何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。
(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。
▽ カカオ72%のブラックリップ
2019.11.11 Mon * 21:49
(同棲・婚約済の16歳という異質コンビによる砂糖菓子みたいな午後、ポッキーの日)
甘い匂いに誘われて階段を駆け下りれば、キッチンから「まだ出来ていないぞ」と声が飛んできた。
ついこの間、私の背を追い越したばかりの男の子であるはずなのに、これまで料理の経験などついぞなかったはずなのに、
彼がキッチンに立つその姿は異様な程に似つかわしくて、私は彼の器用な一面に感服すると同時に、料理に興味を持てない私自身のことがほんの少しだけ、恥ずかしくなる。
「わ、チョコプリッツェルだ! こんなものまで作れるんだね」
「つまみ食いするなよ」
「そこまで食い意地が張っている訳じゃないよ。確かにシルバーの料理はどんなものでも美味しいけどね」
私の家のキッチンは、彼が居候を始めてものの数か月で彼自身の城に化けてしまい、今では彼にしか使いこなせない調理器具が沢山、棚の中に仕舞われている。
私やお姉ちゃん、勿論ヒビキだって、料理を趣味とはしていないし、お母さんもそこまで料理に拘りがある訳ではなかった。
私達はこれまで、毎日の食事のために必要に迫られてキッチンへと立っているようなところがあったから、
彼がこのような意外な趣味を覚えてしまったことに関しては、きっと毎日の家事がうんと楽になったお母さんが一番有難がっているのだろうなあ、と思う。
「今日のチョコは?」
「72%だ。俺は85%の方でもよかったんだが、ヒビキに「苦すぎる」と泣きそうな顔をされたからな」
さて、そんな彼が昼食後にキッチンに立っているのは、夕食の仕込みをするためでも、常備菜のストックを増やすためでもない。
和洋中、様々な料理を数年かけて熟知してしまった彼は、先日ついに「お菓子作り」という新しい領域に足を踏み入れてしまったのだ。
美味しいスイーツの摂取が常習化して太ることだけは避けたい、というお母さんと私の我が儘により、彼のお菓子作りは週末のみとなったのだけれど、
今日は私でも知っている、とあるお菓子に因んだ特別な日であり、この可愛らしいイベントに町のあちらこちらが浮ついているため、
その賑わいに乗じる形で、平日にもかかわらずシルバーはこうしてキッチンに立ち、鼻歌混じりでチョコを湯煎にかけている、という状態なのだった。
「……よし、いい具合に溶けてきたな。コトネもやってみるか?」
「わあ、ありがとう! このプリッツェルを溶けたチョコにくぐらせればいいんだよね」
私は嬉々として、クッキングシートに規則正しく並べられたプリッツェルの1本を手に取り、甘い香りのするチョコの中へと差し入れた。
軽く回してからそっと引き上げる。チョコの角がプリッツェルの先に少しだけ立っている。それはメレンゲを泡立てた時に出来るあの角に少し似ているような気がした。
市販の、形の整ったチョコプリッチェルには見られない、手作り独特の形状がどうにも可愛らしく思えてしまう。
その可愛い角をシルバーにも見せたくて「ねえ」とその先を彼の眼前に差し出したのだけれど、
その拍子に角はいきなり液体の様相を呈し、雫となってプリッツェルの先端から零れ落ちてしまった。
「あ」
シルバーは咄嗟に手を伸べて、チョコの雫を人差し指の甲で受け止めた。
私は慌てて「大丈夫?」「熱くない?」「水で冷やした方が」などと言葉を連ねたけれど、彼は苦笑しながら「平気だ」「そんなに熱くないから」と告げて、
そのチョコを拭うこともせずに、何かを考えこむかのように沈黙しつつじっと自らの人差し指を見つめていた。
すると、彼は私が持っていたプリッツェルを取り上げ、再びチョコに浸したかと思うとすぐに引き上げ、またしても出来上がったチョコの角を自らの人差し指に落としてしまった。
2回、3回と無言でそれを繰り返し、人差し指の甲にチョコの雫を蓄え続ける彼がなんだか空恐ろしくなって「……どうしたの」と震える声で尋ねてしまった。
すると彼は至極面白そうな顔をして、少しばかり赤くなった頬と、悪戯を思いついたときのようなキラキラとした目で、笑った。
