Afterword

「80℃のレシピに愛された二人の話」これにて完結です。全31話、13万字という、美しい素数での締め括りとなりました(笑)。
最後までお付き合いくださった皆さんに、まずは心からの感謝を申し上げます。本当に、ありがとうございました!

以下は裏話や設定について、いつものように書き連ねるスペースとなっております。
本編のネタバレが含まれますので、未読の方は此処でそっとお戻りくださいね。
※頂いたコメントをそのまま引用させていただいている箇所は、その方への感謝と敬意を込めて【 】で示してあります。


1、全体を振り返って
お恥ずかしながら、「波動」というものについて、私は殆ど知りませんでした。

・ルカリオには波動を感じ取り波動を操る力がある(ポケモンXY、コルニの発言より)
・波動を扱える人も存在する(ポケモン映画、アーロンの存在より)
・目を閉じていても物の動きを捉えられたり、遠くの生き物の動きを捉えたりできる(ポケモン映画、アーロンとルカリオの波動の描写より)
・生き物にはそれぞれ波動が宿っており、その大きさは個々に異なる(ポケモン映画、ルカリオがサトシをアーロンだと誤認した場面より)

……把握していたのはこれくらいでした。波動というものは、それ自体を題材として深く掘り下げるには、あまりにも情報に欠くものでした。
けれど「情報に欠く」ということは「如何様にも解釈できる」ということでもあります。
波動でどのようなことができるのか、波動の修行とは、波動のある暮らしとは、波動使いとは、どのようなものなのか、可能性は無限にありました。
「未知」の楽しさを味わうためのスパイスとして、頂いた「波動」という題材は、代え難い、至上のものでした。

波動、というものが為し得た可能性の一つとして、今回の「潜性サルターティオ」を楽しんでいただければと思います。


2、波動の力、波動の村、タイトルについて
此処では連載において、波動やその村をどのようなものとして設定していたのかを、今一度、簡単にまとめさせていただこうと思います。
少し惨い内容でしたが、あとがきで真実を濁す訳にもいかないので、誤魔化さずに書かせていただきますね。


・目に見えない、耳に聞こえないエネルギーのことを波動と呼び、それを扱う人物は「波動使い」とされる(オープニング)
・波動を操る力の素質は生得的なものであり、修行によって磨くことはできても、新たに別の力を習得することはできない(3話)
・波動は稀有な力であり、波動の村はその稀有な力を「濁さない」ために作られた隔離場所であった(3話)
・波動の村には独自のヒエラルキーが存在しており、その階級は波動の力によって厳しく分けられ、力の弱い者は火を扱うことも許されなかった(4話、5話、7話など)

・村はシンオウ地方の人里離れた森の奥にあり、村に外の人間が入ることも、村から人間が出て行くことも、表向きには許されていない(F話、J話など)
・村には必要なものを外の世界へ買い足しに行く「交易者」と、村からの脱走者を攻撃して阻む「監視者」が存在する(エピローグ)
・村はその交易者と監視者だけが旨みを得るようなヒエラルキーを恣意的に形成し、そうすることで閉じた世界を守り続けてきた(エピローグ)
・そのため、村の生活水準は数十年前の暮らしのまま、歪に凍り付いている(A~K話)

・聡明であったゲンはその真実を早いうちから見抜き、監視者の目を逃れることのできる「お祭りの日」を見計らって、2度、村を出たことがあった(F話)
・一人前の波動使いになった彼はその日の夜、大人達より交易者と監視者の役目を授かる筈であったが、それを拒み、素面のままで村を飛び出した(I話)
・ゲンを見送ったアイラもまた、ギラティナの正体と、この村の歪みを察し、1年間、機を窺い続けたのちに脱走した(K話)
・ゲンがスーパーボールの中に収めていたボーマンダはもう何十年も前から村の近くに棲んでおり、村の歴史を静かに独りで見守ってきた(J話、エピローグ)

