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ズミの思いは決して断言出来るものではなかった。しかし決断すべき時がすぐ傍にあった。
だから手を伸ばした。それだけのことだったのだ。
しかしそれと似た状況を、どうやら彼女も経験していたらしい。

フレア団と戦いたくなかった、と彼女はぽつりと零した。
彼等が用意していた古代の最終兵器は、少女の目の前で起動されたらしい。
止められなかった。その呵責に苛まれた彼女は、慌ててフレア団と対峙した。
意見をぶつけ合い、納得がいく結論を出す暇などなかった。急がなければ全てが消えてしまうからだ。
少女は焦っていた。止められなかった自分に責任を感じていた。どうしても止めなければならなかった。

「大切なものを失うことが怖かった。自分のせいで彼等が消えてしまうことが耐えられなかった。そういうことですか?」

「……はい」

そして少女は、フレア団を止めた。
誰もが少女を祝福した。当たり前だ。その心理は多いに理解し得る。
しかし彼女は悩んでいた。とあるトレーナーの言葉も彼女を苦しめる一因となったらしい。

「私はフレア団以外を選んだ。彼等のしていることを、有無を言わさずに切り捨てた。やっていることは何も変わらないんです」

私は、あの人達を捨てた。
そこまで吐き出した少女はぼろぼろと涙を零した。
それを頭から否定することも出来た。しかしズミはもう少し、彼女から言葉を拾うことを選んだ。

「プラターヌ博士や、他の知り合いが、そう言って貴方を責めたことがあるのですか?」

「いいえ」

「そのお隣に住む男の子は、それ以外に何も言わなかったのですか?」

「……はい」

質問を重ねて、徐々に少女の置かれていた状況が浮き彫りになっていった。
彼女はカロスを救った。そのことで大勢の人間が彼女を称えた。
しかしその大勢の中に、少女の内面を覗き、それに寄り添おうとする人間はどうやらいなかったらしい。
プラターヌ博士は違うでしょうと、信頼出来る人間の名前をズミは提示したが、少女は首を横に振った。

「博士は、いつでも私を肯定してくれます」

「それでいいのではないですか?彼は嘘をつくような人間ではありませんし、そんな発言もきっと、貴方を思って為されたことですよ」

彼が少女のことを大切に思っていることは知っていた。だからこそあの日、少女より先にここにやって来て、ズミに釘を出したのだ。
彼女を傷付けたら許さないと、その目は雄弁に語っていた。
しかし、その気遣いはこの繊細な少女の目にどう映ったのだろう。
感謝しこそすれど、少女は自分の思いを吐き出すことが出来ずにいたのではないか。
気遣いを踏みにじる行為だと、少女が躊躇うことは容易に想像出来た。

「貴方は叱られたかったのですか?」

「……はい」

「責められるのは苦しいでしょう。貴方が余計に袋小路に追い込まれるだけだと思いますが、それても糾弾して欲しかったのですか?」

少女は沈黙した。もうその無意味な時間をもどかしいとは思わなかった。
何故ならその長い時間には、次の言葉が約束されているからだ。
この沈黙は回答を拒む為のものではなく、言葉を発する為の準備期間だとズミが確信出来たからだ。
話してくれとの懇願に、他でもない少女が頷いてくれたからだ。

「……皆は、忘れようしている」

その言葉にズミは瞠目した。そして次の沈黙を、彼女の次の言葉の為に捧げた。

「凄い、偉い、強い。皆がそう言ってくれます。
それは、そういうことでしょう?皆は私を、そう思っているんでしょう?……でも、違うんです」

「……お言葉ですが、」

「解っています。私が、何も言えないからです。私が悪いんです。
でも、言えなかった。私の荷物はこんなにも重いのに、それを周りの人に「持って」なんて言えなかった」

「では、何故私にはその荷物を分けて下さったのですか?」

この少女が人一倍繊細であることをズミは知っていた。だからこそ不思議だった。
何故、自分にはこうして話してくれたのだろう。生きることを拒みながら、何故ここに毎日来てくれたのだろう。
疑問は数多くあったが、最も解せないのは、少女が自分の懇願に応え、こうして話をしてくれるようになった理由だ。
もっと端的に言えば、「どれか一つ」に「自分」を選んだ理由だ。
少女は徐にその口を開いた。

「怒って、くれたから」

それは、先程聞いた初めての言葉だった。それと、と付け足して少女は更に続けた。

「引っ張り上げてみせると、言ってくれたから」

ズミさん、と彼女は紡いだ。おそらくそれが、彼女がズミを呼ぶ初めての声だった。
凛とした音でそれは鳴らされた。こんなにも堂々と自分の名前を呼ぶような人間ではなかった。
しかしそれを変えたのは自分だ。少女がズミを信じると言ってくれたように、彼も少女のことを信じられていたのだ。


「ありがとう」


少女は、笑った。

それなのに、ズミはその目元に手を延べていた。見えもしない涙を拭いながら、彼の方が泣きそうな顔をして微笑むのだ。

「明日も、来て下さいますか」

「はい、必ず」

それは本当に些細な再会の約束で、だからこそ笑顔で交わす必要があったのだと、二人は後になって知った。


2013.11.18

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