Afterword

「冠が土に還るまで」の大修正がようやく完了いたしました。7万字、全19話という、美しい素数での完結と相成りました。
4年前の旧版はあまりにも粗のあり過ぎる連載であり、今回の変更に際して、書き直した表現、削除した台詞などが膨大になってしまったため、
もうこれは修正とは名ばかりの「ストーリーの本筋を引き継いだ、別の連載」とした方がいいのではないかしら、などと考えたりもしてしまいました。

倉庫化・新連載のストップにあたり、書き直したい連載は数多くあったのですが、この「冠が土に還るまで」については、
・魔法学校パロシリーズを是非残してほしい、というお声を数多く頂いていた
・魔法学校パロの中で、最も「話数の少なく」「解決すべき主人公の課題が少なく」「示すべき伏線の数が少ない」のがこの連載であった
・2か月の無執筆期間を経て、リハビリとして修正に着手するにあたり、私が最も「書きやすい」と思ったのがトウコとNの関係性であった
という3つの理由を鑑みて、一番初めに加筆修正を行うに至りました。

別の連載、などと随分大きなことを言いましたが、本筋の変更はやはり殆どありません。
周りに幻滅されることを恐れる、その実とても臆病な女の子が、ポケモンやNと出会い、そのままの自分であることを覚えていく物語です。
以下、いつものように連載のことを色々と書き連ねております。当然のようにネタバレを含みますので、未読の方はそっとお戻りくださいね。


1、トウコの変化
ほら、見なさい。これが私よ!【18話】

彼女がこのように胸を張って宣言できる相手は、彼女がホグワーツに入学してから徐々に増えていきました。
まず初めに、トウコの腕の中を選んで生まれてきた最愛のパートナー、ミジュマル。
そして次に、出会い頭に「可哀想に」などという無礼極まりない言葉を投げてきた、人を疑うことを知らない、純朴を極めすぎた青年、N。

この二者との出会いを通じて、ありのままでいられることの喜びを覚えたトウコは、そのありのままにの姿を他の人物にも開示していきます。
たとえばそれは、ずっと彼女を育ててくれた母であり、また彼女がスリザリンを嫌っていたことをずっと見守っていた図書館長のウツギ先生であり、
またあるいはそれは、そのウツギ先生によって招かれた先にいた、一癖も二癖もありそうな「図書館組」のメンバーであり、
……そうした多くの人への「トウコ自身」の開示を経て、彼女は少しずつ、ホグワーツでの生活を楽しむことができ始めていました。

けれども3年生になった始業式の日、彼女はゼクロムに出会います。
それはでは「優秀なスリザリン生で、グリフィンドールの男子生徒といつも一緒にいる変わり者」程度の知名度であった筈の彼女が、
けれども多大取り、ゼクロムの傍に歩み寄ることを許されてしまった(本作ではこれを「招かれた」と表現しています)ことにより、
その名前、所属、成績、評判が「ゼクロムに招かれた存在」という大層な装飾付きで、ホグワーツ中に知れ渡ることとなってしまいました。

あまりにも多くの人物からの視線を一身に受け、彼女は混乱と恐怖に飲まれます。
「幻滅されたくない」「皆が勝手に貼り付ける装飾と、本来の私、この2つの乖離にがっかりされることは耐えられない」
けれどもそうした彼女の、もっともなように思われた訴えは聞き届けられませんでした。
ダークストーンを拒んだ理由こそ少し違いましたが、大人により大きすぎる力を持たされてしまうという運命については、
「モノクロステップ」「マリオネットの逃飛行」「冠が土に還るまで」「カノンの翻訳番外"The Diary"」という、
トウコとNの物語として描いた全ての世界で共通しています。
……というよりも、この「大人の都合により大きすぎる力を押し付けられる」という運命抜きに、トウコとNの関係は語れないような気がしています。

