「27個の言葉と祝福の話」改め「文字と選択と責任と、自由の話」の加筆修正が完了しました。
3年前の旧作では11話、18000文字だったのですが、今回の加筆修正版では38000文字となっております。やはり連載と名乗るからにはこれくらいの長さは必要ですね。
しかしまさか1日で11話分の修正作業を行うことになるとは思ってもいませんでした。
2万字を狂ったように7時間で書き殴ったのは後にも先にもきっとこれを置いて他にないのではと思われます。(狂気の沙汰)
テーマは副題そのままです。
文字が、言葉が生む選択、責任、そして自由を、識字ができない人物が文字を知りその世界を広げていく様を通して表現しようとした結果、この連載が生まれました。
4話のダークさんの「読めない」発言に「!?」となってくださった方がいらっしゃったなら、
そして文字を知らない彼の世界がどういったものであるのかに思いを馳せてくださったなら、書き手として、これ以上の喜びはございません。
私は幸いにも「読める」人間ですので、「読めない」彼から見た世界がどのようであるのかについては、
義務教育で学んだ識字の意味を思い出したり、脳の役割から科学的に切り込んだりして、想像していくしかありませんでした。
以下、私なりの「文字を読む」ということについての考察であり、考えです。
勿論、私は科学者でも言語学者でもありません。素人の考察であり、おそらくこの考察は正しくないのでしょう。
けれどこれが私の思う「言葉」の力であり、「文字」が人に与えるであろう変化を記した全てです。
それを踏まえて、皆さんが思考を巡らせるための参考程度に見てくだされば幸いです。
1、睡眠と識字
本編にも書いた通り、人間の睡眠は身体と頭を休めるためのものです。
眠っている間に記憶は整理されます。識字ができなかった人が、文字を覚えた途端によく眠れるようになったというのはこのメカニズムですね。
この世界にはあらゆる文字で溢れています。そうした文字を「単なる記号」ではなく「意味のある情報」として全て受け取り、処理するには莫大なエネルギーを要するようです。
しかし「頭を使わないと身体がよく動くんじゃないかな?」というのは完全に私の勝手な考察です。
彼等の人間離れした身体能力に私なりの理由をこじつけてみるとこのようになった、という、一例としてお考えいただければと思います。
2、文字を操るということ
識字、文字を知ることについてですが、これは小学校の人権の授業で読んだ、70才で識字を覚えた女性の作文の一節からインスピレーションが沸きました。
「夕日が綺麗だと思わなかったけれど、文字を知って初めてそれが美しいと感じました」
原文は平仮名でしたが、概略はこの通りです。7話でシアが延々と語っていたのがこの部分ですね。
『私達の中に漠然と渦巻く想いに、心の揺らぎに、形と質量を持たせることのできる魔法の力だ。』
私達は文字があるから、「嬉しい」と思い、「悲しい」と感じます。それがどういう状況で、どういう心地を指すものであるのかを、私達は文字で、言葉で、教わってきた筈です。
けれどそうした感情を示すための媒体を持たない彼は、自らの胸に巣食う息苦しさ、痛み、歓喜に動揺、そうした何もかもを言語化できない。
だから「よく、解らない」と紡ぐしかなかったのでしょう。あれは嘘でも何でもなく、彼の本心だったのでしょう。
ダークさん達が口を揃えて「私達に痛みはない」と言い、またBWのNの部屋で「私達は何も感じないが」と言った、その姿に理由をこじつけると、
彼等は感情を示し得る言葉を上手く操ることができないんじゃないか、という風にもできるかなと思い、盛り込ませて頂きました。
3、ないものを存在させる
『文字というのは、ないものを存在させるための力だ。見えないものを見ることができる力、聞こえないものを聞くことができる力だ。』
本編で何度か繰り返したこの一行が全てを物語っています。
1話で「雪がしんしんと降る」という描写をしましたが、雪は本来、音を立てて降るものではありませんよね。
けれど文字を知る人はそこに「しんしん」という音を読みます。木々の擦れに「さわさわ」という音を、人混みに「ざわざわ」という声を、雨に「ぽつぽつ」という音を読みます。
同じように、見える筈のないものを「空気」だとしてみたり、心などという臓器など私達の身体にありはしないのに、左胸を指して心だと言ってみたり。
そういた全ては文字ありき、言葉ありきの世界だと思っています。わざわざそれを指定し、命名することのできる力、言葉の力はあまりにも強大です。
だからこそ、今回のシアは彼との言葉のやり取りを経て、自由を与えることに成功しましたが、
その言葉で誰かを死の淵から掬い上げることだってできるし、逆にその言葉が誰かの首を絞めることだってあり得るのです。
シアが登場する連載には、少なからず彼女の「言葉」がどうにも鍵になっているような気がします。
「アピアチェーレ」「片翼」「サイコロ」然り、「木犀」然り。
おそらく、彼女の言葉というものを紐解いていけば、その力を丁寧に描写すれば、この連載「F」に辿り着くのでしょう。
そう考えるとこの連載は、彼女の原点であり、また着地点でもあるのかも知れません。
最後になりましたが、感謝の言葉を。
3年前の連載である「F」の頃から、ずっと二人の物語を愛してくださり、無知で無学な私に沢山の素敵な言葉を教えてくださったすえさん。
今回の加筆修正作業のきっかけとなった、暴力的と言っても差し支えない程の衝撃的な言葉の並びが詰まった合唱曲をご紹介してくださった翠子さん。
そして、捏造と誇大解釈の塊であるこの物語に最後までお付き合い頂けただけでなく、拙いあとがきにまで目を通してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
これからも皆様の娯楽の一助となれますよう、精進して参りたいと思います。
2016.3.18
I’m looking forward to seeing you in the next world !
※旧作の「さあ、貴方にFを」ですが、あまりにも粗が多く、誤字脱字も目立っていたため、非公開とさせて頂いています。
もしこちらも併せて読みたいというご要望がありましたら、こっそり教えて頂ければ最低限の誤字脱字の修正を行った後に再び公開させて頂きます。
以下、旧作との差です。この他は心理描写が詳しくなった程度で特に変化はないと思われます。
※2017年のサイト閉鎖・倉庫化に伴い、旧作は完全に削除しました。
・2話にて、シアがダークさんに渡した飲み物(修正版ではココアですが、旧作ではおしるこでした)
・4話にて、木に括りつけた便箋の色(修正版では黄色ですが、旧作ではピンク色でした。警戒色の方が目立つかなと思い、変更しました)
・4話にて、アクロマさんの立ち位置の変更(シアの後悔を知る唯一の人としていますが、旧作ではただの知り合いでした)
・5話にて、「好きです」とシアが声に出して伝える(旧作では樹の幹に彫った文字だけでした。これ以降も何度か、彼女は自らの声で彼に思いを伝えています)
・5話にて、アルファベットのFが「face」(旧作では「friend」でしたが、「好きです」をシアが声に出して伝えたため、こっそり変更しています)
・6話にて、アクロマの「シアさん、貴方はまた彼等の居場所を奪いたいのですか?」という決定的な台詞(旧作では紡ぎ得なかった言葉です)
・8話や9話における、Nやゲーチスの立場と彼等に対するシアの感情(旧作では要領を得ない曖昧なものでしかなかったので、修正版にて明文化しました)
・9話と10話の順序が逆(旧作ではゲーチスとの会話の後に、三人のダークから「貴方」を見分けるエピソードが入っていました)
・11話、ダークさんの口にした言葉
(旧作ではこの時、彼は終始無言ですが、修正版では饒舌に喋って頂きました。それが、言葉を覚えた彼の「らしい」姿であるような気がしたので)