何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
本文下にあるリンクから、特定のお相手、主人公、連載を絞り込んで検索できます。
6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。
(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。
▽ Notebook(hpパロ)
2019.02.05 Tue * 8:55
『ノートを開いてくれない?』
夕方の図書館、一人の少女が分厚い本を読みふける席。その机の上に文字が浮かび上がりました。
「……あ、」
少女の口から零れた音は震えていました。栞を挟むことも忘れて、本を勢いよく閉じて、机の上に手を置いて、その文字を何度も、何度も指でなぞりました。
机の上のその言葉が、少女の都合の良い幻覚ではないということを確かめるように、文字に触れて、自らの名前をなぞって、そうしてようやく彼女は確信するに至ったのです。
鞄の中へと手を突っ込んで、B5サイズのリングノートを取り出しました。少女は僅かな期待を捨てきれず、あれからもずっと、ずっと、このノートを携えていたのでした。
携えてこそいたものの、ノートを机の上に置いて開いたことは、あれから一度もありませんでした。開いてしまえば、いよいよ悲しくなってしまうからです。
いつまで経っても書き込まれない新しいページの白が、彼女の心を殺いでいくだろうことは容易に想像が付いたからです。
……最後にこのノートを開いたのはいつのことだったでしょう。少女はもう、正確な日付を思い出すことができませんでした。
日時の記録をこのノートには付けていなかったからです。付けずとも、構わないと思っていたのです。
少女が「彼女」と話をするのは毎日のことであり、二人は此処に、この図書館に来ればいつだって出会えました。
いえ、時には図書館の外でだって、二人はこのノートを介して話をすることさえあったのです。そうした関係でした。
毎日のことであったから、それが当然のことになっていたから、失われることなど全く想定していなかったから、一瞬一瞬を大事にすることを忘れかけてさえいたから、
だから、その文字が唐突に失われたとき、少女は悲しみに暮れながら、何故、とこれまでの時間を疑いそうになりながら、それでも此処で待つことしかできなかったのです。
震える手でノートを開きました。使い慣れたペンを構えて、待ちました。
ノートの白が、薄く引かれた罫線が、ぐにゃりと歪みそうになりました。
一秒、また一秒と経過する度に、やはりあれは私の期待が見せた都合の良い幻だったのでは、と、疑う気持ちがこんこんと大きくなっていきました。
お願い、書いて。早く来て。私に書かせて。言葉を書いて。私を呼んで。貴方が此処にいると確信させて。
『ごめんなさい、クリス。本、もう少しで読み終わるところだったのに』
そんな文字が、見慣れた彼女の綺麗な文字が、少女の空色の目を穿ちました。
『本なんて! 本なんて! 馬鹿なことを言わないで頂戴、私が、貴方よりも本を大事にする人間に見えるの?』
ページが破れてしまいそうな程に、少女は強く、強く書きました。怯んだように返事を書き損ねた、見えない友人のその一瞬を盗んで、少女は更に、続けました。
『私、ずっと待っていたわ。貴方が来てくれる日を、貴方とこうしてお話できる日を!
