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生まれてきたイーブイへの祝福の言葉を終え、皆は花火を再開しました。
あなたにとっても今日の花火は初めてのものでしたが、イーブイにとっても花火を見るのは初めてのことです。
あなたは比較的小さな花火を手に取って、火を付けました。パチ、パチと弾け始めた花火に、イーブイはキャッキャと歓声を上げつつ、その大きな瞳に綺麗な光を映していました。

初めて見るものに喜んでくれることが嬉しくて、あなたは続けざまに何本も、違う種類の花火を手に取りました。
「綺麗」をこんなにも近くで共有できること、その相手が他でもない、あなたの腕の中にいるイーブイであること。その二つがあなたをこの上なく高揚させていました。
いつの間にかあなたは、花火に対する「悲しさ」「難しさ」を、すっかり忘れてしまっていました。

サターンの声掛けにより、皆に線香花火が配られました。
あなたも蝋燭にそれを少しだけかざしてから、オレンジ色の火の玉を静かに見守りました。イーブイも動いたり鳴いたりすることをせず、じっとその小さな光を見つめていました。
パチ、パチ、と、とても控え目な音で弾けたそのオレンジ色は、まるで本物の花のようでした。
あっという間に咲いて、あっという間に夜に飲み込まれてしまう、1秒にも満たない僅かな「開花」を、誰もが静かに見ていました。
開花を終えた線香花火は、雨のように細い糸を地面に優しく降らせ、やがて火花をぽつんと落とし、完全に沈黙してしまいました。

「あーあ、終わっちゃった。残念」

「でも、綺麗だったね!」

「またやろうよ、今度はミツルやジュンも誘わなきゃ!」

子供達が口々にそう言います。あなたも心から「綺麗だった」と思うことができていました。
イーブイに「楽しかった?」と尋ねれば、やはり同意するように甲高い返事をくれるのでした。

そうしてあなたは公園でユウキと、民宿の前でアカギやサターンと、カフェの前でヒカリやコウキと「おやすみなさい」の挨拶をして、カフェへと入りました。
お姉ちゃんが靴を脱ぎながら、「クリス、ついでにお風呂に入っていく?」と尋ねましたが、クリスは困ったように笑いながら「ううん、大丈夫」と断りました。
そしてあなたの方へと向き直り、イーブイの頭を撫でて、あなたが忘れかけていた、この町の人特有の「悲しい笑顔」をして、
「いいなあ、君は明日も明後日も、セラちゃんと一緒にいられるんだね」と、彼女らしくない静かな声音で、告げました。

「……クリスさんとだって、明日も明後日も会えるでしょう?それとも、町を出て何処かへ行ってしまうの?」

「ううん、そんなことないよ。でも私はもう十分、セラちゃんと一緒にいられたんだもの。今日一日ずっと、セラちゃんを独り占めしていたんだもの。
とても楽しかったわ。だからこれ以上、欲張っちゃいけない。そうでしょう?」

そうだろうか、とあなたは疑問に思いました。
一緒にいて楽しい相手と、明日も明後日も一緒にいたいと思うことは、そんなにも強欲で、許されないことなのでしょうか。
あなたにはそうは思えませんでした。それは仲良くなりたい相手に示す、当然の情であり願いであると考えていました。
けれどもあなたよりも年上で、あなたよりもずっと賢いクリスがそのように言うのですから、もしかしたら、そうなのかもしれないと思ってしまいました。

セラちゃん、貴方が私を庇ってくれて、私のところへ来てくれて、本当に嬉しかった!まるでお友達になったみたいだった!」

「!」

あなたはその言葉に少なからずショックを受けました。この優しいお姉さんのことを、あなたは既に「友達」のように思ってしまっていたからです。
もう既に、あなたの中ではクリスと友人関係にあることを、当然のこととして認識してしまっていたからです。

あなたは俯いて、ごめんなさいと告げました。クリスは慌てたように、どうしたの?と尋ねました。
私はもうあなたのことを友達のように思ってしまっていたから、とあなたがありのままを告げれば、彼女は暫くの沈黙の後で、ありがとうと告げて笑ってくれました。

「私もそうだよ。セラちゃんのことが大好き。でもだからこそ、私ばかりがこんなにも素敵な子を独り占めしちゃいけないって、思っているの」

「……」

セラちゃんは今日一日でいろんな人に出会ったでしょう?その中で気になる人、もっと仲良くなりたいなって思った人、いたでしょう?
誰と仲良くなりたいか、誰とこの夏を過ごしたいか、それはセラちゃんが決めていいんだよ。だってこれはセラちゃんの夏休みなんだもの!」

あなたはあなた自身のことを殊更に嫌っている訳ではありませんでしたが、そんな風に「素敵」と称されるような人間ではないと自負していたため、
それはクリスの多大な買い被りではないかしら、と少しだけ訝しく思いました。
けれどもクリスは「いつもの調子」で、あなたが「素敵」な人であるということを、あなたの理解の範疇を超えた、もっとずっと遠いところで確信しているようでした。

