三十の詩

15:Come on, dance ”J"ig like crazy

 次のアンノーンが隠れていると思しき場所、メモには「いしきりば、すきま」と記されたところへと二人は向かっていた。天冠の山麓には遺跡の跡があちこちにあるが、その一部はFのアンノーンを捕まえた崖の近く、地下に埋もれるようにしてまだ綺麗な状態で残っていたのだ。建造物と思しき石のブロックが、床や壁から突き出るように無秩序に並んでいる。死角が多いため、探し出すのはやや骨が折れそうだ。

「私の感覚では、神様と崇めるべき存在が、姿形のある状態で人の前に現れたり、誰かに語り掛けたりしてくることに、強い違和感があって……」
「アナタの元いた世界にいる神様は、そういうことはしてこなかった?」
「少なくとも、私の知る限りではそうでした」

 二人は地下をゆっくりと歩いてアンノーンを探しながら、カミナギ寺院跡で話した神の談義、その続きを行うことにした。凛とした横顔のまま、丁寧に言葉を選んで話を進める彼女の、一言一句を聞き漏らしてなるものかと、ウォロの表情も自然と力の入ったものになってしまう。

「私の世界にも、いろんな神様がいるんですよ。いろんな人がいろんな神様を信じています。その信仰を続けることによって皆さん、生きる活力とか強い意思とか、そういうものを貰っているんだと思います」
「どのような姿をしているんですか?」
「姿……人の形で描かれていることがほとんどですね。人が想像したものだから、概ねそうなってしまうのかも」
「想像? 実際に神の姿を見た者はいないのですか?」

 え、と拍子抜けた声を上げた彼女は、次の瞬間、先程までの誠実な横顔をなかったことにするような勢いのある破願を為し、大声で笑い始めた。ケラケラと甲高いそれが地下の遺跡跡にいやに大きく響く。彼女にしては珍しい、何かを馬鹿にして笑うような豪快さにウォロはやや面食らってしまう。続けられた言葉も、「神様になんて!」という、彼女らしくない過激かつ無慈悲なもので、頭を殴られたような衝撃がウォロに容赦なく襲い掛かって来る。

「私達人間如きが、神様になんて会える訳ないじゃないですか!」

 地下に木霊するその言葉、本当に「そう」なのだと確信したような大笑いの仕方。それらにウォロは迂闊ながら傷付いてしまいそうになる。そんな彼の表情が僅かに変わったのを彼女は見逃さなかったらしく、すぐに笑顔を消して「ごめんなさい、貴方の夢を否定したかった訳じゃないんですよ」と、残酷なまでに優しい弁明を為してきた。

「私の世界にいる神様は、基本的にそういうものなんです。いるかいないかも分からない。姿も声も、誰も知らない。特定の人と交信したり、誰かに何か大きな力を授けたり、使命を与えたりするなんてもってのほかです」
「……」
「そういう存在を『いる』と信じて、そういう存在から何かを『戴いている』と考えること自体が、彼等にとっての信仰になっているのかもしれません」

 分かっている。これは文化の違いだ。彼女が生まれ育った元の世界では「そう」であるというだけの話だ。いるかいないかも分からない、不定かつ不明瞭な存在を信仰することで生きる活力を得てきたという彼女の世界。そこで生きてきた彼女が、ディアルガやパルキアやギラティナ、そしてアルセウスのようなポケモンを、神様として認めることはとても難しいのだと、そういう趣旨の話をしているに過ぎないのだ。

「アナタの世界の神様には何ができるのですか?」
「見守ってくださるだけですよ。何もできない、というより、何もしないんです」

 決して、ウォロが長年追い求めてきた夢を、馬鹿げたことだとして揶揄しにかかっている訳ではない。分かっている、分かっているのに、何故だか、彼女の語り口に「誰か」を責めるような気配が混ざっているように思われてしまう。
 ウォロには、その「誰か」が自分のことであるような気がしてならない。

「世界をお創りになった神様は、もう既に最大にして最高のお仕事を果たされている神様は……その創造物のひとつである人の営みを、後はもうただ見ていることしかできないんです。決して、手を出して、思い通りにしようとしたりなんかしない」
「では今は何の役にも立たないということではないですか。そんなものを何故、アナタの世界の人は信仰しているのです?」
「分かりません。私には信仰する神様がいないから。いろんな神様を崇め奉る方々が持っている大切な気持ちを、信心を、分かったように語ることはできません」

 あ、と彼女は声を上げて足を止めた。壁からせり出すようにして伸びたブロックとブロックの隙間、そこに隠れているJのアンノーンを見つけたのだ。随分と高いところに張り付いているため、モンスターボールの緩い軌道では届かなさそうだ。彼女も即座にそう判断したようで、鞄からフェザーボールを取り出しつつ、続きを話そうと口を開く。

「ただ分かるのは、平等を重んじる神様だからこそ多くの人に信仰されているってことです。神様は誰か一人を特別扱いしちゃいけないし、特別な加護とか、導きとか、そんなものを受ける存在なんかあってはならないんですよ」

