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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ 霊も羨む丑三つ時

2019.02.04 Mon * 19:22

枕元の電話が鳴る。寒いのに、眠いのに、と独り言ちて、毛布の下からもぞもぞと右手を出して、豆電球だけの明かりが揺蕩うやわらかな闇を探る。
受話器らしきものを掴むことに成功して、それを毛布の下へと引き込む。
もしもし、という音を、果たして私の寝ぼけた喉は正確に出すことができたのだろうか。

トウコちゃん! ねえ! 眠れないの! もうずっと布団の中に入っているのに、全然、眠くなってくれないの! どうしてかな?』

「……」

『今ね、空がすっごく綺麗なんだよ! トウコちゃんに教えなきゃって思って、かけちゃった!』

親友の声、眠れない、布団、星、教え……。
そうした情報と声を私の耳は拾い上げて、そうした単語を送り込まれた頭は徐々に冴えていく。
むくりと体を起こして目をこする。豆電球の頼りない明かりが時計の針を僅かに照らす。
2時。

「ふ……ふざけんじゃないわよコトネ! 2時じゃないの!」

『そうだよ! 丑三つ時って星がくっきり見えるんだね、私、初めて知ったよ!』

「そうじゃないわよ、なんで、あんた、こんな……私は! 私は寝ていたのよ!?」

『でも私は起きていたんだよ!』

何を言っているんだこいつは!

『いいから窓を開けてよ! そうしたら目も覚めるし、イッシュの空だってきっとすごく綺麗だと思うの!』

「冗談じゃないわ、私は寝るのよ! 邪魔しないで! いいから寝かせろ!」

『嫌だよ、寝かさない! 私は起きているんだよ! いいから起きて窓を開けろー!』

深夜2時という時刻は親友を完全に酔わせていた。大人からすれば子供の世迷言にしか思われないだろうけれど、子供だってしっかりと酔うのだ。
アルコールなんかなくたって、人は酔っ払うことができる。お酒を飲まずとも、人はこのような暴挙を冒せる。

怒鳴り合って、罵り合って、喉が掠れてきた頃にようやく私は窓を開けた。
冬の星は目に染みる程に美しく、容赦なく吹き込んできた風は私を身震いさせて、ああこんなもののために、と笑いかけて、
……そこで、ようやく私は気付いたのだった。

「ええ、とても綺麗だと思うわ。それじゃあコトネがもっとこの空を喜べるようにしましょうか」

らしくない沈黙が耳元をくすぐる。
きっと彼女は期待していた。私なら窓を開けてくれると、この丑三つ時の暴挙の意図に気付いてくれると、確信していたのだ。
その、ともすれば傲慢な信頼を持っていたからこそ、彼女はこんな時間に私を呼んだのだ。
「あいつ」以外から寄せられた、強烈な濃度の信頼に気付いてしまっては、もう、怒鳴れそうになかった。
掠れた喉の僅かな痛みを心地良いとさえ感じ始めていた。私も随分と都合のいい奴だ。

「辛い気持ちの時に綺麗なものを見ても、寂しくなるだけだものね? 夜が明けて、星が消えてしまう前に、聞かせなさいよ。何かあったんでしょう」

毛布をぐいと引っ張って、肩の上から豪快に羽織った。折角だから窓は閉めないでおこう。

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▽ ちいさな夜

2019.02.04 Mon * 18:46

「何かする必要があるんですか?」

極めて純な問い掛けに男は少々面食らう。さて、この少女をどう説得したものか、と悩んでみる。
何もしない、という行為は男にはたいへん難しく、思考の凪ぐ瞬間は「僅か」であるからこそ尊いものであった。
けれども少女にとっては、何かする、という行為こそが困難を極めるものであり、思考を慌ただしく巡らせることは「僅か」でも苦痛であるらしかった。
彼女は叶うならばこのままずっと、彼と向かい合ったままで体を、心を、凍り付かせていたいのだ。それこそが紛うことなき彼女の至福であった。

「何かしたいことは?」

「ありません」

「わたしに、何かしてほしいことは?」

「……私の傍にいてください。それだけで十分すぎる程です」

少女にとってはそれが簡単なこと。男にとってはそれが困難なこと。目を見張るほどの対局性は、しかしこのひと時に始まったことではない。
二人の相似はあまりにも数少なく、こんなにも「共に生きる」相手として不適切な相手は、男にとってほかにいないように思われた。
そう、途方もない不適切さが二者の間に在った。

「ではそうしよう。わたしは常に君の傍にいるとも。
だがわたしは君が傍にいてくれるだけでは少々、物足りない。君が傍にいてくれているという実感を絶えず得ていたい」

だからこそ男は歩み寄ることを止めないのだ。

「……実感。とても、難しいことのような気がします」

「そんなことはない。君はわたしに声を聞かせてくれるだけでいい。内容は問わない。君のものであるなら、何でも」

鉛色に淀んだ、凪ぎ過ぎた暗い瞳がほんの一瞬だけ、煌めく。
「そんなことでいいなんて」と自らの無欲を棚に上げて小さく笑い、そのぎこちない笑顔のまま、少女は調子外れの歌を細い喉から引っ張り出した。
この子供っぽい旋律こそが、今日の少女の精いっぱいの歩み寄りであり、故に男がその音を喜ぶように笑ったのも至極当然のことだったのであろう。
さて、彼女の勇気に報いなければならないな、と思い直し、男は慣れない「何もしない」を試みるために目を閉じる。
目蓋の裏に降りた夜の中、二人は確かに繋がっている。

