何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。
(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。
▽ (塵)どうかそのまま知らずにいてください
2020.07.20 Mon * 23:24
「わたくしがどうしようもない程に貴方を好きなことをどうかそのまま知らずにいてください」
彼はいつでもそう思っている。彼女に対してそう思っている。尋常でない高さへと積み上がった愛は最早彼にさえどうしようもなく、ただ好きだという感情の認識だけが彼のものとしてそこに在る。過ぎる想いは人を盲目にする。それがかけがえのないものであることを彼も彼女も分かっている。分かっていながら彼はその想いを晒すことを恐れているので、今日も彼の愛した海は、自らに注がれる太陽の光の熱さを知らぬままだ。
「私が言えたことじゃないかもしれないけれど、あんたって器用よね。それだけ傲慢に愛しておきながら、それを知られたくない程度には臆病も忘れていないなんて」
「傲慢と臆病は存外容易く両立し得るものですよ、トウコさん。その両方に足を取られることを器用とは言いません。きっと不器用なんですよ、わたしも、彼女も」
*
「ワタクシがどうしようもない程にあなたを好きなことをどうかそのまま知らずにいてください」
彼はいつでもそう思っている。彼女以外に対してそう思っている。尋常でない高さへと積み上がった想いのあれやこれを全て認めて、受け入れ、取り込んでも尚、仕方のない兄弟子さんだねと笑ってくれる相手など彼女以外にはあり得ないと確信している。過ぎる想いだけが彼を照らす。道の先にいるのは彼女ばかりである。この愛を周りに知らしめようとは思わない。彼はただ、彼だけが大丈夫だと思えていればそれでいい。
「私が言えたことではないかもしれないけれど、君はもう少し器用に生きた方がいいね。私に道を拓かせたその色で、君ならもっと多くの人に手を伸べられるだろうに、此処にばかり留まるなんて不器用のすることだよ」
「ハッ、ご冗談を! 凡人のワタクシに今更、そのような聖人めいた振る舞いが似合うとでも? 馬鹿げた気遣いはご不・要です。あなたは黙ってこのワタクシに、質の悪い兄弟子に執着されていればよろしい」
(上:初代誠実お化けシアとアクロマの話(シア不在)、下:二代目誠実お化けユウリとセイボリー)
ちりがみ セイボリー/ユウリ/トウコ/シア/アクロマ▽ (新連載、更新はまだ先ですが一部だけ紹介)
2020.07.01 Wed * 7:26
(セイボリー:7さいのすがた 捏造過多 夢主≠主人公)
綺麗なブロンドがお日様に反射してキラキラと瞬いていて、羨ましく感じたことを覚えている。その頃の彼はまだあの丸い眼鏡をかけておらず、そのため大きな二つの水色はガラスに遮られることなく煌々とそこに在った。この町では宝石にまで足が生えて動くのか、などと思いさえしたのだった。
彼が右手で宙を掴み、くいと手繰り寄せるようにすれば、触れてもいないのにドアがゆっくりと閉まっていく。町の人が見ようものなら一斉に褒めはやしにかかるであろう、見事な超能力だった。でもそんな異能の力について、当時ついぞ馴染みのなかった私は、
「それをやめて、気持ち悪い」
このように、思うことしかできなかった。
彼はその水色を益々大きくした。自慢としているのであろうその力について、僻みを受けたことはあっても嫌悪されたことなどついぞない、といった表情であった。ショックや憤りなどよりも、ただ純粋な驚きが勝っているように見えた。そして実際に「そう」であった。昨日教わった通りに、ふっと息を止めつつ目を閉じれば、彼の純朴な感情はそのまま私のものになってしまった。
嫌だ、嫌だ。気持ち悪い。こんなものがなければ、私は此処に連れてこられることなんかなかったのに。
頭の中に直接、私のものではない「心地」を流し込まれる感覚。物心ついた時から、当然のように使っていたこの力。それに「テレパシー」などという気味の悪い名前が付いたのがつい昨日のこと。「サイノウあるチカラのホゴのため」などと喚き立てた見知らぬ大人たちに、私の意思もお母さんの言葉も全て無視して力づくて連れてこられたのも、昨日のこと。大好きなお家に二度と戻れない。お母さんのご飯だって二度と食べられない。そうした事実を認めたくなくて夜通しずっと泣き続けて、疲れて眠ってやっとのことで目を開けたのが、ついさっきのこと。そんな矢先にこの部屋へと入って来た男の子は、あまりにもあっさりと自らの「心地」をこちらへと明け渡してきたのだった。
