魔法界に生き、魔法界で死んだ人間が、死後もその姿を保つ方法は簡単だ。ただ「そう」望めばいい。
けれどもその姿が他者に知覚され、また自身も同じようなGhostの存在を知覚するには、あるものが必要になる。
それが所謂「霊力」「霊感」と呼ばれるものであり、これは突然変異などが起こらない限り、一般的には生まれながらにして持つ固有のものとされているのだ。
たとえばホグワーツの中で、生きている生徒に「この教室にはGhostが何人いる?」と尋ねてみたとしよう。
ある生徒は「10人」と答えるだろうし、ある生徒は「30人」と答えるだろうし、またある生徒は「そんなものはいない」と答えるだろう。
「すぐ近くのGhostしか分からないから、教室全体の人数を把握することはできない」と答える生徒や「声なら聞こえるけれど見ることはできない」と話す生徒もいるだろう。
もしかしたら「私には無数のGhostが見えるけれど、Ghostは一度も私を見ようとしない」などという世迷言を口にする人間だっているかもしれない。
また逆に、ホグワーツに住まうGhostに「貴方と話をしてくれる生徒はこの食堂に何人いる?」と尋ねたとしよう。
「ほぼ全員」と答える者、「半数程度」と答える者、「10人にも満たない」と答える者、「まだそんな人には出会ったことがない」と答える者、様々であるはずだ。
このように、生きている人間が、Ghostを感知するための力を「霊感」と呼ぶ。
また、Ghostが生者死者を問わず、他の存在に感知してもらうための力を「霊力」と呼ぶ。
霊感や霊力は一定の数字で測定できるものではなく、視覚のみに特化したもの、聴覚のみ機能するもの、ある一定の距離でないと作用しないものなど、様々だ。
時に、その生得的な「才能」とも「呪い」とも呼べそうなそれは、あらゆる形で生きた人間を、そしてGhostを蝕み、苦しめる。
生きていても死んでいても、その「孤独」という苦しみに大きな違いはないのだ。
*
××は、レイブンクローの1年生だった。
彼女は身体が弱い。レイブンクローに寮分けされてこそいるものの、××の住まいはあの寮の中ではなく、医務室の隣にある。
小さく簡素な1人部屋を与えられ、そこで暮らしている。クラスメイトとの接点が極端に少ないため、私とはまた別の理由で、彼女には友達がいなかったのだ。
病弱であるため、飛行術やバトルの授業には姿を見せない。その間は部屋で本を読んでいるらしく、見学の席にも姿を見せていない。
パートナーはエーフィというポケモンで、イーブイの進化形だ。入学して早々に進化していることに驚いていると、彼女は笑って否定した。
どうやら彼女は体調面の理由により留年と休学を経ているらしく、1年生は3度目らしい。つまり私より2つ年上の14才だ。
同い年にしては少しだけ高い背や、落ち着いた雰囲気の理由はこれだったらしい。
そういう訳で、本来なら××は私の先輩に当たる。けれども「今は同級生だから気にしなくていいよ」という彼女の行為に甘えて、敬語を使わず普通に話している。
成績はおそらくずば抜けていい。まだ大きなテストが行われたことはないが、おそらく彼女は何食わぬ顔で満点を取ってしまうだろう。
私の質問にも全て答えてくれるし、教え方がとても解り易い。問題を解くのだって私の半分の時間で済ませてしまう。
Ghostのせいで授業を受けることを半ば諦めていた私だが、ようやく板書されていることが解るようになってきた。
「だって、私、3年目だから。そんな中で新入生の足元を這う訳にはいかないでしょう?」
そんなことを彼女は言った。
穏やかで、いつだって笑顔を絶やさない彼女の自尊心をそこに見ることができた。
控え目で、目立つことを苦手としているような人なのに、芯はとてもしっかりしている。
彼女に言わせれば「ただの負けず嫌いだよ」とのことだったが、そんな彼女の努力する姿勢に私は刺激を受けていた。
……と、このように、彼女と友達になってからは座学の幾つかを一緒に受けるようになっていたのだけれど、
前述したように外での授業に彼女は出席しないし、食堂で食事を摂ることもしていなかった。
故に私はいつもいつでも彼女と一緒にいられる訳ではなく、少しもどかしい思いをしていたりもしたけれど、
そうしたもどかしさだって、心を冷やし切っていた一人の時期には得られなかったものだから、嬉しさの一部に含まれて然るべきものだった。
そういう訳で、彼女と出会う場所は大抵が教室だった。彼女は朝、誰よりも早く教室の隅を陣取り、机に向かって勉強をしている。
そんな彼女の姿は、私に頑張るきっかけを与えるのに十分な威力を持っていた。彼女に憧憬めいた何かを抱くのにそう時間は掛からなかったはずだ。
「私、××みたいになりたいな」
授業が始まる直前、徐に呟いた私に彼女は驚いた顔をした。
彼女の目は色素が薄い。キラキラと光るアンバーブラウンの瞳は、深い太陽の色にも見えた。
以前、それを指摘したことがあったのだけれど、「コトネの目も同じ色をしているよ」と逆に言われてしまって、私は慌てて鏡を覗き込んだ。
確かに色は似ているが、どうにも彼女が飼っている太陽の色には似ても似つかないなあと思ったことを覚えている。
そんな二つの太陽が私を照らすように見つめて笑う。
「ありがとう。でもコトネはもっと素敵な女の子になれるよ」
「××より素敵な女の子?」
「コトネは、もっと素敵な人と出会って、もっと素敵なことを知って、もっと素敵な人になるの。私なんかよりもずっとね」
それは、1年生を3回繰り返し、順当な進級ができなかった彼女だからこそ言えた言葉だったのかもしれなかった。
