ミルクパズル

7

エンジュシティには二つの塔がある。
1つは焼けた塔。その大部分は文字通り焼け落ちてしまい、今では1階部分と地下が残っているだけだという。
もう1つがスズの塔。お姉ちゃんはその最上階で、ホウオウという大きなポケモンに出会ったらしい。
しかしスズの塔に入るには、エンジュシティのジムリーダーに勝利しなければならない。私はエンジュジムへと足を運んだけれど、ジムリーダーのマツバさんは不在だった。
焼けた塔に向かったとの話をスタッフから聞き、私は町の北西にあるその小さな塔に足を運んだ。

そこで私はシルバーと再会し、ポケモンバトルをした。
ゴースやズバット、コイルといった新しい手持ちを加えていて、とても手強かった。
トゲチックではあまり有効打を与えられないため、チコリータとゴースが主に活躍してくれた。
この戦いでゴースがゴーストに進化した。その感動を噛みしめるのに精一杯だった私は、またしても彼を引き留めることを忘れていた。
「これ以上、ポケモンを盗まないで」そう彼に言えるのは私だけだ。それなのに、また、言えなかった。
落胆したが、しかし絶望することはなかった。きっとまた会える。そう確信していたからだ。

その後で私は目的の人物、マツバさんに出会い、ジムに挑戦したい旨を伝えた。
すると、彼の隣に居た男性に「下を見てごらん」と促されたので、私は床に開いた穴から地下を覗いてみた。
そこに居たのは3匹のポケモンだった。そのうちの1匹に見覚えがあり過ぎて、私は思わず「お姉ちゃんのスイクンだ」と声に出してしまった。
お姉ちゃんは手持ちのポケモンをボールから出して自由に遊ばせていることが多かったが、まさかこんなところにまで来ているとは思わなかった。

「何!?あのスイクンにはトレーナーが居たのか!……そうか、君のお姉さんなのか。是非私に紹介してほしい!」と必死の形相で詰め寄られてしまい、私は慌てて彼から逃げ出した。
悪いことをするような人には見えなかったけれど、彼にお姉ちゃんが付き纏われてしまうことだけはどうしても避けなければ、と思った。
彼を振り払い、焼けた塔から飛び出すのに必死だった私は、スイクンと一緒に居た2匹のポケモンについて、よく確認することができなかった。
しかしそのポケモン達の説明を、私はエンジュジムで聞くことになる。

「エンテイ、ライコウ、スイクン……。彼等はあの焼けた塔で火事に見舞われて命を落とし、ホウオウによって蘇らされたという伝説が残っているんだ」

そう説明してくれたマツバさんは、このエンジュの地で修業を積み、人には見えないものまで見えるようになったという。
不思議な力を持つ彼は、伝説のポケモンであるホウオウと出会える日を待ち望んでいるらしい。

「僕に見えるのは、この地に伝説のポケモンを呼び寄せる人物の影……。僕はそれが僕自身だと信じているよ!そしてその為の修行、君にも協力してもらおう!」

お姉ちゃんがホウオウやルギアと既に出会っていること、それだけでなく、すっかり仲良くなって、もう彼女は彼等を「友達」とさえ認識してしまっていること。
それらを、この人には絶対に言ってはいけない。私はチコリータに指示を出しながら、そんなことを思った。
この地で出会った二人の青年に、私はあまりいい印象を抱けないまま、4つ目のバッジを手に入れ、町を後にすることになる。

次に向かったのは、海に面する港町、アサギシティだ。
私はこの町で、またしても彼と再会する。

「……お前、俺を追ってきているのか?」

呆れたようにそう尋ねる彼に、私は首を傾げて誤魔化した。

「ち、違うよ。たまたま私達の向かう場所が同じなだけ」

「……そうか。それはよかった。お前みたいな弱い奴に付き纏われるなんて御免だからな」

……私は、弱くはないと思う。少なくとも、シルバー相手に負けたことは一度もない。
しかし彼の言葉を受けて、私は今一度考えてみようと思った。

私は弱いのだろうか?
そんなことは、ない筈だ。体力だって人並み以上にあるし、それなりにポケモンに関する知識も持っている。ポケモンバトルに関してはこれ以上ない程に順調だ。
しかしシルバーは私を指して「弱い」と言う。それは何故だろうか。私は考える。

彼の放った言葉が私の中で大きな影響力を持ち始めていること。無数の私への評価の中で、彼の言葉だけが強烈な鋭さと深い響きをもって私の心に届くこと。
そのことには気付いていた。気付いてはいたけれど、その理由を突き止められる程に私は聡明ではなかった。

