私はもう地獄に行く資格を持たないのですか?

(参考:20度超の酩酊にどうか楽園の夢を見て

ホウエン地方での旅が決まった直後、友人と会う機会に恵まれたので、私はあの人に買ってもらった赤い服一式を身に着けた。
いつもは自室でお留守番をしてくれているプラスルを、今日こそはしっかりと腕に抱いて、その子の長い耳と私の紅いリボンを指さして「お揃いね」と笑い合った。
シルフカンパニーの応接間を一室、彼女のために空けてもらった。先にそのソファへと腰掛けて、私は目を閉じた。
彼女がどんな顔でこの部屋へと入り、どんな顔で私に「おめでとう」と言うのだろうと考えながら、プラスルの耳を飽きずにずっと撫でていたのだ。

彼女はきっと、私が旅に出ることを祝福してくれる。そんなことは分かっている。問題はその先にある。
強欲で傲慢な彼女はきっと不安そうに微笑んで、私のこれからをそっと案じるのだ。
自由で身軽な私に、全てのしがらみから解放されてホウエン地方へと羽ばたく私に対して、悉く不適切な助言をきっと彼女はしてのけるのだ。
重たい枷を引きずるように生きている彼女は、きっと自身と私が「同じところ」にいるなどという勘違いをしているのだ。

だから私は、困ったように笑う彼女の前で、彼女を小馬鹿にするように、こう、まくしたててみるつもりだった。
私はもっと楽しく自由に旅をしてみせる、幸せと戯れるようにこの土地を駆け抜けてみせる、旅ってそういうものよ、貴方は最初から間違っていたのよ、と。

私は間違えない。私は愛とか絆だとかいうものに足を取られたりなんかしない。私は、貴方とは違うわ!

……誤解されるかもしれないので一応、付け足しておくと、私は別に、あの小さな友人のことを嫌っている訳では決してない。
寧ろ、好きだった。大切な友人だった。尊敬していた。彼女と出会えたことは私の誇りだった。そしてだからこそ、許せなかった。
長い髪を世界への供物として捧げた、2年前の凛とした彼女。
その愛だとか絆だとかいうものを小さな体で大きく振りかざし続けて、遠い土地に生きる多くの人を救ってみせた、あの美しい彼女。
あの子がいなくなってしまったことが、私はどうしても許せなかった。あの子を隠した今のあの子のことが、腹立たしくて、もどかしくて、嫌いだったのだ。

これはそんな、変わってしまった彼女への嫌がらせであると同時に、私なりの激励のつもりでもあったのだ。
「しっかりしなさい!」と、彼女の頬をぺちと叩いてまくし立てるような激励の仕方は、どうにも私に馴染まない。だからこのような方法を選んだのだ。
私のこの言葉が、友人を立ち直らせる一助になれると信じて、私は悪い言葉ばかりをわざとらしく選んで、彼女の前で歌おうとしていた。歌う、つもりだった。

「旅、楽しんできてね」

ああそれなのに、目の色を完全に変えてしまった彼女が、泣き腫らしたその瞳に綺麗な海を移さなくなってしまった彼女が、
疲れ果てた笑みで、私の名前を呼ぶことさえ忘れて、弱々しくそれだけ告げて、押し黙ってしまったものだから。
その声よりも、彼女の背後にある応接間の扉がパタンと閉まる音の方が、ずっとずっと大きく聞こえてしまった、ものだから。

「貴方、今度は何をしたの」

私は用意していた言葉も、友人への気取った激励の音も忘れて、大きな歩幅でカツカツと彼女へと駆け寄り、小さな肩を鷲掴みにした。
そうする他に、この煮え滾るマグマのような感情を処理する方法が見つからなかったのだ。

「どうかしているわ。そうよ、どうかしているのよ。貴方、もっと賢かったはずでしょう。貴方はもっとちゃんと、利口に誰かを想える人だったはずでしょう。
それなのに、この私によくも! よくもそんな顔を見せられたものだわ!」

ああ、彼女の矜持は何処へ行ってしまったのだろう。今度は何に思い煩ってしまったというのだろう。
あまりにも酷い、と思った。ただ悔しかった。数か月ぶりに顔を合わせた友人の、非言語的な裏切りを目の当たりにして、私はもうどうにかなってしまいそうだった。

どうして彼女は、私のいないところでこんなにも変わってしまうのだろう。どうして変わってしまう前に、私を呼んでくれなかったのだろう。
協力を仰ぐことは彼女の十八番であったはずなのに、彼女はそうして多くの人と協力して、かつては世界さえ変えてみせたというのに。
どうして、自分のためだけに誰かの力を借りるということをしないのだろう。どうしてその相手に、私を選ばないのだろう。
どうして私は、あの頃の凛とした美しい友人を呼び戻すことができないのだろう。

遣る瀬無さにもう一度、彼女の肩を大きく揺さぶった。すると、その肩に提げていた鞄がすとんと細い腕を滑り、白い床の上に軽い音を立てて落ちた。
開いてしまった鞄の口から、一つのモンスターボールと、綺麗な小さい球体が転がり出てきた。
そのポケモンの目を私は知っていた。プラスルもその姿に覚えがあったのだろう、歓声を上げてボールを拾い上げ、中の「彼女」に向かってにこっと微笑みかけていた。

「貴方、もしかしてあの時のラルトス?」

タイトルはサーナイトの言葉

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