何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
本文下にあるリンクから、特定のお相手、主人公、連載を絞り込んで検索できます。
6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。
(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。
▽ 花結び
2019.04.09 Tue * 12:35
(桜SS 9/10)
「あのお花からあのお花までぐるっと囲むの。それから、ちょっと遠くに集まっている弓なりの部分、あれが頭になるんだよ」
「え、あれが頭なの? それじゃあ目は何処にあるのよ、分からないわ」
「本当にポケモンなんでしょうね?」
シンジ湖の水面を彩る桜の花弁を楽しそうに指さしている。あの一枚だけ浮かんでいるところが目に見えるでしょう、と歌うように告げている。
傍で少女の目線に屈み、その小さな指先を目で追うマーズは、けれども少女の見ているものを捉えることができずに「分からない」と首を捻るばかりである。
ジュピターもその隣で困ったように笑いながら、けれどもふと、離れたところにいるサターンへと振り返り、指をくいと示してみせる。
サターンがクーラーボックスからサイコソーダを3本出して次々に放り投げれば、彼女はにっと笑って両手を伸べ、それを受け取る。
3本目は受け損なって、危うく地面に落ちそうになる。その焦り顔に小さく笑う。
舌を出して笑い返してきた彼女は「貴方は仲間に入れてあげないわ」とでも言わんばかりにわざとらしく背中を向け、サイコソーダを二人に渡し、幼い乾杯の音頭を取る。
少女は一口だけサイコソーダを飲み、再び桜が描く何者かの解説を始める。
……花見とは、桜を見上げてするものだ。
か細い枝へと豪華に咲くその色に感嘆の溜め息を吐くのが正しい作法であり、湖に散り落ちた花弁を愛でる彼女達のやり方はきっと間違っている。
けれどもそれを遠くで見ているサターンも、そしてその更に遠くから彼等を見ているこの組織の長も、そうした「型破りな花見」を咎めたりしないのだ。
湖にぽつぽつと浮かぶ桜を結んで何らかの姿を作ろうとする少女のそれは、大昔の人が夜空の星を結んで星座としたあの試みにひどく似ていて、
ああ、何も間違ってなどいないじゃないかと、キャンバスが夜空から湖に置き換わっただけのことじゃないかと、そう思えてしまったからこそ、サターンは何も言わなかった。
そして更に遠くに在る男は……サターンと同じようなことを考えて口をつぐんでいる、という訳ではなく、生来の寡黙さが故に、言葉を発さずにいるだけなのだろう。
その無言は悉く「長」らしくないものであった。けれどもその「らしくなさ」を許し合える関係が既に彼等の間には結ばれていた。
故に、もう彼は無理をして言葉を饒舌に連ねる必要がなく、不機嫌を示すためではなく感謝と安堵を表するために口を閉ざすことを選べる人間になっていたのだった。
「ねえ、アカギさん! アカギさんなら分かるよね? ほら、お花がいっぱい集まって弓なりになっているところが頭で、手前のちょっと尖っているところが尻尾だよ」
「アカギ様、助けて下さーい! あたし達にはもうお手上げです」
名を呼ばれた男はサターンの横をすいと通り過ぎ、真っ直ぐに彼女達の方へと歩み寄る。さてどうなるかと少し愉快な心地になったサターンもまた、少し遅れて歩を進める。
少女の懸命な説明にもかかわらず、マーズもジュピターもその桜が描くものを見ることができていない。サターンにも、少女と同じものはまだ見えていない。
けれどもこの男ならあるいは、と思ってしまった。この方ならきっと造作もなく見抜いてしまうのだろう、と信じていた。
それはほとんど確信に近い祈りであったため、サターンはまるで「祈ってなどいない」といった風に澄まして、男の横顔を呑気に眺めることができたのだ。
しばらくの間、湖に浮かぶ花弁を男は無言でじっと見ていた。この場にいる誰もがそれに倣って沈黙していた。
やや強い風が湖面を震わせ、浮かぶ花弁が羽ばたくように揺れた。
「クレセリアに見える」
少女がぱっと笑顔になる。勢いよく満開を示したその藍色を見て、サターンはようやく「今日はいい花見日和だ」と思えてしまう。
天を読む藍 ヒカリ/サターン/アカギ▽ やさしい死体は樹の下へ
2019.04.09 Tue * 9:44
(桜SS 8/10)
丈の長い真っ白のワンピースから覗く足は、その白に負けない程に悉く色素を落としている。
春風を掴むように宙を撫でる指は飴細工のように繊細であり、華奢な背に流れる長い髪は滝のように流麗であり、遠くの樹を見据えるその目は花のように優美である。