・ゲンもアイラも村を憎んでこそいたが、村を静かに抜け出すのみで、村のヒエラルキーを外から壊しに戻るなどということは考えなかった。
あの村に守られていた人間も少なからず存在しており、文化の違い過ぎる外の世界で生きることが幸福であるとは限らないことを二人は弁えていたからである(O話)

・波動の遺伝子は稀有かつ繊細なものであり、村の外の人間と交わると潰えてしまう、遺伝学的には「潜性」のものであった(タイトル)

・【80℃は怪物の温度】であり、奇跡を起こす波動使いの温度である。


……本編で少しずつ情報の開示はしてきたのですが、それでも不十分であるように思われたので、急遽、エピローグを設けました。
あのボーマンダがその赤い翼で二人の元へと飛んで行く日もそう遠くないことでしょう。けれどこの物語では敢えて再会のシーンを書くことはしませんでした。
……というのも、ボーマンダは今もひとりであの村の子供達を外の世界へと導き続けていますが、
二人との思い出を有したこの竜はその実、もう独りではなかったのですから、敢えて「ひとりでなくなった」シーンを明記する必要がなかったのです。

この「悉く閉じた村」について、詳しいご考察を重ねてくださったコグマさんと、村に「残された子供達」を案じてくださった霙さん、
そして二人の温度についての詳しいご感想を下さった皐月さんに、今一度、心からの感謝を申し上げます。


3、「友人」と「私」という、二人の聞き手
潜性サルターティオは主人公を夢主としていない連載であったため、Pt主人公の存在は出さないつもりだったのですが、
「いつもの主人公を脇役に据えるとどうなるのだろう?」などという好奇心が芽生えてしまいまして、結局、アイラとゲンの物語にも登場していただくことにしました。
BWの女性主人公を「聞き手」として同じ位置に据えたのは、彼女が「波動に似た力を有した稀有な知り合い」を持っていたからです。
それ故に、二人の物語に強く共鳴できるのではないかと考え、あの豪胆で粗暴なBW主人公に、二人の作ったパンケーキを食べていただくことにしました。

Pt主人公が14歳、BW主人公が18歳、という描写がプロローグにあったかと思いますが、
これを「First World」の連載における時間軸に当て嵌めると「サイコロを振らない」の後編、ないし番外編のあたりに相当します。
BW主人公とPt主人公が出会ったのがこの4年前なので、二人はあれからも、こうして連絡を取り合えるような良い関係であったのだと、そう思っていただければ幸いです。
オープニングの粗暴な口調の少女を「トウコ」だと即座に言い当ててくださったすえさんに、今一度、心からの感謝を申し上げます。


4、アイラが視た波動の色と形
こちらは本当に遊び心で盛り込んだ小ネタだったのですが、アイラの感じ取る波動の色について、
【これまでの主人公を体現したものであったり、瞳の色だったりしている】ということを、言い当ててくださった方がいらっしゃいました。霙さん、ありがとうございます!


嫉妬の霧は煤の色 → SM主人公「マーキュリーロード」
誠意の風は海の色 → BW2主人公「アピアチェーレ」等
諦念の息は鉛色 → XY主人公「樹海」「木犀」等
慈愛の泉は空の色 → クリスタル主人公「青の共有」「躑躅」等

もどかしさは星の色 → アブソルのダーク「ほら、祝福は此処に」
熱意は炎の色 →パキラとフラダリ「神の花」「アクアティカの羽衣」等
怒りは血の色 → ゲーチス「アピアチェーレ」「カノンの翻訳」
覚悟は緑色 → ゲーチスとBW2主人公「サイコロを振らない」

寂しさや悲しみは……青色の時もあるし、白い時もあるし、オレンジ色の時もある
→ 青はアクロマの悲しみの色、白はBW主人公の拒絶の色、オレンジ色は、金木犀の色。


寂しさや悲しみだけ色々とバリエーションがあるのですが、強い喜びや悲しみといった感情は、その感情の依るべきところの色を反映している……という設定であったりします。
H話で初めてゲンさんが「群青色」の悲しみを見せましたが、この群青色はD話にてゲンさんが「好き」だとアイラに話した色でした。
彼は自らが村に閉じ込められていることを、自らが80℃であることを嘆いている訳ですから、色は「自らの色」である群青色になって然るべきだったのです。
もしアイラを想った悲しみであったなら、きっと彼女の好きな色……菜の花色になっていたことでしょう。