昨日からの騒動とこの男の子は無関係。私がこんなところにいるのは彼のせいじゃない。分かっていても私はこの感情を、私のものではない「心地」が私の中にあるという状況を強く、つよく憎みたかった。慌てて息を乱暴に吐き出し、この心地を、おそらくは目の前にいる彼の心地を頭の中から追い出そうと努めた。
「えっ、ごめんなさい! これ、嫌いだった?」
「そうよ、好きじゃない。だからちゃんと次からは手でドアを開けて」
彼は大きく頷いた。こちらが拍子抜けてしまう程の、あまりにも純朴な仕草だった。同い年であった私でも、いい子だなあ、と思ってしまう程度には、当時から彼は素直で純粋で誠実だった。
けれどもその後の行動は少し面白かった。というのも、彼は自らの超能力で閉めたはずの扉を今度は再び手で開けて部屋の外へと出ていき、先程のそれをやり直すかのようにコンコンとノックをしたからだ。
翌日以降の訪問を指して「次からは」と告げたつもりだったのだけれど、まさか今すぐにリトライを挟んでくるとは思わなかった。思わず笑い出しそうになっていると、扉を挟んだことにより少し曇りを含んだ彼の声が、聞こえてきた。
「入ってもいい? えっと……その」
私の名前を呼びあぐねているのだ。困惑が扉を透けてこちらにまで飛び込んでくる。つい先程は不快だと感じたばかりだというのに、次に私の頭を満たしたそれはただ涼しく心地の良いものだった。
きっと私が名前を伝えれば、彼は喜んでくれる。その甲高い声で私の名前を嬉しそうに告げてくれるに違いないのだ。そして実際、私にはそう「見えて」いた。
「私は××。どうぞ?」
「うん、じゃあ入るね、××」
そっと扉が開く。彼の小さな手が、大事な宝物を包むようにぎゅっとドアノブを掴んでいる。そのままくるりと向きを変えて、同じように扉をゆっくりと閉める。パタ、と、おおよそ分厚い木の扉が閉まったとは思えないような、軽く優しい音がした。彼が尋常ならざる繊細な手つきで扉を動かしていたことが窺い知れる、とても静かな音だった。
常日頃からものを「触れずに動かす」ことに慣れすぎている彼は、実物に触れる加減というものがよく分かっていないらしい。私はそう推測した。そして実際、私にはそう「見えて」いた。ドアノブというものに自らの手で触れる。そのことに対する幼い不安が私の頭に流れ込んでくる。不思議なことにもう一切、不快ではなかった。
「これでいい? 大丈夫? もう嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。でも……ふふ、今、やり直してくれるなんて思わなかった」
思わず笑い声が漏れた。すると彼もとろけるようにその目と口に弧を描いた。どういった意味の笑顔なのかは、探りを入れる必要もなく「感情」としてやはり頭の中へと飛び込んでくる。歓喜、安堵、ほんの少しの……期待? いや違う、あれは、何だったのだろう?
当時の私には分類しかねる感情もその中には含まれていた。けれどもこんなにも嬉しそうな顔の裏に隠した何かが悪いものであるはずがないと、出会ったばかりの男の子相手に私はそう確信してしまっていたのだった。それ程までに彼の「心地」は純朴で、裏表がなく、ひたすらに真っ直ぐだった。他のどんな人の「心地」を頭の中に飼っているときよりも安心できた。彼の魂の清さを、私は私のずっと奥深くのところで信じていた。この日から、ずっとそうだった。
(七夕までに更新完了させたい)
セイボリー▽ オーキッドニャスパーは浮果を見せたがる
2020.06.29 Mon * 20:03
あっ、と男の子が小さく声を上げる。そちらへと視線を遣れば、ダイニング、細長いテーブルの奥の方、コップが滑り落ちていくのが見えてしまう。これでは止めようがないだろう、硝子製のコップだから怪我が心配だ、という諦めと不安の気持ちと、さてここで救世主が指揮を執ってくれはしないかという、最早神に祈るそれに似た期待の気持ちとが、席に着き欠伸を噛み殺していた私の頭の中に二つ、ぽっと湧き出る。
