ミルクパズル

12

スイクンはそれこそ北風のような速さで、あっという間に私をコガネシティへと運んでくれた。
そのままラジオ塔に乗り込み、視界に入った全てのロケット団と戦うくらいの意気込みを見せていた私は、しかしあまりの人数の多さに言葉を失うこととなる。
彼等の本拠地である筈の、チョウジタウンのアジトで出くわした数とは比べ物にならない。

既に騒ぎを聞きつけた警察官が、入り口付近でロケット団と戦っているが、団員の数に押され、どうにも上手くいっていない様子だった。
彼等が警察沙汰を起こしてまで、ラジオ塔を乗っ取らなければならなかった、その理由を私は知っていた。
彼等は3年前のボスである「サカキ様」を呼ぼうとしているのだ。その呼び声をジョウト中に届けるために、彼等はこの騒ぎを起こしたのだ。

ロケット団のボスである「サカキ様」がどんな人物だったのか、私は知らない。
けれども此処までしてロケット団が呼び戻そうと躍起になっている相手だ。きっと優秀な指導者だったのだろう。
彼が戻ってしまえば、私の手にはとてもではないが負えなくなるという確信があった。故に私は、焦っていた。
早く彼等を止めなければ。……でも、どうやって?

ロケット団の支配は、ラジオ塔だけではなく、コガネシティ全体に及んでいた。
実力のあるポケモントレーナーが集まるポケモンジムの入り口には、多くのロケット団員が立ち塞がっており、彼等が町へと出てこないようにされてしまっていた。
ポケモンセンターは辛うじてその被害を免れているようだったが、他にも民家やデパートの出入りは完全に封鎖されており、町自体が凍結状態にあるようだった。
その中で、地下通路へ続く建物の入り口ににロケット団員の姿がないことは、私を注目させた。
まるで誰かを「招いている」かのように、その通路は、凍結されたコガネシティの中で唯一、もっともらしい「空間」として開放されていたのだった。

「おっ、新入りか!だったら此処で着替えていけ!」

そして、招かれるように中へと入った私は、ロケット団がこの通路を封鎖していなかった理由を知ることになる。
中にいたロケット団員は、子供である私を訝しむことなく、私をロケット団の「新入り」だと勘違いし、なんとロケット団の団服を提供してくれたのだ。

「違います」と即座に否定できなかったのは、そのロケット団員の目が、毒気を失った柔らかいものであったからに他ならなかった。
ロケット団に歯向かう人間には恐ろしい表情を見せる彼等だったけれど、
仲間とみなした相手に向ける視線は、私がこれまでいろんな場所で出会ってきた町の人達と何も変わらず、気さくで明るい様相を呈していて、私は少しだけ、混乱した。

半ば押し付けられるようにして提供された、真っ黒な団服に腕を通しながら、「……私、新入りと間違われるような悪人面をしていたのかな」と、釈然としない心地で呟いた。
いつもの帽子を鞄に仕舞って、黒い帽子を被り、鏡へと視線を向ければ、そこにいたのは紛うことなき、女性の「ロケット団員」だった。
その瞬間、私の中に突如として浮かんだアイデアはとても斬新で大胆で、そのあまりの奇抜さに、思いついた私自身が悪戯っ子のように含み笑いをしてしまう程のものだった。

この服を着ていれば、ロケット団員は私に気付かない。私は堂々とラジオ塔に入ることができる。
私が彼等の「敵」だと気付かれないままに、ラジオ塔を上ることさえできる!

「チコリータ、ちょっとの間、ボールの中に入っていてね」

チコリータを連れた子供、という情報が、ロケット団に出回っているかどうかは解らなかったが、不安要素は一つでも減らしておきたかった。
上手くいけば、彼等を束ねている幹部のところまで、一度も戦うことなく進めるかもしれない。

私は高鳴る心臓を黒い団服の上から両手で押さえ、深呼吸をした。少しでも下っ端らしく見せようと、駆け足でラジオ塔へと進む。
警察官とポケモンバトルをしているロケット団の横をそっと通り抜け、ラジオ塔内に入る。
2階へと続く階段を上がろうとした時、ロビーに座っていた団員が立ち上がり、私の方を見た。

「おい、お前!」

「は、はい!」

「新入りか?ロケット団の制服がよく似合ってるじゃないか!いいぞ、通ってよし!」

心臓がきゅうと捻られるように高鳴り、しかし直ぐに安堵の波が押し寄せた。
はい、と返事をしながら、私は心の中でガッツポーズをする。こんなにも上手くいくとは!
私は目の前に開かれた階段を、一段飛ばしで駆け上がろうとして、

「……お前、コトネか?」

凍り付いた。

振り返ることさえ恐ろしかった。その声だけで「彼」だと解ってしまう私が、今は少しだけ恨めしかった。
ロケット団を目の敵にしている彼に出会うことを、想定していなかった訳ではない。でもそれは少なくとも、今、この時であってはいけなかった筈だ。タイミングが悪すぎた。
それは私が初めて抱いた、世界の理、それこそ運命と呼べるようなものを恨む気持ちだった。
カツカツと物凄い速度で歩を進めたシルバーは、私とロケット団員との間に立ち、「お前、何処から入った!」という団員の問い掛けを無視して私を睨みつけた。