「……もし何もすることがなくなったら、その時は私のところにおいで。私は早朝の公園で本を読むのが日課なの」

「いいの?私がそこにいて、邪魔じゃない?」

「勿論!私はセラちゃんが来ても来なくても、メガニウムの背中で本を読んでいるだけだから。でも貴方が来てくれると私はとても、嬉しいわ」

そうして、クリスはカフェの扉を開きました。
あなたに向かって手を振る彼女に、あなたは「ありがとう」と「また明日」を告げました。
彼女は驚いたようにその空色を見開いてから、少しだけ頬を赤らめて「そうだね、また明日!」と笑ってくれたのでした。

あなたはイーブイと一緒にお風呂に入り、大きな音のするドライヤーであなたの髪とイーブイの毛を乾かし、眠い目を擦りつつ歯を磨いてから、2階へと続く階段を上がりました。
自室に戻ると、時計の針は既に10時を示していて、今日一日歩き回った疲労感が、どっとあなたの肩に圧し掛かってきました。
ベッドに勢いよく飛び込めば、きっとすぐにでも眠れてしまえたでしょう。けれどもまだ眠るには少し、早かったようです。

セラ、ちょっといい?」

ノックの音と共に聞こえてきたその言葉に、あなたはくるりと振り返って扉を開けました。
お姉ちゃんは何か面白いことを思い付いたような、とても楽しそうな笑顔で、「セラにお願いしたいことがあるの」と切り出しました。

「私、貴方の話が聞きたいわ」

「……私の話?」

「そう。毎晩、貴方が眠る前の20分だけでいいの。今日一日あったことを、私に聞かせてくれないかしら?
私はほら、出不精だし、ずっとこの町にいた人間だから、外から来たセラがこの町での暮らしをどんな風に楽しむのか、とても興味があるの」

あなたは特に自分の話をすることに抵抗がある人間ではなく、加えてあなたはとても眠かったものですから、
お姉ちゃんの頼みに了承の意を告げてから「でも、今日はもう眠ってもいい?」とだけ、逆に懇願する形となってしまいました。
彼女は苦笑しながら、「そうだよね、疲れたよね」と言ってあなたの肩を抱き、ベッドへと誘導してくれました。

「おやすみなさい、セラ

まるで姉ではなく、母であるかのようにそう告げて、お姉ちゃんは部屋の明かりを落としてから静かに部屋を出て行きました。
イーブイと一緒に布団の中へと入れば、瞬く間に小さな寝息が聞こえ始めました。
ポケモンの寝付きってこんなにもいいものなのかしら、と、あなたは一瞬だけ眠気を忘れてクスクスと笑いました。

 
『誰と仲良くなりたいか、誰とこの夏を過ごしたいか、それはセラちゃんが決めていいんだよ。だってこれはセラちゃんの夏休みなんだもの!』
 

あなたはクリスの言葉を思い出しました。
布団を深く被って、眠気に緩む意識の中で、明日からどんな夏休みを過ごそうかと、ぼんやりと考えてみました。

ヒビキとコトネの家に向かって、ヒビキがお花の水遣りをするのを手伝ったり、コトネやシルバーと一緒に外を走り回ったりしてもいいかもしれません。
トウヤにトウコにNは、明日もラジオ体操に遅刻してくるのでしょうか。公園に行けば彼等に会える筈です。イーブイを見せると、喜んでくれるかもしれません。
ユウキやヒカリやコウキと一緒に山を登って天体観測をしたり、石のお兄さんと一緒に暮らしているという、トキさんの家に行ってみたりするのも楽しそうです。
キョウヘイはポケモンのことに夢中なようでしたが、まだあなたは彼のことをよく知りません。ポケモントレーナーになったあなたを見て、彼は態度を変えるのでしょうか。
カルムは少し冷たい雰囲気を持った男の子であるように思われました。あなたを嫌っている訳ではなさそうですが、彼のこともまだあなたは殆ど、知りません。
ミヅキは離島に住んでいるようですが、頻繁にこちらにも顔を出しているようです。きっとザオボーのいる民宿へと向かえば、おのずと彼女の話も聞くことができるでしょう。

……そういえば、あなたが初めて見たポケモン、ピカチュウを連れたあの男の子は何処へ行ったのでしょう。
あなたはピカチュウを連れた赤い帽子の男の子のことを、物知りなクリスに尋ねてもいいかもしれません。

あなたは、あなたが想像しているよりもずっと多くの「可能性」を持っています。あなたの前には、あなたが見えているよりもずっと多くの「道」が伸びています。
あなたの選択、あなたの行動、あなたの言葉、あなたの想い、それらがこの夏をどのように彩り、あなた自身をどのように変えていくのか、それは誰にも解りません。
けれども、あなたがどんな夏休みを過ごすことになったとしても、あなたにはイーブイがいます。その不思議な生き物は、いつだってあなたと一緒にいてくれることでしょう。

これはあなたの、あなただけの夏休み。魂の双子と過ごす、暑く眩しい夏の物語です。

2017.8.25

Thank you for reading their story !

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