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「この子はメガニウムっていうのよ。昔はもっと小さなチコリータっていうポケモンだったんだけど、3年前と1年前に進化をしてこの姿になったの」

「シンカ……?」

「成長することよ。私達だって身長や体重が増えたり、新しいことを覚えて賢くなったりするでしょう?ポケモンも同じように、大きく強く賢くなるの」

大きな黄緑色のポケモンを紹介しつつ、クリスは得意気に微笑みました。
この一人と一匹は、町の至るところに出来ている木の影の下で、夏の匂いのする風を肌に浴びながら、ゆったりとくつろぐことを日課としているようでした。
彼女はまた何か説明をしようと口を開きかけたのですが、ややあってから首を振り、あなたに確認を乞うように笑いかけました。

「もうすぐこの町の子供達がラジオ体操にやって来るの。皆、ポケモンを連れているから、きっといろんな話をしてくれると思うよ」

彼女がそう言い終えるや否や、公園の入り口に一人の男性が現れました。
彼はどう見ても「子供」ではなさそうでしたが、ラジオを手に提げているところからして、きっと彼が、ラジオ体操のために毎日ここを訪れているという、学校の先生なのでしょう。
あなたは彼と彼女を見比べて「もしかしてお兄さんですか?」と尋ねました。彼の髪の色はクリスと同じ、目の覚めるような美しい空色だったからです。
クリスはあなたの言葉を受けてとても楽しそうに笑い「そうよ、あの人は私のお兄さんなの!」と頷きました。

「おやおや、嘘は感心しませんね。私は貴方のような妹を持った覚えはありませんよ」

「あら酷い!そんな悲しいこと言わないでくださいよ、アポロさん」

彼が連れているポケモンは、ドーペルマンに似た犬の姿をしていました。
ふっとそのポケモンが吐いた息は、あまりの高熱に揺らめいていていて、あなたは思わず声を上げてしまいました。
アポロ、と呼ばれた男性はその声に反応するようにあなたへと視線を移し、穏やかに微笑みつつ「見ない顔ですね。名前は?」と、あなたのことを尋ねてきました。

「初めまして、セラといいます。この町のカフェで昨日からお世話になっています」

「夏休みの間、ずっと此処にいるんですって。素敵でしょう?」

「おや、あのマスターに親戚などいたのですね。あの人は変わり者だから、そうした縁などとっくの昔に絶っているものとばかり思っていたのですが」

彼はそう呟きながら、小さなトートバッグから折り畳み式のカードを取り出して、あなたに渡してくれました。
あなたがそれを受け取って開くと、中には向日葵に似たポケモンの絵と、8月のカレンダーが描かれていました。
ラジオ体操カードだ、とあなたが思うのと、アポロがそのカードの説明をしてくれるのとが同時でした。

「私の勤める小学校で配っているものです。貴方も8月の間、ずっとこの町にいるのでしたら、ラジオ体操に参加してみてください。
子供達もやって来ますから、きっと楽しいと思いますよ。この町の子供達は、……一部を除いて、早起きですから」

その「一部」の子供達のことを思い出したらしく、彼は苦い顔をしました。
クリスは笑いながら「最近、天体観測が子供達の間で流行っていますから」と、おそらくは寝坊する子供達へのフォローであるような言葉をそっと告げました。
あなたがカードを握り締めてお礼を言うと、アポロは涼しげなテノールボイスで「どういたしまして」と告げました。
子供であるあなたにも丁寧な言葉で接してくれるこの先生を、あなたは好ましく思いました。

「あ、先生だ!おはよう!」

「おはようございます、アポロ先生!」

そうこうしているうちに、子供達が一人、また一人と公園にやって来ました。どの子の腕にもポケモンが抱かれていて、あなたはそのことにとても驚きました。
あなたよりもずっと年下の子供も、あなたよりも少し年上と思しき子供も、誰もがその肩に、腕に、足元に、頭上に、ポケモンを連れているという状態でした。
一生、見ることの叶わないと思っていた存在が、こんなにも沢山いて、こんなにも多くの人と楽しそうに生きている。
その事実を噛み締めるように、あなたは何度も強く瞬きをしました。
嬉しかったのです。
腕の中のタマゴが孵れば、あなたも彼等の一員になれるのだと、そうしたことを想像して、もう、居ても立っても居られなくなりそうだったのです。

子供達はあなたの姿と、その腕に抱かれているタマゴを見つけると、わっと歓声を上げて駆け寄ってきました。
名前は?何年生?何処から来たの?何処で暮らしているの?いつまでいるの?そのタマゴはどこで見つけたの?いつ孵るの?
矢継ぎ早に質問を浴びせられ、あなたは少々混乱してしまいました。
返答に窮しているあなたを庇うようにしてクリスが前に出て、困ったように笑いながら子供達を窘めました。

