神の国のみはらしはいかが

更新:2020.12.6(ゲーム本編5章前編2終了後、中編更新前)
※twst夢企画サイト「Bianca」様、第七回への提出作品

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『君と一緒に見るこの赤い世界は、もうこのまま死んでしまってもいいと思えるくらい、いつだって絢爛で完璧で、とても綺麗だったよ』

 

 神よ。もし此処へお戻りになるのならば、懺悔として書き残させてほしい。

 去年の十二月中旬、初めてのホリデーを直前に控えた頃。俺は思いがけず良質な手駒を手に入れた。同じクラスのスカラビア寮生。あらゆることを卒なくこなす、目立たないがそれなりに優秀な奴だ。実験や飛行術でペアになる必要があるとき、俺はこいつに声を掛けて共同で事に当たるのが常だった。過度に目立ちたくはないが平凡以下に甘んじたくもなかった当時の俺にとって、こいつは何かと都合が良かった。俺の足を引っ張ることもないし、実力を周りにひけらかすこともない。不気味な程に無口であることを除けば、授業のパートナーとしては完璧だったとさえ言っていい。楽しさや刺激には欠くが、こいつと受ける授業の居心地はよかった。手放し難いと思ってしまう程度には、快適だった。
 今日の飛行術のテスト中、出来の悪い生徒が引き起こした箒の大暴走。あれに巻き込まれてしまったのは不運だったとしか言いようがない。俺の位置ならともかく、暴走元のすぐ傍で飛び立つ準備をしていたあいつには防御魔法を掛ける時間さえなかっただろうから。とまあそうした具合で、箒の突進により吹き飛ばされ、学園の壁に酷く叩き付けられた訳だが、そんなあいつを介抱し医務室まで運んでやろうと手を貸したことについて、打算的な思惑は何もなかった。苦しそうな知人を見ているだけというのは性に合わなかった。……俺が誰よりも先にあいつを助けに入ったのは、そういう、ありふれた理由に過ぎなかった訳だ。

 その、それなりに気心の知れていたはずのクラスメイトが、どうしてそんな不運な事故により俺の手駒へと成り果ててしまったか。それは、全身を襲った打撲の痛みに顔をしかめていたこいつが「医務室には行かないで」と俺に訴えてきたからに他ならなかった。俺は驚愕のあまり足を止めた。これだけの打撲を負いながら医務室に行くことを拒むその態度にではなく、無口を極めたそいつの初めて聞いた地声が、女のように高かったことに、驚いたのだ。悲鳴や呻き声さえ上げることなく押し黙っていたはずのそいつは、医務室での治療を受け、秘密を暴かれることを恐れたのだ。男子校であるこの学園に女子の身で潜り込んでいるという、致命的な秘密。俺はそれを、意図せぬ形で握ることになった。
 この学園には「ワケあり」が少なからずいる。人魚でありながら変身薬や魔法の類で人間の形を取り陸で暮らす者、教科書に名前がある程には長寿かつ偉人であるにもかかわらず十代の少年共の中に紛れて暮らす者、二か月遅れての入学を許可される者、様々だ。まあそんな調子だから、女性でありながら男装、ないし男性化できる薬の使用により入学を許可されているものがいてもおかしくない……のかもしれなかった。ただこいつの怯えようを見るに、こいつの入学は学園側に許可されていない、不正のものであることは明らかだった。バレたらこいつは間違いなく学園を追われることになる。俺は気心の知れたクラスメイトを入学から四か月と経たずに失うことになる。

