SS

何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ 土色の桜を共に愛でよう

2019.04.05 Fri * 17:52

(桜SS 7/10)

お電話ですよ、と呼び出しがあったので、自室に戻りパソコンを起動させて、ディスプレイに相手の顔が表示されるのを待った。
ややあってから「ザオボーさん!」と聞き慣れた甲高い声が聞こえてきたので、男は「はいはい、聞こえていますよ」と笑いながら滞りない通信を報告する。

「いつもより元気じゃありませんか。そんなにカントーはいいものですか」

「そりゃあそうですよ、私の故郷なんですから嬉しいに決まっています! それに、ほら、今は桜が咲いているんですよ!」

桜、という、常夏のアローラには咲き得ない部類の花の名前を出され、植物にそこまで造詣の深くない男は、その花の姿を思い出すのに随分と時間がかかった。
確か、木に咲く花で、淡い、本当に淡いピンク色をしていたような気がする。
気温が上がる頃に一気に咲き、3日か4日ほど満開の姿を見せてから、あまりにも呆気なく散ってしまうのだ。
カントー地方で「お花見」と言えば、それは単に花を観察することではなく、この「桜」のたった数日間の美しい姿をその目に収めることを指している……らしい。

「見えますか?」と告げつつ、少女は通話媒体であるカメラを上空へと向ける。底抜けに明るい空に伸びる枝は、大量の花をそこに実らせていた。
綺麗でしょう、と同意を求めてくる彼女に「ええ、ええ綺麗ですとも、分かっていますよ」と告げれば、そうでしょうそうでしょうと甲高い声で更に被せてくる。

彼女ほどの、まだティーンにも届かない年齢の子供でさえ、その「たった数日の美」の尊さを知っている。
その事実を改めて脳裏に反芻すると、男はなんだかくらくらと眩暈がする心地になってしまう。
その尊さは、アローラの人間には感じ得ないものだ。たった数日を愛せるほど、アローラの人間は刹那を許す寛大さを持ち合わせていないのだ。

「この桜、お土産にしましょうか? エーテルパラダイスまで花弁を持っていきますよ!」

「ほう……君にそのような粋な心があったとは驚きです。綺麗なものは人を変えるのですねえ」

「……ふふ、あはは! 引っかかりましたねザオボーさん!
桜が綺麗なのは今だけです。あと3日もすれば、散った花弁なんてあっという間に干からびて土色になっちゃうんですよ」

「ええ、ええ分かっていますとも。その汚い姿を、宝石でなくなった醜い桜を見せてくれるのでしょう? ミヅキ」

くつくつと笑いながら男はそう返す。ぴた、と少女の甲高い笑い声が止む。
パソコンのディスプレイはただびゅうびゅうと、桜を吹き荒らす強い風の音を男の耳へと届けるばかりだ。

「その土色を持ってきなさい。一緒に愛でましょう」

「……あーあ、残念だなあ。汚い桜にがっかりしてくれると思ったのに」

たっぷりの沈黙を挟んでから少女はそう告げる。-38℃の世界からとうに脱し、宝石になることをとうに諦めた少女が、悔しそうに悲しそうに笑う。
それでも彼女はその約束を守るだろう。干からびて、ともすれば腐臭さえ漂わせているかもしれないその土色を持ってくることだろう。
呆気ないものですねえ、と、笑いながらその花弁を摘まみ上げる瞬間が今から楽しみであった。
その隣に生きた少女が、36℃の平温を保つ少女が、小石であることを認めてしまった少女がいてくれるだけでよかったのだ。

「楽しんできなさい。そして、必ず戻ってくるように」

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▽ いのちの舞

2019.04.05 Fri * 11:15

(桜SS 6/10)
(タイトル的にはいのちの音いのちの色を意識しているけれど物語としては特に関連性はない)

夏は暑くて乗れたものではない。冬もまた、寒くてのんびりと景色を眺める余裕などない。よってこいつの誘いに快諾するのは、春か秋と決まっていた。
稀に私が根負けして真夏や真冬に付き合うこともあったけれど、それでも楽しめるのはやはり穏やかな気候の頃なのだった。
窓ガラスに貼り付いた桜色に指を押し当ててみる。友人の住む土地に馴染みの深いその花にその連理を重ね、そろそろお花見の誘いが来る頃だろうかと、思ってみる。

