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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ 私の酸素を取らないで

2019.02.20 Wed * 19:32

「やめて、呼ばないで。離して」

やっとのことでそれだけ紡いだ。男の子はあからさまに不機嫌そうな顔をしたけれど、その表情に献上する「ごめんなさい」を私は用意できなかった。
だって、私は悪くないはずだ。私があの事件に関わったのはもう1年も前のことで、私がポケモンリーグに通わなくなってからかなりの時が流れていて、
その間、この男の子や他の子供達は華々しい活躍をしていて、私にできないことをやってくれる人物は十分すぎる程にいて。

「君は……」

だから今更、私が呼ばれる理由などあるはずがない。あっていいはずがない。

「君はいつから、人の目を見て話ができるようになったんだ」

「……私は、答えないよ。それは、きっと貴方には関係のないことだから」

もし、今日という日でなければ、私はもう少し穏やかな受け答えができたのかもしれなかった。
彼の怒りを受け取って、いつものように謝罪の文句を紡いで、深く俯いて、彼の次の言葉に怯えながら、彼の好き勝手な断罪をこの身に受けられたはずだ。
彼の望む私、彼が優位に立てる私を用意して、彼にイニシアティブの全てを譲り渡しているかのように錯覚させることだってできたのかもしれない。
そうして彼が満足してこの場を去るまで、静かに待つことが、きっと私にはできた。私にはそうした、私を守るための全てが備わっていた。

「行きましょう、ズミさん」

けれども私は、そうした強固な守りの一切をかなぐり捨てて、彼を攻撃することを選んだ。
私の中にある天秤、恐れと憤りが秤に乗せられたそれが、この日初めて、私のために、憤りの方へと大きく傾いたのだ。
それは気が狂ってしまいそうな程の重さで、私ごときがその感情を使いこなすことはどだい無理な話であるように感じられた。
けれども私は衝動のままに、その憤りを放ってしまった。自らが傷付くことを恐れずに他者を傷付けようとしたのは、この日が初めてだった。

「しかし、いいのですか? 彼はまだ貴方に話すことがあるのでは」

「聞きたくないんです。行きましょう。一緒に来てくれますよね。私のしたいこと、何だって遠慮せずに言っていいんですよね。今日はそういう日なんですよね」

私から彼の手を取った。私の方から男の子に背を向けた。別れの挨拶さえしなかった。大きな歩幅でミアレシティの通りを歩いた。彼は、隣にいてくれた。
心臓が高鳴っていた。恐怖でも歓喜でもなく高揚に高鳴っていた。握った手に力を込めた。長く伸ばした爪で、彼の手の甲に跡を付けたくなってしまった。

貴方が私に居場所をくれる。どこまでも落ちていったとしても、貴方と結んだ恋の器が私を受け止めてくれる。私はそうしてようやく人並みに前を向ける。

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▽ Insomnia of Obsidian(USUM・未定)

2019.02.20 Wed * 12:21

ミヅキが泣いている。あの船着き場で泣いている。

いつも彼女は「其処」にいる。私の目蓋の裏にいつだってその光景は潜んでいる。私が目を閉じる度に、それは息を吹き返してあまりにも鮮やかに蘇る。
夢の中で私の形をしたミヅキが、私の知らない土地を駆け、私の知らないポケモン達と出会い、私の知らない女の子と出会い、その全てに大好きと笑いながら告げる。
髪を真っ白に染める。青いリップを唇に塗る。見せつけるように危険な大人達を慕う。崖から飛び降りたり海の水を飲んだりする。

そうして、常夏の地で踊り疲れたその悪魔は、やっと手に入れた平穏と幸福を喜ぶように、氷の中で眠るのだ。

恐ろしい夢。夢であればいいと思っていたそれ。けれどもそんな夢、この私には何の関係もないことであったはずだ。
あの夢の中にいる少女が、私にそっくりな姿をしていて、私と同じ名前であったとしても、それでも、私は、あの子とは違うはずだったのだ。
確かに、このアローラという土地は夢の中のそれに似ていて、私が抱き上げたポケモンも、ミヅキが抱き上げた子と瓜二つだったけれど、
それでも、これは私の物語であるはずで、私は今度こそ、この土地で誰にも忘れ去られることのない人物に、主人公に、なることができる、はずであって。