あわや粉々に砕けて大惨事、となるところだったのを救ったのは、果たしてそのコップを瞬時に覆う淡い水色の光だった。畳の広間から目を擦りつつ現れたセイボリーが、まだ意識さえ覚醒していなさそうなのに、右手の人差し指だけはピンと伸ばし、ダイニングの奥へと突き付けている。床上10cmのところでピタリと制止し破壊を免れたそのコップは、ふわふわとテーブルの上に戻って来た。中の水さえ一滴も零れていない、という徹底ぶりだった。
「わわっ、セイボリーさんありがとう!」
「ああ、はい……」
コップを落とした男の子が、歓喜の声と共に彼へと駆け寄る。彼は眼鏡を覚束ない手つきでかけつつ、ほとんど動いていない口でぼんやりと相槌を打つ。やっぱりセイボリーさんはすごいや。朝からいいものを見たなあ。そうした声がダイニングに満ちる。彼はその言葉全てに律儀に「ええ」とか「ありがとうございます」とか「そうでしょうとも」とか、眠そうではあるけれどもぽつりぽつりと返している。彼のことがその能力ごと受け入れられていることを、この上なく平和に証明してくれる光景であった。そのことが純粋に喜ばしくて、嬉しくて、私は小さく笑った。
彼は緩慢な足取りでダイニングを歩き、私の隣の椅子を引く。心なしか、シルクハットを旋回するボール達の勢いがない気がする。いつもピンと伸ばされた背筋が僅かに曲がっている。随分と眠そうだった。朝に強い人、という印象は前から持っていなかったけれど、此処まで眠そうな状態で現れたのは初めてではなかろうか。
「やあおはよう、硝子コップのヒーローさん」
「……ああ、ユウリ」
「随分と眠そうだね。夜通し特訓でもしていたのかい? それとも、何か気掛かりがあって眠れなかった?」
困っているなら言ってほしい、いつでも協力するよ。そう付け足そうとしたのだけれど、それより先に彼が水色の目をくいと細めた。いつもの、挑戦的に私を見るときの目ではない。そうしたアクティブな眼差しの色ではない。そうしたことを察せてしまった。そうした察しができる距離だったのだ、この、ダイニングテーブルにおける「隣」の位置というのは。
寂しがっている?
そのような仮説を立てた。随分と突飛な仮説ではあったけれど、あながち間違いでもないようだった。何かの機会を逃した子供のようにも見えるその目で、彼は口元だけはいつものように笑いつつ、こんなことを言ったのだ。
「あなたは……褒めてくれないんですか?」
「褒め、る」
「これを好きだと、いつも言ってくれているじゃないですか。好きだって、凄いって、羨ましいって……」
とうとう完全に目を閉じてしまった彼、その頭上、6つのボールのうちポケモンが入っていない空のものがふわふわと私の手の中に落ちてくる。私の好きなボールだ。彼の言う通りだ。
別に私が「ボールマニア」であるという訳ではない。ただ、彼のテレキネシスの加護を受けたそれが、彼の指揮の下にあることを誇るように淡く光る水色のそれが、どうしようもなく好きだというだけ。羨ましくなってしまう程の感慨を、彼を見る度に覚えてしまうだけ。
私は怯んだ。彼のリクエストに応えることは造作もないけれど、私が此処で本当に褒めてしまったら、完全に意識を覚醒させた彼が慌てふためいてしまうのではないかとも思ったのだ。けれどもその逡巡も僅か2秒程度しか持たなかった。その後の彼のことなど知ったことか。私には「みらいよち」は使えない。だから今の彼のことだけ大事にしていればいい。そうしたい。それでいい。
彼の長い髪、耳の後ろの後頭部あたりに手を回してそっと撫でた。本当は頭のてっぺんに手を置くくらいの方がよかったのかもしれないけれど、生憎、彼の頭にはいつだってシルクハットという先客がいる。故にこうするしかなかった。それに、こうしたかった。そう軽い気持ちで「褒める」訳ではないのだということを、この眠たげな兄弟子にはしっかり覚えておいてもらいたかった。
「凄いね、セイボリー。本当に凄い。あんなに遠くのものも浮かせられるんだね、びっくりしたよ」
「ええ、まあ、ワタクシはエレガントですから……」
「朝から素敵なものを見られて幸せだなあ。君のおかげでいい日になりそうだよ、ありがとう」
「ああ、そうですか。それはよかった……。あなたにそう思ってもらえる……」
左手には先程、彼が寄越してきたモンスターボール。右手には彼の髪。随分と素敵な朝には違いない。世辞を言ったつもりは更々ない。