「イッシュにもその花は咲いているのに、こっちで花見をしたことは一度もなかったね」

向かいの席からそんな言葉が飛ぶ。確かにお花見の舞台はいつだってジョウト地方だった。
エンジュシティという場所は、春も秋もひどく鮮やかで、毎年見ても飽きないのだ。

「そりゃあ、ジョウトの桜の方がずっと派手で綺麗だもの。こっちじゃ、桜っていう花を知っている人の方が少ないんじゃないかしら」

「折角、ジョウトと同じように四季があるのに、勿体ない話だね」

「いいじゃない。桜はジョウトに映えるのよ、そういうものなのよ」

誰だって、より綺麗な場所で綺麗なものを見たいと思うだろう。より楽しめるところへ人の足が向くのは自然なことだ。
桜や紅葉にはジョウト地方に軍配が上がるけれど、海の美しさならイッシュが勝っている。4人で行う海水浴の舞台は、決まってイッシュのセイガイハシティだった。
そういう意味で、お花見の舞台にイッシュが選ばれることはまずない。
1番道路に舞うささやかな桜色の風を知る人は、あの近辺に住む私達を置いて他にいない。

「イッシュの桜は愛でられるために咲く訳じゃないわ。この子はきっと、誰かを送り出すために咲くのよ」

あの桜色の風に背中を押される形で、当時14歳だった私の旅が始まったことは、きっとこいつでさえ知らない。

彼は、こんな詩的で浪漫に溢れたことをぬかす珍しい私を大きな目で呆然と見ていたけれど、やがて新芽を生やす若枝のようなキラキラした笑みを浮かべ、
「それじゃあきっと、イッシュの桜には目を向けるのではなくて背を向けるのが正しいのだね」と、私のなけなしの風情をその言葉でめいっぱい肯定してくれた。
窓ガラスからひらりと離れたイッシュの桜から視線を逸らし、背を向けて座る。小さく「ありがとう」と、珍しい私を茶化さなかったことへの感謝を述べてみる。
彼は照れたように萌黄色の頭を掻いてから「それじゃあお礼にもう1周してくれるかい?」と尋ねてくるので、私はもう、困ったように笑って頷くしかない。

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▽ 褪せた色よ、褪せない私をどうか見ないで

2019.04.01 Mon * 8:30

(桜SS 5/10)
(Methinksのネタバレに容赦がない)

スケッチブックを広げている。視線の向こうには八分咲きの桜がある。足元の芝生には水彩色鉛筆が無造作に転がっている。
小さなコップに水が満たされている。絵筆をそこに浸す。水をたっぷり吸いこんだその毛先がスケッチブックの上を踊る。水彩色鉛筆で描かれた桜の彩度がぐっと上がる。
ああ、いつか、その筆で私を書いてくれたことがあったような気がする。あの絵はあまりにも綺麗だった。私じゃないみたいだった。
水彩色鉛筆で描かれたそこに水をたっぷり含んだ絵筆を置く、その瞬間が好きだった。魔法のようで、その魔法に私が彩られていくことが誇らしくて、嬉しくて。

「そんなことをして何の意味があるの?」

「!」

少女は振り向く。海の目が緩慢にぱちぱちと瞬きを繰り返している。右手から絵筆がぽとりと落ちて芝生に埋もれる。強い風が吹く。水彩色鉛筆がコロコロと遠くへ走る。
口を開く。何か言っている。でもよく聞こえない。風のせいだ。風が彼女の声を掻き消しているのだ。

「貴方は有名なアーティストでも、芸術に長けた画家でもないでしょう? なのにそんなものを描いてどうするつもりなの? そんな、貴方だけが満足できる拙いものを、描いて」

少女の声は聞こえない。私はそれをいいことに更に続ける。

「そんなもので過ぎる一瞬を永遠にできると、貴方は本気でそんなことを思っていたの?」

本気でそう思っていた。「私」がそう思っていた。
彼女の指先には、彼女の言葉には、彼女の信託には、彼女の命には、過ぎる一瞬を永遠にする力があるのだと、私は信じて疑わなかった。
ところがどうだろう。永遠を得たのは彼女ではなく私だった。そのような指先も言葉も信託も持たないはずの私が、彼女のあれ程焦がれた永遠を呆気なく手にしてしまった。
そしてこの彼女は、どんなアーティストよりも心を揺さぶる一瞬を紡ぎ、どんな画家よりも美しい絵を描く彼女は、何も持たなかったはずの私を置いて、先に。

