SS

・ジャンルはすべてポケモン
・短編未満、連載番外、if、パロ、なんでも詰め合わせ

SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ(塵)」に格納します。


▽ 失格の烙印をどうぞこの満面の笑みに押し付けてくれ

2019.03.09 Sat * 11:27

(「地獄の紅色」のもうちょっとだけ後) お父様はジムリーダーをしていらっしゃるのですって。お母様は? 家庭に入っているはずですよ。 他に子供はいらっしゃらなかったの? 皆、断ってしまったそうです。まあ、それであの子が? 可哀想に……。 でもいいところへお嫁に行けてよかったじゃありませんか。元のお家にいたままでは、とても今のようには。 奥さん、それ以上はやめておきましょうよ。あんまりに騒ぎ立てては聞こえてしまいます。ほら、こっちを見ている。 カツカツと高いヒールが石畳を叩く。銀髪の青年は苦笑しつつ、美しいドレスを身に纏った花嫁の後をそっと歩く。純白のドレスをたくし上げ、彼女は恭しく一礼する。 カロスの王族も驚くほどの、非の打ち所がない完璧な仕草であった。彼女はその表情に、所作に、指の動き一つに、美を内包するのがとても得意であった。 そんな彼女を前にして、三人の婦人は顔を見合わせつつぎこちない挨拶を返す。少女は可愛らしいソプラノでふふっと笑う。 ああ、毒を吐くときの笑い方だ。青年がそう思い身構えるのと、少女が口を開くのとが同時だった。 「ごきげんよう、奥様方。随分と趣味がよろしくていらっしゃるのね?」 「……あら、いやだわそんな」 「私の家族を好き勝手に査定しないでくださる? ほら、あちらにいらっしゃるわよお父様。媚を売りに行けばいいじゃないの。低俗な貴方達にはそれがお似合いだわ」 手酷い言葉を置き捨てて、少女はくるりと踵を返し、スキップでもするかのような軽い足取りでその場を去る。 彼女は再び、会場であるこの広い中庭を駆け回り始めた。それは冷たい水場を探す鳥ポケモンのようにも、着地する場所を探している蒲公英の綿毛のようにも見えた。 この、彼女を祝うための空間において、最も不安そうな心地でいるのが彼女であった。 だから青年は少女を追う。愕然とした表情の婦人達に頭を下げることさえせずに、駆け足で彼女の隣へと並ぶ。 毒を吐く罪くらい、共に被ってやろう。彼はそうした気概であった。そうして悪事を働いた先に辿り着く場所が、……そう、たとえ地獄であったとしても構わなかった。 何処に迎え入れられることになったとしても、隣に彼女がいさえすればそれでよかったのだ。 「どう? 花嫁失格かしら? きっとお父様に叱られてしまうわね」 「結構なことじゃないか。皆が君を嫌ってくれたなら、その分、ボクが君といられる時間が増えるだろう? お父様、に叱られる時はボクも一緒だ」 「まあ可哀想。私の罪なのに、貴方も一緒に罰を受けるなんて」 「それくらい、どうということはないよ。それに……君のお父さんやお母さんや友人は、君の失格の如何にかかわらず、君の結婚を祝福してくれると思うけれど?」 彼女は立ち止まった。 淡い、本当に淡い、注視しなければ分からない程の淡い緑が差した透明のベールが、まるで彼女を想うようにふわり、ふわりと揺れていた。 赤い宝石が僅かにあしらわれた美しいティアラが、振り向きざまにそっと瞬いたような気がした。 彼女はソプラノをくすくすと震わせた。これは嘘ではない、本音を零すときの笑い方だ。 「それじゃあ失格が良いわ。だってこの烙印があれば、私の本当に大切な人にだけ祝福してもらえるのでしょう? それって、ねえ、願ってもないことよ」 彼女は噴水へと駆け寄る。身を乗り出して覗き込む。緑のベールに赤いティアラを付けた純白の花嫁が、その水に向かって「おめでとう」と言う。 * 地獄は遥か遠くに。 /

▽ 片枝と白翼

2019.02.26 Tue * 6:27

片枝と黒翼で遅れてきた二人組の会話)

