神の国のみはらしはいかが

<2>

 二年に進級してからは、俺は毎日のように深夜、あいつと二人きりで会う時間を設けた。俺が一番になるための計画を練り合う日々はまあ悪いものではなかった。俺が寮長になり統治する未来のスカラビアを「神の国」と形容したのは彼女の方だった。「私にとっての神様が、スカラビアのみんなにとっての神様になれるのなら、それってとっても素敵なこと」とは彼女の弁で、俺はそうした彼女のめでたい言葉にまんまと励まされ、救われていた訳なんだ。

「俺が寮長になれた暁には、お前を副寮長に推薦してやるよ」
「そんな、無理だよ。人前でまともに喋れない副寮長なんてお荷物にしかならないでしょう?」
「それくらい俺が幾らでもサポートしてやるさ。カリムのお守りに比べれば軽すぎるくらいだ」
「……ねえ、要らないよジャミルくん。そんなもの要らない」

 あれは期末テストが終わり、オクタヴィネル寮でイソギンチャク騒ぎが起きた頃だったと思う。いつものような気軽さで語った俺の抱負が珍しく彼女に拒まれてしまったのだ。俺の存在や言葉が蔑ろにされたことも否定されたことも、それまで一度もなかったように記憶していたがために、彼女の「そんなもの要らない」は思いのほか、俺に堪えた。だがその後がもっと厄介だった。彼女は、未来の副寮長という肩書きの代わりに、もっと簡単でもっと重く、もっと残念なものを俺に求めてきたのだ。

「私は副寮長よりも、ジャミルくんの友達になりたいな。ね、ジャミルくんの夢が叶ったら、その神の国に私を置いてくれる? 私と、もっと仲良くしてくれる?」

 友達、とは。
 今の俺たちを形容する間柄として、ひどく軽すぎるようにも、重すぎるようにも、的外れなようにも感じられた。秘密の順守と隷属をきっかけとして結びついたこの関係は、友達と呼ぶには爛れ過ぎていたはずだ。だが他の誰にも明かせない心のわだかまりを吐き出せる、時に俺の救世主、神にさえ思われたただ一人の相手を友達と呼ぶのは、随分と軽すぎて遠すぎるようにも感じた。
 いや、そもそも男と女の間に「友達」は成り立つのか? 目の前の相手が異性であるという意識を完全に廃することが俺やお前にできるのか? お前は俺のことを異性として見たことが、まさかただの一度もなかったのか? 俺でさえ「そうだった、こいつは女だったな」と感じたことが何度もあったというのに?

「ああ、分かった。神の国で俺たち、もっと仲良くなろう」

 もうとっくに友達のつもりだった、とも、俺はお前と友達ではないもっと別のものになりたいと思っている、とも言わず、肝心なところをぼかして同意した。秋の深夜、涼しい風が部屋へと吹き込んでくる中、互いに笑いながら握り合った手はやはり華奢な女性のそれだった。俺は改めて、こいつのことを手放したくないなと思った。夢が叶った日に「男と女が仲良くなるってのはこういうことなんだよ」と笑いながら告白のひとつでもして、驚く彼女を見て幸せな気分になってやろうなどと暢気に考えていたのだった。

 

『君の夢、叶えてあげたいよ。君のための国を作ってみたい。それがたとえ短い時間で壊れてしまうものだったとしても、構いやしないんだ。神様の願いが叶った時間がほんの少しでもあれば、それは未来永劫、君の希望になるはずだから。私の役目は、その一瞬を造る手助けをすることだと思うから』

 