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▽ 雨でも晴れる

2019.02.04 Mon * 17:34

「わたしが貴方を好きだと思う気持ちは、明日が晴れであることを希う気持ちに少し似ています」

不思議なことを言い出した彼の目は、楽しそうに煌めいていたので、私はティーカップを一度テーブルへと戻した。
見ているこちらが不安になってしまいそうな程に白いカップの眩しさは、彼に少し似ている気もした。

「今日はとても、不思議なことを言うんですね」

そう返せば、煌めいていた二つの太陽がすっと細められる。反射的に私も目を細める。真似をするためではなく、眩しさのために、細める。
こんなに眩しいものを持っている彼は、その瞳のうちに何よりも明るい太陽を飼っている彼は、
けれども天から降り注ぐ日差しのことも大事に思っているようで、まだもう一つ、太陽を望むという。

私は、明日が雨でも構わないと思う。雨音も湿った風も私にとっては好ましいものであったし、何より天へとその輝きを望まずとも、私の太陽はすぐ傍にあったからだ。
太陽を3つ望むのは、随分とおこがましいことであるように思われてしまったのだ。
強欲だと自覚している私のらしくない遠慮を、彼に開示することがあったなら、きっと優しく笑われてしまうのだろう。

「けれども貴方はきっと、明日の雨を許すように、わたしを好きだと思ってくださっているのでしょうね」

「……確かに私、雨は好きですよ。でも貴方が言いたいのはきっと、そういうことじゃないんですよね。理解が追い付かなくて、ごめんなさい」

らしくない遠慮、を隠して、私の嗜好だけを開示すれば、それでも彼はやはり優しく笑うのだ。

どうやら彼は本当に心から、明日が晴れであればいいと思っているようであった。
私は晴れであったなら嬉しいと思ったけれど、雨であったとしてもこの気持ちは変わらないのだから、構わないと思っていた。

「貴方のことが好きです」

「……私も、貴方のことが好きです」

こういう感情の意味を、愛というものの本質を、理解しかねている私に、彼はこうして時折、謎かけのようなたとえ話をする。
音にすれば同じ「好き」である。その音が誰かと交わることはこの上ない幸福である。それは私にだって分かっている。私は彼のことが好きである。
けれども聡明で博識な彼の耳には、私の音は随分と拙く、至らないもののように聞こえるらしい。
だからこうして、時折、二人の音を紐解く作業を差し出してくれる。私はその作業を卒なくこなせることもあるし、今日のように分かりかねることもある。
もどかしいと思われても仕方のない、遅すぎる歩みを、それでも彼は責めないので、私は今日も、彼への音を諦めきれない。

明日の晴れを乞うように、彼は私を好きだと言う。明日の雨を許すように、私は彼を好きだと言う。

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▽ さあ、始めてください。

2019.02.04 Mon * 17:04

どうしましょうか、と少女が言った。どうしましょうかね、と男性が続けた。
同じ色の視線を交えて小さく笑えば、もうそれだけで十分であったものだから、何も始める必要などなかったのでは、と思えてしまう。
このままで満たされている二人にとって、今すぐに何かを始めなければならない理由など、きっとありはしなかった。
少なくとも男は、このまま「どうしよう」と困り果てた言葉を、全く困っていないような様子で、何分でも、何時間でも歌い続けることができるような気がした。

けれども彼女は席を立ち、小さなテーブルの向こう側から随分と大仰な仕草で歩み寄って、彼の手を取る。
貴方と一緒なら何を始めてもきっと楽しく、幸せなはずだと、確信した様子で「さあ」と促し微笑む。
仕方がないので彼は立ち上がる。溜め息に似せた息をわざとらしく吐いてみれば、それだけのことも楽しいらしくまた笑う。

「何をするのが私達らしいかしら。それとも私達らしくないことをする方が、わくわくするかしら」

「……ではカップとソーサーを用意してくれますか? わたしはコーヒーを淹れます。飲みながら、次に何をするか一緒に考えましょう」

「ふふ、そうね、素敵だと思うわ。和三盆があるともっと素敵」

頷いて、コーヒーの袋と和三盆の箱を取り出す。箱の重さは随分と頼りないものになっていて、あと2、3粒しか残っていないのだろうという察しは用意についた。
街の中央にある大きなテパートへ、和三盆を買いに行くのもいいかもしれない。今日はよく晴れているから、その足で街を散策するのも楽しそうだ。
彼女は図書館の近くを通ると必ずそちらへ足を向けるから、大量の本を詰め込むための丈夫な紙袋を持っていくべきだろう。

「一緒に考える」よりも先に、これだけの予定が彼の頭に浮かんでしまう。今日もどうやら、忙しくなりそうだ。

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