共鳴は海を渡る

※アピアチェーレ、片翼、サイコロ既読推奨

こんにちは、シアさん。元気にしていますか?

貴方にこうして手紙を書くのは、随分と久し振りですね。貴方がイッシュを旅していた頃にわたしに宛ててくれた沢山の手紙を、わたしは今でも持っていますよ。
4年前の字はまだ少し粗っぽく、慌てたように沢山の言葉を連ねていたことが窺えます。
あれからもずっと、貴方は「レポート」と称した日記を書き続けていましたね。きっとその習慣は、今でも続いているのでしょう。
物事というのは続ければ続ける程に上達するものですから、毎日、大量の文字を綴り続けてきた貴方の字が美しく整ったものになったとして、それは当然のことでした。
貴方が、過ぎ行く日々に対する誠意を貫き通した結果として、今の貴方が綴ることの叶う、美しい文字があるのですよ、シアさん。

そんな貴方の返事を期待しながら、わたしはこうしてペンを取っています。貴方の美しい文字で返事が返ってくることを、わたしは期待していますし、確信してもいます。
誰かに聞かれてしまえば、なんと傲慢なことだと笑われてしまうかもしれませんね。
構いません。わたしと貴方は似ているのですから、これくらいの傲慢は許されるでしょう。
わたしとて、貴方から手紙を貰えたなら、嬉々としてその日のうちに返事を書くでしょうから。貴方のための言葉をこうして綴ることが、今も、どうしようもなく嬉しいのですから。
貴方もそうであればいいと、思っていました。つい最近までは、本当にそれしか考えられませんでした。

けれどわたしと貴方が似ていなくても、それはそれでいいのではないかと、最近は思えるようになっています。
違うこと、共鳴し得ない事象があること、噛み合わないこと、対立すること。これらはきっと悲しむべきことではありません。寧ろ喜ぶべきことなのです。
貴方の新しい姿を見ることの叶うわたしを、誇りに思うべきところだったのです。

ですから、貴方がわたしの手紙を受け取り、返事のためのレターセットをすぐに用意してくれたとしても、返事が遅くなったとしても、返事が来なかったとしても、構いません。
貴方の対応がどうであれ、それが貴方の行動であることに変わりはありません。貴方が貴方であるという事実は揺らぎません。
それにわたしの喜びは、貴方からの返事を待つことだけではありません。
あの頃と同じように、貴方のための言葉を綴ることが叶っているという、今、この瞬間こそわたしの喜びであり、幸福なのですよ。

前置きが長くなりましたが、要約すると、この一言に尽きます。

「わたしの手紙を読んでくれてありがとう、シアさん」

貴方と知り合って、もう4年になりますね。
初めの2年間は、まるで嵐のようでした。
わたしも貴方も互いに、社会に対して捻くれた見方をしていましたが、
少なくとも、わたしのそうした歪んだ認知をまっとうなものに正してくれたのは、いつだって、貴方の誠実な言葉でした。
貴方もまた、嵐のような忙しなさで急激に、ポケモントレーナーとしての成長を遂げていきましたね。臆することなく何事にも真っ直ぐに突き進む貴方の姿は、とても眩しかった。

そうした、目まぐるしく変わり続ける貴方の世界と、特に変化のないわたしの閉じた世界は、あの偶然の邂逅を経てから、自然と捻じれて、遠ざかっていくものと思われました。
けれど貴方は、閉じた世界で淡々と生きるわたしを慕ってくれました。誠意を諦めていたわたしに、折れない強靭な誠実さで向き合ってくれました。
そのことにどれだけわたしが救われたか、今でも言葉にすることが難しい。感情ばかりが先走って、まっとうな文章の形を取らないのです。
ただ、これだけは言えるでしょう。貴方は眩しすぎた。貴方はあの頃のわたしが忘れていた全てを持っていました。踏み入ることが躊躇われる程の輝きでした。
そして、それは今でも続いています。

