ナギサシティから海を渡り、薄暗いチャンピオンロードを抜け、四天王を難なく勝ち抜いて、
チャンピオンの待つ部屋へと足を進めた私を、「来ると思っていたわ」なんていう尊大な言葉と共に、私をこの地へ招いた張本人が笑顔で迎えてくれた。
流れるような金髪が、ライトに照らされ目映い存在感を放っていた。この部屋は正しく彼女のために在るのだと、心からそう思えたのだ。
「ヒカリはアカギさんに会えたわ。彼を探すためにシンオウ地方をくまなく歩き回ってきたの。おかげで私はジムバッジを8つも手に入れる羽目になっちゃった」
「いいじゃない。ついでに観光もできて、楽しかったでしょう?
それにバトルが好きな貴方なら、各地にあるジムを見逃さないと踏んでいたのよ。此処で貴方を待っていて正解だったわ」
肩を竦めて楽しそうに笑ったシロナさんに、私はこれまでのことを説明した。
ヒカリと一緒にシンオウ地方を巡りながら、各地のジムを勝ち抜いていったこと。ナギサシティでアカギさんとヒカリが再会したのを見届けて、私は彼女と別れたこと。
折角だからとチャンピオンロードを越えて、シロナさんに挨拶、もといバトルをするために此処までやって来たこと。
先鋒としてシャンデラを繰り出せば、彼女は意外そうな顔をした。
「あら、シンオウ地方のポケモンは魅力的じゃなかったかしら?」
「そんなことないわ。とても素敵だった。でも私、モンスターボールを持っていなかったから」
唯一、アララギ博士に貰ったマスターボールが残っているが、それを使うのはどうしても躊躇われたのだ。
「でも、今回は前の時とは違うわ。春の、……一度目の旅で捕まえたポケモン達を沢山、連れてきているの」
そう、サザナミタウンで戦った時とは、私の手持ちはかなり異なっていた。
イッシュを旅している時に出会ったチュリネの進化系、ドレディアや、化石から復元されたアーケンの進化系、アーケオス。
イッシュのチャンピオンロードで捕まえたモノズは、シンオウ地方のジム戦を経てサザンドラに進化していた。
ゲーチスとのバトルで彼が繰り出したサザンドラを彷彿とさせ、あまりその進化を喜んであげられなかったのが悔やまれる。
しかしこの子はとても臆病で、それでいてボールから出すとそっとじゃれついてくる、とても可愛いポケモンだ。
今回はこの3匹に、ダイケンキ、シャンデラ、ゼクロムを加えたフルメンバーでの挑戦となる。
6つのモンスターボールを見たシロナさんは「あらあら」と苦笑した。
「この間よりも本気、ということね。……いいわ、あたしも今回は観光客としてじゃなくて、シンオウ地方のチャンピオンとしてお相手します!」
「ええ、よろしく!私はこの寒くて面白いシンオウの土地で、新しいチャンピオンになってみせるわ!」
彼女の先鋒、ミカルゲが技を繰り出す前に、シャンデラがオーバーヒートの構えを取る。
彼女とのバトルは、夏のあの日も今も、わくわくする。何かに切羽詰まるような、急きたてられるような緊張感はないけれど、その代わりに得も言われぬ高揚感がある。
きっと、本来のポケモンバトルに抱くべき心地とは、このようなものであったのだろう。
私が春の旅で、特殊な相手とばかり戦いすぎていただけ。
負ければ即、ポケモンとの別れが待っているという、そんな背水の陣が敷かれていたバトルが印象に残り過ぎているだけ。
*
「活躍させてくれなかったから、ゼクロムが拗ねているわよ?」
「だって、ドレディアのはなびらのまいが勢いに乗っていたんだもの。このまま押し切らなきゃ、と思って」
そんな遣り取りをしながら、私は殿堂入りの部屋へと足を踏み入れた。
先程までバトルをしていた空間の更に奥、そこはポケモンリーグのチャンピオンになったトレーナーを、永遠に記録する場所だという。
私は6つのモンスターボールをセットして、その記録を無言で見届けていた。自分らしくないけれど、感極まってしまっていて、そんなおかしな自分に小さく笑った。
此処まで来られたのは、ポケモン達に出会えたからだ。
旅に出てよかった。
「素敵でしょう?初めて此処に来た時、あたし、感動で思わず泣いちゃったもの」
「なんだか、泣かない私が薄情者みたいな言い方ね。これでも感動で胸がいっぱいなのよ。ただ、あいつに会うまでは泣かないって決めているから」
そう返せば、シロナさんはきょとんとした顔の後で吹き出すように笑った。美しい金髪がふわふわと揺れている。