「こらこら、そんなに一度に話しかけちゃ、セラちゃん、困ってしまうでしょう?それにそろそろラジオ体操が始まるわ。ちゃんと参加しないと、スタンプを貰えないわよ」

子供達は不満を零しながらも、クリスの言葉をしっかりと聞き、あなたの周りからすっと離れていきました。
まるで予め指示されていたかのように、ラジオ体操を行える程度の等間隔の並びを作るため、彼等は公園いっぱいに散らばりました。勿論、ポケモンと一緒にです。
あなたは腕の中に抱えたタマゴをどうしようかと悩んでいましたが、クリスがそのタマゴを引き取ってくれました。
慣れた手つきでそれを抱えて、あなたに「皆と一緒に体操をしていらっしゃい」と告げてくれたのでした。

クリスさんは体操、しなくていいの?」

「え?……ふふ、ありがとう。でも大丈夫よ、私の分の体操カードはもうないから」

彼女はそう告げてひらひらと手を振り、あなたを子供達の列の中へと送り出しました。
あなたが何処へ入ろうかと迷っていると、聞き覚えのある声があなたの名前を呼びました。

セラ、こっちにおいでよ!」

昨夜、あなたに声を掛けてきた二人組でした。あなたは安心した心地でそちらへと駆け寄りました。
夜色の髪の女の子の足元にはペンギンのようなポケモンが、つぶらな目をした男の子の足元にはオレンジ色の猿のようなポケモンがいて、じっとあなたを見上げていました。
女の子が「可愛い帽子だね」と貴方の被っていたものを褒めてくれたので、あなたは嬉しくなって、誇らしくなって、少しだけ顔を赤くしました。

「私はヒカリ。こっちはポッチャマ。泳ぎがとっても上手なんだよ。私は小学4年生だけど、セラはきっと私達よりも年上だよね」

「うん、私は6年生なの。君も4年生?」

「そうだよ、コウキっていうんだ。この子はぼくのヒコザル。珍しいでしょう?」

得意気にそう告げてくれたので、あなたは「そうだね、とってもかっこいい!」と口にしました。
「珍しい」のは何もそのヒコザルというポケモンに限った話ではなく、あなたにとっては先程のメガニウムも、女の子のポッチャマも、等しく「珍しい」存在であったのですが、
それを敢えて口にして、男の子の笑顔を陰らせたくなかったものですから、彼等よりも少しだけ年上であったあなたは、少しだけ年上らしく振る舞うことを選んだのでした。

ラジオ体操から、あなたにも覚えのある音楽が流れてきました。
9月、運動会の練習をしているときに、飽きる程に聞いたラジオ体操の音楽でした。
体操のやり方をあなたは既に知っていたのですが、赤と白の体育帽ではなく、麦わら帽子を被って行うラジオ体操は初めてでした。
こんなにも沢山のポケモンに囲まれて行うラジオ体操も、初めてのことでした。

「正面で胸逸らし」という男性の声に合わせて、あなたは夏の空をぐいと見上げました。
昨日の暴力的な色彩の入道雲こそありませんでしたが、やはりその青空は、あなたの住み慣れた都会のそれとは何かが決定的に違っているのでした。
この町には、空を遮るビルがありません。空が青いのは、どこまでも高いのは、もしかしたらそのせいであったのかもしれないと、あなたは少しだけ思ったのでした。

深呼吸を終えて、音楽がぴたりと止むや否や、子供達は一斉にアポロの元へと駆け出しました。言うまでもなく、ラジオ体操のスタンプを押してもらうためです。
ヒカリとコウキも我先にと駆け出しました。出遅れたあなたは焦って、慌てて地面を蹴って走り始めたのですが、彼等との差は開く一方でした。
彼等の走るスピードのなんて速いこと!2つも学年が下である筈の彼等にまで遅れを取ってしまったことに、あなたは少しショックを受けていました。

「ほら、頑張れ!」

すると、あなたの手がぐいと掴まれました。大きなリボンのついた白い帽子を被った女の子が、あなたの手を引いてぐいと速度を増したのです。
四人、五人と、その子は子供達を次々に追い抜いていきました。ヒカリとコウキのこともあっという間に抜いてしまいました。
茶色の短いツインテールと、その肩にしがみついた黄緑色のポケモンの生やした葉っぱが、ぴょんぴょんと愉快なリズムで共振していました。
あなたはまるで風になったかのような心地で、あなたを導いてくれているその背中を、息を飲みつつ見つめるばかりでした。

流石に一番乗りとはいかなかったものの、その女の子のおかげであなたは列の前の方に並ぶことができました。
あなたが弾んだ息を整えていると、その子はくるりと振り返って、首を傾げつつ得意気にピースサインをしました。

「どう?凄いでしょう!」

2017.8.2

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