『アクロマさんへ
私は今、ホドモエシティのポケモンセンターでこの手紙を書いています。
あれから私は5番道路を抜け、ホドモエの跳ね橋という真っ赤な橋を渡って、この町に辿り着きました。
町に着くなり、早速プラズマ団が揉め事を起こしていましたが、大きな騒ぎになる前に彼は逃げてしまいました。
この町では商業が盛んなようで、ホドモエマーケットという市場のようなものがあります。
ホドモエシティのジムリーダー、ヤーコンさんが中心となって、この町を盛り上げるための案を色々と立ち上げているようでした。
彼の発案によって最近できたというPWTという施設は、ポケモントレーナー達がバトルをする場所らしいです。
盛り上がるようなポケモンバトルをすれば、更に凄腕のトレーナーが集まり、トレーナー達の力量も高まるだろうというのが、ヤーコンさんの考えのようです。
最もそれは建前で、ホドモエシティを発展させ、お金儲けをしたいからこの施設を作ったのだと、彼は私に説明してくれました。
私はそれに頷きながら、しかしそちらこそが建前ではないかと少しだけ思ってしまいました。
彼はポケモンと、ポケモントレーナーのことをとても大切に思っているようです。少し口は悪いけれど、彼が利己的な動機で動いているようには感じられませんでした。
その会話を、私はホドモエジムでしていました。
ヤーコンさんは地面タイプの使い手です。このバトルでフタチマルがダイケンキに進化しました。
フタチマルの可愛い姿の面影が微塵もない、とても凛々しい姿になって、私は勿論、ロトムやクロバットも驚いています。
それから私は、ホドモエジムの隣にある大きな家にお邪魔しました。
そこでは分裂したプラズマ団員のうち、ポケモンを救いたいと願う人達が集まり、ポケモンの世話をしたり、奪ってしまったポケモンのトレーナーを探したりしていました。
プラズマ団がかつてしたことは決して許されることではありません。けれどこうして、少しずつ前へと進んでいこうとしている彼等に、私は人間の強さを見た気がしました。
しかし、妹のポケモンを奪われたヒュウは、彼等を許すことができないようです。彼等に乱暴な言葉を浴びせて、外へと飛び出していきました。
七賢人の一人だったというロットさんはとても悔やんでいました。プラズマ団は彼のようなトレーナーを生み出してしまったと、彼も犠牲者なのだと。
ヒュウにとって、彼が探すチョロネコは、かけがえのない存在なのでしょう。
私は今まで、そうした存在を持つことは、とても幸せなことだと思っていました。
しかしそれは、必ずしも幸福なことばかりではないのだと、私はこの旅で知りました。
かけがえのない存在だからこそ、その存在が脅かされた時、彼等は盲目となります。それは凄まじい憤りを引き起こす火種にもなり得ます。
大切だという思いが過ぎて、それが彼等の足枷となっているようにも感じられました。
けれど、それでも彼等はかけがえのない存在を想うことを止めません。自らが怒り、傷付き、苦しんでも、それでも彼等は大切だと紡ぐのです。
だからこそ、その思いは素敵な輝きと温かさを持っているのだと、私は思います。
私は明日、PWTに向かう予定です。
シアP.S. アクロマさんは、かけがえのない誰かに出会ったことがありますか?』
PWTのトーナメント表を見た瞬間、私は絶句し、青ざめてしまった。
一緒にエントリーしたヒュウやチェレンさんが居るのは解る。そこまではいい。どうしてアクロマさんが出場していると予測できただろう。
あまりのことに眩暈がしそうだった。チェレンさんが「大丈夫かい?」と、怪訝な顔をしてそう尋ねてくれた。
大丈夫です、と返す声音が、あまりにも弱々しいことに自分でも気付いている。
待ち望んだ、2度目の再会であるにもかかわらず、私はこの場から逃げ出したいとまで思い始めていた。
言うまでもなく、昨日投函した手紙のせいだ。どうしてあんなことを書いてしまったのだろう。
彼はきっと、あの手紙を読んでこのPWTに足を運んだに違いない。私がPWTにエントリーしていることなど、彼にはお見通しだったのだ。
いっそのこと、わざと負けて逃げてしまおうかとも思った。けれども私は頭を振ってそんな逃避思想を追いやった。
わざと負ける。それはバトルに手を抜くことを意味していた。それはポケモンバトルをする相手と、私を慕って戦ってくれるポケモン達への冒涜に繋がる。
それは決してしてはいけないことだった。だから私は、所謂袋小路に追い込まれるしかなかったのだ。
私は無心でバトルを続けていた。ヒュウやチェレンさんに勝利しながら、どうかアクロマさんが一回戦か二回戦で誰かに負けていますように、と祈り続けていた。
