おそらくは愛と呼ぶべき

1:前日譚「タイムアンドワード・カッティング」

 小さな少女の手に乗ると、その宝玉は随分と重たげに見えた。ディアルガさまに選ばれた人間の元に在るべきだと確信してこの珠を渡したものの、こうして彼女の両手に収まった珠の姿を改めて見ると、あまり似合わないな、とも、ちょっと不釣り合いじゃないか、とも思ってしまう。

「ありがとうございます、セキさん!」

 だがそれも今だけだろう、彼女はきっとすぐこの珠に相応しくなる。彼女が時間を無駄にしない人間であることをセキはよく知っていた。戦う度に強くなり、出会う度にこの世界へと馴染んでいく、そんな様を随所で彼はしっかりと見てきたのだ。
 これからもきっと彼女の時間は輝き続ける。この珠はいつか必ずその助けになる。
 コンゴウ団の長たる自分はいつもいつでも彼女の力になれる訳ではない。彼女が困っている時、心細く思っている時、すぐ駆け付けられるような立場に残念ながら自分はいない。だからこそ、その立派で綺麗な碧い珠、ディアルガさまの意思が宿っていると思しきそれに、己が個人的な祈りを込めてもよいものならば、迷いなく託してゆきたい。

「ついでに言っちまうけどよ、落ちてきたのがあんたでよかったぜ」
「え? ……ふふっ、本当に?」

 セキの言葉に嬉しそうに顔を綻ばせたものの、彼女の口から出てきたのはそうした色濃い懐疑を孕んだ言葉で、セキは少しばかり面食らってしまう。おや、こいつはしくじった。どうやら見誤ったようだ。
 その珠を渡した時と同じように、真っ直ぐな目でこの言葉も受け取ってくれるものとばかり思っていた。よく通る声で「ありがとうございます」と元気よく返してくれて、笑ってくれて、そうして自分はいよいよ満足できるはずだったのだ。だがそうはならなかった。成る程、ならば自分はもっと時間をかけて、この少女のことをよく理解しなければいけないらしい。
 僅かばかりのショックを噛み締めながらも、上等だ、とセキは思った。この少女を理解するための時間? そんなもの、幾らだって捧げてやれる。ヒスイ地方の時代を大きく加速させたこの少女のためなら、貴重な時間も何ら惜しくはない。

「厄介者のお世話は大変だなあって、内心ちょっと疲れちゃったり、うんざりしたりしていませんでしたか? 異変の調査の時にも、随分お世話になっちゃいましたし……」
「ああ、あれはよかったよなあ。あんたがオレを選んでくれたおかげで一緒に珍しいものがごまんと見られたんだ。そりゃあ楽しかったぜ。疲れたりなんかするもんか」

 努めて明るく言い切って、小さな頭に手を伸ばす。どうか疑ってくれるなよと念じつつ、わしゃわしゃと長い髪を混ぜるように撫で回した。高い声で小さく悲鳴を上げ、一頻り笑った彼女の口から「よかったぁ」という安堵の音が零れ出たため、それはこちらの台詞だ、とちょっとした反論をしたくなり……けれども寸でのところでセキはなんとか、飲み込んだのだった。

 これからは、時間をたっぷり使ってやろう。言葉をもっと尽くしてやろう。ヒスイ地方で生きる存在とそのようにして絆を結んだ彼女に肖り、同じように努めてみようとセキは思った。
 自分よりも年下の少女がこれだけの短い時間で為したこと。ならばセキにだってできるはずだ。彼女のようにディアルガさまや大勢のムラ人の心を動かすことは難しくとも、たった一人くらいになら通用して然るべき。その「たった一人」へこの少女を選ぶことに、最早何の迷いもなかった。

「私も」
「うん?」
「私も、此処に来られてよかったなあって、今なら心から思えます」

 心臓の震えを誤魔化すように、セキは「そうかい!」とやや上擦った声で相槌を打った。くたりととろけるように笑いつつ、もう一度彼女の頭を撫で回してやった。時間を捧げて言葉を尽くした、その報酬とするにはあまりにも嬉しすぎる彼女の返事に、歓喜を持て余した少年の如く叫び出したくなりさえしたのだった。

2022.2.8

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