24 edel

その暗い空間に、突如としてダークトリニティの1人が現れた。
ゲーチスさんに「準備ができた」と告げると、彼は直ぐに階段を降りていってしまった。
私もその後を追おうとして、しかしそれは彼に遮られる。
「ゲーチス様の邪魔はさせない」とボールを構える彼に、私もロトムで応戦しようとした、その時だった。

「おい、お前がダークトリニティだな。ヒオウギで奪われたチョロネコのこと、教えろ」

チョロネコのことを問い詰める彼に、ダークトリニティのダークさんは思い当たる節があったのか、一つのモンスターボールを取り出して投げる。

「!」

ヒュウがずっと探していたポケモンは、5年の時を経て、レパルダスに進化してしまっていた。

「5年前、ヒオウギで奪ったポケモンだ。だが今はわたしの言うことしか聞かない。
それがモンスターボールに囚われたポケモンの運命だ!」

「……そんな、」

「それにしても、ポケモンは哀れだ。モンスターボールに縛られ、トレーナーの言いなり。
ゲーチス様は野望の為、ポケモン解放を謳われたが、2年前の作戦が成功だったならば、実際に救われたポケモンも多かっただろう」

ヒュウは、自分を睨みつけているレパルダスを、信じられないようなものを見るようにただ茫然と立ち尽くしている。
私は込み上げてくる何かを、両手を握りしめることで押し殺していた。

「そのレパルダス、お前にとってはチョロネコか……。ボールから解き放たれていれば、お前の元に戻っていたかもな」

私は絶句した。これが、彼がずっと探し求めていたものだというのだろうか?
彼が妹の為に探していたチョロネコが、その当人であるヒュウを敵とみなして牙をむこうとしている。こんな結果を、誰が予測できただろう?
しかしダークトリニティの1人は、それが当然だとばかりに平然と口を開き、ポケモンの運命を冒涜したのだ。
私にはそれが耐えられなかった。

「……そうです、ポケモンと人とはモンスターボールで繋がっています。だからこそ、その絆は不可侵の領域であるべきでした。私達の関係はそうした、神聖なものなんです。
それを貴方達は冒涜しました。無理矢理その絆を奪うような真似を、これ以上許すわけにはいかない!」

私は真っ直ぐに彼を見据えた。
彼はその目を見開き、一瞬だけ驚いた様子を見せたが、直ぐにボールを投げた。
飛び出したロトムに私も指示を出す。
続けて現れた2人のダークトリニティ達とも戦い、何とか勝利を収めた私は、その瞬間の違和感を見逃さなかった。

「……どうして、何もしないんですか?」

「……」

「どうして、今までみたいに、私の身体の自由を奪って、船から追い出さないんですか?」

私はそう尋ねた。
彼等はいつだって、ポケモンバトルをするまでもなく私の身体の自由を奪い、船から追い出すことに成功していた筈だ。彼等にはそうした、超人的な力が備わっていたのだ。
彼等がゲーチスさんに忠誠を誓っている以上、この段階でこそ、彼等の計画が実行に移されようとしている今こそ、彼等は私を拘束し、追い出すべきなのではないだろうか。
しかし彼等はそうしない。今までのプラズマ団員達と同じようにポケモンバトルを仕掛け、負けた側には私を止めるだけの力がないと、諦めている。
そんな筈はないのに。私が、この人達に敵う筈がないのに。

「お前は、ゲーチス様の観客に選ばれたのだ」

「選ばれた……。どういうことですか?」

「命が惜しいなら逃げろ。……忠告はした。決めるのはお前だ」

彼等は、力を持たない私を憐れんでくれたのだろうか?それとも、これすらもゲーチスさんの指示なのだろうか?
結論に至れない私と、呆然と立ち竦むヒュウを置いて、彼等は消えるように居なくなってしまった。
『命が惜しいなら』その言葉が誇張に聞こえなかったのは、そうした類の警告を以前にも聞いていたからだ。

『どうか注意してください。
プラズマ団はポケモンに対してこそ無慈悲なアプローチをしますが、貴方自身に危害を加えることはしなかった筈です。
ただ、……きっと彼は躊躇わない。』
アクロマさんが言っていた「彼」は、間違いなくゲーチスさんのことだ。それにトウコ先輩も、Nさんに対して何度も注意を促していた。
私は考える。私は本当に、この階段を降りて彼を追い掛けてもいいのだろうか?

