6:Letter(12通目)

一年って、こんなにもあっという間なんですね。
過ぎる時間は本当に早いことを私は友人から聞いて知っていたのに、こうして実感しないと、人は言われた言葉の意味を理解できないんですね。
私と一緒に色んな場所に出かけてくれて、私に色んなことを教えてくれて、ありがとう。
連れ出したのは私ですが、でも貴方は嫌な顔一つせずにいつだって頷いてくれたでしょう。
君の行動はいつも急だ、と呆れたように言いながら、それでもいつだって、私の唐突な申し出を受け入れてくれたでしょう。
嬉しかったんです。それが契約だと知っているのに、私と貴方との間に交わした約束が為していることだと知っているのに、嬉しいと思ってしまったんです。

こんな日々がこれから先、あと29年も続いてくれるなら、それでもいいかなって、このままでもいいかなって思います。
私も貴方も、トレーナーとしての実力は申し分ありません。ポケモントレーナーとして、このままずっと生きていくことだってできると思います。
カロスや他の土地を旅しながら、ゆっくりと流れる時間の中で生きていくのもいいんじゃないかなって。
でも、それだけではいけない。そんな堕落した生き方を、きっと貴方は許さない。
何より、私の時間は貴方とは違って有限です。私も、こんな暮らしをずっと続けていく訳にはいかないことは解っています。
生きるための何かを、探すべき時期がやって来ているのかもしれません。

私は何がしたいんだろう。貴方と生きるようになってから、ずっと、ずっと考えていました。
私の友人は、自分が本当にしたいことを見つけられました。そのきっかけは、とある人物との出会いにあったようです。
だから私は考えました。
もし、私にそのきっかけを与えてくれたのが貴方であるなら、そして、それはもう与えられているのだとしたら。
貴方が私にくれたものは、未来を変える力です。選ばれし者だという貴方の言葉は、私に力をくれました。

私は貴方も知っている通り、とても臆病で卑屈で、どうしようもなく弱い人間でした。
けれどそんな私が、旅に出て少しだけ変わったような気がしました。
少なくとも、カロスに来る前の私には、貴方のような人に立ち向かう勇気なんてありませんでした。
そうしなければ私の命が危ういと知っていても、貴方の力に恐れをなして、迷うことなく諦め、屈する道を選ぶ筈でした。
けれど、私はそうしませんでした。

それは私が旅に出たからです。ポケモンと一緒にカロスを巡って、守りたいものが増えたからです。貴方のような強くて優しい人が、私の旅路を支えてくれたからです。
ポケモン達が強くなってくれる。それはそのまま私の自信になりました。貴方を含めた多くの人が私の旅を応援してくれる。それは私の背中を押してくれました。
それは私の本来の強さや変化ではなかったのかもしれないけれど、でも私にはそれで十分でした。

その自信をもって、私は沢山の人と関わりました。
相変わらず私は臆病で、卑屈なままだったのかもしれないけれど、それでもこんなにも多くの人と関わることができました。
それは紛れもない私の進歩だと思っています。
それがポケモン達の強さによって培われた自信の為せたことであったとしても、貴方のような人達に押された背中のおかげであったとしても、それでよかったんです。
私には何の力もないことを、私はとてもよく知っていたからです。

カロスを旅した数か月は本当に、かけがえのない時間でした。
私はこの数か月を、もっと多くの人に知ってもらいたい。旅に出たいと望んでいる子供達や、知らない土地で旅を続けている子供達に、手助けをしたい。
いつか、貴方が私にしてくれたように、私も彼等の旅を支える一人になりたい。そんな風に思うようになりました。

こんな、とっても拙い考えを、貴方は真面目に聞いてくれたでしょう?それどころか「わたしも協力しよう」なんて、笑って言ってくれたでしょう?
嬉しかった、本当に嬉しかったんです。私の夢を貴方は否定しない。それで十分だと思ったんです。

けれど、私達が社会に出るには、それこそ、存在が知られ過ぎています。
いくらあの頃と容姿を少し変えたといっても、私達が突然いなくなってからまだ一年しか経っていません。私や貴方の名前を、きっと誰もが覚えているでしょう。
だから私は名前を変えようと思います。私の親友の名前を借りて、生きていこうと思います。
私をシェリーと呼ぶのは貴方だけ。そうすることで、私は目的の一つを達成することができるから。

