ミルクパズル

6

ヤドンの井戸を出た私は、ヒワダタウンで思わぬ人物と再会することとなった。

「おい、さっきロケット団の奴らが出て行ったが、まさかお前が倒したのか?」

「……うん。そうだと思う」

「思うってなんだよ」

シルバーは馬鹿にしたような笑みを浮かべて私を一瞥した。彼もどうやらロケット団を知っているらしい。

カントーでは有名な組織だったようだが、私がその存在を知っていたのは、お姉ちゃんの話の中に度々出てきたからだ。
「裁けない悪もあるんだよ、残念なことにね」とお姉ちゃんは困ったように笑いながら紡いだ。
奔放でマイペースな彼女は、私にはよく解らない文句を歌うように紡いで笑うことがよくあった。
しかし、今ならその意味が解る。あの言葉は世界に揺蕩う「理不尽」を指していたのだ。
彼女は世界の理不尽を思い、あのような表情をしていたのだ。悲しみと諦めとが混じった、複雑な表情だった。
けれど私は違う。諦められない。理不尽な悪が蔓延ることを許せない。許してはいけないと思う。
そして、それは彼も同じらしい。

「シルバーは、ロケット団を追っていたの?」

「……俺は、ロケット団みたいな弱い奴が嫌いなんだ」

「ロケット団の人達は、そんなに弱くなかったよ?ランスさんっていう幹部の人は、特に手強かったもの」

ランスさんの名前を出すと、彼はあからさまに顔色を変えた。
彼もロケット団と戦ったことがあるのだろうか?
私と同じように、ロケット団のことが許せなくて、理不尽な世界の代わりに戦ったのだろうか?

「一人一人は弱いくせに、集まって威張り散らして、偉そうにしているのが許せないんだよ」

「!」

彼のその言葉は強烈で、私の脳裏に物凄い温度をもってして焼き付いた。
確かにそうだ。ロケット団の人達は、大勢で集まって悪いことをしていた。
一人一人の力はそこまで強いものでもなかったけれど、集まることで膨大な力を行使することができていた。
そして強大な力を得た彼等は、威張り散らして、偉そうにしていた。
その力は彼等の本当の力ではないのに、彼等自身が持つ力はもっと小さいのに。

……というような、とても的を射た彼の理論に、しかし私は手放しで賛同することができなかった。
彼は、間違ったことは言っていない。彼の理論は正しい。……では何故、こんなにも胸がざわついているのだろう?
その正体に、その時の私は辿り着くことができなかった。

「……で、そんなロケット団をお前が倒したのか。その実力、俺に見せてみろと言いたいところだが、また今度にしてやる」

「え、バトルしないの?」

彼と出会ったら、ポケモンバトル。
そんな想定をしていただけに、彼の方から「また今度」という言葉が出たことに私は驚く。
シルバーは町の方へと歩を進め、私とすれ違った時に、私が抱いていたチコリータをその冷たい目で一瞥した。

「そんな顔色のチコリータに勝ったところで、俺の強さが証明されたことにはならないからな」

息を飲んだ。ロケット団との連戦で疲れているチコリータのことを、彼が案じたかのような言葉だったからだ。
「お前は道具を持っていて楽しいのか?」と、ヨシノシティで彼がそう問いかけたことを思い出した。
彼はポケモンを道具だと思っている。その不思議で悲しい価値観は、彼の中で揺るぎないものである筈だった。

しかし、彼は私のチコリータを案じてくれた。
私が、チコリータのことをかけがえのないパートナーだと思っていることを、尊重してくれたのかもしれない。
私の考え方を、彼は認めてくれているのかもしれない。

「……」

それは私が初めて抱いた、叫び出したくなる程に強い喜びの感情だった。
彼に、認めて貰えた。私を、認めてくれた。
たったそれだけのことなのに、何故だか私は、眩暈がする程に嬉しかったのだ。

それから私はポケモンセンターで一泊し、次の日にヒワダタウンのジムリーダー、ツクシさんに勝利した。
薄暗いウバメの森を抜け、大都会のコガネシティにようやく辿り着いた。
ラジオ塔やデパート、おかしなものが売られている地下通路などを散策した後で、コガネジムのジムリーダー、アカネさんと戦った。
ここでアカネさんのミルタンクが繰り出す「ころがる」という技により、ゴースが初めての敗北を味わうこととなった。
しかしその後、トゲピーとチコリータで何とか勝利を収めることができた。
このバトルでトゲピーがトゲチックに進化し、小さな可愛い羽が生え、ひこうタイプが加わり、空を飛べるようになった。