「その桜もきっと、私がほんの少し眠れば枯れて無くなってしまうのに」

「それでも貴方は見てくれた。この綺麗な桜を、私と一緒に。だからもういいの。その一瞬があれば、桜も私も救われる」

急に聞こえてきた彼女の音に私は驚く。凛としたメゾソプラノが私の鼓膜に突き刺さって、抜けない。
音は毅然としていた。笑顔は太陽のように眩しかった。海の目は花のようにただ美しかった。私は、見ていられなくなって目を背けた。

「でも、その一瞬なんかで私は救われないよ」

「……」

「どうして、一瞬なの。どうして、永遠じゃないの。どうして私の永遠に貴方はいないの!」

そこまで口にしたところで、垂れ幕が降りるように視界ががらりと変わる。完全に下りた垂れ幕はすぐさま私の目蓋に置き換わり、そうして私は目覚めるのだ。
白い天井と、苦いコーヒーの香り、本を閉じる音。ゆっくりと体を起こせば、私の寝言に気付いた彼が、読んでいた本を置いてこちらへと歩いてくるところだった。
腕時計を見る。前の数字から2年、進んでいる。今回はあまり長く眠れなかった。私にとっては、2年など深い眠りのうちに入らなった。
だからこのような夢を見たのかもしれない。だから、こんなにも寂しいのかもしれない。

「おはよう」

「……いいえ、もう一度眠ります。今度は深く、長く。今度こそ夢を見ないように」

私の永遠を分かつ相手、彼女のようにいなくなることも、桜のように枯れることも、私にこのような寂しさを植え付けることもない唯一の相手は、
そうした私の相変わらずの逃避を「そうだな、君がそう望むならきっとそれがいいのだろう」と、優しく微笑んで許してくれた。

300年目くらいかな?

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▽ 葉桜と魔法

2019.03.31 Sun * 23:11

(桜SS 4/10)

「ほら、見てくださいゲーチスさん」

女性の指差した先にはまだ齢十にも満たないであろう子供達がいる。大きな桜の木の下で、甲高い声と共に走り回る7人の子供だ。
煩いことだと呟けば、隣から小さな微笑みと共に「そっちじゃありませんよ」と返ってくる。
それを受けて男は再び桜の木へと視線を戻し、彼女の「見てください」が示す本当のところをその隻眼で探す。

……走り回る子供達から少し離れたところ、太い幹の四角になっている日陰の場所に、5歳程度の幼子がいた。
彼は自らの背よりもずっと高い桜の枝へと手を伸べて、何かを掴もうとその両手を宙にひらひらと泳がせていたのだ。
あの背丈では、どう足掻いても桜の枝を掴むことは不可能だ。あのくらいの年齢の子供はさて、その程度のことも分からない程に稚拙であったろうか。
そこまで考えて、男は気付いた。あの幼子は桜の枝を掴もうとしているのではない。桜の枝から離れた花弁を握ろうとしているのだ。
その、あまりにも小さな手の中に、あの「ひらひらしているきれいなもの」が飛び込んできたならどんなにか嬉しいだろうと、そうした期待の元に手を伸べているのだ。

「幸福とは往々にして、求める人のところにはやって来ないものですよね。追いかければ追いかける程、手を伸ばせば伸ばす程、幸福や運命は逃げていってしまう」

「……」

「あれ? ……ふふ、どうしたんですか? そんなに驚いて。まるで貴方が同じ言葉を、誰かに言ったことがあるみたいな、顔をして」

その「誰か」をこの女性は既に知っている。知っていて、敢えてそのような物言いをしている。
男は左肩だけを軽く竦めて隻眼を伏せて眉をひそめて、その不可思議な彼女の不気味な言動を許す。
過去も未来も別世界での出来事も、この不可思議で不気味な女性にとっては一冊の本のようなものでしかない。彼女はその本を「読んでいる」に過ぎない。
だからきっと、その言葉を受けて男がこれから為すことだって、彼女にはとうに見えている。既にその物語は、読まれている。
故に男が躊躇う理由など、きっとあるはずもなかったのだ。

歩を進める。満開の大樹の下へ向かう。女性はその足取りを少し離れたところから眺めている。
桜の大樹に若葉が生える。男の後ろ姿が、その背に流れる緑の髪が、満開の桜に溶ける。葉桜と化す。葉桜の一つ目は、満開の桜を見上げるその目は、赤い。

幼子は隣に立った長身の男に驚き目を見開く。その男がそっと左手を宙へと差し出せば、ほら、そこに桜の花弁が一枚だけ落ちてくる。
男は花弁を望んでいない。花弁を求める気にはなれない。それでも手を伸べた。だから花弁は男の手を選んだ。それだけのことであった。
戯れに膝を折る。戯れにその左手を幼子へと差し出す。戯れに「これが欲しかったのでしょう」と言ってみる。戯れに、微笑んでみる。