 言い終わると同時に彼女は勢いよくボールを投げた。狙い通りに飛んでいったその青い軌道の先、アンノーンを収めたフェザーボールは重力を思い出したかのようにすっと床に落ちる。コロコロと軽い音がいやに大きく響いた。彼女はボールを見るより先にウォロを見上げた。ウォロもまた、彼女から目を逸らすことができなかった。

 どういうことか分かりますよね、と、ウォロを見上げてくる大きな目が言外に訴えている。つまり、と呟いた自分の声の弱々しさに驚かされながらも、平静を貫き声をいつもの飄々としたものに戻すことが、今はどうにも難しい。

「アナタのような存在は、アナタの元いた世界では受け入れられなかった……?」

 彼女はすっと目を細めて笑うことで肯定の意を示した。神に愛されること、選ばれることを「禁忌」あるいは「罪」のように認識しなければいけなかった彼女を、その栄光を素直に受け取り喜ぶことができていなかった彼女を、ウォロは心から哀れに思った。同時に、彼女の語り口において責めようとしていた「誰か」とは、ウォロではなく彼女自身であることにも気付かされ、自分で自分の首に刃を押し付けているような惨たらしい神の談義をこれ以上続けることが、どうにも恐ろしくなってしまったのだ。

「貴方の憤りももっともなことでした。私みたいな人、本当はいちゃいけないのに」

 時空の裂け目から落ちてきた余所者だからではなく、神と呼ばれしポケモンから使命や加護を受ける身であるからこそ「いてはいけない」のだと彼女は考えている。
 そこまで考えてウォロはぞっとした。だってそれは、その言い方は、まるで彼女が「ウォロのためにいなくなろうとしている」かのようではないか。元の世界に帰りたいから帰るのではなく、コトブキムラの住人たちから手酷い排斥を受けたから帰るのでもなく、この世界では彼女にしか通用しない神の掟、そんなものに自らがそぐわないから帰るべきだ、としなければいけないなんて、それこそあまりにも偏った、惨たらしい考え方ではないか。少なくとも、彼女が「神に選ばれた」ことで傷付いているのはウォロだけだ。ならば彼女が「いてはいけない」などという言葉で自らを罰する理由だって、ウォロを理由とするもの以外には最早、在り得ない。
 しかもその「いてはいけない」を、ウォロがあの日爆発させた憤りと憎しみがものの見事に正当化してしまっているのだから、尚の事、ウォロにとっては許せるものではない。

 彼は今すぐに否定しなければいけなかった。Jのアンノーンが入ったボールを拾って鞄へと仕舞う彼女に、一刻も早く訂正の言葉を投げかけなければならなかった。彼女が「禁忌」あるいは「罪」と考えているものは紛れもなく「祝福」であり、アルセウスが彼女に与えた使命も加護も、そのポケモンを神と崇める者を不当に貶めることには決してなっていないのだという……そうした趣旨のことを、とにかく、今すぐに。

「そんなことは在り得ない」
「!」
「そんなはずがない。アルセウスは、アナタを」

 そこまで口にした瞬間、雷に打たれたような衝撃がウォロの脳髄を駆け抜けた。あまりのおぞましさに息が止まりそうになった。瞬きさえ忘れていた。
 だって、ああ、ワタクシは今、何を言おうとしたのだ。アルセウスに選ばれたアナタを祝福する? 神と崇められるポケモンに選ばれたことを後ろめたく思う必要などない? これでは事実上の敗北宣言ではないか。なんて、なんて恐ろしいことを!

「ウォロさん、どうしたんですか?」
「どうしたんですか、ですって? それはこちらの台詞ですよ。アナタ、ワタクシに何を言わせようとしたんです」

 自身の失態であることを棚に上げてウォロは叫ぶようにそう問い詰める。彼女は悲しそうに微笑みながら「ごめんなさい」と、決して必要ではなかったはずの謝罪を為した。違う、謝らせたかった訳ではないのに。ただ、アルセウスに選ばれたという事実を、彼女がこの世界から去りたがる理由にしてほしくなかったという、それだけのはずだったのに。
 ワタクシの絶望などを理由にして、このヒスイの地を去ろうなどと考えてくれるなという、ただそういうことが言いたかっただけであるはずなのに。

「何も言わなくていいんですよ、ウォロさん」
「……」
「貴方は私を憎んだままでいい」

 なんて残酷な許し方だろう、と思った。空を切るばかりの刃を振るい続けることの不毛さ、虚しさに、どうやら彼女は思い至れていないらしい。そしてそんな馬鹿げた憎悪は、実のところ、ウォロは彼女と再会したあの日から既にほとんど手放してしまっている。

「最後まで聞いてくれてありがとう、ウォロさん」

 許せる訳ではない。敗北を認める気にもまだなれない。けれども憎むことは、最早馬鹿馬鹿しくてやっていられないのだ。だって彼女の側ではこんなにもウォロを許しているのに。こんなにも、許されているのに。

2022.2.18
【さあジグ(高速円舞)を踊れ、狂ったように】

< Prev Next >

© 2024 雨袱紗