3:Letter(2通目)

気付いていました。
だっておかしいんです。どう考えてもおかしいんです。

あの大きな花が地面に消えてから、私が貴方を見つけるまで、2週間以上の時が流れていました。
瓦礫の中から引っ張り出した貴方には奇跡的に目立った出血はありませんでした。
貴方は穏やかに、まるで眠っているように息をしていました。
私は安心しましたが、急に恐ろしくなりました。貴方には派手な外傷どころか、擦り傷一つすらなかったんです。
流石に服を脱がせてまで確認してはいません。そんなことをしなくても私は確信できました。
貴方は望んだものを手に入れたのだと。

何より怖かったのは、もう息を止めている貴方を見つけ出してしまうことでした。
その事態は免れています。欲張ってもいいことはありません。
それでも涙が止まりませんでした。悔しくて仕方ありませんでした。

私は頭がよくないから、詳しいことは解りませんが、普通の人間が何も食べず、何も飲まない状態で2週間、生きていられるでしょうか。
私は、無理だと思いました。もしそれが可能だったとしても、その呼吸は弱々しく、顔色は悪く、体は痩せ細っている筈でした。
けれど貴方は、何も変わっていませんでした。あの日、フレア団の基地で戦った貴方のままの姿がそこにあったんです。
まるで、貴方の時が止まってしまったかのようでした。私はその時、理解しました。

「永遠」は、その人を時の流れから切り離してしまう力を持つのだと。

貴方はAZさんと同じものを手に入れてしまった。永遠の命を手に入れてしまった。
AZさんはそれを「いつ終わるとも解らぬ苦しみ」だと言いました。彼が苦しんでいることは私にも解りました。
フラダリさんなら違うのかもしれない、と、少しだけ思いました。
AZさんはそれに苦しみしか見出せませんでしたが、穿った見方をする貴方なら、その永遠にもっと素敵な装飾を加えられるんじゃないかって。
貴方が望んだ永遠の美しさを、醜く変わることを恐れずに済む永久の時を、貴方なら素敵なものにできるんじゃないかって。
でも、貴方のことは何も解りません。推測するしかできません。
……ただ、もし私なら、それはとても苦しいだろうと思いました。

「永遠」を得ようとしていた貴方を私は止めようとしました。けれど貴方は聞いてくれませんでした。
そんな強情な貴方を責めるつもりはありません。
世界は様々なエゴが混じり合うものだと、他でもない貴方が教えてくれたからです。

けれど私はどうすればいいのだろう。ずっとそればかり考えていました。
私は貴方の望んだ世界を奪ってしまった。そのことに後悔はしていません。
間違っているのは貴方の方だったと、今でも自信を持って言うことができます。

でもそれなら、貴方を助けることに意味はあるのでしょうか。
私はどうして、私の旅を終えたその日に、セキタイタウンに来てしまったのでしょうか。
貴方を探すために、崩れたフレア団基地の中を何日もかけて探し回っていたのでしょうか。

ここで少し、私の親友の話をしようと思います。私の大切な、唯一の友達です。
彼女はイッシュ地方のポケモントレーナーです。彼女もまた、自分のしたことに苦しんでいました。どうにかしてそれを償いたいと必死に足掻いていました。
彼女も私と同じように、旅をする中で一つの組織と出会いました。フラダリさんなら知っているかもしれませんね。プラズマ団です。
彼女はその組織のボスと以前から知り合っていました。彼女はその人物のことを慕っていました。こんな境遇まで私達にそっくりなんです。
ポケモンと人間が切り離される未来を彼女は恐れ、プラズマ団と戦い、その組織を解散に追い込みました。けれど彼女はそのことを手放しで喜ぶことはしませんでした。
寧ろ、自らの正義の行使がプラズマ団の団員達の居場所を奪ってしまったのではないかと思い、悩み、苦しんでいました。
そして彼女は、2年という長い時間を掛けてその全てを償うことに成功したのです。