 そういう訳で、俺は行き先を自室へと急遽変更せざるを得なかった。ベッドの上にこいつを座らせ、運動服を脱がせて打撲の手当てをして、震える口に痛み止めを押し込んで半ば強引に飲ませた。足や背中の痛みこそ甚大だったようだが骨折には至らなかったようで、処置自体は簡単に済んだ。胸の膨らみが僅かにあることや股間の膨らみが全くないことへの動揺を隠すこと自体は造作もなかったが、子供のようにしゃくり上げて泣き出したこいつを宥めるのにはかなりの労力を要した。幼い頃のカリムを宥める方が数倍簡単だったといえよう。今思い出しただけでも冷や汗が出そうになる。
 入学したばかりの俺ならきっとこいつの事情を慮り、秘密を守ると約束できただろう。だがこの頃の俺は、入学から二か月遅れでNRC入りしたカリムと同室になり、再び同じ場所での生活を始めなければならなくなったことでとかくストレスを溜め込んでいた。学園に通える四年間だけでも、と憧れていた自由な暮らし、始まったばかりのそれを奪われた矢先の出来事だったのだ。
 そんな俺の前で静かに俯く、同い年の女の子。こいつの自由な学園生活は、俺が彼女の事情を秘匿するかどうかにかかっている。成る程確かに秘密にしてやるべきだ。俺がその「自由な学園生活」をたった二か月で奪われた身であったとしても。

 ああそうだとも、懺悔しよう。生憎だが俺は、そこまでお人好しにはなれなかったんだ。

 こいつには何の恨みもなかったのに、むしろ気心の知れたクラスメイトとして感謝の情さえあったというのに、俺は「ただで秘密にしてやるつもりはない」などと、恩を仇で返すような真似をしたのだ。俺も此処まで落ちたか、と自身の悪辣な発言に呆れ返る心地だった。
 だがその後がもっと酷かった。非道な仕打ちに抗議でもしてくればいいものを、彼女はにわかに笑顔になって「いいよ、何でもする」などと口にして、ベッドからストンと崩れ落ちるようにして、俺の前に膝を付き首を垂れたのだ。長年従者をやって来た俺でも目を見張るくらいの、いっそ気持ちが悪い程に完璧な隷属の姿勢だった。
 そこからのこいつの饒舌具合には度肝を抜かれた。成る程無口を貫いていたのは人前で高い声を出すことを恐れたからかと、そう納得をしながら俺は楽しそうに話すこいつの言葉を呆然と聞くしかなかった。横槍を入れる暇がないくらい、こいつはひっきりなしに喋っていて、それはもう煩いくらいだった。

「手を貸してくれたのがジャミルくんで本当によかった! バルガス先生に事情を説明することなんて怖くてできそうになかったもの」
「問答無用で先生に報告することだってできたのに、こうして話をする猶予をくれるなんて君は本当に優しいんだね」
「それにとても頭がいいよ。秘密をそのまま学園に突き出して私を追い出すより、秘密を握ったまま私を使った方が得になるものね。咄嗟にその判断ができるなんて凄いなあ。悪巧みの才能があるよ」
「何をしようか? 何でもいいよ。ジャミルくんに私のこと、秘密にしてもらえるなら何だってする。私の持っている全てで君に尽くすよ。どんな時も君に従うよ。私にできること、あるかな?」

 ……後から思えば、こいつの屈託ない笑顔が示した徹底的な隷属の姿勢は、女性であるというリスクを抱えてこの学園で生き抜くための、処世術のようなものだったのかもしれない。秘密を守ってくれるだけ、という「善良な第三者」ではなく、自らを支配し使役する代わりに秘密を守ってやるという「意地悪な主人」の方が、何かと安全であり、信頼に足り、関係として強固である。その形を俺から提案したことに、彼女はこの上なく喜んでいた。
 使える手駒として働き続ければ手放し難くなる。手放したくないが故に主人は必ず秘密を守る。こいつがこの日の不運な事故で手に入れたのはそうした……彼女にとって実に都合のいい関係であり、そういう意味では「手駒を手に入れた」のはある種こいつの方であったのかもしれなかった。スカラビアに選ばれた熟慮の生徒がただで転ぶことなど在り得ないのだ。
 とはいえ「どんな時も君に従う」として首を垂れているのが彼女の側である以上、俺が主人でありこいつは隷属者だ。彼女自身がそれを望んでいるのだ。俺は自分の為した悪辣な取引が逆に利用されてしまったかもしれない可能性をほんの少し楽しみながら、明日からの学園生活が面白いものになりそうな予感にほくそ笑んだ。気心の知れたクラスメイト、そして今この瞬間より俺の従者になった彼女は「ジャミルくんが楽しそうで嬉しいなあ」などと、随分と鷹揚に語ってみせた。