彼は目を薄く開けた。そして私が彼の後頭部に手を伸べていることに気が付くと、その手首にこめかみのあたりをそっとすり寄せて、そのまま口元をふわりと崩して笑った。そんな、いつもの彼らしくない間抜けな表情でさえ、私の目にはとても綺麗に見えてしまった。
そして、彼にそんな顔をさせてあげられたことを喜ばしく、誇らしく、ただただ嬉しく思いつつも、私は赤面せざるを得なかった。何故なら此処はダイニングである。十数名が毎日修練を重ねる道場の、朝のダイニングである。道場の門下生たち、ミツバさん、更にはやってきたマスタード師匠までニコニコとしている始末だ。これはもう取り返しがつかない。後悔は先に立たない。ならば貫き通してやろうと、私は彼の綺麗なブロンドをわしゃわしゃとしながら思いっきり笑ってやった。
「ねえセイボリー、早く起きてくれないかな。私だけがこんなにも恥ずかしい思いをするなんて、不平等だよ!」
(浮果:戦果や釣果にかけた造語であり間違った単語です。「浮かせた成果」の意味)
セイボリー/ユウリ▽ 易題「月花の簪」
2020.06.28 Sun * 15:48
(大論判三部作のその後にあったかもしれない話、もう少し加筆して短編化するかも)
清涼湿原に咲く青や白や赤の花々の名前をセイボリーは知らない。花はすべからくエレガントであり、愛でる対象には違いなかったが、それに関する知識を有することに彼はあまり意義を見出せない。それは水辺の脇に咲く黄色い花においても同じことであり、名前も品種も、一年草か多年草かも彼は知らない。名前がなければ区別ができない。区別ができなければ、人の記憶に刻まれない。覚えておかれないものは、忘れゆくしかない。
故に彼はその黄色い花の名前を知っておきたいと思った。この場所が、そしてこの花が、彼にとって特別な意味を持つことを、その花を特別たらしめたあの日のことを、彼は「名前の所有」という正当性をもって彼の記憶に留めおこうとしていたのだ。
花を知るにはその特徴を掴むことが必要だ。彼女が後日「悪趣味で残忍な花占い」と称して笑いながら責めたあの愚行、あれだけの犠牲を強いたこの花に対する情報をセイボリーはろくに持っていなかった。ただ「黄色い」ということしか知らなかった。そのため、再度確認に向かう必要があった。
「あの、もし。……ユウリ?」
「……」
「こんなところで眠っていてはまた風邪を引きますよ。ミセスおかみの『実力』をまたしても見せつけられたいのなら止めはしませんが……」
そう、セイボリーはあくまで花の情報を得るために来たのだ。まさかこの場に彼女がいるなどということ、予想できたはずもない。セイボリーが先日惨たらしくむしり取った花々、その緩やかな再生を見守るように、水辺の傍で体を丸めて横になり、そのまま眠ってしまったと思しき彼女を揺り起こす羽目になるなど、予見できたはずもない。彼には残念ながら「みらいよち」は使えない。
……ああでも、予想できるだけの「情報」はあったはずだ、とセイボリーはあの夜のことを思い出しながら目を伏せる。二人が同じことを同じように考えていると気付くに至ったあの夜。私はずっと前から君のことを好きだった、などと、とんでもない優位性を振りかざして泣きそうに笑った彼女の、喉の奥から押し出すようにして紡がれたあの震える声。同じような喜び、同じような困惑、同じような懇願、同じような好意。それらを示し合った二人はやはり同じようにくしゃみをした。あの日は何もかものそうした揃いがただどうしようもなく喜ばしかった。同時に起こったくしゃみでさえ、全ての正解に思えた。
なるほど、それならばこの現象もまた生じて然るべきだ。セイボリーの向かうところに彼女の足も向かってしまうのは、別に稀有なことでも偶然でも何でもなく、二人の思考が似たところに置かれている以上、いっそ必然のことであるに違いない。そのような、ひどく浮かれた驕りがセイボリーの頬を僅かに染める。ゆるい確信が口元まで緩めてしまう。
花が咲くようにゆっくりと目を開ける彼女を見ながらセイボリーは思う。あの日はどうかしていた。ワタクシも、彼女も、お互いに。そう、それだってほら「同じように」どうかしていたのだ。
「おや、おはようセイボリー。どうして君がこんなところに」
「ハイハイ、おはようございます。さてその台詞は『ミラーコート』待ちと捉えてよろしいか?」
「ふふ、どうぞ? 君が此処に来た理由と同じものしか返ってこないと思うけれど、ね」