そんな彼女、花である彼女が「走っている」。手折られた花が、澄み切った花瓶の水しか知らない花が、大地に植えられた樹に咲く花へと駆けている。
ああ、と男は思った。本当にそうであればいいのにと、悲しくならずにはいられなかったのだ。
本当に、貴方がこうであればよかったのに。
外に出ることを恐れず、走り方を心得ていて、一人になることを躊躇わず遠くへと駆け出せるような、そうした貴方であればよかったのに。
けれども、夢でさえこの花はあまりにも美しい。この花に注ぐべき水の純度を男は知らない。この花をどのように愛せばよいのか、男にはまだ分からない。
男の夢が男の願いを叶え、男の愛すべき人が元気に走っているにもかかわらず、男は苦しかった。
夢は醒めるものだ。花が枯れるものであるのと同じように、この奇跡を永遠に留め置くことなどできやしないのだ。
きっとその永遠は「生きている」限り、誰にも手に入れられるものではないのだろう。
「ズミさん、見て。花がこんなに沢山」
その大樹は、カロスに生える金木犀の木とは随分と様相の異なるものであった。カロスではまず見ない植物であったが、男はその名前を知っていた。
カントーやジョウトに咲く花。一気に咲き誇り刹那に散る花。まるで死ぬために生まれてくるかのような、そのあまりにも美しい命には「桜」という名前が付いている。
そして今、この桜の樹は満開の頃を過ぎ、あとは散るのみといった風貌であった。彼女の足元にも、枝から離れた桜の花弁が敷き詰められていた。
その桜の死骸の中心で彼女は笑っている。膝を曲げて屈み、その死骸を両手いっぱいに掬い上げる。
微塵の躊躇いもなくその死骸に自らの鼻先を押し当てた彼女は、鈴を転がすように笑いながら男に死刑の宣告をする。
「やっぱりお花って素敵ね、わたしもこんな風になれるかしら?」
彼女ならあるいは、と考える。なれてしまうのだろう、と思う。
他の誰にもできないことであったとしても、このあまりにも美しくあまりにも生きづらい女性にならそれができてしまうのではないかと、思ってしまう。
けれども男は肯定の言葉を紡がなかった。否定もしなかった。
ただ沈黙して、彼女の朗らかな笑顔……現実の世界では先ず在り得ない「陽の当たる場所に立つ彼女」の笑顔が、歪む瞬間を待っていた。
その笑顔がぐにゃりと歪み、溶け、桜の死骸と混ざり合い、夢に終幕を下ろしてくれるのを待っていた。
あの人はまるでお花のようです、という、もう顔も名前も忘れてしまった家政婦の言葉が、男の脳髄にチクチクと突き刺さって、なかなか抜けてはくれなかった。
*
第二章31話くらいの夜に見ていたかもしれない夢
やさしくありませんように アルミナ/ズミ▽ 土色の桜を共に愛でよう
2019.04.05 Fri * 17:52
(桜SS 7/10)
お電話ですよ、と呼び出しがあったので、自室に戻りパソコンを起動させて、ディスプレイに相手の顔が表示されるのを待った。
ややあってから「ザオボーさん!」と聞き慣れた甲高い声が聞こえてきたので、男は「はいはい、聞こえていますよ」と笑いながら滞りない通信を報告する。
「いつもより元気じゃありませんか。そんなにカントーはいいものですか」
「そりゃあそうですよ、私の故郷なんですから嬉しいに決まっています! それに、ほら、今は桜が咲いているんですよ!」
桜、という、常夏のアローラには咲き得ない部類の花の名前を出され、植物にそこまで造詣の深くない男は、その花の姿を思い出すのに随分と時間がかかった。
確か、木に咲く花で、淡い、本当に淡いピンク色をしていたような気がする。
気温が上がる頃に一気に咲き、3日か4日ほど満開の姿を見せてから、あまりにも呆気なく散ってしまうのだ。
カントー地方で「お花見」と言えば、それは単に花を観察することではなく、この「桜」のたった数日間の美しい姿をその目に収めることを指している……らしい。
「見えますか?」と告げつつ、少女は通話媒体であるカメラを上空へと向ける。底抜けに明るい空に伸びる枝は、大量の花をそこに実らせていた。
綺麗でしょう、と同意を求めてくる彼女に「ええ、ええ綺麗ですとも、分かっていますよ」と告げれば、そうでしょうそうでしょうと甲高い声で更に被せてくる。
彼女ほどの、まだティーンにも届かない年齢の子供でさえ、その「たった数日の美」の尊さを知っている。
その事実を改めて脳裏に反芻すると、男はなんだかくらくらと眩暈がする心地になってしまう。
その尊さは、アローラの人間には感じ得ないものだ。たった数日を愛せるほど、アローラの人間は刹那を許す寛大さを持ち合わせていないのだ。
「この桜、お土産にしましょうか? エーテルパラダイスまで花弁を持っていきますよ!」
「ほう……君にそのような粋な心があったとは驚きです。綺麗なものは人を変えるのですねえ」
「……ふふ、あはは! 引っかかりましたねザオボーさん!