北にある自然公園の更に奥では、ポケスロンという競技を行う為のスタジアムがあった。
ポケモンが3匹いれば参加できると聞いて、チコリータとゴース、トゲチックでエントリーした。
ポケモンバトルでは3匹に同時に指示を出すことは滅多にないため、トレーナーも大変な実力が要求されるらしい。
あまりいい成績を残すことはできなかったが、とても楽しかった。

キキョウシティで足止めを食らった、あのおかしな木の正体はウソッキーだった。
コガネシティのフラワーショップで貰ったゼニガメじょうろで、ウソッキーに水を掛けると、驚いて襲い掛かってきた。
木の形をしているから草タイプだと思っていたが、どうやわ岩タイプらしい。チコリータのマジカルリーフに恐れをなして逃げていった。

ウソッキーの三叉路から北に進み、私達はエンジュシティに辿り着いた。
そこで私は、焼き芋を二つ両手に持ったお姉ちゃんに出会うこととなる。
彼女はこの町が好きらしく、私が旅に出る前から「ちょっとエンジュに行ってくるね」と言って出かけることが多かった。
「あら、丁度よかった。焼き芋食べる?」と言って一つを渡してくれたけれど、まさか彼女は二つとも食べるつもりだったのだろうか。

エンジュの美しい街並みをゆっくりと歩きながら、私はお姉ちゃんに、これまでの旅のことを報告した。
集まった3つのバッジのこと、ウツギ博士から貰ったタマゴから孵ったトゲピーのこと、進化してトゲチックになったこと、初めてゴースを捕まえた時のこと。
そして、この間の電話でヤドンの話になったことを思い出し、町からヤドンが消えていた理由と、ロケット団のことを説明した。
案の定「あまり危ないことをしちゃ駄目よ」と咎められたが、しかし私はどうしても頷くことができなかった。

「でもね、お姉ちゃんも知っているでしょう?あの人達のしていることは良くないことで、しかもそれを法律は取り締まってくれないんだよ?」

「……」

「警察の人は動いてくれない。それなら、私が動きたい」

私は、このおかしな世界の理不尽と戦ってみたい。

お姉ちゃんは、そうした宣言をする私をじっと見ていた。
空を映したような青い目、ふわふわとゆるいウエーブがかかったミディアムパーマの青い髪。私には無い色。少しだけ羨ましいと思うその青。
けれど、私の心を占める色は、今は別にあるのだ。
彼が私を肯定してくれた。私と同じようにロケット団を嫌う彼が、私とは全く逆の立場でポケモンを扱う彼が、私のポケモンへの思いを認めてくれた。
たったそれだけのことが、今の私に大きな力をくれる。私の背中を押してくれている。

暫く沈黙していたお姉ちゃんは、やがてふわりと花を咲かせるように笑った。

コトネは言い出したら聞かないものね。だから止めない。……負けないでね」

すると彼女は思い出したようにぽん、と手を叩き、灰色のワンピースのポケットに手を差し入れ、小さな便箋を取り出して私に差し出した。
無造作に4つ折りにされたそれを開くと「また、会えるといいですね」と、1行だけ書かれている。

コトネはこれからの旅で、私にそっくりなお兄さんに出会う筈だから、彼に渡してほしいの」

彼女は本当に嬉しそうにそう言って笑った。私はそれを快く了承した。
この姉の言う「そっくり」が、おそらく、その髪や目に宿る「青」のことを意味しているのだと、私は何の躊躇いもなく信じ切ってしまっていた。
私がその人に会うことを期待するくらいなら、「また会えるといいな」と思うくらいなら、自分から会いに行けばいいのに、とも思ったのだけれど、
そうすることのできない事情がきっとあるのだろう、ということくらいは、まだ子供である私にも察することができていた。

「手紙、これだけ?もっと書かなくていいの?」

「ふふ、だって本当に大切なことは、ちゃんと目を見て言いたいでしょう?」

そう言って笑うお姉ちゃんは、今までに見たことのないような顔をしていた。
奔放でマイペースで、いつもの笑顔はもっとふわふわと覚束なくて、何を考えているのか解らない、掴みどころのない様子だけれど、
今の表情はとても明快で、私にも彼女の心の内がありありと見て取れてしまった。
きっとお姉ちゃんは、この手紙の相手のことが好きなのだ、と。

2014.10.23
「歓喜」

< Prev Next >

© 2022 雨袱紗