そう告げてクスクスと笑いながら彼女は起き上がる。セイボリーは自らの頬が更に赤くなるのを自覚し眉をひそめる。そんな彼を見て彼女はいよいよ声を上げて笑い始める。彼にはまだ笑える程の余裕がない。
この子はどうやら自らが抱く想いを隠すつもりがついぞないらしい。セイボリーのように「告白」などと気合を入れずとも、それこそ「おはよう」と挨拶をするような気軽さで、彼女はそれを告げてしまえるのだ。流石にあの夜は多少の照れを見せたものの、互いに一度その心を開き合ってしまえばその後は随分とあっさりしたものだった。彼女はセイボリーへの好意を隠さないし、セイボリーが彼女に寄せる好意について微塵も疑っていない。その安定は彼女の強さを益々強固なものにした。白状するなら本日の特訓においても、セイボリーはこの妹弟子に惨敗であったのだ。
どうにかして一矢報いてやりたい、という思いは、あの夜よりも前から彼の中でくすぶっている。目の前で楽しそうに、幸せそうに笑う彼女を見て、その悔しさはより一層強くなる。
「ねえセイボリー、今から一緒にエンジンシティへ行こうよ」
「エンジンシティですか、何かご用事でも?」
「植物図鑑を買おうと思っているんだけれど、私一人じゃどれを選べばいいか分からないからね。先輩の知恵を借りたいんだ」
そしてセイボリーと同じく質の悪い彼女は、このような形で彼の悔しさに「ダメおし」までしてくる始末だ。
「来てくれるよね、セイボリー。君もこの場所に咲く何かしらに相応の愛着があるようだし?」
「……ああもう! ハイハイ! 行きます、行きますとも。あなたって本当に質が悪い!」
「何を今更。分かりきったことじゃないか! そうと決まればさあ、早く駅へ向かおう。夕食の時間までには道場へ戻らないとね」
至極楽しそうに笑う彼女のニットベレーが傾いていたので、指先でひょいと持ち上げ位置を整えてやる。彼女は音さえ聞こえてきそうな程にぱちぱちと二回ほど瞬きをしてから、その目をふわりと溶かしつつ「ありがとう」と口にして、駆け出す。花を踏むリスクを無くすため、彼女は水辺をばしゃばしゃと走ることを好む。靴が濡れるのもお構いなしだ。あの夜だってそうだった。セイボリーはその小さな背中を追い掛けようとして、そしてふいにあることを思い付いた。
「……」
あの夜とは似ても似つかぬ丁寧な手つきで、セイボリーはその黄色い花を一輪だけ摘んだ。指先の指揮に従うようにふわふわと浮き上がったその花は、彼が更に指をくいと曲げることにより、恐ろしい程の従順性をもって指定の位置へと飛んでいく。水辺を駆ける彼女の髪を飾るべく、音もなくこっそりと、密やかに。
「……セイボリー?」
「はい、今行きますよユウリ」
ああ、どうか気付いてくれるな!
祈るように彼女の名前を呼びつつセイボリーは一歩を踏み出した。彼女の真似をして水辺を歩く必要はなかったが、もうここまで来たらいっそ彼女の歩く場所をそのまま同じように辿るのが「らしい」ようにさえ思われた。歩幅を大きくしてその背中に追いつく。濡れた靴で隣に並びそちらを伺う。彼女はセイボリーを見上げて、右の口角を上げて笑う。彼の笑みを鏡映しに真似た表情だと気付いてしまえば、花の悪戯でこっそりと一矢報いて得たはずの達成感など、一瞬で、呆気なく、ものの見事に吹き飛ばされてしまう。
彼の仕掛けた黄色い花は、彼女のこめかみを隠す位置に彩られ、淡い水色の光を纏って瞬いていた。彼女がそれに気付いていてもいなかったとしても、どちらにせよ、彼の敗北は覆らなかったに違いない。
▽ 紅白の仲間に、どうか入れて
2020.06.26 Fri * 22:48
「実はね、君の頭にある空のボールがずっと欲しかったんだ。私の持っている紫のボールと交換してくれないかな」
セイボリーとの「特訓」にて10連勝を達成した日、いつも特訓に付き合ってくれるお礼をしたいと彼が口にしたので、私はやや食い気味にそう告げて、鞄からマスターボールを取り出した。彼はその紫の色を予想通りたいへんお気に召し、ニコニコしながらお安い御用ですと快諾してくれたのだけれど、駆け寄って来た道場のメンバーにその希少価値を説明されるや否や、「ヒャア!」といつもの悲鳴とともにそれをこちらへと突き返してきた。