ああ、それなのに、それなのに。

「助けて……ほしぐもちゃんを!」

どうして貴方がいるのだろう。どうしてミヅキを見るのと同じ目でこの私を見るのだろう。
どうして私はミヅキのように、この少女を嫌ってはいけないと思ってしまうのだろう。どうして私はミヅキのように、こんなにもこの少女を恐れているのだろう。
どうして私は、私こそが「ミヅキ」であるかのように思われてしまうのだろう!

寒かった。あまりにも寒かった。震えが止まらなかった。常夏の地は私の故郷よりも、ずっと寒くて恐ろしくて、悲しいところだった。
目を閉じずとも、夢を見なくとも、あの氷の冷たさを私はすぐに思い出すことができた。
ミヅキが手に入れた幸福な死の温度は、これからもずっと私の背にまとわりついて、きっと一生離れることがないのだろうと思われてしまったのだ。

震える足で、吊り橋を渡った。もうこのまま、足を踏み外して身を投げてしまいたいとさえ思えた。
コスモッグを抱えたときも、吊り橋が崩れたときも、カプ・コケコが助けてくれたときも、私の心は-38度に凍り付いたままで、恐怖以外の一切を感じることができなかった。
ただ恐ろしくて、寒くて、どうしようもなかった。ミヅキが塗っていた青いリップよりも、きっと私の今の顔は青ざめていた。

このままではいけない。またミヅキが眠ってしまう。
私に憑りついたミヅキという悪魔に導かれるがままにしていれば、きっと私も同じようにああなってしまう。
私も-38度で、眠ることになってしまう。

「ありがとうございます……!」

笑顔でお礼を告げる宝石の顔を見ることができなかった。私は踵を返し、震える足を引きずるようにしてその場から立ち去ろうとした。
けれども宝石はミヅキを呼び止める。宝石一人ではこの山を下りられないからだ。そんなことは分かっている。ミヅキが分かっているから、私も分かっている。
待ってください、という声と共に、宝石が私の腕を掴んだ。それを乱暴に振り払い、私は叫んだ。

「馴れ馴れしく話しかけるな! ミヅキはお前みたいな甘ったれた奴が大嫌いだ!」

私は、眠らない。
絶対に、このミヅキを眠らせたりしない。

 

▽ 14 +【67】+ 8 = 89

2019.02.19 Tue * 8:08

Methinksのネタバレに容赦がない)

死ぬことへの恐れはありますか、と彼は尋ねた。いいえ、ありませんと彼女は答えた。
その凛とした語り口、けれども長すぎる時の中で掠れてしわになることを余儀なくされたその声。
閉じられた瞳、弱視を極めたその目が男の表情を捉えることはなく、枯れ木のように痩せた手が彼へと伸ばされることもきっとない。

けれども彼女はその変化を誇っているようにさえ見えた。
声が掠れて張りを失ったことも、目が見えなくなったことも、体を自由に動かせなくなったことも、全て「私」の一部として彼女は受け入れ、きっと愛していた。
老いてしまっても、死というものを傍らに迎えても、それでも尚、彼女は彼女であるのだと男には分かっていた。分かってしまっていた。

だからこそ、あの地下で眠る少女を起こして此処に連れてくるということが、どうしてもできなかったのだ。

「向こうには、私の大好きな人達がいます。だから死んでしまっても、休んでいる暇なんてないんです。探しに行かなきゃいけない。会いに行きたい」

「ええ、きっと皆、貴方を待っている」

男の言葉を受けて彼女は静かに笑った。そして目を開けた。
薄くなったその色、濁っていると形容しても差し支えないその色を、もう何も捉えることのできないその海を細めて、彼女は恐る恐るといった風に、口を開く。