もう、消えてしまったのかもしれないと思っていたの。私のことを忘れてしまったんじゃないかって、嫌われたんじゃないかって、そんな風にも思ったりしていたの。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。私、さっきから、自分本位な言葉ばかりだわ。貴方もきっと大変な思いをしていたのよね。本当にごめんなさい。
でも私、辛かったから、寂しかったから、貴方に会えなかったから、ずっと会いたかったから、……だからしばらくの間、貴方を責める言葉を止められそうにないの。』
強すぎる筆圧で、ページにはしわが幾つも出来ていました。そこに水まで落ちてくるものですから、もうそのページは使い物になりそうにありませんでした。
風が吹き、そのページがゆっくりと起き上がりました。
新しいページ、しわの付いていないページ、けれども涙の跡が少しだけ染み込んでいるページに、その見えない友人はたった一言、
『聞かせて』
と、書き込んでしまったものですから、少女は少しだけ笑うことができて、安堵と歓喜と衝動のままに、そのページにも、次のページにも、自分本位な言葉を書き続けました。
見えない何かはただ静かにそれを許していました。
泣きながら、時に笑いながら、ものすごい筆圧でノートに言葉を書き込み続ける少女のことを、夕方の図書館にいた数少ない生徒や教師はどのように見ていたのでしょう。
不気味に思ったかもしれません。彼女を知る人が見れば、いつものことだと思ったかもしれません。
……もし、彼女をとてもよく理解している人がそこにいたなら、何かを察して微笑んだことでしょう。
いずれにせよ、それら全ては今の少女にとってどうでもよいことでした。
彼女は今この時、自らの世界の全てを見えない何かに捧げていましたから、それ程に大切な存在だったものですから、それ以外の一切合切は何も分からなかったのです。
『やっと会えた。ずっと会いたかった』
重すぎる諦念により、物語は随分と錆び付いてしまっていて、再びそれを動かすことは困難を極めそうでした。
それでも、風は再び吹きました。見えない何かは確かにそこにいました。少女にとってはそれだけで十分でした。
『私も、会いたかったよ。またお話、してくれる?』
約束の魔法 Y/クリス▽ 霊も羨む丑三つ時
2019.02.04 Mon * 19:22
枕元の電話が鳴る。寒いのに、眠いのに、と独り言ちて、毛布の下からもぞもぞと右手を出して、豆電球だけの明かりが揺蕩うやわらかな闇を探る。
受話器らしきものを掴むことに成功して、それを毛布の下へと引き込む。
もしもし、という音を、果たして私の寝ぼけた喉は正確に出すことができたのだろうか。
『トウコちゃん! ねえ! 眠れないの! もうずっと布団の中に入っているのに、全然、眠くなってくれないの! どうしてかな?』
「……」
『今ね、空がすっごく綺麗なんだよ! トウコちゃんに教えなきゃって思って、かけちゃった!』
親友の声、眠れない、布団、星、教え……。
そうした情報と声を私の耳は拾い上げて、そうした単語を送り込まれた頭は徐々に冴えていく。
むくりと体を起こして目をこする。豆電球の頼りない明かりが時計の針を僅かに照らす。
2時。
「ふ……ふざけんじゃないわよコトネ! 2時じゃないの!」
『そうだよ! 丑三つ時って星がくっきり見えるんだね、私、初めて知ったよ!』
「そうじゃないわよ、なんで、あんた、こんな……私は! 私は寝ていたのよ!?」
『でも私は起きていたんだよ!』
何を言っているんだこいつは!
『いいから窓を開けてよ! そうしたら目も覚めるし、イッシュの空だってきっとすごく綺麗だと思うの!』
「冗談じゃないわ、私は寝るのよ! 邪魔しないで! いいから寝かせろ!」
『嫌だよ、寝かさない! 私は起きているんだよ! いいから起きて窓を開けろー!』
深夜2時という時刻は親友を完全に酔わせていた。大人からすれば子供の世迷言にしか思われないだろうけれど、子供だってしっかりと酔うのだ。