 秘密の夜を幾度と重ねて迎えた、この学園での二度目の十二月、ホリデーを直前に控えた頃、かくして計画は実行された。寮長であるカリムを洗脳にかけてスカラビア寮を過ぎた圧政で支配することも、効率よく寮生からの反発を買うことも実に容易かった。彼女は相変わらず俺の言う通りに動いた。カリムの世話をしつつ、洗脳して圧政を行い、寮生の不満を集めながらその宥め役に回る。彼女に任せたのは専らそれ以外の部分、俺が顔を出さなくてもいい、料理や雑務の類だった。ああ、実によく働いてくれたと言っていい。計画は完璧だった。俺は本当に、神になれるものとばかり思っていた。
 カリムの圧政とそれに苦しむスカラビア寮生、この構図の証人になってくれそうな丁度いい人間がいた。オンボロ寮の監督生だ。料理をダシにして呼びつけて、ちょっとばかし洗脳にかける形で寮の空き部屋へと軟禁した。魔力の一切を持たない人間、魔法への抵抗手段を知らない彼を洗脳にかけることは実に容易かった。まあそれでも、彼女を操っている方が幾分か楽ではあったのだが。
 といった具合に、計画は順調に進んだ。寮生が束になってカリムを糾弾し、監督生が証人となり、最後に俺が「もう庇いきれない」とカリムに頭を下げる。これで完璧、何もかも上手くいく。俺はそう思っていた。俺がそう思っていたのだから彼女だって当然のようにそう思っていた。俺たちは成功を確信していた。
 部屋に穴を開けるという破天荒なやり方でスカラビア寮から脱出したオンボロ寮の監督生が、深海から三匹の怪物を引き連れて戻って来るまでは。

 その後に起こったことに関しては、寮生やオクタヴィネルの三人衆やオンボロ寮の監督生の方が詳しいはずだ。俺のコツコツ積み上げてきた計画はアズールたちに一日足らずでパァにされ、自棄になった俺は勢いよくオーバーブロットと相成った訳だ。ああそりゃあ悔しいさ、悔しいに決まっている。これでもう何もかも終わりだ、という覚悟をしたことだって認めてやろう。
 ただ、オーバーブロットした瞬間、もうどうにでもなれという心持ちでこそあったが、恐怖や不安の類は微塵もなかった。これで自由になれる、という解放感と、これで誰しもに見限られ孤立することになったとしても、彼女だけは俺の自由を共に喜んでくれるに違いないというめでたい確信。それらを引っ提げて、俺はそれはそれは豪快に暴れ回った。子供のようにただはしゃぎ合ったのだ。カリムでもこんなに楽しまないだろうというくらいに、とにかく夢中で歌い、踊り、笑ったのだ。楽しかった。きっと一生分楽しんだのかもしれなかった。
 同じくオーバーブロットして姿を変えたと思しき、彼女の面影のある赤い化け物と一緒に。

 俺の城……砂上の楼閣とでも呼ぶべきものであったかもしれないそれは、一夜にも見たない間であったがしっかりと建てられていた。そこから見る広大な赤い砂漠の見晴らしは、何にも代えがたい程に美しかった。おぼろげな記憶であるため、景色の詳細を記載することはできそうにない。ただ、あまりの絶景に胸が軋んで泣きそうになる感覚を彼女と共有したことだけは覚えている。

 俺と彼女の踊る神の国はあの夜、確かにあった。

 

『寮長室から見る綺麗な砂漠の見晴らしを思い出して、君がこれからもずっと楽しく生きていけるようになればいいなって思うんだ。私が君に操られているときに見る赤い世界のことを思い出して、いつだって幸せになれていたのと同じように』

 

 俺のオーバーブロットを最終的に止めたのはカリムと監督生であったらしい。彼等がオクタヴィネル寮の三人衆と共にどれだけ苦労して俺を鎮めたのかは分からないが、目覚めたとき、顔をぐしゃぐしゃにして俺の無事を喜ぶあいつの姿が目に飛び込んできたのを見て、ああもうこうなるしかなかったのだろうな、と、極自然にそう思ってしまったのだった。
 俺と彼女で拓いた一夜限りの神の国、あっという間に崩れ去った城。それを惜しむ気持ちも確かにあったが、ただそれらはもう、どう足掻いてもこのような顛末に至るものだったに違いない。オクタヴィネル寮の三人衆が掻き回しに来なくとも、監督生という異分子がいなくとも、この結末は変わらなかったのだ。
 このような形で造り上げた神の国が長続きすることなど、在り得ない。俺は分かっていた。きっと彼女も分かっていた。それでも俺たちは求めた。煌びやかな一瞬を夢見ていた。神の国を思い描くことこそがきっと至福であった。
 傷だらけの彼女が隣で「上手くいかなかったけど、でもとっても楽しかったね。ねえジャミルくんはどうだった?」と、笑いながら尋ねてくれればもうそれでよかったのだ。俺はそれに「残念な結末になったが、まあ悪くなかった」と同意してやればよかったのだ。そうして初めて俺は、カリムのことを含めた全てに吹っ切れることが叶うはずだった。ようやくカリムとも、他の寮生とも、ありのままの心地で向き直ることができて……それは俺たちの夢見たハッピーエンドでこそなかったけれど、それでもそうした一夜こそが俺の希望に、なってくれるはずで。