……ねえ、フラダリさん。
世界はとても広くて、私達はとても小さいけれど、私達にできることなんて僅かしかないけれど、それでも私達は生きていかなければいけないんです。
大きな力が世界を変える資格になるとは思いません。奪ったものが勝つ世界だとは思いません。
「私は与える存在になりたい」と、貴方は言っていたでしょう。どうか、それを貫いてください。
諦めた私がこんなことを言います。どうか笑ってください。でもどうか、

諦めないでください。

だって、ねえ、花は風に揺れるでしょう?雨はいつか止むでしょう?
世界って、きっとそういうものなんです。私達は変わり続けるものと生きていかなければいけないんです。
共生できないからって、向こうの道理を捻じ曲げようとした貴方の考えは間違っている。
その思想が、全てを美しく保ちたいという貴方の考えがとても素晴らしいものだからこそ、私は貴方に賛同する訳にはいかないんです。
でも、自分の道理が通らないからって、世界を諦めないでください。どうかカロスを見限らないでください。
私も、貴方も、きっといつか変わってしまうから。それは悲しむべきことでも嘆くべきことでもなくて、当然のことで、きっと素晴らしいことである筈だから。

貴方と行きたい場所は次々に思いつきます。今度は一緒に旅行に行きませんか。
イッシュ地方を、貴方に紹介したいです。カロスのように美しい町並みや綺麗な花畑はありませんが、それでも皆、必死に生きています。
私の友人が再興させた組織もあります。一度、見てみませんか。もしかしたら、貴方の世界を広げるきっかけになるかもしれない。
ヒウンシティという町には、イッシュ名物のアイスクリームが売られています。向こうには四季がありますから、暑い時に食べると本当に美味しいんです。

こんな時間の使い方を、馬鹿げていると笑われてしまうことを恐れていました。
でも貴方は一度も、私を見下さなかったでしょう。いつだって直ぐに頷いて、私に付いて来てくれたでしょう。
貴方が何を考えているのかなんて、私には解りません。解らないから、だから自惚れてみたくなるんです。
貴方もあの時と同じように、私を選んでくれたのかなって、そう考えて幸せになる私を許してください。
交わした約束を忘れて、この時間が二人の思いの為したことだと錯覚しそうになっている私を許してください。

それから、私は貴方に幾つか隠し事をしています。
本当は、いつ知られてしまうかと恐れていました。いつか見抜かれてしまうことに怯えていました。
けれど貴方は何も言いません。知っているのかもしれないけれど、私の前でそうした素振りを見せたことはありませんでした。
貴方はとても聡明で賢い人だから、見抜かれるのは時間の問題だと思っていたけれど、私の隠し事は今も隠し事のままでいてくれています。

きっと、私が貴方にこの真実を話すことはありません。私はこの隠し事を、叶うのならずっと隠し事のままにしていたいと思っているからです。
どうか見抜かないでください。私の臆病で卑屈で、けれどとても欲張りなこの選択を見抜かないでください。
謎解きをする時が来るとすれば、貴方が全てを知ることがあるとすれば、それはこの手紙の中でしか為せないことなのだと確信させてください。
私の命はどう足掻いても、永遠を手に入れた貴方には及ばない。だから貴方が全てを知る時が来るとすれば、それは私がいなくなった後のことなのだと信じさせてください。

私がいなくなった後で届くこの手紙によって、貴方が全てを知り、少しだけ驚いてくれることを願っています。


貴方の永遠に、真実が届くことを祈っています。


私には貴方が必要です。もう私には貴方しかいないからです。
貴方を選べなかったあの時の代わりに、貴方以外を捨ててしまうことを、貴方が許してくれたからです。
ねえ、それでも私達はこの世界で生きていかなければいけないんです。
友人のように、一度に全てのものを抱えることはできませんでした。私は彼女のように欲張りにはなれませんでした。
でも私は私のやり方で、私の欲しかった全てのものを手に入れます。私は彼女とは異なる欲張りで、私が守りたかった全てのものを守ります。

後悔をしていないと言えば、嘘になります。私はそうした、臆病で卑屈で欲張りな人間だからです。
今も手紙を書く手が震えています。けれど私が選んだことだから、私が望んだことだから、最後まで、笑顔で手を伸ばそうと思います。
貴方は泣くかもしれないけれど、でも私はさいごまで笑っていたということを覚えていてください。

ねえ、フラダリさん。私は本当に幸せだったんですよ。


2013.10.24
2015.3.27(修正)

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