「キミは本当に素敵な人だと思うよ、シルバーが好きになるのも分かる気がする」

小石の一切がない大通りで私は躓いてしまった。べしゃりと糸が切れたように崩れ落ちた私に彼は慌てていた。
「大丈夫かい」と焦ったように言う彼は、彼の言葉こそが私の「小石」になったのだということにおそらく気が付いていないのだろう。それ程に彼の言葉は衝撃的だった。
彼がポケモンのことを褒め称える言葉はこれまで幾度となく耳にしてきたけれど、彼が「人」を手放しで称賛することなど、滅多になかったからだ。
とりわけ、その「人」が私であるのだから、それは……驚いて、ないはずの小石に躓いて然るべきだろう。

「どうして急にそんなことを言うの? Nさんに感動してもらえるような凄いこと、今まで私、してきたかな?」

「勿論だよ、キミとチコリータの間に芽生えた絆は素晴らしいものだ。トレーナーとしてのキミを見たら、誰だってボクのように感動するはずだよ。
それにキミは明るく元気だけれど、その実とても謙虚に振る舞っているよね。トウコにはないところだ。
……いや、もしかしたらキミとトウコがあまり似ていなくて、トウコにないところがとてもキラキラして見えるから、一層、素敵だと思うのかもしれないね」

「わ、分かった、分かったよNさん! だからもうやめて!」

数学や物理の話をするときのような、あまりにも眩しい目をしてものすごいスピードでまくし立てる彼の口に、私は大きく×を付けたい気分になってしまった。
ああ、私の背がもう少し高ければその口に、手の平を押し当てて塞ぐことができたのに。

「どうしたんだい? もしかして「恥ずかしく」なってしまったのかな。そういうのもトウコにはないところだね」

「……ねえ、もしかして、トウコちゃんと喧嘩でもしたの?」

ふと思い至って私はそう尋ねてみた。
彼女にない私の一部を褒め称えたくなる程に、何かうんざりするようなことが起きたのかもしれない、と邪推してしまったのだ。
いがみ合うように隣に立つ二人だけれど、私とシルバーのような関係では決してないけれど、それでも二人は互いにとってかけがえがなかったはずだ。
「隣に立つ相手は、キミ以外には在り得ない」「私は隣にあんた以外を置くつもりはない」
二人で一つの形を取る彼等は、白と黒の両翼を広げてイッシュを舞う二人は、誰よりも輝いていた。少なくとも私にとって、彼等以上の二人組などいるはずもなかった。

そんな彼が、私を褒めている。片割れにないところを見つけては笑顔になっている。そうした彼の姿は私を少しばかり不安にさせた。
まさかこの比翼の間に不穏なことなど起こるはずがないと思いながら、それでも、何かあったのだろうかと考えてしまったのだった。
けれども彼は驚いたようにその目を見開き「喧嘩? していないよ」と告げてくれたので、そして彼が嘘を吐かないことをとてもよく知っていたので、
私は「なあんだ」とすっかり安心してしまって、それならば先程のそれはこの不思議な人の気紛れに過ぎなかったのだろう、と結論付けることができた。

「叱られたり蹴られたりすることはあるけれど、それが二人の間に亀裂を生んだことはなかったはずだ。今だってそうだよ」

「それならよかった。ねえ、私に今したように、トウコちゃんにもトウコちゃんの素敵なところをいっぱい伝えてあげてね。きっと喜ぶから」

「……どうかな、キミにするようにはできないかもしれない」

それでも、彼らしくない小さな声でゆっくりとそう発せられたのを機に、再び私の不安はぶり返してしまう。
私は縋るように、隣を歩く彼を見上げて、どうして、と尋ねようとして……。

「……」

彼が口元を抑え、顔を赤くして眉根を下げているところを見てしまった。

この人は、この人は。
自分が先程、どれだけ恥ずかしいことを口にしていたのかということを、相手をトウコちゃんに置き換えなければ理解することができないのだ!
私には躊躇いなく淀みなく告げていた称賛の文句を「同じように」「トウコちゃんへ」告げることがどうしてもできないのだ!
想いが過ぎて、気恥ずかしくなってしまうのだ。彼にとってトウコちゃんはそれ程の相手であり、それこそが、私になくてトウコちゃんにあるものの全てなのだ!
彼の顔色がその事実をあまりにも雄弁に示していた。ちゃんとこの人の片割れは他の誰でもない彼女なのだと確信できてしまった。
私はそれがどうしようもなく嬉しかった。嬉しかったのだ。