 だが俺にそうした言葉をかけてくれるはずの相手、彼女は……目覚めなかった。俺に同調する形で自らもオーバーブロットした彼女は、自らの体の限界まで俺と一緒に「遊んだ」結果、俺とは比べ物にならない程のダメージを受けて瀕死の状態になっていたのだ。彼女は虚弱でも非力でもなかったはずだが、それでも魔力も体力も俺に比べれば弱いと言わざるを得なかった。そんな彼女がこうなるのは自明の理。オーバーブロットしてすぐに目覚めた俺の方が異質だったのだろう。当然の結果だ。当然の……俺への報いだった。
 報い。そうだ、俺への罰なんだろう。でなければ何だというんだ。こいつは、神の国を造るという俺の馬鹿げた夢に付き合った結果、命の危機にさえ瀕しているというのに。

 医務室に担ぎ込まれて身体の治療を受けた彼女が「女性」であることはあっという間にバレた。俺がもしその段階で全快していれば……これまでも彼女に申告しないまま秘密裏にそうしてきたように……その場にいた全員に認識阻害の魔法でも何でもかけて誤魔化すことができたのかもしれない。だが生憎俺も俺で満身創痍であったため魔法を使う余力などなく、ただ連中の驚く様を呆然と見ていることしかできなかったのだ。
 彼女の不正入学はこうして白日の下に晒された。回復したと同時に退学処分となるだろうことは容易に想像が付いた。俺が守り抜いたはずの秘密は、最終的に俺の騒動によって暴かれてしまった。その皮肉な結末に自嘲することさえもうできなかった。
 俺が去年のあの日に秘密を知らないままであれば、彼女の人生がここまで滅茶苦茶になることもなかっただろう、という罪悪感が、俺の心臓に深々と爪を立てていた。俺は俺のためにではなく彼女のために、今回の騒動を起こしたことをひどく後悔した。

 彼女のオーバーブロットした姿がどのようなものだったのか、俺には思い出せない。赤い色を纏って楽しそうに笑っていたことだけしか記憶にない。ただアズールが語るには「火の鳥のようだった」とのことだった。
 水を得意とする僕にとっては稚魚に等しい相手でしたよ、などと煽ってくるのかと思ったが、奴はいやに神妙な表情を作りやがった。挙句の果てには「彼女の件で困ったことがあればいつでもお越しください」などと告げ、スタンプ捺印済みのポイントカード三枚を俺に押し付けて医務室を出ていく始末だ。調子が狂う。なあ俺はそんなに憔悴した顔をしているのかよ、お前なんかに気遣われてしまう程に? ……とまあ、あの男が苛立ちというものを思い出させてくれたおかげで、当時の俺は少しだけ元気になれた。奴にはいつか「お返し」をするべきかもしれない。

 ……何も手に入らない人生だと思っていた。自らが従者である限り、全てがどうにもならないのだとばかり思っていた。失うものなど何もないという心持ちで挑んだ計画だった。恐ろしいものなどひとつもありはしなかった。
 にもかかわらず全てを終えた俺は、眠り続ける彼女の傍で怯えていた。どうしようもなく後悔していた。失うものなど何も持っていなかったはずの俺が、彼女というたった一人を喪うかもしれないことに、怯えていた。

 なあ、笑ってくれ。これが一番を夢見た俺の顛末だよ。

 

『君と一緒にいられなくなったとしても、君と過ごした赤い世界がなくなる訳じゃないよ。この記憶はずっと私の中に残るの。誰にも奪われることのない、私だけの希望になるんだよ』

 

 彼女が目を覚ましたのはホリデーが終わる直前のことだった。医療用のカテーテルが何本か自らの体に繋がれていることに驚きながらも、彼女はその視線を辺りにしばらく彷徨わせるだけで、随分と長く眠っていたこと、学校関係者に自分が女性であるとバレてしまったこと、俺がずっと眠る彼女の傍にいたこと、その全てを察したらしかった。そして彼女は照れたような、諦めたような、申し訳なさそうな、嬉しそうな……そうした複雑な笑顔を浮かべてから、一回、二回と掠れた咳払いをした後に、ゆっくりと俺の名前を呼んだ。