「……ごめんなさい。家族の前では言えないことだから、少しだけ、弱音を吐いてもいいかしら」

構いませんと答えた。ありがとうと返ってきた。小さく吐いた息と共に海が溢れた。静かに流れた。
彼女が零す最期の後悔がどのような形をしているのかを、聞く前からもう男は察してしまっている。
だから聞く前に左手を強く握りしめた。彼女に男の表情など見えるはずもないのに、努めて平静でいなければと思われてしまったのだ。
これから一気にこみ上げるであろうあらゆる感情を押しとどめるための硬い拳が、彼にはどうしても必要だったのだ。

「私は、待つことができないんだわ。どれだけ待っても100年は来ないし、花は咲かないし、会うこともできない。貴方とあの子の時間の果てに、私はいられない。
でも、それがあの子の望んだことなんですよね。あの子は今、貴方と一緒に、貴方とだけ一緒にいられて、とても、とても幸せなんですよね」

「……」

「お願いします。どうか私を覚えていてください。貴方の記憶の中に私を置いてください。100年が経っても、200年が経っても、私を覚えていて。
此処で死んでしまう私の欠片を、攫って、連れて行って。私の想いがこれからも、あの子の傍にあるのだって信じさせて」

その必要はない、と男は思った。そんなことをせずとも、などと思ってしまった。
けれどもそうした真実を、この懇願を拒絶する理由とするのはあまりにも薄情だとも思った。
だから男は大きく頷いた。頷いて、承諾の意を紡いだのだ。その上で、気休めでも励ましでもない、彼女の中に生きる真実を告げようと思ったのだ。

「ええ、貴方を連れていくと約束しましょう。貴方のことをずっと覚えていると誓いましょう。けれども代わりに貴方の方でも、覚えておいてほしいことがある」

「……何かしら?」

「わたしが連れて行かずとも、貴方は我々と共にいます。貴方はこれからの永遠を彼女の傍で過ごすのではない。彼女の中で過ごすのだ。
彼女は貴方を忘れていない。何を忘れても、貴方のことだけは覚えている。この70年余りの間、ずっとそうでした。おそらくこれからもずっとそうなのでしょう。
だから貴方が待つ必要など端からなかったのです。貴方と彼女は一度も、ただの一度も、別れたことなどなかったのだから……」

最後の方は消え入るような声音になってしまった。もう、男にはそれ以上を紡ぐことができなかった。
新しい旅路、おそらくは男が永遠に踏み入ることを許されないその旅路へ向かおうとするこの女性へと手向ける言葉の温度に、彼が耐えられなかったのだ。
何度も、何度も、こうして男は知人の死を見送ってきた。死の床に必ずしも立ち会えた訳ではなかったが、こうした別れの言葉を紡ぐことには慣れていた。
それでもやはり、別れの度に彼の心はひとつ、また一つと潰れていく。潰れた心の上にある鉛のような重石を抱きかかえて、彼はこれからも生きていく。
長い、長い時間をかけて、その重石は風化し、砂となって消え去るのだ。

けれどもこの女性に託された重石だけは風化することなく、彼の中で、そしてあの少女の中で、きっと永遠に残り続ける。
彼女の最期の「ありがとう」を、きっと彼はいつまでも覚えている。
つまりはそういうことなのだ。彼や少女のようにあの光に呪われずとも、祝福されずとも、そこに命がなかろうとも、彼女の一瞬が絶えることなど在り得ないのだ。

彼女の一瞬は永遠になる。我々の中で、永遠になる。

「どれだけ待っても100年は来ないし、花は咲かないし」 → 彼女の愛読書「夢十夜」の第一夜を意識した言葉

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▽ 三日月が祓うことを忘れた夢

2019.02.18 Mon * 11:43

赤いギャラドスがいる湖。テレビに映っている遠い場所。1階からお母さんが私を呼んでいる。私は部屋の中央に立っている。
これから私は、私がどうなるのか知っている。私は階段を下りて、外に出て、お隣に住む男の子と一緒に、町外れの湖へ向かうのだ。
そこで現れた野生のポケモンと戦うために、近くにあった鞄からボールを取って、投げて、あの可愛い子が、私の大好きな子が、出てきて。