「コトネは凄いな、俺がよくないことをしようとしていることが分かるのか」
「よくないこと?」
顔をさっと青ざめさせた私の眼前に、甘い香りのする指が真っすぐ向かってきたかと思うと、
私にそれ以上の言葉を禁じるかのような動作で、チョコに塗れた指の甲が唇に押し付けられてしまった。
驚きと困惑でどうしていいか分からず、彼の無言の指示の通りに沈黙を保っていると、まるで口紅を塗るかのような動作でその指は私の下唇をゆらゆらと往復した。
色付きのリップクリームなら塗ったことがあるけれど、口紅なんてまだ私にとっては未知の領域であり馴染みのないもので、
男の子であるシルバーはなおのこと、そうしたお洒落の道具に疎くて然るべきなはずなのに、
彼は迷いも躊躇いも見せずに、楽しそうに、からかうように、照れたように、懐かしむように、私の唇を黒く塗っていく。
「……シルバー」
君らしくない悪戯だね、食べ物を遊びに使うなんて。
そう続けようとしたのだけれど、叶わなかった。彼がいよいよ顔を赤くして私の肩に手を置いたからだ。
その色の変化と置かれた手の熱さで、やっと、やっと私は、彼がこの場において何をしようとしているのか分かってしまった。
それはやっぱり彼らしくない悪戯で、このお菓子の日である特別なイベントの趣旨にもきっと反していて、
視界の端でチョコに浸るのを待っている小麦色のプリッツェルがやけに寂しそうに見えて、でもチョコは私の唇の上にあって、
……そう、だから、彼の息がかかる程の至近距離でこのようなことを言われずとも、きっと私の声など飲まれてしまっていたに違いないのだ。
「ほら、黙ってろ」
ミルクパズル コトネ/シルバー▽ A7サイズのノートは、女の子特有の丸い文字でびっしりと埋められている
2019.11.10 Sun * 18:03
(hpパロ連載「冷たい羽」のリメイク版に加筆する予定のもにょもにょ)
ホグワーツ本校、およびその巨大な校舎が存在する「魔法界」と呼ばれるこの空間には、外界にはない特徴が幾つかある。
杖を振ったり呪文を唱えたりが日常茶飯事と化している、などということは大前提として記すが、
そうした「魔法」の類が、万物における現象や本質、更には命の在り方に至るまで変えてしまうことも珍しくない。
ところで貴方は外界にいた頃、お墓の前を通ると寒気がしたり、誰もいない静かな部屋で誰かに見られている気配を感じたりしたことがないだろうか。
もし思い当たることがあるのならば、気を付けた方がいい。
それは決して貴方の気のせいではない。貴方が感じていた「何か」は確かに存在しているのだ。ただ、貴方の目に、耳に、知覚できる存在として届いていないだけで。
そんな貴方が魔法界へと足を踏み入れたなら、目に、耳に、飛び込んでくる「何か」の存在の多さに驚くことだろう。
下手をすればその「何か」の数は、魔法界に生きる生者の数よりも多いかもしれない。
「何か」を其処に留まらせている理由は、未練か、愛着か、それともただ漫然と其処に在るだけなのか。
悪霊と呼べる程、面倒な存在ではない。精霊と呼べる程、優しい心を持ち合わせてはいない。とにかく「何か」はただ其処に在る。在ることしかできないから、そう在るだけの話なのだ。
その「何か」のことを、私達はポケモンのゴーストと区別するためにこう記すのが一般的である。
『Ghost』
そう、あたし達のことだ。
*
食べる必要もなく、眠らなくてもいい。時を止めたまま存在し続ける彼等のほとんどは、厄介なことに、生者との会話を生活……もとい、霊活の楽しみとしている。
若くしてその命の灯が消えてしまったような人ならともかく、ごく普通に天寿を全うしたような存在でさえ、この魔法界では当然のようにGhostと化し、
まるで此処が第二の人生の舞台であるかのように振る舞い、食事や睡眠を必要としない便利な生活を満喫しながらも、
やはり生きていた頃が懐かしいのか何なのかはよく分からないが、とにかく生きている人の話を聞きたがるし、ちょっかいを出したがるし、煩く喚き散らしたがるのだ。
ただ、その生者というのも、誰でもいい訳ではない。
何故ならホグワーツに留まるGhostを「全ての生者が知覚できる訳ではない」からだ。
Ghostは「自分を見てくれる相手」を探している。自身を認識しない生者の傍で何をしたところで面白くないのだから、当然である。
