13:It's easy to hear the sound of truth.

◇◇

「ジュペッタのダークさんですよね」と確信をもって尋ねれば、暫くの沈黙の後で「よく解ったな」と返ってくるものだから、思わず笑ってしまった。

「他のダークさんも、全く同じことを言いましたよ。貴方たちの声は全く違いますから、聞き分けることくらい簡単にできます」

「……」

けれど彼はアギルダーのダークさんのように、感心しながら「へえ、そうかい」と紡ぐことも、アブソルのダークさんのように「そうか」と静かに頷くこともせず、
ただ冷たい沈黙を夜の廊下に落とすのみであったから、私もそれ以上、何も言わずにゆっくりと、自分の病室までの道のりを歩いた。
エレベータを使って下に降り、私の部屋に続くドアを彼はそっと開けてくれた。

此処まで来れば、ゲーチスさんからの「送ってやりなさい」という指示は達成されたのと同じ意味を持ち、故に彼はすぐにでもいなくなってしまう筈であった。
けれど彼は私の手を離して先に部屋へと入り、トウコ先輩がいつも使っているパイプ椅子を広げて、座った。
何か話したいことがあるのだろう。そう解釈した私は何も言わず、いつものようにベッドを探して腰掛け、彼の言葉を待った。

「お前の目は不気味だ」

私は息を飲み、沈黙し、どのように笑うのが適切なのだろうと考えながら、少しだけ、悲しんでいた。
アギルダーのダークさんは以前、見えなくなった私の目を「ゲーチス様の嫌う、いい青色」だと言って笑ってくれたけれど、
普通、目線の合わない不自然な私の目を称するとすれば、それは「不気味」という他にないのだろうと思い知らされたからだ。
あの嬉しい言葉はきっと、アギルダーのダークさんが私のために紡いでくれた精一杯のお世辞か、あるいは彼なりの励ましであったのだろう。
「私の目線が明後日の方向を向いているからですか?」と確認のために尋ねれば、けれどそうした私の予測に反して、彼はすぐさま「そうではない」という否定の言葉を返した。

「お前の目が見えなくなるずっと前から、俺はお前の目が恐ろしかった。底が知れない、恐ろしい色をしている。
ゲーチス様はお前の目を不愉快だと言ったが、おそらくあのお方も、今の俺と同じように恐怖したのだろう。……もっとも、お前のそれは目に始まったことではないが」

「……」

「お前は不気味だ、底が知れない。……だからこそ、ゲーチス様を止めることができたのだろう」

私の目は、どんな色をしていたのかしら、と思う。手元に鏡がなく、それ以前に見ることの叶わない今、それを私は思い出すよう努めるしかないのだけれど。
青い目が珍しいという意味で発せられた「不気味」という単語ではなかったのだろう。
おそらくその不気味さは、私がどんな時でも、真っ直ぐに相手の顔を見上げてしまうことに起因するのではないかと思った。
きっとトウコ先輩も2年前、ゲーチスさんを真っ直ぐに見据えたのだろう。
だから彼はトウコ先輩の目を覚えていたのだ。その目を「不愉快」だと認識していて、だから同じように臆することなく彼を見上げた私の目に同じ色を見たのだ。

そう考えながら、私はもう一度、ジュペッタのダークさんの言葉を思い出す。
彼の言葉は私の目を褒めるための言葉では決してなく、寧ろ「不気味」という単語だけ引き抜けば、私はきっとそれに傷付くべきだったのだろう。けれど私は、傷付かなかった。
彼がそうした、少し尖った単語を使いながらも、その穏やかな声音から、彼が私を憎んではいないこと、私をある意味で評価してくれていることに気付いてしまったからだ。
けれど「ありがとうございます」と苦笑しながら紡ぐのは少し違う気がしたので、私はずっと気になっていたことを尋ねることにした。

「どうしてあの時、私の目が治るなんて言ったんですか?」

長い沈黙が降りた。加えて、この空間はあまりにも静かだった。
物音で人の存在を拾い上げることしかできない私は、彼が音もなくいなくなってしまったのかと少し焦ったけれど、やがて、少し間の抜けた声が隣から聞こえてきた。

「まさか、気付いていなかったのか?」

「え?……気付くって、何のことですか?」

「……では聞くが、お前は医師が言った通り、お前の視覚や味覚に起きた異常が「心因性」のものだったと、
お前がお前自身を追い詰めた結果として生じたものだったと、本気でそう思っていたのか?」

変なの、と思った。
私は盲目となってから今日まで、一度もジュペッタのダークさんと会っていない筈だった。
勿論、お医者さんが「心因性」という言葉を紡いだ時にも彼は傍にいなかったし、私は彼に自分の状況を説明したことなど、一度もない。
けれど、何も言わずとも彼は全てを知っているようだった。

もっとも、それはあまり驚くべきことではなかったのかもしれない。彼等の人を逸した身体能力を、私もプラズマ団と対峙する中で何度か目撃していたからだ。
そんな彼が全てを知ることができたとして、何もかもを解っているように言葉を紡いだとして、それはきっと不可能なことではなかったのだろう。
だから私は何の説明も挟まずに、彼の質問に対する答えだけを口にした。