アルコールなんかなくたって、人は酔っ払うことができる。お酒を飲まずとも、人はこのような暴挙を冒せる。
怒鳴り合って、罵り合って、喉が掠れてきた頃にようやく私は窓を開けた。
冬の星は目に染みる程に美しく、容赦なく吹き込んできた風は私を身震いさせて、ああこんなもののために、と笑いかけて、
……そこで、ようやく私は気付いたのだった。
「ええ、とても綺麗だと思うわ。それじゃあコトネがもっとこの空を喜べるようにしましょうか」
らしくない沈黙が耳元をくすぐる。
きっと彼女は期待していた。私なら窓を開けてくれると、この丑三つ時の暴挙の意図に気付いてくれると、確信していたのだ。
その、ともすれば傲慢な信頼を持っていたからこそ、彼女はこんな時間に私を呼んだのだ。
「あいつ」以外から寄せられた、強烈な濃度の信頼に気付いてしまっては、もう、怒鳴れそうになかった。
掠れた喉の僅かな痛みを心地良いとさえ感じ始めていた。私も随分と都合のいい奴だ。
「辛い気持ちの時に綺麗なものを見ても、寂しくなるだけだものね? 夜が明けて、星が消えてしまう前に、聞かせなさいよ。何かあったんでしょう」
毛布をぐいと引っ張って、肩の上から豪快に羽織った。折角だから窓は閉めないでおこう。
ミルクパズル/モノクロステップ コトネ/トウコ▽ ちいさな夜
2019.02.04 Mon * 18:46
「何かする必要があるんですか?」
極めて純な問い掛けに男は少々面食らう。さて、この少女をどう説得したものか、と悩んでみる。
何もしない、という行為は男にはたいへん難しく、思考の凪ぐ瞬間は「僅か」であるからこそ尊いものであった。
けれども少女にとっては、何かする、という行為こそが困難を極めるものであり、思考を慌ただしく巡らせることは「僅か」でも苦痛であるらしかった。
彼女は叶うならばこのままずっと、彼と向かい合ったままで体を、心を、凍り付かせていたいのだ。それこそが紛うことなき彼女の至福であった。
「何かしたいことは?」
「ありません」
「わたしに、何かしてほしいことは?」
「……私の傍にいてください。それだけで十分すぎる程です」
少女にとってはそれが簡単なこと。男にとってはそれが困難なこと。目を見張るほどの対局性は、しかしこのひと時に始まったことではない。
二人の相似はあまりにも数少なく、こんなにも「共に生きる」相手として不適切な相手は、男にとってほかにいないように思われた。
そう、途方もない不適切さが二者の間に在った。
「ではそうしよう。わたしは常に君の傍にいるとも。
だがわたしは君が傍にいてくれるだけでは少々、物足りない。君が傍にいてくれているという実感を絶えず得ていたい」
だからこそ男は歩み寄ることを止めないのだ。
「……実感。とても、難しいことのような気がします」
「そんなことはない。君はわたしに声を聞かせてくれるだけでいい。内容は問わない。君のものであるなら、何でも」
鉛色に淀んだ、凪ぎ過ぎた暗い瞳がほんの一瞬だけ、煌めく。
「そんなことでいいなんて」と自らの無欲を棚に上げて小さく笑い、そのぎこちない笑顔のまま、少女は調子外れの歌を細い喉から引っ張り出した。
この子供っぽい旋律こそが、今日の少女の精いっぱいの歩み寄りであり、故に男がその音を喜ぶように笑ったのも至極当然のことだったのであろう。
さて、彼女の勇気に報いなければならないな、と思い直し、男は慣れない「何もしない」を試みるために目を閉じる。
目蓋の裏に降りた夜の中、二人は確かに繋がっている。
▽ 雨でも晴れる
2019.02.04 Mon * 17:34
「わたしが貴方を好きだと思う気持ちは、明日が晴れであることを希う気持ちに少し似ています」
不思議なことを言い出した彼の目は、楽しそうに煌めいていたので、私はティーカップを一度テーブルへと戻した。
見ているこちらが不安になってしまいそうな程に白いカップの眩しさは、彼に少し似ている気もした。
「今日はとても、不思議なことを言うんですね」
そう返せば、煌めいていた二つの太陽がすっと細められる。反射的に私も目を細める。真似をするためではなく、眩しさのために、細める。