この運命こそが、トウコとNが互いを「片割れ」とする理由であり、
彼女が嫌い疎んだその運命によって、皮肉にも彼女は、彼女らしく在るための自信と勇気を得るに至っています。

さて、30cmのゼクロムを連れ歩くようになってからの彼女は、やはり周りからの視線や声に怯えることとなるのですが、
ここで彼女に手を差し伸べる相手こそ、彼女が彼女自身の勇気をもって築き上げてきたそれまでの人間関係であったりします。
16話だけ見ると、クリスさんが気紛れにトウコへと話しかけたように見えるかもしれませんが、この不思議な女性との縁もまた、
トウコが朝の図書館の中に飛び込み、勇気をもってありのままの自分を開示しなければ得られなかったものでした。
クリスさんはそうした彼女の勇気を祝福する形で、彼女を外出に誘い、彼女のその憂いを取り払うために言葉を尽くしたのです。

ほら、見なさい。これが私よ!

誰に対しても臆することなくそう胸を張れるようになった彼女は、許される側ではなく「許す側」として、後輩であるシアをホグワーツに招きます。
本編「空を飛べない」ではいつもの「トウコ先輩」が既に完成されていて、豪胆かつ粗暴にシアを導くこととなるのですが、
それまでの流れを、トウコを主人公とした物語「冠が土に還るまで」として書くことが叶い、個人的にはとても満足しています。


2、Nとの対比
トウコを書くにおいて、何がどうあっても外すことの叶わない存在、それがNです。
原作での運命性も相まって、どうしても私はBW女性主人公のお相手を、N以外に据えて書くことができそうにありません。

本作の修正に当たっては特に、Nとトウコの境遇や思考、その信念に至るまで、悉く「同一」もしくは「背中合わせ」にあるように、
いつでもどこでも二人がひとつの形を取るように、と、強く意識して言葉を並べていたような気がします。

「ボクはトモダチの視点から、キミはヒトの視点から。ボク達の夢が叶えば、きっと世界は大きく変わるよ」【6話】

「ボクにできるのは、トモダチに「招かれたキミ」を「招かれたボクとキミ」にすることだけだ」【12話】

ああ、もしかして、貴方のような人を「片割れ」と呼ぶのではなかったか。
レシラムにとっての片割れがゼクロムであるように、私にとっての片割れがいるとすれば、それは間違いなく、貴方なのではなかったか。
【14話】

「どうしてポケモンはヒトと共に在ることに喜びを見出すのか」Nはそれを知るためにこのホグワーツで学び続けている。
「どうして私達にはポケモンの声が聞こえないのか」私はNの願いを叶えるためにそれを明らかにしようとしている。
【19話】

Nは、私の「人の心を読める」という力を、私にとっては当然の能力を、素晴らしい魔法であるように羨む。
私は、Nの「ポケモンの心を読める」という力を、Nにとっては当然の能力を、素晴らしい魔法であるように羨む。
なんておかしな二人なのだろうと思った。私達はつまるところ、どう足掻いても二人でしか一つの形を取ることが許されないのだった。
【19話】

ポケットモンスターという世界の魅力、それはポケモンという絶対的な存在にあると思っています。
ポケモンは、……何故かはよく解らないけれども人間のことが大好きで、「人間と一緒にいられてとても嬉しい!」という気持ちでいっぱいで、
そうした無条件の信頼、絶対的な愛情というものが、ポケモントレーナーになったばかりの子供達に与える勇気は計り知れないものがある、と考えています。
変わらないもの、揺らがないもの、そうしたものがポケモンの世界では「ポケモントレーナー」になれば必ず、子供達の元にやって来る。
その優しすぎる世界に生きる、優しすぎる彼等のことを書きたくて、書きたくて、書き続けていたくて、……そうして今年で、8年目になります。