 なあ、笑ってくれ。隷属する側の従者が主人になる、なんていう趣味の悪い「捻れ」くらいしか、俺が自由に楽しめるものなんてもう残っちゃいなかったんだ。

 

『すごいね、君の目は神様みたい! 君の采配で動くと、もう何でもできる気がしてくるんだよ』

 

 こうして思いがけず手に入れた良質な手駒が、本当の意味で良質かどうかを確かめるため、俺は翌日、そいつにユニーク魔法を使った。「どんな時も君に従う」という言質を取っている以上、彼女を操りの糸にかけることへの躊躇いは微塵もなかったと言っていい。
 いい意味で予想外だったのは、俺の「蛇のいざない」とこいつの相性が良すぎたことだ。主人への刺客に何度かけたかしれないそれを思い出しながら、俺はただ驚くばかりだった。洗脳の支配から逃れようと足掻き苦痛に悶える姿ばかり見てきた。呪文を唱えてから相手が首を垂れるまでに数十分を要することさえあった。端から抵抗の一切を捨てて首を垂れてくる相手にわざわざ洗脳を掛けるのは初めてのことで、抵抗がないとこんなにもあっさりかかるものなのかと感心してしまったのだ。「瞳に映るはお前の主」などと唱えずとも、魔力を展開した瞬間、彼女の目はもう赤く染まっていた。それでいて俺の側には「魔力を消費した」という感覚が微塵もなく、試しに丸一日洗脳に掛けた状態で夕方まで彼女を連れ回してみても、俺のマジカルペンにはブロットの染みひとつ付かなかった。

 もう少し後で知ったことだが、こいつとの相性が良すぎたのは偶然のものではなく、こいつ自身のユニーク魔法で補完されたものに過ぎなかったらしい。「操る」ことに特化した俺の魔法とは対照的に、彼女の魔法は「従う」ことへと特化したものだった。正確には「対象者の意思に同調して振る舞いを揃える」ものらしいが、そんなユニーク魔法のおかげで操りやすくなっているのならやはり俺にとってはやはり都合が良すぎた。本当の意味で「良い手駒」を手に入れたことを確信し、しばらくはこいつで楽しく遊べそうだとほくそ笑んだのだった。

 女性という秘密を守り通す代わりに、俺はひどく操りやすいこいつをこき使ってやろうと思った。授業中にはパートナーとして必ず俺と組ませ、最上の結果が出るように操ろうとしたのだ。ただ、錬金術や飛行術や防衛術やその他諸々の……とにかく、ほとんどのことに関しては、俺が操りにかけるまでもなかった。こちらから何か命じずとも、彼女は「君に従う」という心持ちで俺の思うように動いたからだ。……こいつが女性だと分かるつい先日までと、全く同じように。

「お前、俺に女だとバレる前からその魔法を使っていたな?」

 そう指摘すると、彼女は悪戯っ子のように微笑んて首肯してから、

「だってジャミルくんと一緒に授業をするの、本当に楽しかったんだよ! いつでも私を選んでもらいたかったから、君の望む私を知るためにもう何度も使ったんだ」

 などと、悪びれもせずそう告解して笑ったのだった。
 彼女と組んで行う授業がどれも快適だったのは、彼女の元からの優秀さもさることながら「どのように振る舞えば満足するか」という情報、すなわち俺の意思を魔法で汲み取っていたからに他ならなかったのだ。すぐ近くでずっとユニーク魔法が使われていたことに気付けなかったのは素直に悔しかったが、そうまでして俺に選ばれ続けたかったと言われることに関しては素直に……うん、嬉しかったな。

 

『操られているとき? なんていうか、ものすごいものになったような気分になれるよ。君の自信とか、気持ちの強さとか、そういうものまで流れ込んでくるみたいで、景色が全然違って見えるの。まるで生まれ変わったみたいに!』