「あれ、どうしたの? もしかして「恥ずかしく」なったのかな」

先程の台詞をそっくりそのまま返してみれば、嘘を吐けない彼は口元を覆っていた手を頭の後ろに回して、照れたように笑いながら「よく分かったね」と返した。
ああ、こんな彼を知れば、トウコちゃんはどんな顔をするだろう。

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▽ 花一匁に一騎打ち

2019.02.25 Mon * 7:41

ジョインアベニューの通りの隅、人通りの少ない場所で子供達が楽しそうに歌っている。
あの子がほしい、あの子じゃ分からん、と、手を繋いで作られた二つの「陣」が互いに誰かを取り合っている。
指名された男の子と女の子が陣から切り離され、一歩前へ出てボールを構える。

幼い子供による1対1のポケモンバトルは、しかし通常のそれとは異なり「どちらかに1回でも技が当たれば終了」という、実に子供らしいささやかなものだった。
素早く回避を繰り返していたダルマッカに、ようやく相手のチラーミィの攻撃が当たる。わっと両方の陣から歓声が上がる。
労いの言葉をかけつつダルマッカを戻した女の子が、悔しそうに反対の陣へと駆けていく。チラーミィをボールに仕舞った男の子がその手を取り、自らの陣へと迎える。
陣に取り込まれた女の子は、けれども次の瞬間には「勝って嬉しい」と、彼等と共に声高らかに歌っている。数を減らした側の陣も「負けて悔しい」と大声で奏でている。

「花一匁、楽しそうですね」

隣で少女がそう告げて、首を小さく揺らしながら歌い出す。
あの子がほしい、あの子じゃ分からん、と、あの子供達による甲高いそれよりも少しばかり落ち着いた、けれどもまだ幼く少女を極めた旋律がそっと零れる。
相談しましょう、そうしましょう、と歌ったところで彼女は歌を止め、照れるように小さく笑った。

「誰がほしいか決まりましたか?」

「え? ……あ、そうですよね。えっと……その、困ったなあ」

本当に眉根を下げて困り果てる彼女に「わたしはもう決まりましたよ、シアさん」と追い打ちをかける。
それに反応したのは彼女ではなく、彼女の傍を泳ぐロトムだった。勝ってから奪っていけ、とでも言うように、その大きな青い目には挑発と高揚の炎が宿っている。
ポケモンバトルの気配を拾い上げたとき、彼女のポケモンは皆、こういう目をするのだ。そしてその目に背中を押される形で、少女も同じように笑うのだ。

「それじゃあ、一番強い子を出してください、アクロマさん。私が勝ったら貴方は私のものですからね」

「ええ構いませんよ。貴方も当然、覚悟は出来ているのですよね?」

最高に無駄なポケモンバトルが始まる。どちらが勝っても何の益も生まないじゃれ合いが、ジョインアベニューの往来で繰り広げられようとしている。
子供達が花一匁を休止して駆け寄ってくる。通りかかる人も足を止めて、二人の一騎打ちを見守るために輪を作り始めた。
男が投げたボールから現れたメタグロスに、人混みからわっと歓声が上がる。
少女は嬉しそうに微笑みながら、しかしその目の海だけはどうにも笑っていないのだ。まるで獲物を捕らえるフォーグルのような、獰猛な深みで彼を見ているのだった。

この輪を作る人達はきっと知らないのだろう、と男は思った。
少女が勝ったところで何も変わらないということ、男が勝ったところで何も変えられないということ。
少女が勝利せずとも男は既に少女のものであり、男が勝利したところで本当の意味で彼女を手に入れることなどできないということ。
「私は貴方のもの」「貴方は私のもの」という言葉の意味を、少女はまだ正しく理解できていないということ。それでも構わないと男が思っていること。
そうした最高に無益なポケモンバトルにおいても、相手が「貴方」であるならば負けるわけにはいかないと、互いが真にそう思っているということ。

ああ。
わたしがどうしようもない程に貴方を好きなことを、さて、いつ貴方に知らせてしまおうか。

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▽ 雨の降る奇跡

2019.02.24 Sun * 8:09

躑躅第三章)

雨があまりにも強く降っていた。ジョウトへと近付けば近付く程に、その雨音は激しさを増していった。
あの日、私達があの穴から抜け出したあの日は、もっと晴れていて気持ちのいい日だった。気持ちが悪くなる程に気持ちのいい日だった。
けれども今、空は曇天だ。気持ちが良くなるくらいに気持ちの悪い空だった。
ああ、きっとあの花は萎れてしまっているのだろう。私はあの花を彼と一緒に見ることができないのだ。そう確信できてしまった。少し、悲しくなった。