けれどもこのトウコとNの場合、そうした絶対的な存在を、
言葉の通じない(Nの場合は通じていますが)ポケモンだけでなく、同じ言葉を操る「人」に対しても得ることができています。
「何があっても、貴方だけは私を裏切らないし、何があっても、私だけは貴方から離れない」
無条件の信頼、絶対的な愛情、ポケモンとトレーナーが結んで然るべき特別な絆。それがこのトウコとNの間にはあります。
運命的な巡り合わせで出会った二人は、大人達の都合により過酷な道を歩かされていた彼女と彼は、
けれども最終的に、どの人物よりも、どの主人公よりも、安定した勇気と自信を手に入れるに至っているのです。

トウコの本質はとても臆病なところにあり、それを彼女自身も認めています。
にもかかわらず、同じく「臆病」を代名詞とするシェリーとは比較にならばい程に豪胆かつ粗暴、そして勇敢に振る舞えているのは、
彼女が、彼女だけが、ポケットモンスターの世界でポケモントレーナーが手にする「勇気」を、人の倍、備えているからにほかなりません。
そうした「特別」な関係を強調するための言葉は、やはりリズミカルで、印象的で、特別なものでなければいけないな……という謎の拘りのもと、
上に引用したような文章、台詞は、特に気合を入れて書きました。

Nとトウコの物語が、先程も記したようにこのサイトには今日時点で4本あります。
どうしてこんなに同じ二人の物語ばかり書いたんだ、と言われてしまいそうですが、やはり原作における主人公とNの運命性には、
何度でも「書きたい」と思わせる、特別な引力のようなものがあるような気がしています。
そういう訳ですから、もしかしたら今後もどんどん増えていく……かもしれませんね。


3、ウツギ先生
歴代のポケモン博士の中で、彼、一番好きです。結婚して子供もいる、最高に素敵でクールなポケモン博士。
「ポケモンはタマゴから生まれる存在である」「ピカチュウは進化したポケモンである」という大発見をした、
今のポケモンというゲームシステムにも、ポケモンという生態を紐解くにおいても、欠かせない存在であると思っています。
金銀クリスタルを幼少期に遊び尽くした私にとって、ゲームやアニメでの彼は「ああ、研究者ってかっこいい!」と心から思える、憧れの存在でした。
図書館長、かつ秘密の中庭の管理者、そしてクリスさんの力を最も高く買っている人物、として、この魔法学校パロシリーズでは活躍してもらっています。
ウツギ博士もクリスさんもジョウト地方の人間なので、二人の間に特別な信頼関係があることに関しては、特に違和感のない設定だったのではないかなと思っています。

ただ、10年後にHGSSで彼にお会いしたとき、「あれ、この博士ってちょっとだけ策士……?」と思ってしまいました。
歴代の博士はオーキド博士やオダマキ博士やナナカマド博士のように、主人公の旅路を「見守る」という立ち位置でした。
ポケモンを主人公に託し、ポケモン図鑑を提供し、その地方への旅に送り出す。それ以上のことを彼等はしていなかったように思います。
そして、それこそが彼等ポケモン博士の立ち位置であるように考えています(プラターヌ博士は少し引っ込み過ぎな気もしましたが……)。
例外としてアララギ博士は娘も父も揃って、主人公に伝説のポケモンが宿る石を押し付けてきましたが、
この二人はなんというか、その、とても分かりやすいですよね。
あからさまに、強引に、大きな力を押し付けてきましたよね。

その「大きな力の提供」を、もっとスマートかつクールに、巧妙にやってのけたのがこのウツギ博士です。

HGSSでは、主人公を伝説のポケモンに引き合わせるための相手として、エンジュシティの「まいこさん」がいましたよね。
そのまいこさんからポケモン(トゲピー)のタマゴを受け取るように指示したのがウツギ博士です。
ウツギ博士はワカバタウンで主人公におつかいを頼んだあのときから、具体的には主人公にポケモンを「連れ歩く」ことを提案したあの瞬間から、
「さあ、この若いダイヤモンドの原石に、どんな素晴らしい体験をさせてあげようか」と、ずっとずっと画策していたような、そんな気がしたのです。
伝説のポケモンに出会うための「誘導」を、自らの手ではなくまいこさんの手を介して巧妙に行った彼ですが、
主人公がルギアないしホウオウに出会い、ワカバタウンに戻ってきたときに、このようなニュアンスのことを仰っています。

