12◆

トウコ!」

勢い良くドアが開け放たれる。薄く目を開ければ、午前9時を指す時計が視界に飛び込んで来た。
同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、仮にも私は17歳のレディだ。
その部屋にノック無しで侵入するとは何事だと咎めたくなったが、睡魔がそれを許さない。再び布団に潜り、「もう少し寝かせて」と呟いた。
しかしそんな私の抵抗も虚しく、布団は勢いよく剥がされてしまった。朝のまどろみの時間を邪魔されたことに私は苛立ったが、しかしそれも一瞬だった。
確かに存在していた苛立ちは、Nの青ざめた顔に対する驚愕が奪っていってしまったのだろう。

「どうしたの」

朝一番に紡いだその声は、自分でも驚く程に低く、据わっていた。
私はパジャマ姿のまま、髪を一つに結わえ、ベッドから飛び出す。

「ゲーチスが……」

嫌な、予感がした。
階段を一段飛ばしで駆け下りた。母が愕然とした表情でテレビを見つめていた。トウヤが立ち上がり、「何が起きているの?」と尋ねる私の手を強く引いた。
買ったばかりの40インチの液晶テレビには、見慣れ過ぎた二つの顔が映っていた。

『……への監禁、洗脳に及んだと自白しています。
更にイッシュ地方の新チャンピオンであるシアを自分の強迫下に置き、約半年間、ホウエン地方に身を隠していたと……』

Nとシアの写真が大きく映し出されている。
彼の写真はおそらく、3年前にプラズマ団の王を名乗っていた時期のものだろう。
シアの写真は殿堂入りした時のものが使われているらしく、隣に見切れてはいるが、クロバットらしき翼が確認できた。
2人の写真が消え去った後に、ヒウンシティの大きな警察署が映る。右上のテロップにはこう書かれていた。

『プラズマ団のボス、ゲーチスとアクロマが今朝出頭』

「あの二人は! 馬鹿じゃないの!?」

私はその場でフローリングに軽く地団駄を踏んだ。
そのニュースを知覚した瞬間、私の中に湧き上がった感情は、憤りと焦りと恐怖だった。
私達に、おそらくはシアにさえも何も告げずにいきなり出頭した彼等に対する憤り。
おそらくは今日もホウエン地方の病院へ向かっているであろうシアを、早く迎えに行かなければという焦り。
そして、イッシュのマスコミに対する恐怖。私達の穏やかな日常が、私がこの世界だけはと守り続けてきたものが、音を立てて崩れていくことへの恐怖。

こんなニュース、マスコミが放っておかないだろう。彼等はきっと、ヒオウギにあるシアの家へと向かう筈だ。
そしてNの消息が知られていない今、彼等が少しでも情報を求めて此処へやって来ることも容易に想像が付いた。3年前、英雄と讃えられたのはNだけではないのだから。
怖い、と思った。私はとにかく、逃げなければと思った。
先程まで愕然とした表情でテレビを見ていた母は、しかし気丈な笑顔で私の背中を押す。

「私とトウヤは此処に残るわ」

「……でも、」

「大丈夫よ、誰に何を聞かれても、トウコは旅に出ていますって答えるから。
それにね、トウコはイッシュ地方が嫌いなのかもしれないけれど、私はこの土地が大好きなの。だからちょっとやそっとのことで、此処を離れたりはしないわ」

だから、安心していってらっしゃい。
まるでちょっとした買い物に送り出すような気軽さで、彼女は手をひらひらと振った。
私も彼女のように、動じない強靭な精神を身に付けられていればよかったのかもしれない。けれど私は、この豪胆な物言いに反して、とても臆病な人間なのだ。それを、この家にいる人達は知っていた。
だから、私とNがマスコミから逃げ出そうとすることを止めない。ただ笑って、送り出してくれる。私は震える声で「ありがとう」と返すので精一杯だった。
「何処に行くつもりなんだ?」と尋ねるトウヤに、私は少しだけ考えた後で口を開いた。

「ジョウト地方に、友達がいるの。そこなら匿ってもらえるし、きっとマスコミにも見つからないわ」

「ああ、コトネとシルバーか。何度かこの家にも遊びに来てくれたよな。二人によろしく言っておいてくれよ」

その言葉に頷き、私は自室へと舞い戻った。
着替えて、顔を洗って、荷物を纏めて、ポケモンの入ったボールを全てポケットに入れて、玄関へと向かった。
扉を少しだけ開けて、外の様子を窺う。幸い、誰の姿もまだなかった。
母とトウヤに見送られる中、私はゼクロムに乗って、Nはレシラムに乗って、飛び立った。