「おじさんは魔法が使えるの?」

けれども純な眼差しを向けられて、そのようなことを尋ねられてしまっては、男はもう「戯れ」を続けることができずに、眉をひそめて沈黙するしかない。
クスクスと、男の背後から笑い声と共に足音が聞こえてくる。女性が駆け寄ってきているのが分かる。
さて、彼女はこちらに助け船を出すつもりなのだろうか。それとも、更に深みへと突き落としにかかるつもりだろうか。
男は女性へと振り返り、「早くしなさい」と急かすように睨み付けた。女性は楽しそうに笑いながら、男の隣にしゃがんで幼子と視線を合わせた。
……そして、男は大きな溜め息を吐く準備をするために呼吸を止めた。これは、自分ではなく幼子の味方をする顔だと気付いたからだ。

「そうよ、この葉桜さんは魔法が使えるの。貴方のところに幸せを届ける、優しい魔法。ね、素敵でしょう?」

個人的に大好きな太宰さんの短編「葉桜と魔笛」のタイトルを意識しました。

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▽ 夕刻に溶ける枝

2019.03.31 Sun * 10:10

(桜SS 3/10)

陽はすっかり傾いている。夜風とするにはまだ少し明るいが、それでも肌を撫でるそれは夜風として差し支えない冷たさであった。
寒い、と、人混みの中からめいめいに声が上がる。ブルーシートがふわふわとなびいている。
花見の席を確保するために何時間も前からそこにいたのだろう、身を寄せ合い震える人の姿があちこちに確認できた。

「寒いね」

そして、そんな彼等の言葉と同じそれが少年の隣からも聞こえてくる。眉を下げて笑う少女、彼よりも少しだけ、ほんの少しだけ背の高い女の子だ。
首を激しく振って寒気を振り払おうとしている。茶色の短い、癖のあるツインテールがぴょこぴょこと跳ねる。
春のこの日、勿論、少年も少女も暖を取るための道具など用意していない。
故に彼は「そうだな」と相槌を打ちながら、その後に「大丈夫か?」と続けようか否かと、悩むことくらいしかできない。

「寒いね、本当に寒い! ねえシルバー、手を貸してよ」

「手? ……構わないが、どうするんだ?」

彼女の寒さがそれで和らぐのなら、手助けは厭わないつもりだった。そういう意味で「構わない」と告げたのだが、少女はとてもおかしそうに笑い出してしまった。
違う、違うよシルバー、そうじゃないの。歌うようにそう告げて少年の手を取る。手助け、をするための冷え切った手が、少女によって奪われてしまう。
同じく冷え切った少女の手に包まれるのみであるこの状態が、おそらくはこれからしばらく続くのだろうと察してしまったから、
その手に、何もできなくさせられてしまった彼は、本当に何もできずにただ呆気に取られるしかなかったのだ。

「俺の手なんか握っても、温まらないだろう。まだチコリータを抱きしめていた方が効率的だ」

「そうだね、私もそう思う。でも君なんだよ、君の手がよかったんだよ。どんなに冷たくても、温まらなかったとしても、こうしていたかったんだよ」

他でもない彼女自身がそう言うのなら、彼女の中で納得のいく行為であるのなら、それでいいかと少年は思った。思って、手を握られるままにしていた。
寒い、寒いと零しながら行き交う人々を眺めつつ、目的の場所へと歩を進める。
道中、同じように手を、おそらくは双方冷え切っているはずの手を、繋いでいる二人組をいくらか目撃した。
仲睦まじいことだ、と少年は思い、そしてはっとした。自らと彼女こそ、その「仲睦まじい行為」をしている張本人に違いないのだと気付いてしまったのだ。
顔が火照る。手が汗ばむ。先程までの寒気が嘘のようだ。彼はすっかり当惑してしまって、自らの迂闊さをひどく後悔して……。
それでも、その手を振り払おうという気には、なれなかったのだ。

急速に上がった手の温度に、少女が気付いていないはずがない。
案の定、彼女は楽しそうに笑いながら「逃がさないよ」と悪戯っぽく言い放ち、握った手の力を強くした。
やられっぱなしは少年の性に合わなかったのだろう、彼もまた強く握り返した。ただそれだけのことが随分と嬉しかったらしく、少女は夕陽を眩しがるように目を細めた。

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