、更にツヤ出しのニスを塗り重ねたような、そうした過剰な照りを帯びた紫の目がギロッとこちらを睨んでくる。相変わらずの気迫だ、毒されてしまいそう。そう思いながら私は「まさか!」と笑って否定する。

「確かに夢の私は、その綺麗で不思議な青年と一緒に幸せな時を過ごしているよ。でも目を覚ますと私はいつだって私は安心するんだ。此処にいるのは彼ではなく君だから」
「えっ、……いやいや、うちがそんなに好かれてるなんて聞いてないんですけど!」
「そうだね、言わなかった。君は私の曲がらない言葉や好意を嫌う傾向にあるからね」

 照る紫をくいと細めた彼女が「そんなワケないし!」という否定の文句を、努めて低くしたと思しき声音で降らせてくる。毒の雨、私にはそれがいよいよ嬉しく喜ばしい。
 毒々しくも愛らしい。毒めく程に美しい。命を削る覚悟で毒を纏い毒を浴びせるその懸命な荒々しい生き様を、私は素敵だと思う。たまに、毒されたいとさえ思う。

「だからね、こちらの私の目覚めた先に、君がいてくれて本当に良かった……ということが言いたかったんだよ。ただの感謝の言葉だ。そう目くじらを立てないでほしい」
「いやそんなことで感謝されても困るっつーか……。うちはただ此処にいるだけだし」

 そう、それだけでいい。君が君であるというだけで私はこんなにも救われるのだから。

「きっと夢の私も同じように思っているよ。出会えたのが『君』で本当によかったって」


【有資格者の勝利宣言】(※ややグロテスクな描写あり)

 黒いものが階段を転がり落ちてくる。私の靴に当たって止まったそれに手を伸ばして拾い上げる。垂れ下がっている無数の細い糸が髪の毛であると気が付くや否や、好奇心に抗えずそれを掻き分け、顔を見た。口元に小さく弧を描き、目をゆるく細めた状態で表情を固めた女の子。ひどく幸せそうであることが私には分かる。私が、ひどく幸せだと感じたときにする表情がそのまま目の前にあるのだから、当然のことである。
 自身の生首を両手で抱えているという状況は、私を混乱せしめるには少し足りなかった。このおかしな事態が現実であるはずがない。そう認識できる程度には冷静であった。随分と勇敢になった私は臆することなく、闇の中、ぼんやりと照る階段に足をかけた。
 これが夢にせよ、不思議な力によって見せられている幻覚にせよ、現実でないのならそこには私の思惑、期待のようなものが反映されて然るべきだ。私は並の相手にこうなることを許せる程、弱くはない。並の相手に自らの首を差し出してもいいと思える程、献身的でもない。加えてこの生首の幸せそうな顔、至福を極めた目の細め方! こんな有様、誰を相手にそうなることを許したか「書いてある」ようなものではないか。

「ほら、もう落としちゃいけないよ。この子だって君と一緒にいたがっているのだから」

 生首を追うため階段を駆け下りてきたと思しき彼に、階段の二段下から「私」を差し出して笑う。狂気と恐怖と混乱を緻密に宿した水色、見開かれたその目はきっと、とても綺麗だ。もう一段上がればもっとよく見えるはず。でも私は此処で足を止める。その色は、命を賭してまで彼を想った「私」だけが知り得るべきだ。私にはその資格がない。


【他の何色にも、染まるものか】

 妹弟子が夕方に出かけた。行き先はシュートシティ、リーグ関係者の交流会に主賓として呼ばれたという。セイボリーに参加権などあるはずもないので当然ながら見送りに徹する。チャンピオンなら招待の融通など幾らでも付けられるが、そのような形での「仲間入り」を彼は望まない。彼女もそれを分かっているので、静かに出ていくしかない。
 あとはもう、味気ない特訓、味気ない食事、味気ない夜更かし、そんなものばかり。愛読書の内容さえろくに入って来やしない。劣等感、疎外感、寂寥感、その他諸々を揉み消すように苛立ちへとすり替えて募らせていく。視界の隅で掛け軸や座布団が浮こうが知ったことではない。「勝手に一人で苦しまないで」と、彼の手を取り笑ってくれる相手がいない今、セイボリーの感情はただ、水色の嵐となって宙を粗暴に乱すばかりだ。

「おや、これはまた派手にやったね。私も仲間に入れてくれないかな」

 扉を開ける音に顔を上げる。本が膝からパタンと落ちる。やわく細めた紅茶色の目は彼のテレキネシスの暴走を咎めていない。にもかかわらず彼はバツの悪そうに眉をくたりと下げ、指を動かし全てを元通りにしていく。掛け軸も座布団も、彼の指揮に従い在るべき場所へ。そして彼女はその指の指揮を受けずとも、笑顔で兄弟子のすぐ傍へ。

「ただいま。皆さんとても素晴らしい方々だったけれど、君以上の人は何処にもいなかったよ。私の帰る場所はやっぱり此処だった。待っていてくれてありがとう」

 腕を伸ばしてあやすように大人を掻き抱く子供。その言動の全てに込められたセイボリーへの信頼に触れる度、彼はどうしようもなく、泣きたくなる。


【2*10c8/3600/24/365】

 食堂に忘れ物をした、と慌てて告げた彼女はくるりと踵を返した。「三十秒だけ待ってあげるよ」と朗らかに答える青年の門下生に、彼女は花のような笑顔で感謝の意を示す。同じように手を振りエレガントに見送ってやればいいものを、セイボリーという男は生粋の負けず嫌いであるが故に、つい、とんでもないことを言い出してしまうもので。

「ユウリあなた、たかが三十秒で随分と大きな感謝をなさるじゃありませんか。ワタクシならあなたのため、二億秒待つことだって造作もないというのに!」

 その言葉を受けて、妹弟子は驚いたように勢いよく振り返る。あまりに荒っぽく幼稚な数字の使い方に、門下生の輪からは笑いがどっと沸き上がった。呆れと照れを混ぜこぜにした表情の彼女を、今度こそ手を振って送り出す。素っ頓狂かつ道化めいた愉快で場を楽しく乱しつつ、自らの溜飲を下げる、その術をセイボリーはとてもよく心得ている。合理を踏み外した巨大な数字の乱用だって、そんな処世術の一つに過ぎない。
 果たして三十秒以内に戻ってきた彼女は、感謝と謝罪の言葉を口にしつつ、楽しそうな表情でスマホロトムを取り出した。計算機の画面をポチポチと指で叩いてから、唐突に笑い出す。何事かと視線で尋ねれば、彼女は画面をこちらに向けてその数字を示した。

「六年と四か月。君が造作もないとした二億秒の、本当の時間だよ。どうかな」
「……も、勿論知っていましたよ! それくらい待ってみせます、二言はありません」
「よし、約束だよ。二億秒あれば私もきっと、君に相応しい大人になれているはずだ」

 誓いを結びたがるその小指はまだ子供のもの。ああやはり二億秒、待たなければ。

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