とにかくマスコミの連中と出会いたくなかった。テレビの前で下手なことは喋りたくなかった。
何より、ようやく手に入れた私の穏やかな日常を、掻き乱されたくなかった。私はとっくに「英雄」を捨てたのだから。私はもう、忘れられた側の人間なのだから。
世間がそれを許さなくでも、私は自分の我を通すだけの力を持っている。
だから、今度は絶対に譲らない。大嫌いな大人の言いなりにはならない。私はもう、イッシュのために少しの力も貸したりはしない。

Nには先に、ジョウト地方のワカバタウンに向かうように伝えてあった。
ライブキャスターでシアに連絡を入れたが、通じなかった。ゲーチスを探しているのかとも思ったが、そんな彼女を探すのは骨が折れる。
彼女と連絡が取れない今、一縷の望みをかけてホウエン地方へと向かうしかなかった。

次に私は、ジョウト地方へ住む知り合いに連絡を取った。
彼等は元々、Nがジョウト地方へ旅をしていた際の知り合いだ。私もその後、Nに彼等を紹介され、それ以降、彼等とは親しい付き合いをしていた。
4つ年下のシアとも仲は良かったが、彼女が私にとっての後輩であるとするならば、きっと、コトネやシルバーは「友達」なのだろう。
特に2つ年下の彼女は、世間知らずの箱入りでありながら、その実、とても頭が切れる。私はそんな天真爛漫な彼女のことをそれなりに尊敬していた。

コトネ、久し振りね。今から遊びに行ってもいいかな」

トウコちゃん、久し振り! いいよ、今日は泊まっていく?』

明るい声がライブキャスター越しに聞こえてきて、私も釣られたように笑う。
ジョウトとイッシュはかなり離れているため、互いの家に遊びに行くときは、一泊することが多かったのだ。

「……それが、一泊じゃ済みそうにないの。詳しい話は後でするわ」

彼女はそんな私の言葉にも了承し、「トウコちゃんとNさんなら、ずっといてくれてもいいよ」と言って笑った。
私はそんな彼女にお礼を言ってからライブキャスターを切り、再びシアへと連絡を取る。しかし相変わらず、彼女が出ることはなかった。
その苛立ちを隠すように、私はラジオのチャンネルを合わせる。ゼクロムの背中に乗っていても、ラジオの電波は拾われるらしい。
しばらくのノイズの後で、あのニュースが聞こえてきた。

『国際警察、イッシュ地方支部から中継です。
今朝出頭したゲーチスは、3年前に最盛期を迎えていた「プラズマ団」を率いる七賢人の一人です。
3年前の騒動の後、国際警察のハンサムと、当時プラズマ団を解散に追い込んだポケモントレーナー、トウコの協力で七賢人の身柄を確保しました。
ゲーチスはその中で唯一、彼等が身柄を確保できなかった人物です。

残り6人の七賢人が過去に証言した記録が残っています。
これによりますと、プラズマ団には王と呼ばれる人物がおり、ゲーチスはその王「N」に幼少期から特殊な教育を施していたそうです。
Nがプラズマ団の王として伝説のドラゴンポケモン、レシラムを従え、イッシュ全土にポケモンの解放を呼びかけようとしたことはよく知られています。
このNの身柄の保護はまだ完了しておらず、警察はこれからゲーチスに事情聴取を行い、彼の行方も聞き出す方針です。

また、アクロマは3年前の騒動の時にはプラズマ団に所属しておらず、1年前に再興したプラズマ団に入団、ソウリュウシティ凍結事件に関わったと自白しています』

『ありがとうございます。新チャンピオンのシアについては、何か情報は入ってきていますか?』

『……はい、彼女は1年前に再興したプラズマ団を鎮圧した人物であることが明らかになっています。
また、現チャンピオンであるアイリスに勝利するも、その座を辞退し、実質上の新チャンピオンでありながら、殿堂入りの記録だけにしかその名前は残っていません。
他にも、PWTなどでの活躍で著名となりましたが、その連勝記録は去年の秋で止まっています』

『ゲーチスがシアを強迫したとされる時期と一致しますね。アクロマとゲーチスが同時に出頭したということですが、彼等は共に身を隠していたのでしょうか?』

『……はい、そうですね……。あ、只今新しい情報が入って来ました。
ゲーチスの証言によりますと、彼はアクロマに出頭を禁じていたということです。彼が自分の居場所を密告することを恐れてのことだったと語っています』

『では、何故今になって出頭を決意したのでしょうか?』

『それについては未だ明らかになっていません。警察は更なる事情聴取を行う予定です』

2013.6.15
2015.1.21(修正)

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