12 con tenerezza

その船に足を踏み入れた瞬間、強烈な冷気が身体に突き刺さった。私は思わず両腕で肩を抱く。
ヒュウやチェレンさんは既にプラズマ団員に囲まれていた。私に気付いた団員達がこちらへとやって来る。
私の指示よりも早く、隣に居たロトムが飛び出す。私もボールからダイケンキとクロバットを出して、大勢のプラズマ団員が繰り出すポケモン達に応戦した。

「ロトム、10まんボルト!ダイケンキは手前のポケモンにみずのはどう、クロバットはエアスラッシュ!」

彼等のポケモンを退け、私はヒュウやチェレンさんと合流することに成功する。
大丈夫ですかと尋ねたが、彼等のポケモン達は疲れてこそいるものの、傷付けられてはいない様子だった。
私は一先ず安心し、ダイケンキとクロバットをボールに戻す。
応援を呼べ!という声と共に、彼等は船内へと逃げていってしまった。
「よし、追い掛けるぞ!」と今にも駆け出しそうな彼に、私は制止をかける。

「待って、中にどれだけのプラズマ団員がいるか解らないのに、無茶だよ」

「何だよ、じゃあここまで来て引き返せって言うのかよ!チョロネコがいるかもしれないのに!」

「ここで負けたら、ヒュウのポケモンだって奪われてしまうのよ!」

思わず私は声を荒げていた。ヒュウは驚いてその赤い目を見開く。
チェレンさんも、私の大声に驚いた様子を見せた。私は我に返り、いつもの声音でもう一度彼に紡ぐ。

「それでもいいの?チョロネコと同じ悲しみを、君の大事な子達に与えてもいいの?」

彼は沈黙した。
戻りこそしないが、先程までの勢いを削ぐことに成功した私は、彼を連れてこのまま立ち去る筈だった。
……しかし、

「何事だ?」

どうやら、その説得は一足遅かったらしい。
先程の倍以上の人数がやって来るのかと身構えたが、しかし私達の前に現れたのは一人の老人と、黒い団服を着た団員が一人だけだった。
チェレンさんがその老人を見て、呆れたように溜め息を吐く。どうやら彼はこの人を知っているらしい。
そう言えば彼も、トウコ先輩と同様に、2年前のプラズマ団と戦ったことがあると彼女から聞いていた。
トウコ先輩程ではないにしろ、彼もプラズマ団のことはそれなりに詳しいのだろう。

しかし、そのヴィオと呼ばれた男性は、不敵な笑みを浮かべた後でとんでもないことを語り始めたのだ。

「我々は今一度、伝説のドラゴンポケモンを呼び覚まし、イッシュを支配する!」

「!」

伝説の、ドラゴンポケモン。
その言葉は、私の脳裏であの二人を呼び起こさせた。
私の家に、いつも突然遊びに来ていた二人。伝説のドラゴンポケモンの背中に乗って、悠々と空を飛んでいたトウコ先輩とNさん。
まさか、あの2匹を無理矢理に奪うつもりなのだろうか?

「ダークトリニティ!こいつらを連れてゆくのだ!」

ヴィオさんのその言葉が終わるのと、私達3人の前に黒い影が降りてくるのとが同時だった。
あまりにも突然に現れたその3人の男性に、私は驚きで身動きが取れなくなる。
……暫くして、自分の身体の硬直が、驚きによるものではなく、何か不思議な力のものであることに気付いた私は、恐怖のあまり、泣きそうになった。
動けない。身体が動かない。隣に漂っているロトムを目だけで追うと、彼も金縛りに遭ったかのように宙にぴたりと止められている。
怖い。

『プラズマ団と戦い、無事で済むだろうという、その自信は何処から来るのですか?ポケモン達を信じているからですか?』
『貴方は、信じれば何もかもが上手くいくと、本気で思っているのですか?』
これは、罰なのだろうか。
あの優しい人の忠告と制止を聞かなかった私への、罰なのだろうか。

あまりの恐怖に叫び出しそうになった私の口を、その3人の内の一人が手で塞いだ。

「これに懲りたなら、もうプラズマ団を深追いしないことだ」

そんな声が低いバリトンで紡がれる。


……気が付くと私は、PWTの港に立っていた。

「……」

何が、起こったというのだろう。私は隣でいつものように漂うロトムを見て、どうしようもない安堵感に襲われ、力が抜けてしまった。
ヒュウもチェレンさんも無事だった。彼等も一様に金縛りに遭ったらしい。
チェレンさんによると、彼等は2年前からプラズマ団に所属していて、ゲーチスさんという人の配下にあるという。
人の動きを封じ、瞬間移動のように素早く現れ、あっという間に居なくなってしまう超人的な連中だと説明してくれた。
一瞬にして私達をあの冷たい船から追い出したのも彼等の仕業だろう、とチェレンさんは分析する。

ヒュウはプラズマ団を見失ったことに憤り、またしても駆けていってしまった。
チェレンさんはヴィオさんの言葉が気になっているらしく、首を傾げて何やら考え事をしていた。

「伝説のドラゴンポケモンとは、おそらくレシラムとゼクロムのことを指している筈だ。彼等は、トウコやNのポケモンを奪うつもりなのか?
……いや、それは在り得ないな。プラズマ団の連中が何人束になったところで、あの二人に敵う筈がない」

そんな彼の言葉に、私はトウコ先輩への信頼を汲み取った。イッシュを、イッシュに住む人を嫌う彼女は、しかし厚い信頼を受けてもいたのだ。
君も気を付けなよ。そう言い残して彼も去っていく。
港に残された私は、膝をかくんと折り、アスファルトに座り込んだ。真夏のアスファルトは焦げるように熱かったが、それすらも気にならない程に私は疲れ果てていたのだ。

まだ、手が震えている。
圧倒的な力の差を、思いもよらない所で見せつけられ、私は恐ろしさに戦慄していた。
心配そうに漂ってきてくれたロトムの、その小さな身体を抱きしめる。
もしあの状態で、身体の自由を奪われた状態で、ロトムに攻撃を浴びせられたなら。指先をぴくりとも動かせない状況で、ポケットの中のボールを奪われてしまったら。

……怖い。

「ごめんなさい」

私は恐ろしい程に無力だった。
守れなかった。大切な彼等のことを、私は、守れなかった。
『貴方は、信じれば何もかもが上手くいくと、本気で思っているのですか?』
彼の言葉が脳裏で反響していた。

「ごめんなさい……」

ぼろぼろと涙が零れた。これは何の涙なのだろう?
彼の忠告を聞かなかったことに対する後悔だろうか。超人的な力を持つ彼等に対して、全く身動きが取れなかった自分への不甲斐なさだろうか。
それとも、大事なポケモンを守れなかったという、自分の無力さに対してのもどかしい思いだろうか。
……きっと、その全てだ。だからこんなにも悔しくて悲しくて、虚しいのだ。

そんな私の目元を、真っ白の手がそっと拭った。
そんなことをする優しい手の持ち主を、私は一人しか知らない。

「!」

目の前の白衣にしがみ付いた。堰を切ったように声をあげて泣き出した。止まらなかった。
アクロマさんはそんな私に一瞬だけ驚いた様子を見せたが、やがてその手をそっと私の背中に添えた。

「大丈夫ですよ」

あの日の邂逅を思い出させるような声音で彼は囁く。


2014.11.19

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