「……私、昔に戻ってきちゃったのかな」

綿飴の海に沈んでいるような心地のまま、ゆっくりとしか動かない腕で鞄の中を探る。中にあったのは真新しい日記帳だけだった。
トレーナーカードも、モンスターボールも、ポケモン図鑑も、何もなかった。エンペルトも、レントラーも、ギラティナも、誰もいなかった。
皆がいない。皆に会えない。

でも、貴方だけはそこにいた。
部屋の隅っこに影を伸ばしたそのポケモンは、私がこの世界でどのように生き始めるのかを見守ろうとしているかのように、いてくれていた。

「この夢は貴方のものなの? 私に悪夢を見せているの? 私にとって「旅が始まること」は、悪夢なの?」

その影は、ダークライは答えてくれなかった。
顔が火照ってしまいそうな程のぬるい空気の中で、私はぎゅっと強く目を閉じた。そうすれば、ちゃんと夢から覚めてくれるはずだと思ったからだ。

案の定、次に目を開けた私は、ちゃんと私の家にいた。
毛の長いカーペットに転がったまま眠ってしまった私の背に、ブランケットが被せられていた。
きっとお母さんがかけてくれたのだ。そう思ってキッチンを見遣ると、エプロン姿の優しい後ろ姿から鼻歌が聞こえてきた。
あの背中に「行ってきます」と言わなければ。そう思い、手をカーペットに着けて立ち上がろうとした。けれども、できなかった。

そうだ。もう旅は終わってしまったんだ。私にはもう「行ってきます」を言う理由がないんだ。

私の会いたい人、私がどうしても会わなければならなかった人は、旅の終わった世界の何処にもいなかった。見つけられなかった。
終わってしまった旅の続きに出掛けたところで、もう何も変わらない。
私はずっと、私の悲しさと私の大好きな人達の悲しさとを、抱えて、悔いて、嘆いて、生きていかなければいけない。

「……」

私は再びカーペットに頭を預けた。頬を撫でる長い毛に目元をうずめつつ、鞄から一つのモンスターボールを取り出し、両手で抱くように握りしめて、目を閉じた。
先程まで眠っていたにもかかわらず、驚くほど早くに意識が朦朧としてきた。まるで熱にうなされている時のようだった。
そのどうしようもない熱さが、今の私、全てを終えてしまった私への道標になると信じて、私は夢の中へ戻っていった。

私には旅をする理由がない。でも夢の中にはある。あの場所には、私が旅を始めるための全てが残っている。

上に落ちる水でも天を読む藍でも、一途が故に、彼女は変わらない世界を延々と繰り返し続けてしまう。
ちなみにこの夢は、モノクロステップ秋編で英雄が彼女に声を掛けるまで、終わりません。

 

▽ 私はもう地獄に行く資格を持たないのですか?

2019.02.16 Sat * 15:35

(参考:20度超の酩酊にどうか楽園の夢を見て

ホウエン地方での旅が決まった直後、友人と会う機会に恵まれたので、私はあの人に買ってもらった赤い服一式を身に着けた。
いつもは自室でお留守番をしてくれているプラスルを、今日こそはしっかりと腕に抱いて、その子の長い耳と私の紅いリボンを指さして「お揃いね」と笑い合った。
シルフカンパニーの応接間を一室、彼女のために空けてもらった。先にそのソファへと腰掛けて、私は目を閉じた。
彼女がどんな顔でこの部屋へと入り、どんな顔で私に「おめでとう」と言うのだろうと考えながら、プラスルの耳を飽きずにずっと撫でていたのだ。

彼女はきっと、私が旅に出ることを祝福してくれる。そんなことは分かっている。問題はその先にある。
強欲で傲慢な彼女はきっと不安そうに微笑んで、私のこれからをそっと案じるのだ。
自由で身軽な私に、全てのしがらみから解放されてホウエン地方へと羽ばたく私に対して、悉く不適切な助言をきっと彼女はしてのけるのだ。
重たい枷を引きずるように生きている彼女は、きっと自身と私が「同じところ」にいるなどという勘違いをしているのだ。

だから私は、困ったように笑う彼女の前で、彼女を小馬鹿にするように、こう、まくしたててみるつもりだった。
私はもっと楽しく自由に旅をしてみせる、幸せと戯れるようにこの土地を駆け抜けてみせる、旅ってそういうものよ、貴方は最初から間違っていたのよ、と。

私は間違えない。私は愛とか絆だとかいうものに足を取られたりなんかしない。私は、貴方とは違うわ!