彼女は今、その組織のボスを勤めています。
彼女の手で潰された組織が、彼女の手によって再興する。このアイロニーを、きっと貴方は嘆かわしいことだと言うでしょう。
でも、私は彼女が羨ましい。大切なもの全てを失うことなく、最後まで足掻いた彼女の力が羨ましい。
自分一人の力は限りなく無力だと知っていながら、それでも諦めることのできない彼女の前向きな強情さが羨ましい。
自らの周りにいる人に、臆さず卑屈にならず、協力を求めることのできる彼女の真っ直ぐな心が羨ましい。
吐き続けた嘘すらも真実にしてしまう、彼女のひたむきな誠実さが羨ましい。
全ての人に手を伸べてしまう、彼女の欲張りがとても羨ましい。

彼女の持っている心の強さの半分でも私にあれば、私も彼女のように足掻けたのかもしれません。
けれど私には無理でした。私は彼女のようにはなれません。
それでも、失いたくないものは確かにあるんです。

私が貴方を止めたのは、貴方を含めた全てのものをどうしても守りたかったからです。
カロスの美しい街並みや、綺麗なお花畑、雄大な自然。私の友達、ポケモン達、彼等と関わってくれた全てを、私は失いたくありませんでした。
こんな臆病で卑屈な私が固執し続けた旅の舞台を、どうしても失いたくなかったんです。その全てを守りたかったんです。
私も頑張れば彼女のように、大切なもの全てを失わずに済むと信じていました。だから私は貴方を止めました。

でもそれは叶いませんでした。殆どを守ることに成功していながら、私は最も強い力で手を伸べた筈の相手の手を掴むことができませんでした。
どうしてもっと必死になって貴方に手を伸ばさなかったんだろう。どうしてポケモンの力を借りてでも貴方を引きずり出そうとしなかったんだろう。
後悔ばかりが残りました。悔しかったんです、とても悔しかったんです。

私の親友は全てを手に入れることに成功しましたが、私にはその力はなかった。私は貴方を失ってしまった。
だから諦めたんです。貴方が私に期待したもの全てを、貴方に代わってしなければならなかったもの全てを。
欲張ってはいけない。欲張れば、本当に大切なものを取り逃がしてしまう。
だから今度は貴方だけを選びます。今度こそ失わない。あんな怖い思いはもう二度としたくない。

フラダリさん、私が全てを諦めて貴方の傍で生きることを許してください。

どうして30年だったのか、貴方は不思議に思ったかもしれません。
貴方が自分に与えられた永遠の命に気付くまでの時間として、30年を設定した訳ではありません。
きっと貴方なら直ぐに気付くでしょう。そして、敢えて私が黙っていることも悟ってしまうでしょう。貴方はとても賢い人だから。
そうじゃないんです。これは私のための時間なんです。私の大きすぎる我儘です。
でも、貴方はその我儘を聞き入れなければならない。私を否定すれば、自分の矛盾に繋がると貴方は知っているからです。
狡い言い方をしてしまうことを許してください。全てにおいて狡い選択しかできない私を許してください。
私が貴方を許さないのと同じように、貴方も私を許さないのだと、知っているけれど、解っているけれど。
許されないことは解っているけれど、そう願うことくらいはどうか許してください。

そんな訳で、臆病で卑屈な私は貴方の傍を選びましたが、具体的にどうしたいかなんて全く決まっていません。
焦らなくてもいいと思います。何もしなくても時間は確実に流れて行きます。焦らなくてもいいよと、私の親友も言ってくれました。
もし貴方が私と一緒にいることに耐えられなくなったら、逃げ出せばいい。
それが貴方のエゴだというのなら私は止めない。そんな貴方を止められる程の強さは私にはない。

でも、折角こうして生きていられたんです。少しカロス地方を見て回りませんか。
私は旅をして、カロス地方の色んなところをよく知っています。貴方と見たい景色が沢山あります。貴方と一緒に行きたい場所が沢山あります。
だから、一緒に来ませんか。
美しいものを一つ一つ訪ね歩いて、その尊さに笑ってみませんか。

貴方と行きたいところは沢山ありますが、早く行きたいと焦る必要はないと思っています。
きっと美しいカロスはずっと美しいからです。
仮に争いが起こったり災害が町を飲み込んだりしたとして、それでも貴方の好きな美しいものは必ずあります。

だから焦らなくてもいいんです。ゆっくりで構いません。少なくとも貴方には飽きる程に永い時間があります。私には30年と言う月日を待つ覚悟があります。
ねえ、フラダリさん。カロスはとても美しいところですよ。


2013.10.23
2015.3.21(修正)

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