「僕は何もしていないよ。全ては君が自分の心で考え、自分の魂で行動した結果だ」

この台詞、リメイク前の金銀クリスタルにはないものであり、「ハート」ゴールド、「ソウル」シルバーというタイトルを意識した語り口です。
盗んだポケモンを返しに来たシルバーにウツギ博士が告げた台詞に次いで、彼の人柄を象徴するような、印象深い、お気に入りの台詞です。
ただ、こういったHGSSでの博士の姿から「おっと、こいつはなかなかの曲者だ」という印象がどうしても抜けなかったため、
今回はこのような、トウコの憎悪を一身に受ける存在、飄々とした食えない先生として、書かせていただきました。
ウツギ博士という人間の一つの可能性として、今回の物語、楽しんでいただければ幸いです。


4、伏線
そこまで多くを敷いていた訳ではなかったのですが、他の番外編連載、ないし本編を意識して追加して台詞や描写がいくつかあるので、紹介しておきますね。

この「本のための魔法」を生み出した「本に選ばれた存在」は、実はウツギ先生ではなく他にいる。
その真実に私が辿り着くのは、もっとずっと後の話だったのだけれど。
【7話】
「ふふ、何のこと?私はただ、大切な人を守れる力が欲しかっただけよ」【8話】
→ 勿論、本に選ばれた存在とはクリスのことであり、この台詞は「約束の魔法」にも同じ形で登場する

許される側であった私は上級生になり、クリスさんの紹介で彼女の妹と知り合った。
クリスさんが私にしてくれたような、鮮やかな導き方では決してなかったけれど、
それでも彼女の妹が抱える荷物を強引に奪い取ることが、ほんの少しだけでもできていたのだと、思いたい。

→ 「冷たい羽」にてトウココトネの元を訪れたあのエピソード、トウコが「許される側」から「許す側」になりつつあることをを示唆

それはクリスさんも同じだったようで、彼女はその写真を見つめたまましばらく固まってしまっていた。
クリスさんが「海の色」を見つけた瞬間であり、おそらく彼女はこの時から、シアの特別性に気が付いていた

私は「英雄」にされようとしていた。
それはこれまでの私には悉く不釣り合いな、生まれて初めての体験であるにもかかわらず、私の魂はその単語をとてもよく知っているような気がした。
【11話】
きっと私がこの黒い石に八つ当たりをしたところで、私には清々しさどころか、罪悪感しか残らない。
そういうことを「何故だか」私は解っていたから、ダークストーンを強く握り締め、その滑らかな球面に爪を立てるだけに留めておいた。
【13話】
「私はゼクロムに歩み寄ったとき、「もううんざりだわ」って思いました。「またあんたなの」って、「いい加減にしてよ」って」【17話】
→ 彼女の魂にすっかり染み付いてしまった運命性を示唆する描写、彼女が英雄になりゼクロムを従えるのはこれが初めてではない、もう何度も、何度も

これから「約束の魔法」と「冷たい羽」も、新規の追加エピソードを入れつつ大幅に修正を行うつもりです。
その折に、本作で敷いたこれらの伏線を回収できればいいなと思っています。
(そもそも伏線はひっそりこっそり溶かすから伏線なのであって「これが伏線です」などと公言するものでは決してないのだけれど……)


長くなりましたが、以上です。
久し振りに「書く」という作業を楽しめました。とても幸せでした。夢のような時間でした。
もし読んでいただいた皆さんにも、楽しい気持ち、幸せな気持ちをご提供できているのなら、こんなに嬉しいことはありません。
此処まで読んでくださり、ありがとうございました!

2017.1.1

I’m looking forward to seeing you in the next world !

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