Route 1-9

その日の夕食の席には、お姉ちゃんが立てた予定通り、沢山のピーマン料理が振る舞われました。
自信満々に彼女が並べた料理を、けれどもあなたは残すことなく食べることができていました。
小さな白いお皿に、様々なピーマン料理が少しずつ置かれていて、まるでピーマンのコース料理を食べているような雰囲気で、とても楽しかったのです。
彼女はそうした「美味しく食べる空気」を作ることにも長けていました。少し暗めに落とされたカフェの明かりが、益々、その料理を美味しそうに見せてくれました。

「食べ物を美味しく見せる色は、オレンジや黄色みたいな暖色系の色だって言われているの。だからレストランやカフェの明かりは大抵の場合、淡いオレンジなんだよ。
逆に勉強をしたり本を読んだりするときは、白い明かりが好まれているの。ほら、小学校の蛍光灯はどれも白いでしょう?」

肉詰めピーマンのことを「スタッフドピーマン」というお洒落な名前で呼んだお姉ちゃんは、得意気に微笑みながらそうしたことを教えてくれました。
どうやらこのカフェに広がる優しいオレンジ色は、料理を美味しく見せるために必要な光であったようです。
加えて、今日の夕食の席ではいつもの明かりが少し弱くされていました。もしかしたら少し暗い方が、料理の見栄えのためにはいいのかもしれません。

「それはピーマンをマヨネーズと醤油で炒めたものだよ。とても簡単にできるから、セラもまた覚えて帰るといいよ」

「マヨネーズと醤油でこんなに美味しくなるんだ!」

「ふふ、そうだよ!ピーマンとかゴーヤみたいな苦い野菜は、油と一緒に調理すると、その苦味が和らぐって言われているの。
ゴーヤチャンプルーっていう料理があるけれど、あれも豚肉の脂とごま油でしっかりゴーヤを包んでいるから、あまり苦くないんだよ」

苦味と油の関係について、彼女はとても饒舌に語っていました。
彼女はどうやら「この調味料を加えるとどのような味になるのか」ということだけでなく、
「何故その調味料を加えるとこの味になるのか」というところまでしっかりと紐解いた上で、様々な料理を作っているようでした。

朝、あなたが見つけた赤いピーマンは、緑のピーマンと共にきんぴら風に炒められていました。
小さなお皿に赤と緑が鮮やかな状態で盛られている様子に、あなたは思わずクリスマスを連想してしまいました。
クリスマスツリーの緑と、サンタクロースの赤。2つのビビットな色を見て、まだ子供だったあなたが12月の楽しい行事を思い浮かべるのは必至であったことでしょう。

「なんだかクリスマスみたいだね」

「あはは、そうね!赤と緑は補色の関係にあって、隣に並べるととても目立ってしまうから、印象的な組み合わせとして、セラの頭の中にインプットされているのかもしれないわ。
他にも、黄色と紫が補色の関係にあるのよ。ほら、秋になると焼き芋を食べるでしょう?皮の赤紫と中の黄金色のコントラスト、とっても鮮やかだよね」

「焼き芋……食べたことはあるけれど、実際にサツマイモを焼いたことはないなあ。この町では焼き芋をするの?」

「勿論!畑で沢山、さつまいもが収穫できるから、アルミホイルでそれを包んで、校庭に作った落ち葉の山の中に放り込んで、火でじっくり焼くんだよ。
毎年、アポロ先生が主催しているの。でも彼は欲張りだから、一人一本だけ焼き芋を食べるところを、2本も3本も余分にくすねているらしいわ。……ふふ、ちょっと意外だよね」

あのアポロにそんなお茶目な部分があるのだと、あなたはクリスマスカラーのピーマンを食べながらとても驚きました。
アポロ先生は焼き芋が大好きなんだね、とあなたが口にすれば、彼女はクスクスと楽しそうに笑いながら、

「あの先生が好きなのは、焼き芋の方じゃないのかもしれないけどね」

と、含みのある言い方をして肩を竦めたのでした。

「そうそう、ピーマンを緑色で収穫する理由を、ヒビキは苗を長持ちさせるためだって考察していたみたいだけれど、私はもう一つ、別の理由を考えているのよ」

「え、まだ理由があるの?」

あなたは驚いて、スプーンをぴたりと止めました。
少し傷のついた銀色のスプーンは、ピーマンのポタージュの中に深く沈んで、底に到達したと思しきところで、小さな音を立てて止まったのでした。

「苗もそうだけれど、赤いピーマンや黄色いゴーヤは日持ちがしないのよ。若い状態で収穫した方が、長く保存ができて、長くお店に並べることができるの。
緑色の状態で収穫することは、苗にとっても実にとっても、長持ちさせるためにはとても重要なことなのよ」