エンディングにて、アイラはBW主人公に「本当に綺麗な白い羽」を見ます。それを受けて彼女は「あいつの背中には無骨な黒い翼が生えている」と確信します。
白い羽と黒い翼というのは、実はこの二人が従えたレシラムとゼクロムのことだったのですが、「モノクロステップ」ではNがレシラムを、彼女がゼクロムを従えていました。
……色が、逆になっていますね。

「もう一人連れてくるわ」と告げた彼女に「白い羽」があった意味。Nには「黒い翼」があると彼女が確信した意味。……推し測っていただければ、幸いです。


5、各話タイトルについて
潜性サルターティオは、波動という「潜性」の遺伝子を持って生まれた二人の生き様を、甘いパンケーキの上に描いた「舞踏会」でした。
サルターティオ(saltatio)はラテン語で「舞踏会」の意味です。そのため、音楽に合わせて踊る二人をイメージしつつ、音楽記号を幾つか混ぜ込んだりもしました。
各話タイトルについての温かいコメントを下さったまるめるさん、本当にありがとう!

以下、各話タイトルから幾つか選んでちょっとした裏話をさせていただいています。
5-フォンリィの花芯:パイナップルの中国名「鳳梨」から取りました。パンケーキの上に咲いた椿の花、この花芯を彩ったパイナップルを強調させた次第です。
D-休符「フィナンシェ」:休符、としたのは此処がアイラの物語における転換点だからです。この休符以降、ゲンは「歌うように」彼女の名前を呼ぶようになります。
L-よしんば悲しくとも:「悲しい」はFirst WorldのPt連載「天を読む藍」のキーワードです。やまおとこのサターンは、彼女の理念に心から共鳴していたのですよ。
7-コロイドステップ:牛乳はコロイド溶液です。いつでもホットミルクを飲めるこの世界で、温められたコロイドの分子は液の中で軽やかにステップを踏んでいたことでしょう。
10-D.S.「ナイフ」:波動という牙を持っていた時代に戻る、という意味。
12-ラムスデンの上でワルツを:ミルクを温めると上に白い膜が出来ますよね?あれを「ラムスデン現象」と呼びます。
13-D.C.「名前の歌」:ゲンさんが再びアイラの名前を「歌うように」呼ぶに至りました。


5、感謝の言葉
50万ヒット感謝企画にて、ゲンさんの連載をリクエストしてくださり、私にこの物語を綴る契機を与えてくださった、海さん。本当にありがとうございました!
いつもの「主人公」ではない少女を中心に据えた連載を書くのは初めてのことでしたので、ぎこちなく、読みづらいところも多々あったかと思います。
また、「ソネット級(めちゃくちゃ甘い)」というリクエストを下さったにもかかわらず、私の趣味が暴走して、このような糖度になってしまいました……。
にもかかわらず温かなご感想で背中を押してくださったこと、本当に嬉しかったです。

今回は31話という長さであるということもあり、7話分、15話分、9話分と3回に分けて更新しました。
その折に温かいご感想を下さったすえさん、海さん、まるめるさん、コグマさん、霙さん。また海の向こうから、完結してすぐにご感想をお送りくださった皐月さん。
そしてご閲覧の報告をしてくださったポプリさん、翠子さん、「やまおとこのサターン」について言及してくださった冬華さん。
……それから、またしてもやらかしていた誤字を優しく指摘してくださった、匿名のお方。
そして此処まで読んでくださった全ての方に、心からの感謝を申し上げます。
ありがとうございました!


2017.3.13

I’m looking forward to seeing you in the next world !

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