しかしその願いも虚しく、彼とのバトルはあっという間にやって来たのだ。
「アクロマ、登場!願いはポケモンの力を引き出すこと!」
……解っていた。解っていたのだ。彼が決勝戦まで勝ち抜いてくることは容易に想像できた。
それでも「もしかしたら」という可能性に縋ってしまう程に私は動揺していたのだろう。
アナウンスと共にステージへと上がった彼は、その金色の目に私を映し、優しく微笑む。
「お久しぶりです!元気そうで何よりだ」
「は、はい!」
観客の喧騒に消えてしまわないように、彼も私も、大声で言葉を交わす。
どうか、偶然だと言ってほしい。奇遇ですねと笑ってほしい。あの手紙を読んで、此処にやって来たのだとは、どうか言わないでほしい。
私の笑顔が強張っていることに気付いたのか、彼は肩を竦めてクスリと笑い、ボールを高く投げた。
私は隣を漂っていたロトムを送り出す。バトルスタートの合図が鳴る。
「シアさん!」
まさにロトムに指示を出そうとしていたその時、彼は私の名前を呼び、ふわりと微笑んだ。
「貴方が勝ったら、最後に書かれた質問にお答えしましょう!」
……瞬間、硬直してしまった私に構うことなく、彼はコイルで先制を決めることに成功した。
ふいうち、という悪タイプの技があるが、どうやらそれはトレーナーも使えるらしい。
効果は抜群であることを考えると、私はもしかしたら、エスパータイプかゴーストタイプなのかもしれない。
何とか勝利を収めたが、私は釈然としないままにPWTのステージを降りた。
こちらに向かってひらひらと手を振る彼に駆け寄る。何よりも嬉しい筈の彼との再会を台無しにしたのは、言うまでもなく私の手紙だ。
最後にあんな質問を書かなければ、こんなにも複雑な思いをすることもなかっただろう。
私はあの手紙を書いている時に、トウコ先輩のことを思い出していた。
Nさんのことに対して、あれ程までに激情を露わにした彼女のことを、私は完全に理解することはできなかったけれど、羨ましいとは思っていたのだ。
だからなのだろう、彼にも「かけがえのない存在」がいるのかが気になってしまったのは。その人のことを思うと、彼がどのような気持ちになるのかを尋ねたくなったのは。
「強くなりましたね」
しかし彼が開口一番、紡いだのは、その手紙の質問に対する答えではなかった。
「貴方の傍にいるポケモンは幸せでしょうね、自分達の力を発揮できて」
「そう、なのかな。私も、この子達と一緒に旅ができて、とても幸せですよ」
彼は頷き、「少し、座ってお話をしませんか?」と、近くのソファを勧めた。
ふかふかのそれに身体を沈める。隣に座った彼から、ふわりと甘い香りがした。
「……あ、苺の香り」
「おや、気付かれてしまいましたか」
彼は苦笑して、白衣の右の袖を掲げてみせた。そうしないと見えない位置だが、かなり大きな紅茶の染みが付いている。
出掛ける直前にティーカップをひっくり返してしまい、着替える間もなかったのでこのままやって来たのだ、とのこと。
苺の甘い香りはそこから漂っているらしい。私はあのプレハブ小屋で飲んだ甘い苺の紅茶を思い出した。
それを彼に告げると、楽しそうに笑い「香りは人の記憶に働きかける性質を持っていますからね」と教えてくれた。
「シアさん、実は今、貴方が送ってくれた手紙を持っているのですが、」
「……え!?」
彼はそう言って、白衣のポケットから見覚えのあり過ぎる手紙を取り出した。
真っ白の、ただ罫線が引かれてあるだけの、とてもシンプルな便箋に、私の字が並んでいる。
私は途端に顔を真っ赤にして彼に背を向け、両手で顔を覆った。恥ずかしい、恥ずかしすぎて顔から火が出てしまう。
「そ、そういうのは送り主の前で見せないでください!」
「おや、これは失礼。ですがまた精読できていないものですから、今ここで読み直しても宜しいでしょうか?」
……私の手紙に精読する程の価値があるとはとても思えない。
しかしこれ以上自分の手紙を見たくなかった私は、その申し出を二つ返事で了承してしまう。
では、と本当に読み始めた彼に、私は今度こそ顔から火が噴くんじゃないかと危惧し始めた。
降りた沈黙が永遠に感じられる。時が止まってしまったのではないかと思うくらい長い時間をかけて、彼は私の手紙を読み返していた。
しかし私は、そんな羞恥に耐えながら、心の何処かでそれを喜んでもいたのかもしれない。
だって、あまりにも似ていたからだ。
時間をかけて手紙を何度も何度も読むその姿が、彼の手紙を読む私に、恐ろしい程に、似ていたのだ。
2014.11.18
プレッスティシモ できるだけ速く