桜が綺麗なのは今だけです。あと3日もすれば、散った花弁なんてあっという間に干からびて土色になっちゃうんですよ」
「ええ、ええ分かっていますとも。その汚い姿を、宝石でなくなった醜い桜を見せてくれるのでしょう? ミヅキ」
くつくつと笑いながら男はそう返す。ぴた、と少女の甲高い笑い声が止む。
パソコンのディスプレイはただびゅうびゅうと、桜を吹き荒らす強い風の音を男の耳へと届けるばかりだ。
「その土色を持ってきなさい。一緒に愛でましょう」
「……あーあ、残念だなあ。汚い桜にがっかりしてくれると思ったのに」
たっぷりの沈黙を挟んでから少女はそう告げる。-38℃の世界からとうに脱し、宝石になることをとうに諦めた少女が、悔しそうに悲しそうに笑う。
それでも彼女はその約束を守るだろう。干からびて、ともすれば腐臭さえ漂わせているかもしれないその土色を持ってくることだろう。
呆気ないものですねえ、と、笑いながらその花弁を摘まみ上げる瞬間が今から楽しみであった。
その隣に生きた少女が、36℃の平温を保つ少女が、小石であることを認めてしまった少女がいてくれるだけでよかったのだ。
「楽しんできなさい。そして、必ず戻ってくるように」
マーキュリーロード ミヅキ/ザオボー▽ いのちの舞
2019.04.05 Fri * 11:15
(桜SS 6/10)
(タイトル的にはいのちの音といのちの色を意識しているけれど物語としては特に関連性はない)
夏は暑くて乗れたものではない。冬もまた、寒くてのんびりと景色を眺める余裕などない。よってこいつの誘いに快諾するのは、春か秋と決まっていた。
稀に私が根負けして真夏や真冬に付き合うこともあったけれど、それでも楽しめるのはやはり穏やかな気候の頃なのだった。
窓ガラスに貼り付いた桜色に指を押し当ててみる。友人の住む土地に馴染みの深いその花にその連理を重ね、そろそろお花見の誘いが来る頃だろうかと、思ってみる。
「イッシュにもその花は咲いているのに、こっちで花見をしたことは一度もなかったね」
向かいの席からそんな言葉が飛ぶ。確かにお花見の舞台はいつだってジョウト地方だった。
エンジュシティという場所は、春も秋もひどく鮮やかで、毎年見ても飽きないのだ。
「そりゃあ、ジョウトの桜の方がずっと派手で綺麗だもの。こっちじゃ、桜っていう花を知っている人の方が少ないんじゃないかしら」
「折角、ジョウトと同じように四季があるのに、勿体ない話だね」
「いいじゃない。桜はジョウトに映えるのよ、そういうものなのよ」
誰だって、より綺麗な場所で綺麗なものを見たいと思うだろう。より楽しめるところへ人の足が向くのは自然なことだ。
桜や紅葉にはジョウト地方に軍配が上がるけれど、海の美しさならイッシュが勝っている。4人で行う海水浴の舞台は、決まってイッシュのセイガイハシティだった。
そういう意味で、お花見の舞台にイッシュが選ばれることはまずない。
1番道路に舞うささやかな桜色の風を知る人は、あの近辺に住む私達を置いて他にいない。
「イッシュの桜は愛でられるために咲く訳じゃないわ。この子はきっと、誰かを送り出すために咲くのよ」
あの桜色の風に背中を押される形で、当時14歳だった私の旅が始まったことは、きっとこいつでさえ知らない。
彼は、こんな詩的で浪漫に溢れたことをぬかす珍しい私を大きな目で呆然と見ていたけれど、やがて新芽を生やす若枝のようなキラキラした笑みを浮かべ、
「それじゃあきっと、イッシュの桜には目を向けるのではなくて背を向けるのが正しいのだね」と、私のなけなしの風情をその言葉でめいっぱい肯定してくれた。
窓ガラスからひらりと離れたイッシュの桜から視線を逸らし、背を向けて座る。小さく「ありがとう」と、珍しい私を茶化さなかったことへの感謝を述べてみる。
彼は照れたように萌黄色の頭を掻いてから「それじゃあお礼にもう1周してくれるかい?」と尋ねてくるので、私はもう、困ったように笑って頷くしかない。