そうしたことを思いながら窓の外を見ていた私は、気が付かなかった。
向かいの座席に座った彼が、窓の外の曇天ではなく私をずっと見ていたことに。彼の沈黙はこの曇天ではなく、私の横顔により引き出されているのだということに。

「立派になった」

その音でようやく私は彼の視線に気付き、慌てて彼へと向き直った。
私を見ていたんですか、と困ったように笑いながら尋ねた。そんな風に尋ねた私に驚いてしまった。
ああ、こういう時、私の紡ぐべき言葉は決まっていたはずなのではなかったのか。あれを、あの謝罪を、息をするように紡ぐべきではなかったのか。
こんな時に「ごめんなさい」と一言告げるだけで、私はひどく、楽になれてしまうのではなかったか。

「君は立派になった。見違えるようだ」

「……そんなことありません。今でも私、怖いものが多くて、いつだって臆病で、卑屈だってとても得意ですし、それに……貴方を、待つことしかできなかった」

「そうだとも、君は待っていてくれた、いつ戻るとも知れないこのわたしをずっと」

ありがとう。
そう告げて、きっと彼は笑ったのだろう。けれども私はその笑顔を見ることができなかった。
深く、深く俯いて、両手の人差し指でごしごしと目を擦った。そんな言葉に、有り体な音に泣いてしまうことがとても恥ずかしかった。
春の風に目がむず痒くなったのだということにしてほしかった。けれども彼が、そうした都合の良い解釈をしてくれる人ではないのだということも、分かっていた。

シェリー、君に触れても?」

「え? ……は、はい」

大きな手が伸びてくる。顔を少しだけ上げれば拭い忘れたものが頬を滑る。顎の先で雫を作ったそれが落ちてしまう前に、彼の指が受け止める。
更に目元へと登ってきたその指が、先程まで私のしていた指の仕事を奪い取っていく。
そんなことをされてしまえば、益々止まらなくなってしまうのだということに、彼はどうやら思い至っていないようであった。

彼がいる。そのせいで、私はどこまでもいつまでも泣いてしまう。

そうして、彼の指では追い付かなくなってきて、ついにはハンカチを彼が取り出しかけたところで、乗っていた電車のアナウンスがコガネシティの名前を告げた。
私達は同時に立ち上がり、ホームへ降りて、大きな歩幅で階段を駆け上がって、改札口を抜けて、駅を出た。

やはりというか、想定通りというか、大通りの歩道沿いにある植え込みには、鮮やかな緑の上に萎れた紅色がずらりと並ぶばかりであった。
雨というものは、この繊細な花には重すぎたのだ。耐えられなかったのだ。それはいつかのカロスに生きた私のようで、思わず笑ってしまったのだった。

「!」

けれども1輪、たった1輪だけ、白い花が雨の重さを逃れていた。
小さな可愛らしい日傘が、植え込みの端に置き捨てられていたのだ。広げた状態で植え込みに立てかけられたその傘に私は覚えがあった。
昨日、全く同じものを私は見た。針金細工のように細い指がその傘を何度も何度も撫でているのを、私は、あの少女の向かいの席でずっと見ていたのだ。

『明日という日に雨が降ることにはきっと意味があると思うから』

ああ、これがあの人の言っていた意味なのだ。私はそう確信してしまった。
「明日、雨が降る意味」は確かに在った。その意味を彼女が作った。雨を逃れるたった一輪の花は、彼女の傘が守った5月の一等星は、きっと私のために生き残っていた。
他の星が雨に潰れてしまう中で、この花だけが私達に咲く姿を見せてくれた。この奇跡をあの人が用意してくれた。あの人の傘が私達に奇跡をくれた。

「今日が、雨でよかった」

彼はそんな私の言葉に驚いたようで、長く、本当に長く沈黙していたけれど、
やがて植え込みの前へと屈み、その白い花に手を伸べて、私の涙を拭っていた時のような繊細な心地で触れて、

「では、わたしもそう思うことにしよう」

と、重ねすぎて空になってしまった空気の色をそっと細めて、告げた。

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▽ 片枝と黒翼

2019.02.23 Sat * 14:50

「お前が男だったなら、あいつはお前のことを好きになったのかもしれないな」

病的なまでにむせ返ってしまった。一度は口に含んでいたはずの水がぽたぽたと零れてコースターを濡らした。
近くを通ったウエイターが「大丈夫ですか?」と尋ねてくる程の咳き込みようであった。
大丈夫よと、気にしないでと、そう告げる私を見てシルバーは楽しそうに笑った。
元はと言えば彼が撒いた火種であるはずなのに、発火した私だけが悪目立ちをするなんて、やはり世間というものは不公平なままだ。そういうものなのだ。