そんな彼女の言葉を疑ったことは一度もなかった。友人に対して「そうかなあ」と疑念を抱く必要などあるはずがない、と私は頑なに信じていたからだ。
だから「そうだといいな」と返した。きっとそうだよ、と私の天使は笑った。
*
夕方、私は一人で廊下を歩いていた。昼休みや放課後に××と会えることは滅多になかったため、私は一人の時間を屋外の芝生で過ごしていた。
Ghostは屋外には現れない。外界に耐性のあるGhostもいるようだが、そんな稀有なGhostは全体の1割にも満たないことを私は知っていた。
だから彼等の喧騒から逃れるには、屋外に飛び出すのが一番手っ取り早く、私はこれまでその手段ばかり選んできた。
しかし××が「図書館は雑談が禁止されているから、もしかしたらGhostも静かになるかもしれないよ。」と助言してくれたのだ。
試しに行ってみると、極上の静寂がそこにあった。初めて訪れた時、私は思わず歓喜の声を上げそうになった。
どうして気付かなかったのだろう。最初から此処に避難すれば良かったのだ。
命を持たないGhostは全ての校則から逃れられるのだと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。
そんな訳で、図書館は私の絶好の避難場所になった。
彼女と会えない時間帯はずっと図書館に入り浸った。彼女の真似事をして本を読んだり、勉強をしたりした。
最近の授業は本当に楽しい。解らないところは××が丁寧に教えてくれるし、理解ができれば授業を聞くのだって面白くなる。
何より重要なのが、××と共に授業を受けるようになった頃から、Ghostが私にほとんどちょっかいを出さなくなったということだ。
とうとう私という「都合の良い話し相手」に飽きてしまったのかもしれない。
それとも××の「Ghostには私の姿が見えていないみたい」というあの特異な体質の恩恵を、傍にいる私も受けているのかもしれない。
後者だとしたら益々、彼女には頭が上がらないけれど、きっと尋ねたところで彼女は困ったように笑いながらはぐらかすのだろうと思った。
そんなある日、私は図書館を出た先の廊下でKと顔を合わせた。
Ghostが私に飽きた、あるいは無数のGhostが私を見つけられなくなった後でも、このKは変わらず私を見つけて、私に話しかけてくれる。
「最近、外や廊下であんたのことを見かけなかったけれど、図書館に通い詰めていたのね。見つからないはずだわ」
「Kは図書館に行かないのね。嫌いなの?」
「当然! 何が楽しくて本なんて読まなきゃいけないのよ」
××と正反対だ。私は思わず笑ってしまった。
何笑っているのよ、気持ち悪い。容赦なくそう紡いだKは、何かを思い出したように半透明の両手を胸元で合わせて小さく笑った。
「よかったね」
唐突に発せられた祝福の言葉、その真意が解らずに首を捻る。
するとKは、もうすっかり日常と化した現状を切り出してくれた。
「友達、欲しかったんでしょう?」
……このGhostは口こそ悪いものの、人の心の機微を掴んだりちょっとした発言を覚えていたりするのが得意なのだ。
私は満面の笑みで頷いた。一人に慣れたと言いながらも寂しかった。だから本当に嬉しかったのだ。
一人でなくなったことも勿論嬉しかったし、そうした私の変化を「よかったね」と祝福してくれる知り合いがいることもまた、喜ばしいと思えた。
「Kは××のことを知っていたの? 紹介してくれれば良かったのに。」
彼女は私とは違い、とても引っ込み思案な性格らしい。病弱であることに加えて、彼女のそうした面も友達を作りにくい原因になっていたのだろう。
そんな風に悩んでいる友達が私以外にもいたなら、私にそう伝えてくれれば良かったのだ。そうすればこんなに長い期間の孤独に苦しむことはなかった。
しかし彼女は肩を竦めていつもの皮肉めいた笑顔を浮かべた。
「どうしてあたしがそんなことしなきゃいけないの? あたしはあんたにも××にもそんなこと、頼まれた覚えはないわ。」
「頼んでいなくても、そうしてくれれば良かったじゃない」
「あら、大嫌いなGhostを頼りにするの?」
……負けた。このGhostはとても弁が立つのだ。口論めいたもので太刀打ちできるはずがなかったのだ。
私が悪かったよ、と謝罪すれば、当たり前でしょう、あたしが悪い訳ないじゃないと気丈にも返ってきた。
「でもよかったわね。それは本当に祝福しているのよ」
「うん、ありがとう」
「だってあんたならその内、血迷った挙句あたしに「友達になって」って言ってきそうだと思っていたからね」
はて、そのように口にしたなら、本当にKは私と友達になってくれたのだろうか?
以前なら考えもしなかった懇願だったけれど、Ghostからのちょっかいが減り、少しだけ普通の学園生活というものを楽しめるようになった今なら、
この半透明の姿をした魂だけの存在のことも、もう少し好意的に見られるような気がした。
けれどもそれはあくまで私の変化であり、Kの意識は以前から全く変わっていない。その証拠に、私の沈黙から何かを察したらしい彼女は、眉をひそめて溜め息を吐いてみせた。
「あんた今、とても都合の良いことを考えているでしょう。冗談じゃないわ。あんたみたいな面白くない子と一緒にいて何の得があるっていうの?」
酷いなあと呟いて私は笑った。
このGhostは清々しいくらいに毒舌で、自信家だ。しかし私は何故かそんな彼女にとって「面白くない」にもかかわらず「同情出来る程度には気に入」られているらしい。
稀有な彼女と稀有な私は笑った。唐突に××に会いたくなった。
2013.11.30