私のその躊躇いを取り払ったのは、消え入るように紡がれたヒュウの声だった。

「あいつら、プラズマ団の思い通りにさせたら……、チョロネコやキュレムみたいに、哀しいポケモンが増えるよな……」

私はようやく我に返る。
そうだ、何を迷うことがあったのだろう。私は選んだのだ、彼等と戦うこと、プラズマ団を止めることを。
『そう、そしてその結果、世界が滅ぶとしても。』
彼のあの言葉には、彼の強い覚悟が滲んでいた。彼はそれだけの覚悟をもってして私と戦ったのだ。私は彼の思いをも背負っているのだ。

私も、覚悟を決めなければ。
その為には、自分の恐怖に嘘を吐くことも厭わない。

私は階段を駆け下りた。草むらを抜け、洞窟の中へと入った。
それまでの洞窟や船には、あちこちにプラズマ団員の姿があったが、ここはそうした人の気配を一切感じない。
何処から湧いてきているのか解らないが、水がぽちゃんと落ちる音がする。その音が洞窟内に反響する。私はそのとても小さな音を、自分の靴音で掻き消した。
そして、洞窟の最奥にゲーチスさんは立っていた。ダークトリニティの1人が言っていたように、彼の隣にはキュレムが身構えている。

『命が惜しいなら逃げろ。……忠告はした。決めるのはお前だ。』
その言葉を振り払って、私は歩を進めた。
彼は振り返り、その赤い目に私の姿を映した。

「……」

先程の部屋では暗くてよく確認できなかった彼の姿を、私は目に焼き付けて、言葉を失った。

マントで隠してはいるものの、その身体は驚く程に細い。顔もかなりやつれている。
プラズマ団のマークが付いたそのステッキに、彼は殆どの体重を預けているようにも見えた。
目の下には隈が彫られている。いつか、アクロマさんの目元に見たそれとは比べ物にならない濃さで、それは彼の顔に刻まれていた。
僅かにこけた頬を直視することが躊躇われて、私はぎこちなく瞬きを繰り返した。しかし、彼から目を逸らすことはどうしてもできなかった。

これが、ゲーチスさんなのだろうか。
2年前にイッシュの各地を巡りながら演説を繰り返し、ポケモンの解放を訴え、精神論によるイッシュ征服を目論んだ人物なのだろうか。
ポケモンを奪い、ソウリュウシティを氷漬けにした程の力を持つキュレムを従え、イッシュを掌握しようとする人物なのだろうか。
私にはそれがどうしても信じられなかった。それ程にその姿はあまりにも痛々しく、疲れ果てているように見えたからだ。

「ワタクシには、許せない記憶があるのですよ、唯一ね。
アナタはそれを思い出させる、不愉快な眼をしています」

荒んだ声音が私に突き刺さる。
私の大切な人が海を見出してくれた私の目を、彼は憎いものでも見るかのように睨みつけている。

「ですが、此処まで来たことに敬意を表して、プレゼントです」

「え……」

「ここで氷漬けとなり、イッシュの行く末を見るがいい!」

そしてようやく、私はダークトリニティの忠告の意味を理解する。
キュレムはゲーチスさんの命令に従い、出現させた無数の氷で、隣にいたロトムを弾き飛ばした。
ロトム、と声をあげて駆け寄ろうとした私を、その鋭い氷が遮り、頬を切る。

「!」

霜が降りている地面に、真っ赤な血が落ちて、凍った。
痛みは、それ以上の恐怖が掻き消していった。

逃げ場を失った私は、しかし屈するものかと彼の赤い目を見据える。
恐怖に屈してはならない。その戦慄に飲まれてはいけない。
何故ならその恐怖は、私から私の覚悟を奪い去るだけの力を持ち合わせては居なかったからだ。

私は既に、覚悟を決めていた。その為には、自分の恐怖に嘘を吐くことも厭わない。


「レシラム、クロスフレイム!」


瞬間、その声と同時に、「稲妻」が氷を切り裂いた。

「!」

少しだけ遅れて降ってきた凄まじい「炎」が、その氷を溶かして蒸発させた。


2014.11.20

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