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<ある小石の手紙>

こんにちは、おじさん!
私もそろそろ「お嬢さん」じゃなくて「おばさん」と呼ばれてもおかしくない年齢になってしまったけれど、
同じだけの年を重ねた筈のおじさんは、いつまで経っても「おじいさん」にはなりませんね。

今年も素敵なお菓子を送ってくれてありがとうございます。本来なら毎年、お礼の手紙を差し上げるべきところだったのですが、なかなか送ることができなくて、ごめんなさい。
ミアレガレット、私も大好きなんです。カロスのお菓子は他にも、シャラサブレが有名ですよね。あれも好きなので、来年は両方、送ってくれませんか?……なんて、冗談ですよ。

おじさんはとても誠実な人だから、今年もあの子の命日にはひどく心を痛めて、人には見せられないような顔で静かに、泣くのでしょうね。
たった一度しかあの子に会えていない私は、残念ながら上手く泣くことができずにいるけれど、それでもやはり、知っている人がいなくなるというのは悲しいものです。
そして貴方やマリーの悲しみを思う度、私は更に悲しくなります。
……貴方が送ってくださるミアレガレットやシャラサブレが少しだけしょっぱいのは、もしかしたら、そういう理由なのかしら?

アローラにやって来た「宝石」のこと。眩しいストロベリーブロンドと、透き通るソプラノボイスを持った女の子のこと。
たった一度しか会えなかったけれど、私はとてもよく覚えているつもりです。
とても美しい少女でした。その輝きに似合わない臆病を有した女の子でした。
私は貴方に頼まれる形で、渋々、アローラを案内していたという感じだったから、もしかしたらあの宝石は、私にいい感情を抱いていないかもしれませんね。

おじさんに「ポケリフレというものについて詳しく教えてほしい」と頼まれたときも、私は「いいですよ」と了承こそしたものの、決していい笑顔ではなかったと思います。
なんて不愛想な子だろうって、おじさんとあの子は不快な気持ちになっていたかもしれませんね。
でも、渋々ではあったけれど、貴方にポケリフレについて教えることができてよかった!
カロスに元からあった「ポケパルレ」との融合、発展。その一助にあの頃の至らない私がなれていたのだという事実は、今も変わらず私の誇りです。
だからこそ、貴方とあの子に不愛想な態度を取ってしまったことだけが、心残りです。

私は、素敵な友人を大好きになろうとして失敗してしまったことがあります。大切な存在を手酷く傷付けてしまったことがあります。
私を大切だとしてくれる大勢の人に、狡い裏切りを示してしまったことだってあります。
卑怯なところへ逃げてばかりで、隠れてばかりで、挙句の果てに生きていたくないなんて、思ったことだって、あるんです。

故にそうした挫折を経験してから数年間の私は、「私よりも輝いていて愛されていて、代わりなど利かないような存在」と向き合うことを、避けようとしていたのだと、思います。
そういった理由で、あの時の私は、その恐怖を裏返すかのように不機嫌な態度で貴方達を案内してしまったんです。
近付かないで、私の役を奪わないで、なんて、馬鹿なことを考えていたんです。私が誰かを傷付けるとき、いつだって悪いのは私なんです。ごめんなさい。

それでも私は、あの子に出会わなければよかったとは思いません。あの子との一度きりの出会いが、私に、新しい出会いを運んできてくれたからです。
マリーの、友人になることができたからです。

あの「宝石」よりもずっと幼い感じの女性が、この広いアローラの大地で私を「見つけてくれた」日のことを、私は今でもはっきりと思い出すことができます。
そのとき私は14歳でした。カロスの宝石と出会ってから、3年の時が経過していました。
生きていればもうすぐ20歳になっていたであろう宝石の代わりに、深い海の目をした小柄な女性が、宝石と同い年の女性が私の前に現れたんです。
その女性、マリーの口から、あの宝石が既に死んでしまったことを伝え聞いたとき、私は不謹慎ですがこう思ったんです。
もしかしたら、あの宝石がマリーと私を会わせてくれたのかもしれない、って。

初めて会った筈なのに、マリーは私のことを何でも知っていました。
黒蜜プリンやお蕎麦を好きなことも、輝いている存在に対してひどい劣等感を抱いていたことも、アシレーヌとカミツルギを常に連れ歩いていることも、
マラサダをどうしても食べることができずにいたことも、排斥されることに尋常でない恐怖を抱いていたことも、生きるって悲しいことなのだと、思っていたことも。

まだ子供だった当時の私には、彼女がどうしてそんなにも私のことを知っているのか、どうやって知り得たのか、まるで解っていませんでした。
けれど、こんな私のことを知ってくれている人がいるのだと、そのことに私は随分と舞い上がってしまって、私のおかしなところを理解してくれていることがとても嬉しくて、
私の方から「友達になって」と、5つも年上であった彼女にそう言ってしまいました。