……此処まで書けばお分かりいただけるだろう。「見える」貴方は彼等の格好の餌食となるのだ。
命、および質量を持たない半透明の憐れな魂は、生きている貴方と関われることこそを自己の喜びと確信して、貴方を徹底的に妄信する。
貴方に付きまとい、貴方にちょっかいを出し、貴方の学園生活を台無しにしてくれるに違いない。
もし貴方がまっとうなホグワーツライフを謳歌したいのであれば、彼等の存在など無視することだ。
もう、手遅れかもしれないけれど。
*
魔法界に生き、魔法界で死んだ人間が、死後もその姿を保つ方法は簡単だ。ただ「そう」望めばいい。
けれどもその姿が他者に知覚され、また自身も同じようなGhostの存在を知覚するには、ある条件がある。
それが所謂「霊力」「霊感」と呼ばれるものであり、これは突然変異などが起こらない限り、一般的には生まれながらにして持つ固有のものとされている。
たとえばホグワーツの中で、生きている生徒に「この教室にはGhostが何人いる?」と尋ねてみたとしよう。
ある生徒は「10人」と答えるだろうし、ある生徒は「30人」と答えるだろうし、またある生徒は「そんなものはいない」と答えるだろう。
「すぐ近くのGhostしか分からないから、教室全体の人数を把握することはできない」と答える生徒や「声なら聞こえるけれど見ることはできない」と話す生徒もいるだろう。
もしかしたら「私には無数のGhostが見えるけれど、Ghostは一度も私を見ようとしない」などという世迷言を呟く人間だっているかもしれない。
また逆に、ホグワーツに住まうGhostに「貴方と話をしてくれる生徒はこの食堂に何人いる?」と尋ねたとしよう。
「ほぼ全員」と答える者、「半数程度」と答える者、「10人にも満たない」と答える者、「まだそんな人には出会ったことがない」と答える者、様々であるはずだ。
このように、生きている人間が、Ghostを感知するための力を「霊感」と呼ぶ。
また、Ghostが他の存在に感知してもらうための力を「霊力」と呼ぶ。
霊感や霊力は一定の数字で測定できるものではなく、視覚のみに特化したもの、聴覚のみ機能するもの、ある一定の距離でないと作用しないものなど、様々だ。
時に、その生得的な「才能」とも「呪い」とも呼べそうなそれは、あらゆる形で生きた人間を、そしてGhostを蝕み、苦しめる。
生きていても死んでいても、その「孤独」という苦しみに大きな違いはないのだ。
*
冷たい羽のコトネが抱いている歪みは「孤独への極端な恐怖心」であり、リメイク後もこれがテーマであることには変わりありません。
冷たい羽▽ ハニーシュガーとシナモン、そして素敵な何か
2019.11.07 Thu * 12:06
(未来を着せ替え過去へ戯れそういうもので今を抱きたいの後日談、新婚旅行終了後)
※トウヤとトウコが双子設定、Nとトウコ間でのそういう行為を仄めかす発言があります
新婚旅行を終えて1か月が経った頃、実家住まいのトウヤが「とにかく早めに来てくれ」などと電話口でまくし立て、私とNを呼び出した。
彼から声が掛かることなど滅多になかったため、何か困ったことがあったのではないかと案じながら私とNは慌ててトウヤの元へ向かったのだが、
当の本人は焦り顔の私達を揶揄うように笑いながら、嬉々としてタブレット端末を差し出してくるのみであった。
紛らわしい呼び方をしないでほしい、と思ったけれど、それでも弟から私達を呼んでくれたことはそれなりに嬉しかったので、怒る気にはやはり、なれなかった。
右の眉だけを器用に釣り上げた、彼の得意気な顔に少々の疑念を覚えながらも、特に拒む理由も見当たらず素直に端末を起動させれば、
何処かで見たことのある二人の子供が、私を見上げてヒラヒラと手を振っていたので、何が起こっているのか分からず「は?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ほら、新婚旅行に持って行ったスケッチブック、あれに二人が描いていた子供の絵を参考にしたんだ。
原画をスキャンして、イラストにして、3D化して、簡単な動作をプログラムして……とまあ、随分時間が掛かったけれど、申し分ない出来にはなっていると思うぞ」
驚きと抗議を上げることさえ一瞬忘れて私は絶句した。なんてことをしてくれたのだ、我が弟は!