「私は弱いのかな」

「は?」

「私は弱いのに、ポケモン達と集まって、調子に乗って、偉そうにしているのかな。……シルバーが嫌う、ロケット団の人達みたいに?」

『一人一人は弱いくせに、集まって威張り散らして、偉そうにしているのが許せない』
彼はヒワダタウンでそう言った。あれはロケット団に対しての言葉だったけれど、その意見に手放しで賛同できなかったのは、それが私をも表しているような気がしたからだ。
私は本当はどこまでも無力で、ポケモン達の力だって本当はもっと小さくて、集まって強くなったような気がしているだけで、本当は何の力も持ってはいないのかもしれない。
そして、そうなのだとしたら、それはきっと、彼も同じだ。

「ポケモン達と旅をすることは、弱いことなのかな?」

私は急に、怖くなった。怖くなった、という言い方は語弊があるかもしれない。
それは私が初めて抱いた、不安によく似た、けれどそれよりもとても強く私の心を侵食する感情だった。
そして、思う。シルバーは、弱い私だから嫌いなのだろうか、と。彼は弱い自分が嫌いなのだろうか、と。
それはとても悲しいことのような気がした。自分を認められない悲しさを私は思って、そして苦しくなった。彼に嫌われていることを思うと更に苦しくなった。

「……」

彼は黙っていた。私が泣き出しそうな顔をしていたからかもしれない。
いつものように呆れたような冷たい目で私を一瞥することも、馬鹿にしたように笑うこともしなかった。
代わりに怪訝な顔をして、沈黙を続けている。私は益々怖くなった。

「それは、違う」

しかし長い沈黙の末、シルバーから紡がれたのはそんな否定の言葉だった。

「ロケット団の奴らとは違う。お前はその、……強い、と思う」

「どうして?私も一人じゃ何もできないんだよ?」

「それはポケモンも同じだ。お前のポケモンがそこまで成長したのは、お前がトレーナーだったからだ」

私は信じられないものを見るかのように、目を大きく見開いていた。
いつも私を馬鹿にしたように笑い、冷たい目しか向けることのなかった彼が、懸命に言葉を選んでくれている。不機嫌そうな顔をしながら、しかしその声音は冷たくはないのだ。
その意味を、私は正しく理解しなければならなかった。彼に嫌われている訳ではないのだと、そう理解した途端、とても温かい感情が胸を満たした。
それは私が初めて抱いた、泣き出しそうになる程の、静かな溜め息を吐きたくなるような、ささやかな喜びの感情だった。

「お前はポケモンと一緒に強くなる。俺はポケモンを使って強くなる。俺もお前も、ロケット団のような奴らとは違う」

「……」

「お前は弱くなるために旅をしているのか?」

私はふるふると大きく首を振った。
彼は小さな溜め息を吐き、しかし次の瞬間、いつもの私を馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。

「もっとも、ポケモンと一緒に強くなるだなんて甘ったれたことを言っているような奴に、俺が負けるとは思えないがな」

「ふふ、どうかな?だってシルバー、私に一度も勝ったことがないじゃない」

少し調子に乗ってそんなことを言えば、当然のように物凄い目で睨み返された。
それすらも嬉しくて私は笑った。今日は何だか空すらも飛べそうだ。私に、見えない翼さえ与えてしまえる程に、彼の言葉はどうにも大き過ぎたのだった。

「私、強くなるよ」

「……」

「君よりも、もっと、ずっと強くなる。それで、このちょっとおかしな世界を変えるの。……ねえ、シルバーは、強くなったら何をするの?」

私のその問いに、彼は少しだけ考え込むような素振りをした。
彼は力を得て何をしたいのだろう。ロケット団が嫌いな彼は、けれども私のように彼等と戦おうとはしていないのだろうか。
彼は、この世界が少しだけおかしいことに気付いているのだろうか。

「俺が誰よりも強くなったら、先ずコトネを負かしに行くことにするよ」

そんな彼の言葉を受けて、思わず私は笑い出してしまった。彼は相変わらずの冷たい目で私を見据え「何がおかしい」と言葉を投げる。
何でもないよ、と私は返して微笑んだ。
だって、まるで私が誰よりも強くなるみたいな言い方をするんだもの。
そんな風に言ってしまえば、眉をひそめていつものように、細められた紅い月が私を見るだろうから、私はその音を笑顔と共に飲み込んだ。
名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。そのことがどうしようもなく嬉しいと感じた。私は少しずつ、彼という人間を知り始めていた。

2014.10.25
「狼狽」「安堵」

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