このお姉さんにとって、どういう訳だか解らないけれど、私という存在が、唯一無二の、かけがえのないものであるのだと、そういうことを私は殆ど直感で感じ取っていました。
この人になら、私は劣等感を抱かずに済みそうだと思ったんです。私はこの人に傷付けられることなどきっとないし、この人を傷付けることもないだろうと、思えたんです。
当時の幼く拙かった私にとって、マリーという不思議な存在は実に、その……都合が良かったんです。だから「友達」を求めました。マリーは、快く受け入れてくれました。

そうした、邪心にまみれた私の言葉から始まったおかしな関係が、けれども更におかしなことに、もう20年以上も続いています。

マリーは聡明です。真面目です。絵を描いたり文章を書いたりするのが好きです。よく歌っている歌があります。4拍子の緩やかな、少し悲しい歌です。
甘いものが好きです。辛いものも好きです。黒蜜プリンを好きだと言ってくれたときは本当に、嬉しかった。
マリーは私を大切にしてくれています。私もマリーのことが大切です。私にとってマリーは唯一無二の親友です。
……ふふ、でもそんなこと、マリーには絶対に言いません。これからもいいお友達でいさせてね、と笑うだけです。
マリーの親友は、亡くなってしまったカロスの宝石、ただ一人だけだからです。マリーの中では、そういうことにしておいてあげたいんです。

大人になった私とマリーは、たまに二人でお酒を飲むことがあります。
マリーは酔ってしまうと口が軽くなるところがあるらしく、普段は話してくれないようなことも沢山、私に聞かせてくれます。

「マリーっていう名前は、貴方が付けてくれたものなんだよ」

この間なんか、すっかりとろけてしまった顔で、ふにゃりと微笑みながらそんなことを言うんです。
とても嬉しそうに、ありがとうと告げるんです。

マリーはたまに、私とは別のところを生きているような、私とは別の世界を見ているような、そうした内容のことを口にします。
あの子の命日にも、「いいの。あの子は必ず死ぬという訳じゃないんだってこと、私は知っているから」だなんて、
まるで別の世界でのあの子が元気に生きているのだと確信しているかのような言い方を、していました。

けれどそういう私も、別の世界というものに、心当たりがない訳ではないんです。
別の世界からやって来たと思しき女性と、私は過去に出会ったことがありました。帰る場所を失った彼女は、けれども強く逞しく、懸命に生きていました。
だからそういう別の世界というものはきっとあるのだろうと、考えています。
あのカロスの「宝石」が、マリーの唯一無二の親友が、生きている世界があるのかもしれないと、本当にそう思っています。
私は、マリーの言葉を狂言だとは思いません。私は私の親友を、信じていますから。

別の世界でも、私とマリーは友人だったのかしら。別の世界ではもしかしたら、マリーのことを本当の名前で呼ぶことが許されているのかしら。
そんな「もう一人の私」に思いを馳せること、「もう一人の私」の幸せを気紛れに願ってみたりすること、私、嫌いじゃないんです。
でも今ここで、マリーの友人になれている私を、一番、大好きになることだってできています。私は今ここにいる私を、最も誇りに思っています。
だから、別の世界の私を、もしかしたら今ここにいる私よりもずっと楽しく生きているかもしれない私を、羨ましく思ったりしませんよ。

だからおじさん、貴方も誇ってください。難しいかもしれないけれど、他の世界に生きているどんなおじさんよりも、強く、強く、あの子を愛してください。
あの子の愛の形を、受け入れてあげてください。貴方に残されているあと1年の間で、あの子のこと、今までよりもずっとずっと、大好きになってください。
……なんて、そんなこと、私がわざわざ祈らずとも、貴方は既にできているのかもしれないけれど。「何を今更」って、今もこの手紙を読みながら笑っているのかもしれないけれど。

お土産に、私の大好きなマラサダを贈りたいけれど、あれはきっと温かい方が美味しいでしょうから、また、揚げたてを食べにいらしてください。
……と、一般的な食べ方をオススメしておきますが、おかしな私のおかしな嗜好を書かせていただけるなら、
私はこれを冷凍庫に1時間くらい放り込んで、半ば凍ったアイスのようにして食べるのが一番、好きです。
以前は揚げたてのマラサダ、全く食べられなかったのですが、こうすると食べられるようになったんです。

実はこの食べ方も、マリーに教えてもらったんですよ。
「貴方は冷凍庫で1時間くらいマラサダを冷やせば、きっとそのお菓子のことが大好きになれる筈だよ」なんて、やっぱり別の世界の私を見てきたかのように、言うんです。
最初こそ、今ここにいる私よりもずっとマリーと仲良くしていたと思しき、別の世界の私のことを考えると少し、複雑でしたけれど、今ではそんなことも全くありません。
今ここにいる私にしか重ね得ることのできない時間を、私はマリーと、きっと別の世界の私の何倍も、重ねてきたからです。
今ここにいるマリーの代わりも、今ここにいる私の代わりも、いないからです。誰にも、替えなど利く筈がないからです。

大切な友人に出会わせてくれたあの子と貴方に、心からの感謝の気持ちを込めて、送ります。


From M
※金色のリボンで飾られたこの白い便箋は、349通目の手紙と共に、カフェの入り口に貼り付けられている
2017.7.1
<あと1年>

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