あなたは少しだけ肩を落としつつ、「それじゃあやっぱり人間の都合ってこと?」と尋ねながら、ポタージュの中に半分ほど沈んだスプーンを手に取りました。
淡い緑色をしたその冷製ポタージュは、けれどもピーマンの苦さを殆ど感じさせない、優しい味がしました。
彼女も全く同じものを向かいのテーブルで食べながら「あはは、そうね、そういうことになっちゃうわね!」と、楽しそうに笑ってあなたの問いに大きく頷きました。

「でも、バナナやリンゴやアボカドみたいに、若い状態で収穫しても、食べる頃には綺麗に熟れている食べ物もあるでしょう?」

「うん、少し緑色が混ざったバナナを買っても、3日くらい経てば綺麗な黄色になるよね」

「枝から離れていても果実が成長するって、なんだか不思議よね。あれはエチレンっていう植物ホルモンの働きによるものなの。
ピーマンはエチレンを持っていないから、放っておいても干からびて、腐っていくだけなのよね。だからどう足掻いても、スーパーに並ぶピーマンは苦いままなのよ」

残念でした、と意地悪な笑みを浮かべてそう告げるものですから、あなたはとても愉快な気持ちになって、「でも、もういいや」と告げてみました。
彼女が驚いたように首を捻りつつ、「どうして?」とあなたのその諦めの理由を尋ねたので、あなたは歌うような調子で、

「苦いピーマンでも、お姉ちゃんが美味しく料理してくれるから、このままでいいんだ」

と、誇らしげに言いました。
その言葉を受けて、お姉ちゃんは茶色い目をすっと細めました。
そして何故だか、料理を作ってくれた彼女の方が、お礼を言われて然るべき相手が、あなたに「ありがとう」と口にして、笑ったのでした。

デザートには彼女が約束してくれた通り、とびきり甘いストロベリームースの小さなケーキが出てきました。
それはあなたの期待を裏切らない美味しさには違いなかったのですが、けれどもあなたは、このケーキはなくてもよかったかもしれないなあ、と思ってしまいました。
彼女が口直しのつもりに用意してくれたこのケーキは、その役目を果たさなかったからです。
「口直し」などなくとも、彼女の振る舞ってくれたピーマンの料理は、どれもとても美味しかったからです。

大量の白い小皿を大きなシンクに放り込んで、あなたは洗い物に取り掛かりました。冷たい水が乱暴に手首を叩く感覚を、あなたは気に入り始めていました。
洗い終えたお皿は「乾燥機」と呼ばれる大きな機械に並べました。
温かい風の吹き付けるその場所に食器を置いておくと、どういう原理なのかは分かりませんが、早く水分が蒸発してくれるようでした。
毎日、お客さんに料理や飲み物を振る舞うカフェにおいて、洗ったものがいつまでも乾かないようでは、次に来る人の食器が足りなくなってしまいます。
そうしたことを防ぐために、数年前からこの乾燥機を導入しているのだ、とあなたは彼女から説明を受けていました。

「食器洗い機は買わなかったの?」

「そうよ。このカフェのティーセットやグラスはとても繊細だから、食器洗い機にかけると割れちゃうの」

どうやら彼女は、お気に入りのティーセットを大事に使うために、食器洗い機を使わず手洗いで作業をすることを選んだようです。
彼女の拘りを感じられる、上品なティーセットの数々を、彼女がまるで自身の子供のように可愛がっていることをあなたは知っていましたので、
特に疑問を抱くことなく、「そうなんだ」と頷いて、洗い物の続きを再開しました。

「効率の良い運営を重視するなら、全部の食器を、食器洗い機にかけられるものに変更するべきなんでしょうね。
……ふふ、でも変えないの。変えられないのよ。だってどの子も大好きなんだもの。どの子にも、美味しいコーヒーやカプチーノを注いであげたいんだもの。おかしいでしょう?」

「できない」ことと「おかしい」ことを誇るような、どこまでも楽しそうな声音で彼女はそう告げました。
だからあなたも「うん、おかしいね」と頷きました。
彼女はただそれだけの同意を喜ぶように、あなたの頭をわしゃわしゃと乱暴に掻き混ぜるようにして撫でながら、豪快に、快活に、どこか寂しそうに、笑いました。

あなたの暮らしていた街では、「おかしい」ことは「恥ずかしい」ことでしたが、
どうやらこの町においては、「おかしさ」は「嬉しい」こととして、愛らしい個性として、何処にでも受け入れられるべきものであるようでした。
この町の住人は、お姉ちゃんを筆頭に、拘りが強くて、自由で奔放で、聡明で博識で、思慮深くて、……そしてやはり、諦めたように笑うことが得意な人ばかりなのでした。

2017.9.11

© 2024 雨袱紗