 

 さて、そんなこいつの「使い道」……もとい「遊び方」だが、割とすぐに思い付いた。俺は彼女を授業中、テスト中、いつもいつでも操りにかけてみた。彼女の為すこと全て、彼女が出す成績全てを「俺がもし本気を出したらどれくらい上へ行けるか」というシミュレーションのツールとしたのだ。
 勝負にはいつも二回勝って三回負けろ。主人より良い成績を残すな。アジーム家に仕えるにあたり、両親より、耳にタコが出来るほど言い聞かせられてきた言葉だ。要するに俺は、主人であるカリムがいる限りこの学園で思う存分実力を振るうことも許されない訳だ。俺はカリムより優秀な成績を残せない。そう、俺には許されない。
 なら、カリムと何の関係もない赤の他人がカリムより優秀になってしまえばいい。そこに俺の手垢を付けさえすれば、ほら、俺の自尊心は多少なりとも満たされてしまう。

 何でも卒なく無難にこなし、角の立たない振る舞いに徹し、表では不気味な程に無口である彼女がいきなり成績優秀者の常連という「目立つ場所」へ現れ出てきたことに、大半の生徒は驚いた。だが訝しむ者はほとんどいなかったように思う。仮に訝しまれたとしても、寡黙を貫くこいつは俺以外の誰ともまともに話をしようとしない。そして何よりこいつは、カリムとは何の関係もない。こいつを操り優秀な成績を残しているのが俺であることなど、俺の主人は勿論のこと、他の誰にも察せるはずがないんだ。
 そういう訳で俺は冬のホリデーが明けてからというもの、上質な手駒を毎日のように操った。そうして、もう冬までのテストでほぼ固まっていた成績上位者十名くらいの層に、彼女の名前を幾度となく食い込ませ、みんなを驚かせることを密かな楽しみとした。流石に一年で寮長を務めるリドルや、同じく一年でカフェの設営までやってのけるアズールを、操りの範囲で「超える」ことは叶わなかったが、それでも俺の支配に徹底的に従った彼女が、学園で五番だか七番だかくらいの順位に躍り出るのを見るのはそれなりに、いやかなり愉快だった。

「どうだ、お前を軽く操るだけでこの成績だ。なら俺自身が本気で何もかもに取り組めば、あっという間にこの学園で頂点を取れると思わないか」
「思うよ、絶対そう! ジャミルくんって本当にすごいね! でも……このままでいいの? 私がいい成績を取っても、君自身には何の得もないでしょう? もっと君のために私を使えばいいのに」
「得ならあるさ。これは……いつか俺が本気を出すことを許されるようになったときのシミュレーション、予行演習みたいなものだからな」
「予行演習、そっか。早く本番になるといいね。ジャミルくんなら一番になれるよ! ローズハートさんやアーシェングロットさんだって、きっとすぐに追い抜けるよね」

 授業の合間、放課後、夜中。人気のない場所で幾度となく繰り広げられた、そんな会話。俺が小さい頃からずっと欲しかった言葉を、二人きりのときにだけ饒舌になる彼女は、その高い声でいつでも差し出してきた。操っているときは勿論のこと、そうでないときでさえ、彼女の言葉で俺が否定されり蔑ろにされたり二番手に追いやられたりしたことは一度もなかった。
 そうした「ままごと」めいたやり取りは、虚しさや罪悪感以上の満足と幸福を俺にもたらしていた。そうだとも、それなりに楽しかった。いつか俺が一番になるんだ、彼女に宣言したことを実現してみせるんだ、という野心はこの頃から急速に膨れ上がり始めていた。俺が一番になったところを見せればこいつもきっと喜んでくれるに違いない……そう思える程度には、俺はこのときから既に彼女を信頼していた。
 お前だけは絶対に、俺を蔑ろにしたりしないよな? などという、どこぞの鈍感な主人みたいな考えに、俺はすっかりハマっていた訳なんだ。

 

