5 tutta forza

『アクロマさんへ

お手紙、ありがとうございます。サザンドラが届けてくれました。
まさかお返事を貰えるとは思っていなかったので、とても嬉しかったです。
ポケモンの生態系を記録した本まで頂いてしまって、どうお礼を言っていいのか解りません。
届いた日の夜に、一気に読んでしまったのですが、これから上手に使いこなしていきたいと思います。

ヒウンシティはとても広くて、迷ってしまいます。今から街を散策しつつ、こちらに逃げていったプラズマ団の人達を探したいと思います。
先程、ピエロの格好をした人に自転車を貰いました。これで広い町の散策も捗りそうです。
アクロマさんは、もうこの町に来ているのでしょうか?もしかしたら、プラズマ団と出くわすかもしれません。気を付けてくださいね。

シア


手紙をポストに投函した私は、その足でヒウンシティを歩き回っていた。
ジムの前で出会ったアイリスという少女に案内され、私はこの大都会の地下に広がる下水道へと足を踏み入れた。
プラズマ団が、この中に逃げていったところを目撃していたらしい。私は勇んで奥へと進もうとして、しかしすぐさま呼び止められることになる。

シア、俺も行くぜ!」

聞き覚えのある声に振り向くと、ヒュウがジャノビーの入ったボールを握り締めて駆けてきた。
旅だった日は同じだけれど、ポケモントレーナーとして少しだけ先輩である彼が同行してくれるのは、私としても有難いことだった。

「ありがとう。ヒュウがいてくれると心強いな」

私は今度こそ、薄暗い下水道を奥へと進んだ。

下水道には大量のズバットが生息している。ロトムとフタチマルで何とか彼等を退けていると、見覚えのある黒服を着た人を見つける。
そんなに奥まで逃げ込んだ訳ではなかったようだと安心し、ポケモン達のコンディションが万全であることを確認して、彼等の方へと駆け出した。


ツタージャから進化したジャノビーは、更に強くなっていた。
私達はタッグバトルで何とかプラズマ団の二人に勝利したが、彼等には逃げられてしまった。

プラズマ団が立ち去った後で、更に奥を探そうと言うヒュウの前に、その下水道の奥からアーティさんが現れた。
彼はヒウンシティのジムリーダーを務めているらしい。
「もしかしてアーティさん?」と尋ねるヒュウに「うん、そーだよー」と間延びした声で答えた彼は、類稀なるマイペースな人間であるようだった。
……そもそも、世間一般の人と同じ感覚を有していたら、芸術家なんて務まらないのだろうけれど。
この奥には怪しい人は居なかったから、取り敢えず外に出よう、と提案してくれた彼に従い、ヒュウは足早に下水道を出て行ってしまった。

「彼はきっと、ポケモンが大好きなんだね。大好きだから、きっとプラズマ団みたいな連中が誰よりも許せないんだ」

「……そう、だと思います」

「君はあの子の友達かい?……彼のこと、気に掛けてあげてほしいなあ。今の彼は怒りのままに動いているから、ちょっと危なっかしいんだよね」

はい、と私はアーティさんに返事をした。
ポケモンを奪われたことによる心の傷は、妹ではなく、寧ろ彼の方に大きく刻まれている。私はそれを理解していた。
だからこその強さが彼にはあることも知っていたけれど、私よりも長い月日を生きてきたアーティさんは、そんなヒュウのことを危なっかしいと評する。
私にはまだその意味がよく解らなかったけれど、彼が困っていたら、私も、私のできることをしてあげたいと思う。

「じゃあ、僕もジムに戻るよ。挑戦、待っているからねー」

「はい、後で向かいます!」

私は挨拶をして彼と別れ、気になっていた下水道の奥へと進んだ。

この大都会であるヒウンシティの下水が全て集まっているだけあって、そこはかなり広かった。
歩いてでは辿り着けないようなところにも、沢山の通路を見つけることができた。
奥に進めば進む程に暗くなる通路は、ロトムが明るく照らしてくれる。
私は好奇心のままに先へと進み、……しかし、それはあまりにも危険な行為であったことを思い知らされる。

通路を歩いていた私とロトムに、突然、ズバットの群れが襲い掛かって来たのだ。

「わっ、こんなに沢山……。と、取り敢えず逃げよう!ロトム、こっちにおいで!」

私は踵を返して、今来たばかりの道を走り出した。しかしロトムは付いて来ない。
もしや、と思って振り返ると、彼はズバットの群れに対峙して、身体から電気をビリビリと放出させていた。
彼は基本的に賢いし、普段はそこまで好戦的ではない。
しかしこの間のサザンドラのように、相手が自分よりもかなり格上の相手だと判断すると、その警戒心を露わにして臨戦態勢を取ることがあった。
彼はこの無数のズバットにそれを感じ取ったのか、それとも、この中にとても強いズバットがいるのか、どちらだろうか。
いずれにせよ、彼が群れに対峙しているのに、トレーナーである私が逃げ出す訳にはいかない。

私は基本的に、勇敢ではない。
今の私の行動を、もし勇敢だとする人がいるとするならば、その勇気はロトムがくれたものだ。

「先ずはリフレクター!それから、手前のズバットにでんきショック!」

私は駆け寄り、ロトムに指示を出す。夢中だった。
そんな私の姿を彼が見ていたことに、まだ気付けなかったのだ。

「!」

次々に襲い掛かってくるズバットと戦っている内に、私はその中でも一際大きなズバットを見つける。
どうやら彼がこの群れのボスに相当する存在らしい。
幸いにも、ロトムが繰り出す電気タイプの技は、飛行タイプのズバットにかなりの有効打となる。
しかし、それでも連戦に連戦を続けるロトムには、次第に疲れが見え始めていた。

きりがないこのバトルを延々と続けるよりも、あの親玉を倒して、群れを分裂させた方がいいのではないだろうか?
そう考えた私は駆け出し、群れの中に突っ込んだ。ズバット達は一斉に私に向かって攻撃を仕掛けてきたが、鞄を盾にすることで何とかやり過ごす。
大きなズバットの真下にやって来た私は、そのズバットを指差し、叫んだ。

「ロトム、このズバットにでんげきは!」

命中率において、この技の上に出るものはない。彼は私の指示を聞き取り、大きなズバットにでんげきはを食らわせた。
ズバットはふらふらと覚束ない飛行になる。周りのズバット達の様子が明らかに変わった。
その時である。


「これを使いなさい!」


そんな声と共に、ハイパーボールが飛んできた。
私はそれを受け取り、目を見開く。その眼鏡越しに、金色の目がこちらを見据えていたからだ。

「アクロマさん!どうして、」

「話は後です!さあ、投げて!」

私の言葉を遮り、彼は叫ぶ。
そのハイパーボールを振りかぶって、アスファルトにその身体を降ろしかけている大きなズバットに、投げた。

その身体は赤い光に包まれ、ボールの中へと吸い込まれる。
私とロトム、そしてあれほど激しく私達に襲い掛かっていたズバット達までもが沈黙して、そのボールが揺れる様子をじっと見ていた。
一回、二回。……三回揺れて、カチッという機械音を立てたきり、ボールはそのまま沈黙する。
それを見届けたズバット達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。
下水道には、私と彼とロトム、そしてズバットが入ったハイパーボールがぽつんと残される。

……これが、私が始めて捕まえたポケモンだった。


2014.11.18

トゥッタフォルツァ 全力で

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