どうかした?と視線で問えば、とても楽しそうにそんな言葉を紡いだ。
「まるで「あいつ」のことが好きみたいな言い方だったから」
何も知らない風を装った言い方。何もかもを知っていたくせに、そんな狡い言い方。私は拗ねたように唇を尖らせ、彼女を鋭く睨み上げた。
「貴方も同じね、シロナさん。私は狡い大人が大嫌いよ。狡くて、気持ち悪いくらいに優しい皆が大嫌い。だから「あんた」のことも嫌いよ」
「ええ、でもあたしはこれからも「君」と仲良くしていたいわ。またいつでも遊びにいらっしゃい。あたしの本気で、いつでもお相手するわ」
「……あんたのそういう、私のよくない感情までも許してしまえるところは、嫌いじゃないわよ」
それは光栄ね、と、彼女は美味しいお菓子を与えられた子供のように、頬を綻ばせてコロコロと笑ってみせた。
彼女を嫌う私を、彼女は否定しない。
そんな大人もいるのだと、こんな私でも他人に受け入れられることがあるのだと、私はまた少しだけ、この世界のむずがゆく面白いところを知る。
*
それから私は、ポケモンリーグの北にある島へと向かった。
血気盛んなトレーナーたちが昼夜バトルに明け暮れているその島の中央には、バトルフロンティアと呼ばれる施設があり、凄腕のポケモントレーナーばかりが集っていた。
中には5つのバトルゾーンがあり、それぞれの施設に特殊なルールが設けられている。それに従って、バトルを楽しむらしい。
ポケモンをレンタルしたり、ルーレットを回したり、といったものに挑戦するのも面白そうではあったのだけれど、
私は「この子達と一緒にポケモンバトルをすること」に集中したかったものだから、そういう複雑怪奇な施設は極力、避けた。
1匹だけで挑戦できるバトルステージと、特に変わったルールのないバトルタワー。私の挑戦の舞台は専らこの2つだった。
余所の地方からポケモンバトルのために訪れる人間は他にも大勢いて、新しい知り合いもそれなりに出来た。
「石からポケモンが目覚めるなんて、素晴らしいことじゃないか!」
などと興奮した様子で私の話を聞いてくれた、銀髪のお兄さんとは、バトルタワーの高層で頻繁に顔を合わせることになった。
ダークストーンから目覚めたゼクロムを彼はいたく気に入っており、ゼクロムと戦うことを強く希望していた。
少し、いやだいぶ変わったところのあるその青年は、けれどもポケモンバトルの場に出ると、笑えない程に強かったのだ。
彼とも連絡先を交換したのだけれど、私はほんの少しの敬意をもって、彼を「石野郎」という名前で電話に登録している。
ただ、何も構えずにポケモンバトルをする。高揚感のままにポケモンと一緒に戦う。バトルを通じて誰かと知り合い、仲良くなる。
それがこんなにも楽しいことであるのだと、私は学びつつあった。
シンオウ地方での旅は、イッシュのあの旅では得られなかった思い出や気付きを確かに与えてくれた。
そして私は、バトルタワーとバトルステージを勝ち抜いた証として、金と銀のトロフィーを抱え、シンオウ地方を後にすることとなる。
*
まさかトウヤのトレンチコートが、イッシュで役に立つなど思いもしなかった。シンオウ地方から南下している筈なのに、寒さが一向に和らぐ気配を見せない。
息を大きく吐けば、白く染まった。もう秋が終わろうとしていたのだ。
ゼクロムの頭に何か白いものが付いていて、払おうとしたのだが、触れた途端にその冷たいものは溶けて無くなってしまった。
「雪……」
きっと、トウヤと一緒に留守番をしていたバイバニラが喜んでいるだろう。その様子を早く見たいような気がして、私はゼクロムに加速を促した。
春にカノコタウンを旅立ったことが、もう、随分と昔のことのように感じられた。
カノコタウンを見つけ、ゼクロムが急降下する。
自宅の目の前に降り立った彼にお礼を言い、私はひょいと飛び降りて、ドアへと駆け寄った。
トウヤや母に、何を話そう。
新しく出会った知り合いのこと、プラズマ団によく似た組織のこと、シンオウ地方のジムやポケモンリーグのこと、バトルフロンティアのこと。
結局、探し人を見つけることはできなかったけれど、それでも、とても楽しい旅だった。
私は勢いよく、ドアを開ける。
そこにはソファに座ってテレビを見ている、トウヤの姿がある筈だった。
得意気に振り返り、いつもの青白い顔で、朗らかな笑みを湛えて、おかえりと、言ってくれる筈だった。
「おかえり」
2014.11.5
トウコ編(秋)完結