……誤解されるかもしれないので一応、付け足しておくと、私は別に、あの小さな友人のことを嫌っている訳では決してない。
寧ろ、好きだった。大切な友人だった。尊敬していた。彼女と出会えたことは私の誇りだった。そしてだからこそ、許せなかった。
長い髪を世界への供物として捧げた、2年前の凛とした彼女。
その愛だとか絆だとかいうものを小さな体で大きく振りかざし続けて、遠い土地に生きる多くの人を救ってみせた、あの美しい彼女。
あの子がいなくなってしまったことが、私はどうしても許せなかった。あの子を隠した今のあの子のことが、腹立たしくて、もどかしくて、嫌いだったのだ。

これはそんな、変わってしまった彼女への嫌がらせであると同時に、私なりの激励のつもりでもあったのだ。
「しっかりしなさい!」と、彼女の頬をぺちと叩いてまくし立てるような激励の仕方は、どうにも私に馴染まない。だからこのような方法を選んだのだ。
私のこの言葉が、友人を立ち直らせる一助になれると信じて、私は悪い言葉ばかりをわざとらしく選んで、彼女の前で歌おうとしていた。歌う、つもりだった。

「旅、楽しんできてね」

ああそれなのに、目の色を完全に変えてしまった彼女が、泣き腫らしたその瞳に綺麗な海を移さなくなってしまった彼女が、
疲れ果てた笑みで、私の名前を呼ぶことさえ忘れて、弱々しくそれだけ告げて、押し黙ってしまったものだから。
その声よりも、彼女の背後にある応接間の扉がパタンと閉まる音の方が、ずっとずっと大きく聞こえてしまった、ものだから。

「貴方、今度は何をしたの」

私は用意していた言葉も、友人への気取った激励の音も忘れて、大きな歩幅でカツカツと彼女へと駆け寄り、小さな肩を鷲掴みにした。
そうする他に、この煮え滾るマグマのような感情を処理する方法が見つからなかったのだ。

「どうかしているわ。そうよ、どうかしているのよ。貴方、もっと賢かったはずでしょう。貴方はもっとちゃんと、利口に誰かを想える人だったはずでしょう。
それなのに、この私によくも! よくもそんな顔を見せられたものだわ!」

ああ、彼女の矜持は何処へ行ってしまったのだろう。今度は何に思い煩ってしまったというのだろう。
あまりにも酷い、と思った。ただ悔しかった。数か月ぶりに顔を合わせた友人の、非言語的な裏切りを目の当たりにして、私はもうどうにかなってしまいそうだった。

どうして彼女は、私のいないところでこんなにも変わってしまうのだろう。どうして変わってしまう前に、私を呼んでくれなかったのだろう。
協力を仰ぐことは彼女の十八番であったはずなのに、彼女はそうして多くの人と協力して、かつては世界さえ変えてみせたというのに。
どうして、自分のためだけに誰かの力を借りるということをしないのだろう。どうしてその相手に、私を選ばないのだろう。
どうして私は、あの頃の凛とした美しい友人を呼び戻すことができないのだろう。

遣る瀬無さにもう一度、彼女の肩を大きく揺さぶった。すると、その肩に提げていた鞄がすとんと細い腕を滑り、白い床の上に軽い音を立てて落ちた。
開いてしまった鞄の口から、一つのモンスターボールと、綺麗な小さい球体が転がり出てきた。
そのポケモンの目を私は知っていた。プラスルもその姿に覚えがあったのだろう、歓声を上げてボールを拾い上げ、中の「彼女」に向かってにこっと微笑みかけていた。

「貴方、もしかしてあの時のラルトス?」

タイトルはサーナイトの言葉

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