「……シルバー、他人の振りをして、お願い」

私は消え入るような音でそう紡いだが、

「は?何を訳の分からないことを言っているんだ。……まさか、お前までそんな格好をして、強くなったつもりか?」

といった具合に、彼は聞く耳を持ってはくれなかった。
……確かに、ロケット団を倒さんとする勢いで戦っていた人間が、ロケット団の団服を着て目の前に現れれば、彼のような反応をして然るべきだろう。
彼は間違ってはいない。ただ一つ間違っていることがあるとすれば、今この瞬間に、最悪のタイミングで彼が現れてしまったこと、ただそれだけ。

「馬鹿馬鹿しい!そんな格好やめちまえ!」

「待って!シルバー待って、違うの!」

彼は両手を伸べて私の団服の襟を掴んだ。そのあまりの勢いと剣幕と、首元を圧迫された息苦しさに、私は卒倒しそうになりながらも、何とか否定の言葉を紡ぐ。
そんな格好やめちまえ、という言葉の通りに、今この場で団服を脱がされそうな勢いだ。脱衣事件、という単語が頭の片隅をチラリと過ぎる。……いけない、それだけはいけない。
私はとうとう悲鳴をあげようとして、しかしその悲鳴は、傍に居たロケット団員が肩代わりしてくれた。

「シルバー!?」

「え……」

「シルバーって、まさかお前、サカキ様の、」

すると彼は、私の襟を掴んでいた両手をぱっと放し、今度はロケット団員の胸倉を掴んだ。
彼の怒りの矛先があまりにも急激に、私からロケット団員に移ったことは、私にとって衝撃的であった。
その衝撃に飲まれた私は、ロケット団の人が「何」に驚いたのかを、すっかり忘れてしまっていて、それは長く、本当に長く、思い出されることなどなかったのだ。

「それ以上言ったら、お前もただじゃ済まさないからな」

「シルバー!」

私は鋭い声音で彼の名前を呼んだ。はっと我に返ったように、彼はロケット団員から手を放す。
慌てて彼は2階へと逃げていき、後にはシルバーと私が残された。

状況があまりにも目まぐるしく変わり過ぎていて、その全てを把握することは難しいように思われた。
だから私は「私」のことだけを咀嚼しようとして、「私」の真実だけを彼に正しく伝えようと思って、口を開いた。

「……あの、シルバー、これは地下通路で貰った団服なの。ロケット団員の振りをして、忍び込もうと思って」

何とか彼にそう説明すると、彼はぎこちなく「……そうだったのか、悪かった」と答えてくれた。
団服を脱がされることは何とか避けられたが、彼が唐突に怒りをロケット団に向けた理由が解らず、しかしそれを尋ねようとした私は再び言葉を失う。

「なんだ、心配損だったな」

「!」

「で、お前はその甘ったれた正義で、今度はアポロと戦うつもりなのか?」

彼が、笑っていた。紅い月がすっと細められていた。これ程までに美しい三日月を、私は見たことがなかった。
馬鹿にするようにでもなく、冷たく一瞥するでもなく、確かな安堵の心地をもって私を見据えていた。
心臓が壊れてしまいそうだった。息をすることさえ忘れていたのかもしれなかった。

やっとの思いで彼の問い掛けに頷くと、強く背中を叩かれた。
着替えてこい、早くしろと急かされ、彼の言葉の意図が解らずにそのまま沈黙すると、彼は大きな溜め息を吐いて、その月をいつもの冷たさに戻してから、私を睨んだ。

「頭の悪い奴だな。手を貸してやるから、さっさと準備をしろと言っているんだ!」

それは私が初めて抱いた、胸を焦がす程の幸福感だった。

私は震える手を心の中で叱咤して、団服に手を掛けた。
おい、という彼の慌てた制止が入ったが、焦るには及ばない。先程は忘れていたが、この団服はサイズが大きかったため、いつもの服の上から被るように着ていたのだ。
ポケモンが脱皮をするかのように、ひょいと団服を脱いだ私を、彼は呆気に取られた表情で見つめていた。

「……中に着ているのなら、なんでさっき、あんなに慌てて止めたんだよ」

「中に着ていても着ていなくても、いきなり服を掴んで脱がされそうになったら、普通は慌てて止めると思うよ」

苦笑してそう返せば、ぶっきらぼうに「悪かったな」と言葉が投げられる。
こんな彼を見るのは初めてだった。それすらもおかしくて、嬉しくて、このような状況だというのに私は至極嬉しそうに笑えてしまったのだった。

「いつもの帽子はいいのか」

「あ、そうだった。ありがとう」

鞄からお気に入りの帽子を取り出して被れば、何故だか彼は小さく息を吐きながら、再びその目を優しく細めた。
ボールからチコリータを出してあげると、彼女は嬉しそうに私の背中をよじ登り、帽子の上にちょこんと乗った。此処が私のパートナーの「定位置」だ。
いつもの私が完全に戻ってきたところで、シルバーがもう一度背中を叩いた。

「行けよ。お前に先陣を譲ってやる」

彼の言葉に頷き、私は階段を駆け上がる。

2014.10.26
「絶望」「喜悦」

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