「おはよう、ジャミルくん」

 視線がぶつかった。俺はようやく、彼女の元の目の色がどうであったかを思い出して、ああこっちの色の方がずっと綺麗だなと思ってしまった。命が喪われなかったことへの安堵よりも彼女をここまで長く眠らせたことへの罪悪感が勝った俺は、もうどうにも居た堪れなくなってしまって、咄嗟に目を覆って俯いた。さながら怖いものから逃れようとする子供のような不恰好さであったに違いない。目元に迫る熱さにのたうち回りたくなった。もうこんな目なんか焼け焦げてしまえばいいとさえ本気で思った。
 僅かな沈黙を置いてから、彼女はやや掠れた声でクスクスと笑った。ジャミルくんと俺を呼ぶ声が笑いの中に混ざった。泣かないで、とも聞こえて益々泣いた。

「ねえ、顔を上げて。ジャミルくんの目が見たいなあ」
「……やめろ、こんな目なんか見たってお前に得なんかひとつもない」
「そんなこと言わないで。私、君を責めてなんかいないよ。後悔だってちっともしていない。楽しいことばかりだったよ。ちょっとはしゃぎすぎただけ。だからジャミルくんがそんな顔、しなくていいんだよ」
「やめてくれ、もう呼ぶな」

 なあどうしよう、どうしたらいい。俺にはもうお前の声に罪悪感を覚えずに済む耳も、お前を真っ直ぐに見ることのできる目も、ないんだ。
 そうして自責の念に押し潰されそうになっている俺の傍、彼女は「綺麗だったね」と、あの神の国の見晴らしを想起しながらうっとりと呟いていく。

「分厚く広がる海みたいな雲はどこまでも真っ赤だったね。砂漠はキラキラしていて宝石みたいだったね。熱い空気と雷鳴の中で踊るのはとても楽しかったね。ねえジャミルくん、ちゃんと覚えてる? あの夜は……この世の何より綺麗だったんだよ」

 カテーテルの繋がった細腕で、彼女は俺の手を取った。ぬるい温度の涙が二人の指の隙間を埋めた。祈るように力を込められてしまったので、祈り返すように両手で包んだ。ようやく顔を上げた俺を見て、ひどく嬉しそうに笑う神の姿がそこにあった。
 恨んでほしかった。憎んでほしかった。なんてことをしてくれたんだと糾弾された方がずっとよかった。けれど彼女は最初から最後まで、一度も俺のことを責めなかった。そういう、残酷なまでに優しいところだけは少し、俺が嫌い続けてこそいたもののやっと許せるようになったあの主人、カリムに似ている気がした。

 

『ねえジャミルくん。楽しかったね』

 

 退学処分はすぐにでも為されるものと思われたが、学園長は「次にあるテストの結果が出るまでは在学を認める」ことにしたらしい。なんでも彼女からの強い希望があったという。次にあるテストといえば、ホリデー中に出された宿題の理解度を確認するための筆記テストと、錬金術の製作試験で、その日はもう数日後にまで迫っていた。
 次の試験の結果が出るまではこの学園の生徒でいられる。彼女からそれを聞いた俺はなんとなく、俺が一番になったところを見たいがために学園長と交渉したのではないかと思った。どうやらその予想は当たっていたようで、ホリデーが明けてすぐに実施されたそのテスト、当日の朝、俺は彼女に「頑張ってね」と言われてしまったのだ。ああそういえばもう俺は誰にも遠慮しなくていいんだったな、ありのままでいることに決めたんだったな、と思い直して、俺は彼女が近いうちにこの学園を追われることをその一瞬だけ忘れて「勿論だ」と答えて、彼女と拳をそっと突き合わせて笑ったのだった。
 俺が一番になれば、こいつはきっと喜んでくれるに違いない。半ば確信して、俺は全ての筆記および製作において本気を出した。誰にも俺の上を取らせてなるものかという気概で取り組んだ。俺の一番が、俺のせいで学園を追われる彼女への罪滅ぼし、あるいは餞別になってくれたならと、そんなめでたいことを、考えて。

 そうして迎えた成績発表の日。俺は授業が終わるなり廊下へと走った。頂点を取ったはずだという確信があった。俺が一番のはずだと信じていた。でもそうはいかなかった。俺の思いは、成績上位者の張り紙、その一番上の印字に手酷く裏切られたのだ。
 リドルやアズールさえ追い抜いた俺の上にあった、たったひとつの名前。俺の一番を誰よりも喜んでくれるはずだった奴の名前。明日にはこの学園の名簿から消されてしまうはずの名前。俺のクラスメイト、俺の手駒、俺の友達、俺の救世主、……俺の、神の名前だ。

 何だよお前、本気を出していなかったのは私も同じだった、ってか?

