13

あれから、季節は飛ぶように過ぎていった。
私の世界は××やシルバー、Kを中心に回っていて、それは年が変わっても、季節が変わっても揺らぐことはなかった。
××と授業に出られない日は、シルバーといた。そんな「二番目」に彼は甘んじてくれていたのだ。しかしその優しさに気付いたのはもっと後のことなのだけれど。

夏には、学年末試験がやってくる。今回も××はあの掲示板に自分の名前を載せないでくれと頼むつもりらしい。
そんな会話をしたことはなかったが、××なら私が何を言おうとそうするだろうと思われたのだ。
彼女は温和なようでひどく強情だった。こちらの考えを受け入れてはくれるものの、自分の心情にそれを取り込むことは決してない。
私は彼女に干渉することを未だに許されずにいた。

それを寂しいと思う気持ちもあったが、今ではそれでも良いと思えた。
私が受け入れられないのは彼女の性分によるもので、私のせいではないと信じられたからだ。
それ以外の面において、彼女との距離は確実に縮まっていたからだ。
穏やかな彼女も、少しずつ喜怒哀楽を表に出してくれるようになった。時折、私に冗談を言ったり、ふざけて八つ当たりをしたりした。
それは確かな進歩だと信じたかった。彼女の心を溶かせていると私を思い上がらせるのに十分だった。

…ただ、私にはまだ憂いが残っていた。

「私、おかしいかな?」

「…お前の質問は本当に唐突だな。」

何の脈絡もなくそう尋ねた私に、シルバーは呆れたように苦笑した。
夕食の時間は生徒によってバラつきがあり、朝食よりも混雑しない。
私達は図書館に入り浸ってから食事終了間際に食堂に滑り込んでいたので、その中でも比較的空いている時間帯に利用できた。
私の目には、生徒よりもゴーストの数の方が多い。そのことに嫌気が差したが、シルバーへの質問を先に済ませることにした。

「被害妄想かもしれないけどね、同じ量の皆が、私の方を見て笑っている気がするの。」

「…そうなのか?俺は感じたことがなかったが。」

デザートのプリンを掬いながら、シルバーは首を捻った。
笑われているような気がする。潜めたような笑い声が私に向けられている。その冷めた温度は、入学したばかりの頃、一人でいた私に向けられていた嘲笑に似ていた。
シルバーといる時にはそんなことを感じたことはない。だから彼に相談しても何の解決にもならないが、××に相談するのはどうしても憚られた。
複数の理由があったが、私にとって、××は未だに尊敬と憧憬の対象だったからだ。そんな彼女に私が「おかしい」子だと思われてしまうのはどうしても嫌だった。
私は彼女の前で虚勢を張っていたかった。彼女のような強い人間になりたかった。積み重ねればいつかは嘘も真実になると信じていた。

「シルバーといる時には笑われないの。決まって××といる時にそう感じる。」

「それなら原因はコトネじゃなくて、××の方にあるんだろう。」

彼女に相談できなかったもう一つの理由はそこにあった。シルバーは鋭い。人の機微を察する能力に長けた彼は、またもや私の内面を見事に言い当ててみせた。
もし、笑われているのが私ではなく××だったら。あの嘲笑が私ではなく××に向けられたものだとしたら。
しかしそう判断することは出来ても、それを認めることはどうしても出来なかった。確かに彼女は病弱だが、それは彼女を貶める要素にはならない。
しかもそれを除けば、彼女は完璧な人間だった。少なくとも私の目にはそう見えた。

どちらにしても、この状況は私には苦痛なものだった。私が笑われているにしても、××に嘲笑が向けられているにしても。
誰が好き好んで、笑いや嘲りの対象となっている者と一緒にいたいと思うだろう?
私は皆に嫌われたくなかった。嫌われることなく在ることが友達との関係を続けるにおいての大前提であり、大切な人の傍に在るために必要な条件だと感じていたからだ。
××だって、こんな笑われている私のことを、嫌だと思っているかもしれない。
もし逆だったとしたら、××にひっくるめられて私まで笑われることで皆から嫌われてしまうことが耐えられない。

この状況は、私には逃げ道のない袋小路に見えた。
この問題に向き合う時が私が逃げ道を失う時で、だからこそ一人で考えるのがどうしても怖かったのだ。だからシルバーに相談したのだ。
しかし彼は私には考えもつかない道を差し出してくれる。

「何も悩まなくていいんじゃないか。」

彼は静かにそう言った。立ち上がって遠くの紅茶のポットを取り、自分のカップに注ぐ。
ストレートでコーヒーを飲まないことを知っていた私は、彼にミルクの入った小さな入れ物を差し出した。
私は近くにあったコーヒーポットを取り、マグカップに注ぐ。××のところで頻繁に飲むようになったおかげで、ブラックのコーヒーも口に出来るようになった。

「もしコトネが笑われているのなら、俺といる時にもその笑い声が聞こえる筈だ。
そうでないならその原因は××だ。だがそれを知ったところで何も変わらないだろう?」

「え…。」

「××が、コトネの尊敬する人間で、大事な友達であることに変わりはない。
お前はこれからも××の傍を選ぶんだろう。それでいいじゃないか。周りの笑い声はその原則を変える程に冷たいものだったのか?」

だって、だって嫌われたくない。
そうでしょう。皆に笑われるってそういうことでしょう。
誰がそんな人間と一緒にいたいと思うの?誰がこんなおかしな子に話し掛けてくれるというの?どうして私がまた一人にならないと保障出来るの?

「少なくとも、××はそんなことを気にはしないだろう。自分が笑われていると知れば、多少卑屈になるかもしれないがな。」

そのシルバーの言葉に私は思わず笑った。彼は一番大事なところこそ言わないが、私を安心させてくれる言葉を誰よりも知っているのだ。
だから、それをさり気無く差し出してくれる。その優しさは当時から拾うことが出来た。
まだ不安は拭えないし、解決には依然として辿り着いていない。しかしそれで良いと思えた。
何故なら私は安心していたからだ。皆に対しての不安は残っていたが、シルバーのことは信じられたのだ。
「同じ寮の皆に笑われている気がする」と言った時、彼は顔色一つ変えなかった。きっと彼はこの事実を知っていたのだ。
知っていて、それでもそんな「おかしな」私の傍にいてくれたのだ。
仮にそれが勘違いだとしても、そう告白した段階で、彼は私と距離を取ろうとする姿勢を見せなかった。その事実は私が彼のことを信頼するに十分な温もりを持っていた。

「シルバー、××と全然話をしていないのに、どうしてそこまで解るの?」

「何を言っているんだ、お前が俺に話したんじゃないか。毎日聞けば、嫌でも把握出来る。」

呆れたように笑って、シルバーは紅茶に口を付けた。
お前は考えすぎなんだよと彼が言うので、私はこの時だけは思考を止め、マグカップの中身を味わうことにした。
夏は直ぐそこまで来ていた。

2013.12.11

© 2025 雨袱紗