11 con passione

「貴方にはいるのですか?」

彼が手紙を畳んで紡いだのは、その最後に綴った質問に対する、私への質問だった。

「……聞いているのは、私です」

「ええそうです。しかしこうは思いませんか?わたしと貴方は似ているのだから、貴方が尋ねたいことを、私も尋ねたいと思うことも道理なのだと」

私と彼は似ている。
いつもの言葉を引き合いに出され、私は負けてしまうかに見えた。
今ここで「貴方かもしれないけれど、そうだと言い切れる自信がない」と正直に答えることはとてもではないができそうになかった。
私は考える。この賢くて頭の回転が速い人に、どうすれば敵うのかと、思考を巡らせている。

「……」

やがて思い付いたその「案」は、彼ではなく、私を納得させてしまうものだった。

「それじゃあ、いいです」

「?」

「その質問は、取り消してください。答えなくて、いいです」

はっきりと紡いだその言葉に、彼は楽しそうに笑ってみせたが、その金色の目は僅かに揺らいでいる。
きっと今の彼は、私の考えていることが解っていない。私はきっと、こうした関係を望んでいたのだ。
彼のことは尊敬しているし、憧れすら抱いている。しかしそのままで終わりたくはない。ずっと彼を尊敬し、彼に憧憬を抱いたままでいたくはないのだ。
そのためには、私が背伸びをする必要があった。彼の目線で世界を見る必要があった。そのための努力なら、私は幾らだって惜しまない。
そして、その惜しまぬ努力の結果、今回のような「結論」を導き出せたのかもしれないと、私は少しだけ思い上がっている。

「私とアクロマさんは似ているんだから、尋ねる必要なんてなかったんです。きっと私の答えと、アクロマさんの答えは同じだから」

「……おや、それを確信するにはあまりにも根拠が薄弱では?」

私は今度こそ、彼をしっかりと見上げる。
もう恥ずかしくはない。きっと、この恥ずかしさすらも共有されていると信じているからだ。

「でも、貴方は答えることを躊躇いました」

彼の両目に宿る太陽が大きく見開かれる。

「私も、その質問に答えることができない。私も貴方も、答えられない答えを持っているんです。
アクロマさんがどういった理由で答えることを拒んでいるのかは私には解りません。
けれど、もしそう答えることで私を傷付けてしまうと恐れているのだとしたら、それは私が聞くべきではないことです。
また、私と同じ理由で答えることを躊躇っているのだとしたら、それはアクロマさんに聞くまでもないことですよね。だって答えは私が持っているのだから」

「……」

「くだらない質問をして、ごめんなさい」

私は謝り、笑ってみせた。
知りたいと思った筈だった。世界を、彼を。彼はあのプレハブ小屋で、その全ての質問に丁寧に答えてくれていた。
その度に広がる世界を、私は愛おしいと思っていた。

しかしそんな彼でも、私の目を塞ぐ。答えたくないとはくらかす。
そうした事実を、もう私は理不尽だとは感じない。知りたいという気持ちが拒まれたことを、私は受け入れられるようになっていたのだ。
知らないまま、曖昧なままで漂わせておいた方が素敵であることも確かにあるのだと、私は知りつつあったのだ。
きっと、私が手紙に書いてしまった質問もその一つだ。

そして、曖昧なままのものには、希望を委ねることができる。
私が彼に抱いているものと同じものを、もしかしたら彼も抱いてくれているのかもしれないと思わせてくれる。
それはとても狡い、臆病な手段だった。
けれどそれは、きっと、私の質問に答えてくれなかった彼だって同じなのだ。

私はこの時、確かに彼と同じ目線で世界を見ていたのだ。

「……シアさん、貴方は変わりましたね」

「こんな私は、嫌いですか?」

彼は直ぐに首を振ってくれた。
その時だった。

シア、一緒に来てくれ!ヒュウがプラズマ団を追い掛けて、奴等の船の中へ入ってしまったんだ!」

チェレンさんがPWTの会場に飛び込んできて、私の名を呼びそう叫んだ。
私は驚いたが、それ以上に驚いたのは隣にいるアクロマさんだった。
直ぐに踵を返して会場を出て行ったチェレンさんに続こうとして、しかし私の腕は強く掴まれてしまった。
私は焦り、振り返った。今は彼の制止であろうと、止まる訳にはいかないと思ったからだ。

それなのに、その場から動けなくなってしまったのは、彼が見たことのない目をしていたからだ。

シアさん、貴方のそれは勇気ではなく愚行です。ポケモンが居ればトレーナーは、どんなことでもできるというのですか?」

「いいえ、私とポケモンだけじゃありません。先に入ってしまったヒュウだって、チェレンさんだって居ます。
一人のそれは愚行かもしれないけれど、私達はそれを勇気にしてみせます。
……何より、このままじゃヒュウが危ないかもしれない」

かけがえのない存在を奪われた彼は時として盲目となり、それは凄まじい憤りを引き起こす火種となってしまう。
アーティさんが言っていたように、彼にはそうした「危なっかしい」ところがあった。
そんな彼が、プラズマ団の船に乗り込んでしまったという。放っておくわけにはいかない。

私は彼の、その射るような目をじっと見上げて懇願した。
お願い、止めないでください。手を放してください。

「プラズマ団と戦い、無事で済むだろうという、その自信は何処から来るのですか?ポケモン達を信じているからですか?」

「……」

「貴方は、信じれば何もかもが上手くいくと、本気で思っているのですか?」

そこには人間の醜さを見てきた重みがあった。世界に裏切られた彼の不信感が込められていた。
彼は知っているのだ。この世界がとても複雑で難しく、理不尽であること。人間がとても醜く利己的な存在であること。
だからこその言葉がそこにあった。私はそんな彼の言葉に対して、彼を納得させしめるだけの経験と理屈を持たない。きっと彼はこの手を放してはくれない。

だから私は、それ以上の力をもってして彼の手を振りほどくことを選んだ。

シアさん!」

「アクロマさん。私はきっと、貴方が嫌う人間の一人です」

「!」

「だって、私はこんなにも欲張りなんです。見ない振りをして自分を守ることがどうしてもできないんです。
私を心配してくれている人が目の前に居るのに、私はその思いに従うことができないんです。だから、」

だから私のことを、どうか利己的だと罵ってください。
愚行の極みだと蔑んでください。見損なったと嘲笑ってください。私を軽蔑してください。

「私のことを、嫌ってください」

私は駆け出した。
まだ、泣く訳にはいかなかった。

2014.11.19

コンパッシオーネ 情熱を込めて