貴方はわたしの、科学に関しては誰よりもよく回る口に驚き、この忙しない口から零れ出る些末な理論にいつだって目をキラキラさせて聞いてくれましたね。
苺の紅茶は甘くない。そんなことは、閉じた大人の世界に生きるわたしにはありふれた、当然のことです。
けれど貴方にとっては違った。貴方はたった一杯の紅茶と一粒の角砂糖に、無限に広がる科学の可能性を見ていました。
わたしはそれがどうにもおかしくて、眩しくて、嬉しくて、泣きたくなりました。
貴方も知っていると思いますが、わたしはひどく涙脆い人間なのですよ。わたしは貴方が思っているよりもずっと弱い人間です。この点に関しては、貴方には全く似ていません。

そうだ、もう一つ、わたしと貴方の違いについて言及しなければいけませんね。貴方はとても欲張りで、強欲です。
たった12歳の女の子が救うには、イッシュという土地は些か広すぎました。それでも貴方は諦めることなく手を伸べた。手を伸べて、そして、救った。

わたしは、貴方がその幼さ故に、自らの手が掬い取れるものの大きさを計り違えているのだと思っていました。
貴方は思い上がっているのだと、誰もが誰もを救うことなどできる筈がないのだと、それなのに足掻き続けている貴方は、貴方自身の無理によってその首を絞められているのだと。
けれど、そうではなかったようです。貴方は自らの力の小ささを、自らが悉く無力な存在であることを知っていましたね。
だからこそ貴方は、貴方一人では到底叶わないような理想論を掲げ続けて、その結果、多くの人の助けを得るに至ったのでしょう。

貴方のお友達も言っていましたが、それは「誰にでもできる」ことではなかったのですよ。貴方であったから、あれ程までに多くの人間が力を貸してくれたのです。
一人の力が僅かなことを弁えていながら、それでも一人で為すことの叶う限りの全てを尽くした貴方を、わたしも、貴方の先輩も、ジョウトに住む貴方のお友達も、見ていました。
貴方がこの世界に対して貫き通した誠意を、貴方を知る全ての人が見ていました。

貴方には、貴方自身の誠意を響かせる力がある。貴方には、積み重ねた誠実な嘘を真実にする力がある。それは他の誰にも真似できない、貴方の、貴方だけの力です、シアさん。

そうしてイッシュを大きく変革することの叶った貴方だからこそ、カロスで起こった辛い出来事は、貴方を随分と苦しめていましたね。
貴方と旅したカロスの土地はとても美しく、あの頃の日々はわたしの中で、とても楽しく幸福な記憶として残っているのですが、
貴方は今でもあまり、あの土地にいい感情を抱けずにいるのかもしれません。

一応、書いておきますが、貴方を責めている訳では決してないのですよ。大きすぎる絶望には犯人が必要であることをわたしはとてもよく解っています。
貴方が、貴方の親友を苦しめた犯人としてカロスを選んだことは、何の不自然もない、当然のことでした。
わたしもまた、貴方を苦しめていた犯人として、貴方の親友を憎んでいた時期が確かにあったのですから。わたしにとって誰もを想うということはとても難しく、苦痛でしたから。

そうした貴方の心を休めるための場所として、ホウエン地方はとてもいい土地だったように記憶しています。
わたしはカイナシティの海の科学博物館で、シアさんはデボンコーポレーションとポケモン研究所で、それぞれ臨時の職員として働きましたね。
貴方がホウエン地方のポケモン図鑑を完成させたと聞いた時にはとても驚きました。
わたしがカロスで行っていたポケモンの生態調査にも、とても楽しそうに付き合ってくださいましたし、貴方には研究者の素質もありそうですね。
いつか、わたしの白衣を悪戯で着ていた時も、サイズの不具合を別にすれば、とてもよく似合っていたように記憶していますから。