偏食かつ引きこもりがちであった彼は、屋外で遊ぶよりも屋内でパソコンと戯れることを子供の頃からずっと好んでいた。
そのせいで虚弱体質は今もろくに治っていないままだが、コンピュータ関連の技術に関しては秀でたものがあり、プログラムやデザインに関する資格を幾つも持っている。
仕事道具であり遊び道具でもあるそのコンピュータ機器は、デジタルに疎い私やNでは想像もできないようなものを頻繁に生み出し、私達を驚かせる。こんな風にだ。
「……や、やってくれたわね、随分悪趣味な暇潰しじゃない! それに、よりにもよってどうしてこの絵を選んだの!」
「どうせ脳内お花畑な新婚夫婦よろしく、未来の子供の妄想でもしていたんだろう?
二人の下手な絵じゃこの子供達の魅力があまりにも分かりにくかったもんだから、こうして第三者にもちゃんと愛されるように組み直してやったんじゃないか」
彼の言い分は相変わらずよく分からなかった。
彼のコンピュータを使った暇潰しに私達の絵が使われたことに対して文句を言い続けるべきなのか、
それとも私達の拙い妄想の産物を此処まで精巧かつ息を飲む程の可愛らしさでタブレット上に再現してくれたことに対してお礼を告げるべきなのか、
……そうしたつまらない葛藤に終止符を打ったのは、隣でタブレットに釘付けになっているNの「凄いじゃないか!」という歓喜の大声であった。
「凄いよ、本当に凄い、ボクが想像していた通りの姿をしている!」
称賛の言葉を贈られたことに気を良くしたらしいトウヤは、それでもまだ足りないらしく「もっと褒めてくれてもいいんだぜ」などとニヤニヤしながら告げてくる。
おそらくその「もっと」は、Nによる更なる称賛ではなく、私のお礼の言葉を指しているのだろう。「トウコも俺に感謝してくれ」と言っているようなものだ。
けれども私はそこまで気を良くすることはできないし、Nもそこまでトウヤの心を読める訳ではない。
Nは彼の言葉を言葉の通りに受け止めて褒め言葉を編み続ける。私は苦い顔で沈黙を貫き続ける。
「こんなにも素晴らしいことができるのはトウヤくらいのものだと思うよ、羨ましくなるくらいの才能だ。
……ねえ、この画面の中にボクとトウコの姿も一緒に入れることはできないのかい?」
「おいおい、何を言っているんだ。その幸せな家族の風景は俺じゃなくて、Nとトウコの二人で作るものだろう?