「……今でも、そう思っています。犯人探しをする気力はもう残っていないし、探したところで、虚しいだけだから」

彼は何もかもを解っているのかもしれないけれど、今回の騒動の中心にいた筈の私は、未だに何もかもを紐解けないままだった。
けれどもう、彼を問いただして知っていることを全て聞きたいと思うことはできなかった。欲張ることを忘れる程に、私は疲れ切っていた。
けれどこの人は、全てを知っているであろう彼は、その全てを伝えるためにこうして私と向き合っているのだと、私は次の彼の言葉で確信せざるを得なかったのだ。

「ではお前が探す必要はない。犯人はこうして現れたのだから」

息をしてはいけない。
そんな風に思わせる程の重い響きが、その言葉には含まれていた。彼はまるで息をするような自然さでそう告白したけれど、一方の私の息は奪われていた。
僅かな呼吸音だけでも、彼の告白の続きを邪魔してしまいそうな気がして、私は息を殺して、長い沈黙を操る彼が再び言葉を口にする時を、待っていた。

「お前の目が見えなくなったのはお前のせいではない。俺がそうした。俺が企て、もう一人が協力し、あとの一人はそれを黙認した。ゲーチス様は何も知らない」

「……ダークさん、超能力が使えたんですか?」

「……ああ、言葉が足りなかったな。企てたのは俺だが、実行犯はジュペッタだ。俺をそう呼ぶお前なら、俺の手持ちにジュペッタがいることを覚えているだろう。
ゴーストタイプのポケモンにどれだけの力があるのか、俺自身も計り兼ねていたが、幸いにもあれはそうした力に長けていたようだ」

トウコ先輩が、「こういうことを起こせるのは、エスパータイプかゴーストタイプのポケモンに限られるような気がする」と言っていたことを思い出した。
彼女やNさん、アクロマさんの推察は正鵠を得ていたのだ。
不思議な生き物であるポケモンの秘める力にはまだ解らないことが多すぎて、
だから非現実的なことが現実に起こってしまった場合、解っている事柄でのアプローチができないのであれば解らない事柄を基盤として考えを展開するしかなかったのだ。
そして「犯人」と名乗る人物が目の前に現れ、嘘の気配を感じさせない淡々とした告白が私に為されている今、私が、その「非現実」を疑う理由など、何処にもない。

「最初、ジュペッタはお前の視覚に呪いをかけた。しかしお前はその盲目を甘受していた。次に味覚を奪ったが、生きていられるから幸いだと言い、悲観することをしなかった。
お前の心を折ることが目的であったが、何を奪ってもお前は笑っていた。お前は「疲れている」と言ったが、俺にはそう見ることができなかった。だから呪いをかけ続けた」

ああ、私はこの人にずっと見られていたのだと、盲目だった私はそのことに気付きもしなかったのだと、認めれば少しだけ恥ずかしくなった。
見えなくなったその日にアクロマさんの前で泣いて以来、私は一度も泣いたり弱音を吐いたりしなかったから、それで彼は、私が「追い詰められていない」と思ったのだろう。
そんな筈はないのに。笑顔だって「幸い」と紡いだ言葉だって、私の強がりであり虚勢に過ぎなかったのに。

「お前の心が折れかけていると確信したのは、昨日の夜だ」

「……ふふ、あの時、此処にいたのはアブソルのダークさんだけじゃなかったんですね」

「ああ、そうだ。だがその頃にはもう、お前の心を折る必要はなくなってしまっていた。
俺やもう一人のダークは、お前を追い詰めさえすればゲーチス様のお心を取り戻せると思っていたが、そうではなかったのだ。気付くのが遅すぎた」

俺も盲目だった、とあまりにも小さな声音で紡がれた、悔いるような温度を含んだそれに、私はどんな言葉を掛けていいのか解らなかった。
やっとの思いで「それじゃあ、お揃いですね。何も変わらなかったんですね」と返してから、私は混沌とした自分の感情を吐き出すように、笑った。
驚愕、狼狽、安堵に歓喜、そんな何もかもがぐるぐると頭の中で渦を巻く。「あはは、そっか、そっかあ」と、意味のない音を紡いではまた笑った。目の奥が、熱くなった。

「私のせいじゃなかったんですね。私が弱いから、こんなことになってしまった訳じゃなかったんですね」

よかった、と嗚咽の代わりに小さく零せば、彼は「またそうやって人の言葉を鵜呑みにする。俺が嘘を言っていたらどうするつもりだ」と呆れたように告げて溜め息を吐く。
きっと私の顔はみっともない姿をしているのだろう。それでもよかった。みっともないけれど、これが嘘偽りのない私の姿だと、心得ていたからだ。

「……もし嘘だとしても、いいんです。そんな優しい嘘を吐いてくれることが嬉しいし、何より私は、今のダークさんの声が嘘を紡ぐ音をしていないって、解っています」

彼は感心したように「そうかい」と紡ぐことも、時間を置いて「そうか」と相槌を打つこともせず、ただ、沈黙した。

不思議なことに、私のこれらの症状が人為的なものだと知り、その犯人が目の前にいるのだと認識しても尚、憤りは一切、沸いて来なかった。寧ろ、安心した。
彼が私を憎んでいたとして、私に呪いを掛けたくなったとして、それはだって、当然のことだろうと思ったからだ。
けれど彼はあくまで「ゲーチスさん」のために動いていた。今回の呪いも、彼のために為したことだった。
そして私の盲目が彼に取って有益でないと判断したから、こうして、私に全てを告白してくれたのだろう。彼自身が私を、恨んでいる訳ではなかったのだろう。
そのことが何よりの救いだった。他には何も要らないように思えた。


2016.2.26
(真実の音を拾い上げることは容易い)

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