『操られているときのこと、私、少しだけ覚えていられるんだよ。君に従っているときはいつも世界がほんの少し赤く染まるの。とっても綺麗で、大好きなんだ』

 

 二年生への進級を控えた夏の頃、俺は学園長に呼び出された。ああお察しの通り、カリムが寮長に推薦させられた件だ。
 学園長室でのやり取りについては、思い出すだけでも遣る瀬無くなってくるので省略したい。とにかく、うんざりするような大人の事情により、カリムが寮長、俺がその補佐として副寮長を務めることが「決まった」ということだ。
 決定権は俺にはない。おそらくカリムにさえないだろう。これは大人の事情であり、故にカリムを恨むのはお門違いだ。あいつは何も悪くない。だがカリムの罪の有無に関係なく、俺はあいつが大嫌いだった。幼い頃はあいつを近しい友人としてかけがえなく思っていた時期もあったはずなのに、度重なる大きな抑圧はそれらを忘れさせる程の毒を孕んでいて、もうどうしようもなかったのだ。主人に従い、主人を嫌い、主人に隠れて別の奴の主人になる。そうすることでしか俺はもう精神のバランスを取れなくなっていた。そして今回の件で俺はまた、一層カリムのことを嫌っていくに違いなかった。うんざりだ。もう嫌だ、もう嫌だ。そうした……とにかく遣る瀬無い気持ちのまま、俺は彼女を呼んだ。

 慌ててやって来た彼女の目を見ることなく、俺は項垂れたまま何もかもを吐き出した。俺がこの学園で本気を出せないのはアジーム家とバイパー家の関係性に由来するものであること。カリムがいる限り俺はあいつより上に行くことが許されないこと。この学園にアジーム家は巨額の寄付をしていて、それ故に奴を寮長にせざるを得なくなってしまったこと。元より奴の従者であった俺がその補佐役である副寮長になるのは最早避けようがないこと。カリムに非は何もないこと。何もないが故にあいつのことが嫌いで嫌いで仕方がないこと。そうしたことを全て話してから、俺はようやく顔を上げた。
 憐れな俺を肯定するためにやって来た、俺よりも更に憐れないきものがそこにいた。従者としてしか生きられないような俺の更に下、絶対的な支配下に置かれた可哀相な存在がそこにあった。にもかかわらずこちらを慈しむような目で真っ直ぐ見つめてくる彼女が、俺には何故だか神のように思われた。後光さえ見えた気がした。
 俺は頭を振り、慌ててそうした幻視を振り払った。憐れなこいつに憐れまれる訳にはいかないと思い直し、喉を絞るように声を出した。

「なあ、俺」

 もうあいつに何も譲りたくないんだ。そう続けるより先に、彼女はいつかのように俺の眼前へと膝を折り、俺の目をじっと見つめて口を開いたのだ。

「ジャミルくんなら絶対上手くやれるよ」
「!」
「ねえ、何がしたい? 協力するよ。何でもいいよ。いつでも君に従うよ。私にできること、あるかな?」

 操ろうとするより先に彼女の目は赤くなっていた。「従え」と命じられるより先に「従うよ」と同意してくるその有様は最早狂気じみていた。彼女の献身と隷属は俺の絶望に呼応するかのように、一気におかしくなっていた。きっともう狂っていた。そしてそんな献身と隷属に此処まで救われてしまっている俺もまた同じように、狂い始めていたのだと思う。その証拠に……この頃から俺は、彼女の生来の目が何色であったかを、もう上手く思い出すことができずにいたのだ。
 彼女の目はこの日からずっと、俺が「従え」などと命じずとも、ずっと赤色のままだった。

「ああ、一緒にしてほしいことがある。……お前じゃなきゃできないことだ」

 そんな俺が為した地獄への誘いにさえ、彼女は喜んで頷いてくれた。

 

『君に従える私のことが誇らしかったよ。君のしたいこと、なりたいもの、全部汲み取ってその通りに動ける私のこと、ずっと自慢だった! でもそれと同じくらい、君に従わなくても一緒にいられる私がいたなら、それはとても素敵なことだったろうなあって、思うんだ』

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