寂しい独り身の俺とは違って、折角、ちゃんとした人間の形をした相手がいるんだから、もっと沢山愛されることを覚えちまえよ」
「愛されることを覚えると子供が出来て、幸せな家族になれるのかい? それなら、ボク等はもうとっくにそうなっていなければいけないはずだけれど……」
しまった、と思った時には既に遅く、頭の回転だけは無駄に早いこの弟は何かを察してしまったらしい。
自身の、少し尖った形の顎を左手でさすりながら、「へえ、そうかそうか、成る程なあ」などと不敵に笑っている。
私は分かりやすいように大きな溜め息を吐いて「変なことを口走ったら容赦しない」という圧を彼に示してみる。
……効果があるかどうかは、分からないけれど。
「そうなっていないっていうのなら、それはきっと、まだNの知らない愛が何処かに隠されているってことなんじゃないか。お前とトウコもまだまだってことだ」
「へえ、そうだったんだね。ボクは今のままでも十分に幸せだから、そうしたものを探そうとさえ思わなかったよ。
でも楽しみだな。きっとトウコとならその愛というものもすぐ見つけられるに違いないからね」
息をするように紡がれるこいつの強烈な信頼の音にはもう慣れたものであったはずだ。だからこのような台詞に顔を赤くしそうになるなんて間違っているのだ。
間違っている、はずだ。
タブレットを手にしたNは、期待するような表情で私の方へと振り返る。タブレットの中にいる二人も、私を見ている、ような気がする。
「トウコもそう思うだろう?」
そうよ。私もそう思っている。私だって、貴方とできることであるならばどんなことだって嬉しい。
この世のありとあらゆる手段、ありとあらゆる行為、ありとあらゆる言葉が、私にとっての貴方の唯一性を証明してくれるものであればいいと思っている。
そんなこと、そのような当たり前のことなど、もうずっと前から私の真実として此処に在る。
表出させることが躊躇われる程の、暴力的で衝動的な愛しさが私の喉を痺れさせた。麻痺した声帯は同意の声も照れ隠しの音も震わせてなどくれなかった。
スケッチブックに未来を描いたあの夜のような、温かく優しい幸福が胸を支配した。この感覚は嫌いではなかった。
けれどもその感覚を与えたのが、このお調子者の弟であるということがどうにも癪であったため、
私は無言のままにずかずかとトウヤの元へと歩み寄り、一瞬の隙を突いて得意の足蹴を食らわせる他にない、という有様であった。
カーペットの上へ綺麗にひっくり返る弟。驚きの声をあげるN。肩を震わせて笑う私。電子化された未来は可愛らしい笑顔で私達を見ている。
*
長くなりすぎたのでそのうち短編化させたい。
モノクロステップ トウコ/N▽ 未来を着せ替え過去へ戯れそういうもので今を抱きたい
2019.11.07 Thu * 0:21
※直接的な描写はしていませんがそういう行為を仄めかす発言があります
こいつは痩せ型である。私は……少なくとも太ってはいないと思う。身長は双方高めであるため、高確率で平均より背の高い、比較的すらりとした姿が出来上がると予想する。
生まれてこの方染髪というものをしたことがない私のダークブラウンの髪、色はともかくこの癖毛が遺伝してしまったら少し可哀想だと思う。
けれどもNだって私に引けを取らないくらい、ぴょんぴょん跳ねて宿主を困らせるタイプの髪をしているから、どちらに似るにせよ美しいストレートヘアーは期待できそうにない。
「私の焦げ茶とあんたの黄緑が混ざって、いい感じの栗色にでもなってくれたらいいんだけどね」
海の見えるお洒落なホテルの夜、一本足のお洒落な丸いテーブルの上、お揃いのグラスに入ったオレンジ色のお酒と、絵画道具。
広げたスケッチブックはイッシュの港で購入したもの、24色の水彩色鉛筆は後輩から借りてきたものだ。
旅なんてNとならいつでもできるけれど、このような大仰な名前が付いた旅行は一生に1回しかない。
だから、絵を描くなんていう殊勝なことをしてみたくなったのかもしれなかった。
当時の情景を写真よりもずっと感情的に情緒深く呼び起こすことが叶うその手段を、手に取りたくなったのかもしれなかった。
……もっとも、私もNも熱心に絵を描いた経験などなく、更には「上手に描こう」などという彼女のような立派な向上心もなかったため、
そんな二人がスケッチブックに足していくのは、幼い子供でももう少しマシなものが描けるのではないかと疑ってしまう程の、拙く汚い落書きばかりであった。
「栗色というと、コトネみたいな髪の色のことかな」
「そうそう、女の子ならあれくらいの明るい色の方が喜んでくれそうじゃない?