こんなに眩しいものを持っている彼は、その瞳のうちに何よりも明るい太陽を飼っている彼は、
けれども天から降り注ぐ日差しのことも大事に思っているようで、まだもう一つ、太陽を望むという。
私は、明日が雨でも構わないと思う。雨音も湿った風も私にとっては好ましいものであったし、何より天へとその輝きを望まずとも、私の太陽はすぐ傍にあったからだ。
太陽を3つ望むのは、随分とおこがましいことであるように思われてしまったのだ。
強欲だと自覚している私のらしくない遠慮を、彼に開示することがあったなら、きっと優しく笑われてしまうのだろう。
「けれども貴方はきっと、明日の雨を許すように、わたしを好きだと思ってくださっているのでしょうね」
「……確かに私、雨は好きですよ。でも貴方が言いたいのはきっと、そういうことじゃないんですよね。理解が追い付かなくて、ごめんなさい」
らしくない遠慮、を隠して、私の嗜好だけを開示すれば、それでも彼はやはり優しく笑うのだ。
どうやら彼は本当に心から、明日が晴れであればいいと思っているようであった。
私は晴れであったなら嬉しいと思ったけれど、雨であったとしてもこの気持ちは変わらないのだから、構わないと思っていた。
「貴方のことが好きです」
「……私も、貴方のことが好きです」
こういう感情の意味を、愛というものの本質を、理解しかねている私に、彼はこうして時折、謎かけのようなたとえ話をする。
音にすれば同じ「好き」である。その音が誰かと交わることはこの上ない幸福である。それは私にだって分かっている。私は彼のことが好きである。
けれども聡明で博識な彼の耳には、私の音は随分と拙く、至らないもののように聞こえるらしい。
だからこうして、時折、二人の音を紐解く作業を差し出してくれる。私はその作業を卒なくこなせることもあるし、今日のように分かりかねることもある。
もどかしいと思われても仕方のない、遅すぎる歩みを、それでも彼は責めないので、私は今日も、彼への音を諦めきれない。
明日の晴れを乞うように、彼は私を好きだと言う。明日の雨を許すように、私は彼を好きだと言う。
アピアチェーレ シア/アクロマ▽ さあ、始めてください。
2019.02.04 Mon * 17:04
どうしましょうか、と少女が言った。どうしましょうかね、と男性が続けた。
同じ色の視線を交えて小さく笑えば、もうそれだけで十分であったものだから、何も始める必要などなかったのでは、と思えてしまう。
このままで満たされている二人にとって、今すぐに何かを始めなければならない理由など、きっとありはしなかった。
少なくとも男は、このまま「どうしよう」と困り果てた言葉を、全く困っていないような様子で、何分でも、何時間でも歌い続けることができるような気がした。
けれども彼女は席を立ち、小さなテーブルの向こう側から随分と大仰な仕草で歩み寄って、彼の手を取る。
貴方と一緒なら何を始めてもきっと楽しく、幸せなはずだと、確信した様子で「さあ」と促し微笑む。
仕方がないので彼は立ち上がる。溜め息に似せた息をわざとらしく吐いてみれば、それだけのことも楽しいらしくまた笑う。
「何をするのが私達らしいかしら。それとも私達らしくないことをする方が、わくわくするかしら」
「……ではカップとソーサーを用意してくれますか? わたしはコーヒーを淹れます。飲みながら、次に何をするか一緒に考えましょう」
「ふふ、そうね、素敵だと思うわ。和三盆があるともっと素敵」
頷いて、コーヒーの袋と和三盆の箱を取り出す。箱の重さは随分と頼りないものになっていて、あと2、3粒しか残っていないのだろうという察しは用意についた。
街の中央にある大きなテパートへ、和三盆を買いに行くのもいいかもしれない。今日はよく晴れているから、その足で街を散策するのも楽しそうだ。
彼女は図書館の近くを通ると必ずそちらへ足を向けるから、大量の本を詰め込むための丈夫な紙袋を持っていくべきだろう。
「一緒に考える」よりも先に、これだけの予定が彼の頭に浮かんでしまう。今日もどうやら、忙しくなりそうだ。
青の共有 アポロ/クリス