▽ 褪せた色よ、褪せない私をどうか見ないで
2019.04.01 Mon * 8:30
(桜SS 5/10)
(Methinksのネタバレに容赦がない)
スケッチブックを広げている。視線の向こうには八分咲きの桜がある。足元の芝生には水彩色鉛筆が無造作に転がっている。
小さなコップに水が満たされている。絵筆をそこに浸す。水をたっぷり吸いこんだその毛先がスケッチブックの上を踊る。水彩色鉛筆で描かれた桜の彩度がぐっと上がる。
ああ、いつか、その筆で私を書いてくれたことがあったような気がする。あの絵はあまりにも綺麗だった。私じゃないみたいだった。
水彩色鉛筆で描かれたそこに水をたっぷり含んだ絵筆を置く、その瞬間が好きだった。魔法のようで、その魔法に私が彩られていくことが誇らしくて、嬉しくて。
「そんなことをして何の意味があるの?」
「!」
少女は振り向く。海の目が緩慢にぱちぱちと瞬きを繰り返している。右手から絵筆がぽとりと落ちて芝生に埋もれる。強い風が吹く。水彩色鉛筆がコロコロと遠くへ走る。
口を開く。何か言っている。でもよく聞こえない。風のせいだ。風が彼女の声を掻き消しているのだ。
「貴方は有名なアーティストでも、芸術に長けた画家でもないでしょう? なのにそんなものを描いてどうするつもりなの? そんな、貴方だけが満足できる拙いものを、描いて」
少女の声は聞こえない。私はそれをいいことに更に続ける。
「そんなもので過ぎる一瞬を永遠にできると、貴方は本気でそんなことを思っていたの?」
本気でそう思っていた。「私」がそう思っていた。
彼女の指先には、彼女の言葉には、彼女の信託には、彼女の命には、過ぎる一瞬を永遠にする力があるのだと、私は信じて疑わなかった。
ところがどうだろう。永遠を得たのは彼女ではなく私だった。そのような指先も言葉も信託も持たないはずの私が、彼女のあれ程焦がれた永遠を呆気なく手にしてしまった。
そしてこの彼女は、どんなアーティストよりも心を揺さぶる一瞬を紡ぎ、どんな画家よりも美しい絵を描く彼女は、何も持たなかったはずの私を置いて、先に。
「その桜もきっと、私がほんの少し眠れば枯れて無くなってしまうのに」
「それでも貴方は見てくれた。この綺麗な桜を、私と一緒に。だからもういいの。その一瞬があれば、桜も私も救われる」
急に聞こえてきた彼女の音に私は驚く。凛としたメゾソプラノが私の鼓膜に突き刺さって、抜けない。
音は毅然としていた。笑顔は太陽のように眩しかった。海の目は花のようにただ美しかった。私は、見ていられなくなって目を背けた。
「でも、その一瞬なんかで私は救われないよ」
「……」
「どうして、一瞬なの。どうして、永遠じゃないの。どうして私の永遠に貴方はいないの!」
そこまで口にしたところで、垂れ幕が降りるように視界ががらりと変わる。完全に下りた垂れ幕はすぐさま私の目蓋に置き換わり、そうして私は目覚めるのだ。
白い天井と、苦いコーヒーの香り、本を閉じる音。ゆっくりと体を起こせば、私の寝言に気付いた彼が、読んでいた本を置いてこちらへと歩いてくるところだった。
腕時計を見る。前の数字から2年、進んでいる。今回はあまり長く眠れなかった。私にとっては、2年など深い眠りのうちに入らなった。
だからこのような夢を見たのかもしれない。だから、こんなにも寂しいのかもしれない。
「おはよう」
「……いいえ、もう一度眠ります。今度は深く、長く。今度こそ夢を見ないように」
私の永遠を分かつ相手、彼女のようにいなくなることも、桜のように枯れることも、私にこのような寂しさを植え付けることもない唯一の相手は、
そうした私の相変わらずの逃避を「そうだな、君がそう望むならきっとそれがいいのだろう」と、優しく微笑んで許してくれた。
*
300年目くらいかな?
Methinks シア/シェリー/フラダリ