……まあ、私の血を引いた人間に「可愛らしさ」を自身に求めるだけの健気な乙女心があればの話だけれど」
鉛筆で適当に描いた女の子の人型に長い髪を生やして、栗色の色鉛筆を手に取り走らせる。
芸術家を気取るつもりは更々ないけれど、この水彩色鉛筆の柔らかな芯がスケッチブックの上を駆けるときの、乾いた音の心地良さを私はとても気に入っていた。
Nとの時間が与えてくれる安寧に質量を与えてくれるような、自身の心の収まりが良くなるような、そうした漠然とした幸福感に見舞われて、嬉しくなるのだ。
けれどもこいつはHBの硬く尖った芯が紙面を叩く音の方が好みらしく、隣のページに描かれる男の子らしき人型はモノクロで構成され、色の一切が存在していなかった。
肩より少し上辺りでぴょこぴょこと跳ねるその癖毛を、果たしてNは何色とみなして描き込んだのだろう。
「キミの血を引いているのであれば、その子も可愛くなるんじゃないかな。キミはキミ自身が思っている以上に魅力的な人だよ」
「あはは、そりゃあどうも! かなり酔いが回っているみたいだけれど、このカクテル、そんなに強かったっけ?」
「キミこそ酔っているんじゃないかな。普段のキミならそんな分かりやすい照れ隠しはしないはずだ」
少しばかり悔しい思いを抱きつつ、栗色の色鉛筆の腹をその白い頬にぐりぐりと押し付けてやる。
木の良い匂いがするね、とズレた感想を口にしたNは、自らの鉛筆で私の頬へと仕返しをしてきた。鉛筆特有の炭っぽい匂いと、木の香りが混ざったものが鼻先をくすぐる。
ああ、もしこの紙面上の男の子と女の子のどちらもがいれば、こんな風に子供っぽいじゃれ合いを兄弟ですることが叶うのか、と、そんなことを考えたりもしてみる。
それからも私達は他愛もない話を続けながらスケッチブックに落書きを続ける。
目の色を決めて、爪の形を決めて、声の高さはどれくらいかしらと話し合ったりもして、笑いながらオレンジ色のお酒を喉に通す。
トウヤが熱中しているRPGのキャラクターメイキングにも似ているその遊びを飽きることなく続ける。いつの間にか日付が変わっている。お酒はまだ瓶に半分程残っている。
そろそろ眠った方がいいかしら、と考えながら、ほぼ完成形に近付いた、栗色の髪に若葉色の瞳をした女の子の頬をそっと撫でる。
凸凹とした紙の触り心地を人間の頬とするのは難しいことであったけれど、少なくとも一晩の夢をNと楽しく見ることができたから私はそれなりに満足していた。
「早く産まれるといいね」
……前言撤回。満たされていたはずの私の顔色は一瞬にして青ざめてしまった。
どうしたんだい、と不思議そうに首を傾げるNは、自らがどれ程不自然な発言をしたのかを理解していないらしい。
「そういうこと」をしていないにもかかわらず私のお腹の中に命があるなんて妄想、三流ホラーもいいところだ。
こいつはまさか、愛などという目に見えず質量化もできない概念だけで命が生成されるとでも思っているのだろうか?
「……そうね、私も楽しみだわ」
もう少し夜の浅い時間帯であれば、私はNをベッドの上へと正座させて、人間における命の成り立ちについて熱心に説いたのかもしれなかった。
あるいは素面の状態であったなら、至極真面目な表情を作って、愛とかいうものの不確実性と互いの薬指に嵌めている契約印の意味についてまくし立てることもできたかもしれない。
けれども今は0時を回っていて、私もNも同じ色のお酒に酔っていて、今はとても楽しい気分で、まるで子供に還ったかのような遊びをして、ただ、ただ、幸せだった。
ならば何も知らない子供のように素敵な未来を夢見たいと思ったとして、そうして二人が出会う前のずっと前の子供時代を疑似的に共有してみたくなったとして、
……それはだって、目の前にいるのが結婚までしてのけた片割れである以上、至極当然のことではないだろうか。
「N、私ね、今とても」
モノクロステップ トウコ/N▽ 零度の花・裏
2019.11.05 Tue * 13:20
(サイコロ番外「零度の花」に類似した設定(ミヅキ20歳)ですが特にこの二人との関連性はない)
「もう私のこと、嫌いじゃありませんか?」
背を伸ばし、髪を伸ばし、目を品良く細めてみせる彼女を「子供」と形容することはもう不可能に近い。
