17:目蓋の裏の小宇宙

※曲と短編企画2、参考BGM「カムパネルラ」

「君は欲張りな人間だったのだね」

フラダリは少女にそう囁いた。少女はそのライトグレーの目で彼を見上げ、クスクスと鈴を鳴らすように笑ってみせる。
その華奢な身体は、しかし揺れることなくしっかりとその足を地に着けている。彼女のお気に入りの赤いスカートが、風などない筈なのにふわりと波打つ。
まるで銀河を泳ぐかのように、少女は華麗に白い地を蹴って駆け出す。そうかと思えば唐突に振り向いて、笑いながらふわふわと戻って来たりするのだ。
失敗した紙飛行機のように、少女は白い空間を泳ぎ続ける。空を駆けるように、海に潜るように、天を渡るように。

「いいえ、フラダリさん。私は臆病な人間なんですよ。貴方も知っているでしょう?」

フラダリの直ぐ傍へと戻ってきた少女は、少しだけ楽しそうにそう紡いでみせる。
少女はもう自分に臆さない。怯まない。この関係のイニシアティブは完全に少女へと譲られていたのだ。
おそらくはあの日から、少女がフラダリに「私と生きてください」と懇願したあの日から。

「ああ、知っているとも。だがそれは君の表面的な部分でしかなかった」

フラダリの言葉に少女は驚いたように息を飲む。
その頭をそっと撫でる。つやのあるストロベリーブロンドの髪は、頭から首、肩、背中にかけて豊かに伝っていた。
風など吹いていない筈なのに、その紙はゆらゆらと揺れている。フラダリはその髪の一房を摘まんだ。こうすれば少女は逃げてしまわない。

「もう少し、君のことをよく知っていればよかったと、今になって思うよ」

少女は困ったように笑ってみせた。

「でも、フラダリさんがそう努めたところで、私のことを知ることはできなかったと思います」

「何故?」

「だって私は隠していたんです。それこそ、命を懸けていたんです。簡単に見破られてしまうような生半可な隠し事ではないつもりでしたから。
私の一番近くにいた貴方が相手だったとしても、私は隠し通さなければならない筈だったのですから」

歌うようにそう紡いだ少女にフラダリは思わず眉をひそめた。
この、自分に臆さず堂々と振舞っていた筈の少女が、自分に大きすぎる隠し事をしていたという事実は、少なからずフラダリに衝撃と落胆を与えた。
だからこそ、フラダリは理由を聞いておかなければならなかったのだ。少女が自分にまで隠したそれの正体を、どうしても今ここで確認しておかなければならなかったのだ。

「君は何を隠したかったんだ?」

「……」

「君が償いと称して、イベルタルにその命を捧げたことを?あの花に自ら触れ続けたことを?それとも、君が欲張りであることを?」

「その、全てだと言ったら?」

フラダリは息を飲んだ。
少女は怯まなかった。ただ困ったように笑って続きを紡ごうと口を開いた。

「私の友達の話をしたこと、覚えていますか?」

その言葉は、フラダリにいつかの夜を思い出させた。
久し振りにポケモンバトルをしたあの日。『私の親友は、絵を描くのが好きなんです。』と少女が告げたあの時。
『彼女は、過ぎる一瞬を永遠にしたいと言っていました。』
『彼女は、知っているんです。全てのものがそのままでは在れないことを。』
『切り取ってしまえば、それは確かに美しいかもしれません。でも、ほら、花は風に揺れるでしょう。だから綺麗なんですね。』
あの日の一言一句をフラダリは覚えていた。忘れる筈がなかった。

言葉だけではない。少女がその「親友」に抱いていた羨望と憧憬の表情を、フラダリは覚えている。
あの横顔には、本当はもっと別の意味が含まれていたのだと、フラダリは今になってようやく気付いたのだ。

「私は彼女のようになれませんでした。私は世界を救える器ではありませんでした」

「そんなことはない。君はわたしに勝利し、カロスを救った」

「でも、それだけです。私には、私が守ったカロスを背負って生きていく力も、皆の期待を受け取れるだけの優しさもなかったんです」

「だから死のうとしたのか?」

その言葉に少女は困ったように微笑んだ。フラダリはもう、躊躇わなかった。
この白い宇宙が崩れてしまう前に、彼女にどうしても聞いておかなければならないのだ。
フラダリは少しだけ焦っていたけれど、少女は真っ直ぐに彼を見上げていて、逃げる様子を見せなかった。
少女はこの白い空間を泳がない。少女はフラダリの手をすり抜けない。

「君は死ぬことで、その存在を永遠のものとしようとしたのだろう?」

彼はもう躊躇わない。

「イベルタルのため、フレア団がしたことへの責任を取るため。実に結構だ。
だがわたしは、君がそこまで美しい考え方のできる人間ではないことを知っている。AZに告げたそれは君の建前だったのだろう?
君は全ての人に愛され続けたいがために、自らその命を絶ったのだろう?」

少女は答えない。

「君はわたしの望んだ結末に飛び込み、わたしがかつて語った美しさを体現し、自らの命をもってしてわたしを叱責するつもりだったのだろう?」

『私なら世界を一瞬で終わらせ、全ての美しさを永遠のものとするかもしれない。全てが醜く変わっていくのは耐えられません。』
当時のチャンピオンとカフェソレイユで会話をした、あの時の自分の言葉をフラダリは思い出していた。
死をもってその存在と美しさは永遠となるのだ。フラダリはそう信じていた。だからこそカロスを一瞬にして死へと追いやり、その美しさを永遠のものにしようとしたのだ。
そしてフラダリが率いるフレア団を解散に追い込んだこの少女は、その思想を真っ向から否定しているものと思っていた。
けれど、そうではなかった。少女は自らの存在をカロスに残すために、その存在を永遠のものとするために、自らの命を削ることを選んだのだ。

フラダリの思想を許さずにいた筈のこの少女は、その思想に心から焦がれていたのだ。

そして彼女はあの花とイベルタルをもってして、自らの命を死へと緩慢に誘い、カロスを救ったその栄光と、少女に向けられた賞賛の声を永遠のものとしたのだ。

シェリー、君の勝ちだ。わたしは初めから君に、敵う筈がなかったのだね」

「……」

「君の貪欲さに、その命をもってした献身にもっと早く気付いていれば、君はもっと長くわたしと一緒に生きていてくれたのだろうか?」

フラダリの言葉を黙って聞いていた少女は、しかし困ったように肩を竦めて笑う。

「フラダリさん。貴方の知っている私は、貴方の懇願を素直に聞き入れるようないい子でしたか?」

その言葉にフラダリも釣られたように笑い出した。
ああ、そうだ。そんな筈がなかったのだ。

「そうだな、君は欲張りであると同時に、とても強情な人間だった。忘れていたよ」

「酷いなあ、フラダリさん。私を忘れないでと何度も言った筈ですよ」

「わたしの懇願を聞き入れなかった君がそれを言うのか?全く、君の都合のいい頭はこれだから厄介だ」

声をあげて二人は笑った、白い宇宙が音を立てて崩れようとしていた。
二人はどちらからともなく笑みを止めて、背を向ける。歩き出す。ガラガラと音を立てて宇宙が壊れていく。
そう、これだって結局は男の空想に過ぎないのだ。少女はこの宇宙の中でしか生きられない。宇宙は永遠を保たない。
それでもその一瞬が限りなく愛おしくて、フラダリは目蓋を開けたその瞬間に嗚咽を噛み殺すのだ。


2015.3.18
日向さん、素敵な曲のご紹介、ありがとうございます!

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