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シェリーと連絡が取れない。
彼女の母から研究所にそう言伝が来たのは、夕方のことだった。
アサメの家にも戻っておらず、近くの町にも見当たらない。子供達がシェリーと別れたのはセキタイタウンらしいが、そこにもいない。
図鑑を託した4人と、彼等の先輩であるジーナやデクシオも力を貸してくれた。
手分けして南の町から一つずつ訪ねたが、何処にも見当たらない。彼女はまるで煙のように、彼等の前からいなくなってしまった。

シェリー、何処にいるんだい?皆が君を心配しているよ」

プラターヌもシェリーの捜索に尽力していた。彼女を探すために、誰よりも広い地域を走り回っていた。
時折ホロキャスターを取り出して、彼女に向けた言葉を囁いた。
ホログラムメールを彼女の元に送るのは今日で4度目である。もう直ぐ日付が変わろうとしていた。

「あいつ、何を考えてるんだろうな」

デクシオの隣で、カルムは悔しそうに呟いた。

「フラダリさんに言われるがままにやって来て、オレの急かすままに伝説のポケモンを捕まえた。
結局あいつは何がしたかったんだろう。これは本当にあいつが望んだことなのかな」

「君はどう思うんだい、カルム」

「さあ。お隣さんはオレに何も話さないし。
悔いているっていうのなら、そんなこと、オレが許さないけど」

デクシオはその言葉に苦笑して踵を返す。
また外へ出ようとしていたプラターヌの肩を掴んだ。

「博士、休憩しましょう。あまり根を詰めてもいいことはありませんよ」

そしてデクシオは気付いた。彼の手が震えていることに。
ああ、この人も参っているんだ。そう冷静に把握出来たのは、デクシオとシェリーとの接点があまりにも少なかったからだ。
それは彼だけではない。ジーナも、あの子供達も、誰一人シェリーのことを知らない。
だから途絶えた消息を案じこそすれど、彼のように狼狽することはないのだ。

「もう真夜中です。シェリーだって旅の経験がない訳じゃない。大丈夫ですよ。
あんなことがあった後だから、貴方も皆も過敏になっているんですよ」

大丈夫ですと繰り返してデクシオは笑った。そんな証拠など何処にもなかった。
それでもそう言わざるを得なかったのだ。この人を止めるにはそれしか方法がなかった。

ジーナがコーヒーを博士に差し出す。飲み慣れた黒い液体を一口含み、ようやく彼は落ち着いたらしい。
小さく溜め息をついて苦笑する、その表情には力がない。

「教え子に諭されるなんてボクもまだまだだね」

「仕方ありませんわ。大切な人なのでしょう?」

ジーナが紡いだその言葉に、プラターヌは目を見開いて驚き、デクシオは苦笑してたしなめる。

「ジーナ、そういうことを博士に向かっていうものじゃないよ」

「あらデクシオ、貴方が言ったのよ?シェリーは博士のお気に入りだと」

「こらこら君達、ボクの前でなんてことを言うんだ」

それは事実だった。カロスではない、何処か遠くの土地からやって来た少女に、彼は格別目をかけていた。
普段、頷くか首を振るか、ありがとうございますとしか発しない少女が、彼の前では笑顔になり、少しだけ饒舌になることを二人は知っていた。
それは彼の持つ気質がそうさせたのか、それとも少女が彼に何かを見出していたのか。
それらは憶測でしかないが、ただ一つ言えるのは、少女に教え子以上のものを見出していたのは、彼の方だったということだ。
彼は少女を案じていた。案じ過ぎていた。
そして、それをジーナとデクシオはおぼろげに把握していたのだ。

そんなコーヒーブレイクも数分で終わった。プラターヌはジーナにお礼の言葉を告げて席を立つ。
引き止めることは不可能だろうと二人は察し、しかし別の形で手助けをしたくて彼に尋ねてみる。

「彼女は何が好きですか?」

「え、」

「僕なら辛いことがあった時、お気に入りの場所に行きますが」

その言葉にプラターヌは足を止めて思案した。
思い当たる場所があったらしく、慌てて研究所を飛び出していく。
ジーナは深く溜め息をついた。

「思い当たる場所が見つかったのなら、教えてくださればいいのに」

「ジーナ、それは野暮というものだよ。彼女は博士が見つけ出さなければならないのさ」

二人は顔を見合わせて微笑んだ。もう時計は真夜中の2時を指していた。

プラターヌは走りながら考えていた。どうか杞憂であって欲しいと。
バトルに夢中になっていた、あるいは寝ていたのだと言って笑ってくれるのだと信じたかった。
貴方が心配することなど何もないのだと笑ってくれると望んでいた。
何も言わずに、ただ頷いてくれるだけでも良かった。とにかく無事でいて欲しいと望んでいた。
何も無かった。連絡が取れないのはたまたまだ。自分はデクシオの言うとおり、あんなことがあったから過敏になっているのだと。
そんな風に確信した方が楽だ。それは解っている。しかしそれなら誰が彼女を救うというのだろう。


世界を救った彼女の弱さに、誰が寄り添えるというのだろう。


2013.10.25

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