顔を青ざめさせた彼曰く「そんなにも価値の高いものはエレガントに欠ける」ということであり、マスターボールではどうにも交換に応じてくれなさそうであった。彼の信条である「エレガント」とは随分と絶妙な領域にあるのだな、と妙なところに納得しつつ、私は道場の畳の上に鞄を下ろして大きく広げ、彼を納得せしめるに足るような別のボールを探した。
「でも何故、あなた、ワタクシのボールを?」
「君に浮かべてもらえているのが羨ましかったからね。私のところに来てしまえば『浮かない』のは分かっているけれど、君の所有であったという過去ごと貰えるのなら、それは私にとって大事な宝物になるんだ」
「……」
「エレガントな色のボールだからと思ってこれを選んだのだけれど、困ったな。他に紫色のボールはないんだ。何かデザインの希望はあるかな。できるだけ叶えるよ」
不自然に沈黙が下りる。私は首を捻りつつ顔を上げる。彼はにわかにその白い肌に血色を取り戻し、唇などは元気にわなないているという有様であった。端的に言えば、憤っていた。
こういうことは彼との間においては日常茶飯事なので、私はこれ以上余計な刺激を加えることなく黙っている。そうしていればいつだって数秒と経たずに彼の言葉が、いつもの勢いのある言葉が飛んでくる。
「あなたから頂けるボールなら何だって嬉しいに決まっているでしょう! 将来その中に入るワタクシの新しいエレガントさんが羨ましく思えてくる程です」
「何だって、ねえ」
随分と大きく出たものだ、と思い、クスクスと笑いながら私は空のモンスターボールを取り出し、彼の、白い手袋を嵌めた左手にそっと落とした。すると彼はにわかに慌てた様相を呈し「それは困ります」などと言いながら、こちらへと突き返そうとしてきたではないか。
ほら、何だっていい、などということがあるものか。何処でも手に入るような、価値に乏しいものを貰ったって仕方がないのだ。そういうものだろう、違うとは言わせない。綺麗なお世辞も大概にした方がいい。君にそうした喜びを演じてもらえると、演技でなく宝物にすると口にした私は後で少々、恥ずかしく辛い思いをすることになるのだから。期待はしない。下手に傷を負いたくはないからね。
私は少々得意気になった。彼にイニシアティブを取ったような気になったのだ。けれどもそれは錯覚であった。たった一瞬の夢であった。彼はいつもの大きな声で、あっという間にこの優位性を奪い取っていくのだ。
「これではワタクシのものとマ・ザールではありませんか!」
「何か不都合が?」
「あなたから頂いたものがどれか分からないのでは意味がない! ワタクシの宝物になってくださるのでればもっと主張してきていただかなくては! あ、先程のマスターボールは御免被りますけれども!」
パチン、と泡が弾けるような感覚に襲われた。そこに閉じ込めていた、羞恥とか照れとかいう感情が一気に脳髄へ溢れかえる感覚だった。それは頭蓋に染み渡り、頬まで染めていく。目元までじんとさせる。息が詰まる。さてこれはお世辞か、これも演技か? いや、そもそも彼は世辞や演技の上手にできる人間だったか? そんなことを器用にできる彼のボールを欲しいと思ったのか、私は。
そんなはずがない。
「……宝物にするのは、私の方なんだけどな?」
「ワタクシが同じように考えていないとでもお思いで?」
私の色に合わせるように、彼もその白い肌をほんの少しだけ赤くしてそう告げる。今度は私の唇が得も言われぬ感情にわななく。嬉しい、という気持ちよりも、悔しい、という気持ちの方が勝っているという自覚があった。私も彼も質が悪いのだから、彼のお墨付きであるのだから、どうしようもなかった。
私はそのままモンスターボールを受け取らず、彼のシルクハットを巡回するモンスターボールの中から、ポケモンの入っていないものを選んでひったくり、道場を飛び出した。ボールとボールの交換。私の目的は達成。問題ない、予定通りだ。この私の動揺以外は、何もかも。
「あこれ、待ちたまえユウリ!」
待たない。待って堪るか。私は扉を勢いよく閉め、自転車に乗って全速力で湿地への道を駆けた。
私の所有であったモンスターボールを見分けることができずに、精々苦しめばいいんだ!
*
DLCをクリアしたのが18日なので、明日セイボリーとバトルをすれば私も丁度10連勝を達成できますね。
(このユウリは「所有の希望」「愛着」の類を隠さず示しているので比較的良好な精神状態であると言えるでしょう、こういうのをSSでは積極的に書いていきたいな)