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次の調査メモが示した「はやし、いけ、いっぽんのき」にはウォロも心当たりがあった。彼女と共にプレートを探し始めた頃、オヤブンのビークインに遭遇したあの場所で間違いないだろうと確信し、迷うことなく彼女と共に黒曜の原野へと向かった。 あの時のビークインとの戦闘も、彼女がプレートを手に入れるところも、このアンノーンは木の陰から静かに見ていたのだろうか。動きも鳴きもしないこのポケモンの意思を推し測れる気はしないが、ウォロの姿に「覚え」くらいはあるだろうと考え、手をひらひらと振って笑い掛けてみたくなった。 「久しぶりですね。ほら、ちゃんと見つけてあげましたよ。大人しくボールに入っていただけますね?」 瞬きひとつしないEのアンノーンはじっとウォロを見ていた。いや、その大きな瞳のせいで「見ている」ように感じるだけで、その実、ただぼんやりと瞳をそこに置いているだけであるのかもしれない。嘘を吐き、あらゆる表情を使い分けて己が感情を誤魔化したり隠したりする、人とかいう生き物もなかなかに厄介だが、声や表情や動きが一切ない生き物との対峙もそれはそれで難しい。 難しい、というよりも「虚しい」とすべきだろうか、とウォロは考える。全ての視線や言葉や挙動がただ虚しく相手を通り過ぎるばかりで、言ってしまえばちっとも面白くないのだ。こんなものに優しく微笑み、言葉を掛けて仲間に加えることをその都度喜んできた彼女の神経をほんの少し疑いたくなる。これらの文字たちを集めた先に、何か報酬めいたものがあることを確信してでもいなければ、こんな地味な作業を楽しめはしないだろう。 いや、それとも彼女は「文字を集める」という行為自体を既に己が報酬としているのかもしれない。ウォロがこの時間……彼女のせいで「一人ではなくなっている」という時間を、彼女への協力に対するある種の対価だと考えているのと同じように。 「見つけられてよかった! ずっと会いたかったんだよ。君がいないとどうにもならないものね」 彼女は不思議なことを言いながらボールを投げた。Eのアンノーンをそこまで特別視する意味がウォロには分からず、どういうことかと首を捻ってしまう。彼女はアンノーンの入ったボールを大事そうに鞄へと仕舞ってから、いつもの間の抜けた顔とは違う、少し真面目そうに眉を上げた表情でこちらを見た。 「Eって、アルファベットにおいてはとても大事な文字なんです。英語の文章で一番多く使われるのがこのEなんですよ。ローマ字だとそうでもないんですけどね」 「エイゴ? アルファベットはローマ字を構成する文字ではなかったのですか?」 「えっとですね、ローマ字は私達に分かりやすいように書かれているだけのもので、メジャーな使われ方は英語の方、というか……うーん、説明が難しいなあ」 「一種類の文字が二つの言語を構成しているということですね、面白い! そのエイゴについてアナタは堪能なのですか? 是非教えてほしいものですが……」 彼女がこのアンノーンに見出していた意味、その一端に触れられたような気がして些か興奮してしまう。そんなウォロの反応を受けて困ったように笑う彼女の、その表情には覚えがあった。隠れ里のコギトに神話の話を根掘り葉掘り聞き出そうとした折に、彼女がウォロへと見せたあの表情にとてもよく似ている。あの時、コギトはうんざりしていたのだろうか、あるいは困り果てていた? それとも照れていた? もしくは喜んでくれていた? 「えっと……私、あまり頭がよくないんです」 「そんなこともうとっくに知っていますが?」 「もう! 茶化さないで最後まで聞いてくださいよ。えっと、だから英語は人に教えられる程、上手じゃなくて……単語や短文を幾つか紹介することくらいしか」 「ええ、ええそれで構いませんとも。是非!」 食い気味にそう促してウォロは鞄からメモ帳を引っ張り出し、筆と共に彼女の胸元へぐいと押し付ける。彼女は困り眉のままメモ帳を開き、筆を濡らしてさらさらと幾つかの文字を書き付けていった。 「これは『友達』という意味です。ローマ字だとTOMODACHIで、読み方もそのままトモダチですが、英語だとFRIENDと書いて、フレンドって読むんです。文字の使い方も読み方も、ローマ字と英語では全然違っていて、ややこしいんですよね」 「ふむ……こちらは?」 「どちらも『命』の意味です。ローマ字だとINOCHIだけど、英語だとLIFEと書いて、ライフって読むんですよ」 「おや、どちらのエイゴにもEが使われていますね。大事な文字だとアナタが言ったのはこういうことでしたか」 「そう! そうなんですよ! Eって英語では本当に沢山使われていて」 ぱっと顔を輝かせてそう捲し立てる彼女と、かつて古代文字の解読に成功した、今より更に若いウォロ自身の姿とが、時代を飛び越えてぴたりと合わさったような感覚に陥り、ウォロは自嘲したくなった。神に選ばれたこの子供と選ばれなかった自身を同一視するなんて馬鹿げている。そうは思いながらも、この未知なる文字について楽しそうに語る彼女の姿を否定したくないという気持ちがそのまま、己の過去の歩みを無駄なものとして切り捨てたくないという祈りにも重なってしまう。今の彼女と過去の自分自身。この二人を切り離して考えることが、殊この「文字の探求」というテーマにおいてはひどく、難しい。 「道すがら、もっと色々教えてください。あ、単語は全てそのメモに記載をお願いしますよ。ワタクシが逐一、古代文字に反映させてから書き記すより、端から瞳のないアルファベットで教わった方が効率が良さそうですから」 ああ、これを彼女への協力の「対価」としてもいいのかもしれない。そう思いながらウォロはアンノーンの調査メモを開き「次はこの文字なんてどうです」と、Sのアンノーンを指差してにっと笑ったのだった。 2022.2.17 【文字の間に接続曲を埋め込んで】