 俺は腹を抱えて大声で笑いながら鏡の間へと向かった。訝しむ生徒たちの声を完全に無視して、狂人と陰で罵られることを承知の上で廊下を闊歩し、スカラビア寮へと戻って自室へ転がり込んだ。金の格子が嵌められた窓、その外に広がる雲一つない青い世界、あの夜の見晴らしとは似ても似つかないそれを眺めながら、俺は笑って、笑って、少しだけ泣いた。

 俺は彼女のことについてどれだけ知ろうとしてきただろう。彼女の趣味、特技、出身地、昔の交友関係、将来の夢、そうした他愛もない話をする機会をどれだけ設けただろう。笑ってしまうほどに、泣いてしまうほどに、俺は彼女のことを何も知らないのだ、何も。ただ「彼女はいつだって俺を一番に扱ってくれる、絶対にして唯一の味方であった」という真実以外には。
 信頼できる相手だった。救世主だとも思った。神の後光を見たことさえあった。だが本来はただの女の子であるはずの彼女は……一体、何を思ってずっと俺の傍にいてくれたのだろう。俺にとって数多の救いになったこれまでの言葉たちを、彼女は一体どんな心地で放ってきたのだろう。
 何故、彼女は男と偽ってまでこの学園に通おうと思ったのだろう。何故、彼女は学園長に特例入学の申請を行わなかったのだろう。何故、俺に気に入られるためなんかにユニーク魔法を使い続けていたのだろう。何故、俺に操られることをあそこまで狂気めいた切実さで喜べたのだろう。何故、俺の友達になりたいなどと言ったのだろう。何故、俺と一緒にオーバーブロットまでしてくれたのだろう。そこまで俺へと徹底的に同調しながら、俺の夢に尽くしながら、何故、俺を好きだと、俺とずっと一緒にいたいと、ただの一度も言ってくれなかったのだろう。

 そんな彼女は明日、この学園を出る。没落した神の国から、明日、俺の神だったはずの人がいなくなる。

 ああいやだ。
 失いたくないなあ。

 

 さて。
 俺は今から、鏡の間へ向かう。絶対に赴くものかと思っていたオクタヴィネルの鏡へと、貰ったスタンプ捺印済みのポイントカード三枚を握り締めて、入水自殺でもするような意気込みで飛び込もうと思う。行き先は勿論モストロラウンジのVIPルーム、あのいけ好かないクラスメイトのところだ。
 さあ俺の手を取れアズール・アーシェングロット。どれだけだって使われてやる。いくらでも首を垂れてやる。あいつをこの学園に留め置くためなら何だってくれてやる。誰に笑われようと知ったことか。俺にはどうしても欲しいものがあるんだ。どうしても手放せない想いがあるんだ。訊きたいことが、知りたいことが、山ほどあるんだ。

 そういう訳で、俺は「これ」を書き残しておくことにした。慈悲深いが容赦のないあの男に「追加料金」として奪われたら最も困るもの、今や俺や主人の命よりも大事になってしまった、俺と彼女との記憶。それをこうして、アズールの手の届かないところへ保存しておくことにした。お忙しい寮長様は、まさか他寮の部屋に忍び込んで荒らしを働くような真似なんざしないだろうから、此処に置いていけば安全だろう。随分と雑に、とにかく急いで書き殴ったから、記憶を奪われた俺がこいつを読み解けるかどうか少々不安だ。ただまあ、彼女に褒めてもらえる程度には俺の字は綺麗であるらしいから、きっと大丈夫だろう。

 それじゃあ、行ってくる。もし一人ではなく二人で此処に戻ってくることができたなら……なあ神よ、その時はどうか俺を笑ってやってくれ。俺の懺悔を許さなくていいから、思い切り馬鹿にしてやってくれ。そうすれば戻ってきた俺も報われる気がするから。そうすればやっと「ああ、俺も楽しかった」「お前と拓いた神の国の見晴らしは泣きたくなるほどに美しかった」と、告白できる気がするから。

 
 なあ、今度こそ、目の赤くないお前と一緒にいたいよ。

+ Aftrerword


+ 蛇足

 

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