Afterword

「忘れるための寝物語」改め、パキラさんとシェリーのグリーフワークの最終章にお付き合い頂き、ありがとうございました。
以下、この少し不思議な連載についての説明とあとがきです。お付き合い頂ければ幸いです。


この「アクアティカの羽衣」は、そもそも二人の関係性がかなり特殊です。
女性同士の話であることは勿論ですが、かつ二人ともがフラダリさんを慕っていたという背景を持っています。
シェリーは少なからずフラダリさんに懸想していたでしょうし、パキラさんも単なる組織の長に対する崇敬以上のものを抱いていた、という事情が大前提としてあります。

そんなフラダリさんが、しかしあの事件を経て消息を掴めなくなりました。
死んでいるかもしれないし、生きていたとして、彼女たちの前にきっと彼は二度と姿を現さない、という状況。
そうした「喪失の確信」はしかし、一人で抱えるには苦しすぎるものだったのでしょう。
パキラさんは割と強く心を持てる人であったのですが、シェリーはどうにも耐えられなかったようです。
少しずつ疲弊し、衰弱していく彼女にパキラさんが情けをかけてしまうところから、彼女たちの物語は始まりました。

<Grief Works>ではそうした二人の邂逅から、グリーフワークの過程、そして少しずつ少女が回復していく様を書いています。
時間にして、第1話の「低温火葬」から1年程、彼女たちのグリーフワークは続いたということにしています。
彼女たちはその傷を舐め合うように、互いの絶望を引き取るように、貴方は後を追ってはいけないのだと諭し合うように、グリーフワーク(喪の作業)を行いました。

シェリーは日を経るごとに喪の色(二人にとっての喪の色は赤)を少しずつ取り払っていきます。
彼を想って流す涙や言葉ではなく、自分のための涙や言葉を得るようになっていきます。
そうした少女にパキラさんが寄り添い続けるために、彼女は「グリーフワーク」以外の理由を彼女との時間に見出さなければいけなくなりました。

……そう、見出さなければいけなかったのです。何故なら他でもないパキラさんが、シェリーの傍に在りたいと思ってしまったから。
フラダリさんに次いでこの少女さえも失ってしまったら、パキラさんは自らの激情を何処に向ければいいのか分からなくなってしまうから。
それは彼女にとって、どうしようもなく恐ろしいことであったから。
彼女と共に行うグリーフワークへの愛しさではなく、彼女自身への愛しさを、認めざるを得なくなっていたから。

ここまでが<Grief Works>の流れです。
これからも少しずつ、いろんなエピソードを加えていくつもりですが、大まかな流れとしてはこのようにまとめることができると思います。


さて、<Last Episode>と銘打った最後の8話ですが、テーマは最初の英文の通り「貴方は誰になることができますか?」ということです。
8話を経て、パキラさんがなることの叶ったそれぞれの立場を、各サブタイトルで提示させて頂きました。
3話の「Stopper」だけ「楔」と突飛な意訳をしておりますが、「彼女を生に、そしてパキラ自身の下に繋ぎ止めるための楔」と思って頂ければ幸いです。

「貴方の何にだってなってあげる」

パキラさんはこの最終章の中で、何度もシェリーにこう囁いています。
これこそが冒頭の問い掛けに対する答えであり、8話のサブタイトルとなった「Anyone」がそれに相当します。
パキラさんもシェリーも女性です。そう簡単に恋人になることはできませんし、家族になることもできません。
けれどそうした「確固たる形」を容易に取ることができない状況こそが、パキラさんにこの言葉を紡がせるに至ったのだと思います。
彼女がシェリーと同じ女性であったから、彼女がかつてフラダリさんを想っていたから、そして何よりも、シェリーよりずっと賢く、度胸のある大人であったから、
彼女は「貴方の何にだってなってあげる」と紡ぎ得たのでしょう。そして、それをそのまま二人の間での真実とすることができたのでしょう。

8話のラストで、彼女たちの取る関係が不確かな、名前のないものであるということを記しています。実は最後の三行を考えるのに30分程、頭を悩ませました(笑)
きっとこの二人の場合、歪な形こそがあるべき形であり、歪であるからこそ煌めくのでしょう。それがきっと「彼女たちらしい」のでしょう。

彼女たちを見る第三者は、親しげに手を繋いで歩く二人に「絆」を見ることも「愛」を見ることもできる、ということを最後で示唆していますが、
二人の関係を「絆」と取るか「愛」と取るか、愛だとしてそれはどういった類のものなのか、……といったことについては、完全に読み手の方に委ねております。
正解はありません。というよりもきっと全てが正解です。だってパキラさんは何にだってなれるのですから。


一応、彼女たちの物語はこの最終章で区切りとさせて頂きますが、
これからも<Grief Works>の時間軸は短編として少しずつ書いていきますし、もしご要望があれば、この最終章の更に後の二人も書いていくつもりです。
カロス地方を旅した少女が救われるための一つの可能性として、楽しんで頂ければ幸いです。
その上で、歪に煌めく彼女たちの姿を好きになってくださったのであれば、これ以上の喜びはございません。

最後になりましたが、長年書き続けてきたパキラさんの短編をシリーズ化するきっかけを下さったくまさん、
そして彼女たちの物語を最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!
これからも皆様の娯楽の一助となれますよう、精進して参ります。


2016.3.15

I’m looking forward to seeing you in the next world !

追記:タイトル名になっている「アクアティカ」ですが、これはパキラ(植物)の品種名ですね。
なんと、パキラって花も咲かせるのですよ!白い、花火のような花です。花言葉は「快活」「勝利」だそうです。
アクアティカという響きに魅入られてしまったので、是非これは盛り込みたいと思い、「葬送のアクアティカ」か「アクアティカの羽衣」にまで一気に絞りました。
葬送の方が響きはかっこよかったのですが、それだと直訳して「喪の作業をするパキラさん」ということになってしまってあまりにも安直ですし、
シェリーの存在が全く示唆されないままに終わってしまうということで、羽衣の方を選択するに至りました。

シェリーは喪服として赤い服を常に着ていましたが、パキラさんにとっての「羽衣」つまり喪服はおそらくシェリーそのものなんじゃないかなと思います。
だから彼女はシェリーを突き離せない。彼女としかフラダリさんを弔えないから。彼女がいなければフラダリを上手に忘れることができないから。
けれど喪服を必要としなくなったとしても、「アクアティカ」は「羽衣」を纏うことを止めないのでしょう。その手はきっと離されないのでしょう。

以上、タイトルの裏話でした。

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