三十の詩

18:ALONE and TOGETHER s”O"natas

「かまくらを作らなくても、風を凌ぐなら此処で十分かもしれませんね」

 凍り付いた滝から雪崩坂へと下る道を進み、ぽっかりと空いた氷の穴へとウォーグルの翼で飛び込めば、激しい吹雪とは無縁のきっぱりとした静寂が二人を出迎えた。風がない、というだけで随分と温かく感じる。氷で出来た地下洞窟をゆっくりと歩きながら、彼女は今日の野宿を此処で済ませる算段を立てているようだった。安全に眠るためには、遠くに見えるあの赤い目のユキメノコを撃退しておく必要があるだろうな、と考えていると、少し前を歩いていた彼女が「あっ」と声を上げて、鞄からボールを取り出した。どうやら「O」のアンノーンを見つけたらしい。

「おやおや迂闊ですね、今の声でユキメノコに気付かれてしまいましたよ」
「えっ、ユキメノコがいたんですか! すみません、気が付かなくて!」
「構いませんよ、あちらはワタクシが相手をします。アナタはそこでのんびり文字遊びでもしていればよろしい!」

 ウインディを繰り出して炎技を二度ほど叩き込めば、ユキメノコは自らの圧倒的不利を悟ったらしく、瀕死寸前の体をひきずるようにして洞窟の奥にふらふらと向かいつつ、空気に溶けるように姿を消した。
 ありがとうございます、と駆け寄って来た彼女に、ウォロはにやりと笑いながら「では文字遊びの続きはこちらにどうぞ」とメモ帳を押し付ける。照れたように肩を竦めながら「そうですね、それくらいはさせてください」と彼女は快諾し、テントの設置や防寒具の用意を一通り終えてから、新しいページを開いてくれた。

「雪、は?」
「SNOWですね。氷はICEって書きます」
「寒い、は?」
「COLDですね」
「どちらにも『O』が使われていますね。純白の凍土から連想できる単語を構成する文字……このアンノーンはそれを分かった上で、此処を隠れ場所に選んだのでしょうか?」
「わっ、それ、とても面白い考えですね! 自分の文字が使われるべき言葉の意味や在処を、彼等はちゃんと分かっているのかも」

 彼女はボールからOのアンノーンを出して「ほら、君の文字だよ」と示すようにメモ帳をそちらへと向けた。大きな目が彼女とメモ帳を交互に見る。隠れている時は勿論のこと、捕獲してからも、アンノーンたちはこちらの言動に対してほとんど反応を示さない。にもかかわらずこうして根気良く話し掛け続ける彼女に、よくもまあ飽きずに続けられるものだとウォロは呆れを通り越していっそ感心してしまう。ポケモンと心を通わせようとする強い意思と、根気と、忍耐力。彼女に宿ったそういうものを見越して、アルセウスは「すべてのポケモンにであえ」という使命を託したのかもしれなかった。
 彼女が捕まえたアンノーンはこれで十七匹。残り十匹ほどで全ての文字が揃う。

「そういえば、アルファベットで数字はどのように書き表すのですか?」
「普通に1や2で書くことの方が多い気がしますね。でも勿論、アルファベットで表す方法もありますよ。1はONE、2はTWO、3はTHREE……」

 彼女がスラスラと書き付けるそれらの言葉を、ウォロのみならず先程捕まえたばかりのアンノーンまでもが傍に寄って共に眺め始めた。自らの文字である「O」が複数あること、あるいは自らの文字が他の仲間と共に在ることを喜んでいるかのように、ピロピロと声を上げて宙を踊っている。鳴き声のないポケモンなのだと思っていたが、存外主張の強い音をその体に宿しているようだった。ドーミラーやポリゴンの鳴き声のような無機質性を連想させる声だ。彼等の体は一体、何で出来ているのだろう。

「人数もこれで表せるのですか?」
「そうですね。五名、と書きたい場合は『FIVE PEOPLE』になります。ただ、単純な人数を表す以外の方法もあって……」

 新しいページを捲り、彼女は更に書き付けていく。

「二人、じゃなくて、一緒にとか共にとかいう意味にしたい場合は、TWOじゃなくてTOGETHERっていう単語を使います。あと、一人、じゃなくて、一人きりとか孤独とかいう意味を持たせたい場合には、ONEじゃなくてALONEと書くんですよ」

 TOGETHERとALONEという、全く異なる性質を持つ二つの単語が紙の上へと並ぶ。槍の柱で彼女と戦ったあの日のことを思い出し、この単語がそれぞれウォロと彼女にぴたりと合わさるような気がして思わず笑ってしまった。
『ワタクシは結局ひとりでしたが、アナタは違う……ポケモンと共に夢を叶えるのでしょう!』

 ALONE……これはウォロのためにある言葉のような気がした。
 一方で、TOGETHERは彼女の生き様を表すためにある言葉のように思われた。

 では今の二人はどうだろう? ウォロと彼女とが旅を続けているというこの状況は、二名であるという意味において「TWO PEOPLE」には違いない。だがそれをTOGETHERとしてしまうのは少し面映ゆかった。

「ALONEをアンノーンで表すにはNが、TOGETHERを表すにはTとGとRが足りませんね」
「そうですね。やっぱり全部の文字が揃わないと、言葉や意味を作るのは難しそう。……もう少し、一緒に来てくれますか?」
「ええ構いませんよ。対価はそのメモ帳の充実、ということで一応妥協しておきます」
「あっ、その言い方! まだ他にも私から取り上げる気ですね?」

 搾取される未来を楽しいものであるかのように、へらっと笑いながら彼女は尋ねてくる。この子供から取り上げたいものなどその実まだ何も思い付いていない。元の世界での何もかもを奪い取った身で、これ以上を取り上げたくはないとさえ思い始めている。だというのに、そうした変化を知られたくないがために、ウォロはにいと笑って「モチロンですよ」と揶揄うように告げるのだ。最後の最後まで、彼女にとっての「いけ好かない相手」で在るためにそうするのだ。

「何でもいい、と言ったのはアナタではありませんか。反故にするおつもりで?」

 けれどもその言葉を受けて「いいえ」と微笑んだ彼女は、もうとっくにウォロにとっての「いけ好かない相手」で在ることを放棄している。そうした彼女の惨たらしい許しに気付く度、ウォロはどうにも居た堪れなくなってしまう。

「何でもあげます。貴方が私から取り上げたいと思っているもの、何だって」

2022.2.19
【「ひとり」と「ふたり」の奏鳴曲】

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