貴方の親友が拒んだポケモン達が、1年の時を経て再び彼女の元に戻ったことは、おそらく喜ばしいことだったのでしょう。
けれど貴方はそのことを心から喜ぶことができなかった。理由は解っています。あの子のサーナイトを預けていた、もう一人のポケモントレーナーの心中を想ってのことでしょう。
けれど大丈夫ですよ。あの子は貴方の親友のように弱くありません。
あの子にはサーナイトの他にも、強くて頼もしいポケモンがいます。それに、あの子のことを誰よりも想う青年が、これからはずっと、あの子の傍にいるのですから。

……しかし、あの二人と親しい貴方ならともかく、殆ど面識のなかったわたしまで、結婚式に呼んでくださるとは思いもしませんでした。
貴方がわたしに贈ってくれたカフスボタンを使う機会に恵まれたことと、貴方のパーティドレス姿を見ることができたという点に関しては、密かに、嬉しく思っていたのですよ。
また会うことがあれば、よろしくお伝えください。あの日の貴方達は最高に美しかった、と。

貴方と出会ってから、5回目の春が過ぎようとしています。
12歳だった貴方は16歳になりました。コンプレックスにしていた背も、少しだけ高くなりましたね。

貴方との邂逅が偶然のものであったのだと、そうした些末な言葉で片付けてしまえなくなる程に、4年という月日は長く、遠く、温かいものでした。
出会った頃の幼い貴方の姿を鮮明に思い出すことは、日に日に難しくなっていきます。
けれど、おそらくそれは悲しむべきことではなかったのでしょうね。貴方とはこれからも、きっと共に在ることが叶うから。
少なくとも、わたしはこれからもずっと貴方の傍を望みます。貴方が許してくださる限り、わたしはいつも、いつでも「そこ」にいるのでしょう。

だから今回、遠く離れた土地で、こうして貴方に向けて手紙を書いている自分自身を、少しばかり、疑いたくなってしまいます。何をしているんだと、呆れたくなってしまうのです。
貴方と共に在ることこそが、わたしの、かけがえのない幸福であると思っていました。だからこそわたしはこれまで、貴方の傍を望んできた筈でした。

けれど、互いの進むべき場所、目指したい道は往々にして異なるものです。
わたしと貴方はとてもよく似ているけれど、何もかもに共鳴できる訳ではありません。わたしと貴方は違う人間です。重ならない時、揃わない歩幅もあるでしょう。
だからこそ貴方を想うことが叶ったのですから、それは悲しむべきことではありません。
いつも一緒にいることだけが誠意ではないのだと、わたしは5年目にしてようやく、思えるようになりました。
貴方から離れたところで貴方を想う。そのための勇気を得るまでに、4年を要しました。

アローラはとても美しい土地です。カロスの完成された美しさではなく、ホウエンの、あるがままの自然の美しさに似た色を持っています。
4つの島と1つの人工島からなる、海に囲まれた場所です。わたしのお気に入りを一つ挙げるとすれば、シェードジャングルという密林を北に抜けた先にある高台ですね。
8番道路に面したその高台からは、海が見えるのですよ。ただそれだけの場所ですが、わたしにとっては大きな意味を持つのです。
貴方も知っていると思いますが、わたしは海が好きなのですよ。貴方がいない時は、特に。

……さて、長くなってしまいましたが、これにて締めさせていただきます。
ゲーチスに過重労働を強いられたりしたら、いつでもわたしの携帯に連絡を下さい。わたしから彼に物申しておきます。
もっとも、わたしが間に入る必要もなく、貴方は難なくゲーチスを丸め込んでしまうかもしれませんね。ええ、ですからこれはわたしの単なる我が儘ですよ。
「貴方の声が聞きたいから、貴方の時間を少しだけわたしに下さい」という、わたしの、少しばかり幼稚な、けれど嘘偽りのない我が儘です。

誰よりも誠実な貴方へ、わたしの誠意の限りを尽くして、贈ります。
アクロマ


(白い封筒の中には、8番道路の高台から撮影したらしい、海の写真が入っている)
2016.12.22
不甲斐ない私に温かいお言葉をかけてくださったすえさん、まるめるさん、翠子さんに、心からの感謝の気持ちを込めて。

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