「……あんたの言いたいことがよく分からないわ。それとも何? 私は「あんたが女だったらNはあんたのことを好きになったでしょうね」とでも返せばいいの?」

「どうだろうな。……いや、在り得ないか。Nがお前以外を片割れとしているところなんか想像も付かない」

「私だって同じよ。コトネがあんた以外の枝を抱き込むところなんか想像も付かない。こんなの、あの二人を待つ時間にする話題にしては趣味が悪すぎるわ」

「なんだ、お前は存外、誠実なんだな。俺は今、コトネとNが遅れてくるのを待っているこの時間だからこそ、この話題しかないと思ったんだが」

まさか、この青年は不安なのだろうか。私はふいにそう思った。
この、出会った頃にはまだ12歳で、コトネよりも小さかった男の子は、数年の時を経て私の背をゆうに追い越し、長身の青年へと変貌していた。
勿論、それでもあのひょろ長いNの背には届いていないけれど、この少年は確かに成長していた。堅実に、丁寧に、けれども目覚ましいスピードで育った。
彼はそこら辺にいる頼りない大人よりも、ずっとずっと、精神的に逞しく頼り甲斐のある人間になることが叶っていた。

そんな彼の口から、弱音なのか冗談なのかは分からないが、その「悪趣味な例え話」が出てきたことは、私をそれなりに驚かせていた。

さて、この青年は一体、私に何を言おうとしているのだろう?
もう片枝には告げられない何かを懺悔するつもりなのだろうか。私は彼に今から許しを請われようとしているのだろうか。
私は身構えた。彼を拒むためではなく、受け入れるために身構えた。不安でも葛藤でも恐怖でも、彼のかたちをしているのであれば何でも、受け止めようと思ったのだ。
そんな「面倒なこと」は普段なら御免被るところだけれど、彼が相手であるなら話は別だ。
この男、私の親友と揃いのリングを嵌めたこの青年のことは、それなりに大事にしたかった。

けれどもそうした私の覚悟をあざけるように、からかうように、まるで「いつか」の仕返しをするかのように、シルバーはとても、とても楽しそうに笑ったのだ。

「残念だったな、トウコ。お前が男だったなら、あいつを俺に盗られることもなかったのに。このリングを嵌めていたのは、お前だったかもしれないのに」

「は?」

「……ざまあみろ」

茶目っ気を含んだその音に、私はがっくりと肩を落とした。「やってくれたわね」と悪態を吐けば、彼はいよいよ幸福そうに目を細めたのだ。
あの悪趣味な例え話だって、このための布石であったのだ。私は見事にしてやられたのだった。

つまるところこれは彼の惚気だ。それでいてささやかな仕返しでもある。そしてそんな惚気や仕返しの相手に私を選んだところに、私はもっと別のものを見る。
私は呆れた。この上なく呆れた。彼にではなく、私に呆れた。
彼を疑うことをしなかった私に、疑うことさえ忘れていた私に、すなわち彼に相応の信頼を置いてしまっていた私に、呆れてしまった。
ああ、私はこいつも大事なのかと、私にはまたそういう相手が増えてしまったのかと、認めざるを得なくなってしまったからだ。
そういう意味で、彼のそれは正しく「仕返し」だったのだろう。現に私は打ちひしがれていた。このやさしい時間に打ちひしがれていた。彼はやはり、大物だ。

……でも、そこまで含めて彼の演技である可能性も捨てきることができなかったので、私は彼の、万に一つの可能性として残っている不安を、踏み消しておくことにした。

「仮に私が男だったとしても、コトネを女性として愛したとしても、それでもコトネはあんたを好きになるわ。あの子の枝を抱くのはいつだってあんたよ、シルバー」

「!」

「いいわね、羨ましい。私、こんなにもあんたのことを妬ましく思ったのは初めてよ」

「……ああ、そうだ。そうだとも。……いいだろう?」

にっと笑う彼の背後に、待ち人を象徴する赤いリボンの帽子が見える。
さて、彼の惚気を彼女に告発しておかなければなるまい。

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