時は平等に流れる。カントーの小石にもアローラの宝石にも、それらの意思など構いもせず、無慈悲に冷酷に進んでいく。
食べ物の好みに強烈な偏りを残したまま、自らへの滑稽な卑下は治らぬまま、ウルトラスペースへの家出癖も手放せぬまま、彼女は大きくなってしまった。
それらの歪な個性は、アローラの陽気で穏和な大人達であっても肯定し難いものである。「仕方のない子だ」と笑って許されるようなそうした時期は、過ぎてしまった。
「何のことやら。わたしが本気で君を嫌ったことがあったとでも?」
「あれ? ……ふふ、あはは! 言葉の通りに捉えちゃったんですね。違うんですよ、そうじゃないってことくらいは分かっているつもりです」
「ではどういう意味です? 愚鈍なわたしにも分かるように言いなさい」
男の発言の何処かに気に入らない部分があったのか、それとも端からこうする気であったのかは分からないが、
彼女はソファに浅く腰かけていた男を柔らかな背もたれへと押し倒し、顔をぐいとその大きなサングラスの前へ押し寄せて不敵に笑った。
この女性が、客観的に見ればおそらく彼女こそが「宝石」であると思わせる程に美しく成長してしまった彼女が、
このような至近距離で自身に跨り笑っているという、これまた客観的に見れば「危うい」状況を認め、男は苦笑しつつ細く長く息を吐いた。
やれやれまったく、この「小石」は何をしようとしているというのか。
「今日のザオボーさん、本当に面白いですね。それとも忘れっぽくなってしまったんですか?」
「何のことやら」
「ふふ、いいですよ。それじゃあ鈍いザオボーさんにも分かるように言いますね」
ね、と揶揄うように語尾を上げて首を傾げる、その動作を男は「美しい」と思う。美しいという事実を事実としてだけ受け止めて男は彼女の言葉を待つ。
凛々しくなってしまった、と思う。美しくなってしまった、と思う。だからといって彼女が魅力的な「宝石」になっているかと問われれば間違いなく「否」である。
男を訪ねる彼女は「宝石」ではない。このような男を今でも慕う彼女が「宝石」であっていいはずがない。
「貴方が好ましく思ってくれていた私の歪な個性は、今でも貴方にとって好ましいままですか?」
「……ほう」
男はこの「小石」のことを知っている。
男は「小石」がまだ「小石」であるからこそ、彼女自身がそう思っているからこそ男の元へ訪れるのだということを知っている。
彼女が男にとって魅力的な、素晴らしく立派な「宝石」となったその暁には、その「宝石」は自身のことなど忘れて遠く高く羽ばたくのだろうと心得ている。
その姿を、彼女の輝きを、このような至近距離で見ることなど叶わないのだろうということなど、もう何年も前から覚悟している。
「貴方はまだ、その皮肉めいた貴方らしさで私を救ってやろうと思ってくれる?
それとも、もう私に貴方は必要ないんだって、本気でそんなめでたいことを、正しいことを、考えている?」
『喜びなさい、君は宝石だ。君は宝石になる価値のある人間だ』
男はずっと前から彼女を宝石だと思っている。そしてその認識は何も男に限ったことではないのだろうということも分かっている。
更には彼女がその事実を認めない限り、彼女が宝石として大成することなど叶わないだろうということも分かっているし、
……挙句、彼女に自らの輝きを認知する力が欠片もないことだって、分かり切っている。
この男と「お揃い」である歪な個性を愛し続けている限り、彼女はずっと「小石」のままであるのだと、彼はほぼ確信してしまっている。
「ああ、やはり君の本質は子供のままのところにあるんですねえ」
「あれ、答えてくれないんですか?」
「答える必要もありませんよ、そもそも主体を間違えているのですから。わたしに「救ってくれ」と乞うのも、わたしを「必要ない」とするのも、君の方なのですから。
わたしは君のことをわたし自身の次くらいには可愛く思っているのでね、君の指示ひとつでどうとでもしてあげられるんですよ。知らなかったのですか?」
君が、よりにもよってこの大きな小石がわたしの機嫌を疑うなんて、それこそ、らしくないことだとは思わないか。
*
そのうち短編化(マーキュリーロード番外編として更新)するかもしれないけれど今のところは此処で止めておこうとおもう
マーキュリーロード ミヅキ/ザオボー