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何の脈絡もないSSばかりのページです。実は名前変換にも対応済み。
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6月下旬より続けていました1日1セイボリーは文字数を大幅に落としてこちらへ移行しました。

(7/20)SSにも満たなさそうな会話文、極端に短いもの、本編に組み込む予定のない突発エピソード、などはタグ「ちりがみ」に格納します。タイトル冒頭には(塵)と付けます。


▽ フラクタルの封印は明後日に解くべし

2019.03.13 Wed * 10:26

果物屋の前を通り過ぎた頃に、隣の気配がふっと消えた。
今度は何処で道草を食うつもりなのだろう、などと思いながら振り返れば、彼は大きな果実を片手で抱き上げているところだった。
私が踵を返してそちらへと戻ると、彼は「来てくれたんだね」とにっこり微笑んでしまう。私は毎度のことながらそれに驚き、苦笑する。

彼を置いていくという選択肢など、私の中には端からない。彼が足を止めれば私も止めるし、引き返すのなら私も戻る。当然のことだ。
当然のこと、けれども彼と出会う前はそのような相手を持つことなど在り得ないと思っていたはずのこと。今の私がすっかり慣れてしまったこと。
けれどもそれを、Nはいつまで経っても喜ぶ。私もそうして喜んでくれる彼を許している。だからこそ彼が足を止めても引き返しても、置いていくことができないのだ。

「とても美しいとは思わないかい」

さて、そんな相手がメロンを抱きかかえてそう告げる。私は彼の嬉々とした表情とメロンを交互に見て、肩を竦める。
私に分かるのは、メロンの色よりもNの髪の色の方がずっと鮮やかで綺麗だということくらいだ。けれどもその鮮やかな若草色を持つ彼には、メロンの方が「美しく」見えるらしい。

「……よく分からないわ」

「フラクタル次元だよ」

「……益々、分からないわ」

「ボクの持っているメロンとあっちのメロンとではネットの粗密が異なるだろう? けれどどちらもフラクタル次元的に見れば、似たような格子状を取っているんだ。
キミは以前にメロンのネットを「子供でも描けそうな網目」と言っていたけれど、この美しいネットを描くことは並みの数学者では難しいと思うよ。
無秩序は模倣できる。でもランダムの再現は困難だ。そこに敷かれた数式を導き出して初めて、ボク等はメロンを理解できる」

フラクタルジゲン、という単語が出た瞬間、彼はにわかに早口になった。大方、数学スイッチが入ってしまったというところだろう。
後半はところどころ聞き取れなかった。それでも構わなかった。彼は私に理解を求めたけれど、私が彼の要求に応えられたことの方が少なかった。
それが私達の「いつも」になっているから、私は「へえ、そうなの」と適当に相槌を打って、彼の興奮が鎮まるのを待てばいいだけであったのだ。
彼が笑っている、彼が楽しそうだ。それが全てであったから、彼の数式を解することは、私にとってさほど重要ではなかったのだ。

「それで、フラクタルジゲンではあっちのメロンもこっちのメロンも大差ないのに、どうしてあんたはそのメロンを手に取ったの?」

「このメロンの食べ頃が明後日だからだよ。ほら、コトネとシルバーが来る日だろう?」

私は「じゃあ買うしかないわね」と笑い、彼の右手からメロンを奪い取る。そして、その重さに少しだけ驚く。
軽いものをひょいと持ち上げるような心地で、彼はこれを腕に抱いていた。けれども私の腕にこのメロンは随分と重く感じる。両手で持たなければ落としてしまいそうだ。
ああ、こいつも男の人なのだと、思って、なんだか面映ゆくなる。

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▽ 20度超の酩酊にきっと地獄の夢を見る

2019.03.11 Mon * 23:59

お酒は苦手だ。大勢での食事は別に苦ではなかったけれど、そこにアルコールが入ると私はにわかに緊張した。
独特の匂いがするそれを口にした皆は、よく笑うようになったり、泣き虫になったり、怒りっぽくなったり、妙に饒舌になったり、押し黙ったりする。
私のよく知っている人達、よく知っていると思っていた人達の、見たこともないような姿に、私は驚き、時に恐れていた。

「大脳皮質の働きが弱まることにより生じる現象です。感情が、理性によって抑圧されることなくそのまま表現されてしまう。アルコールにはそうした作用があるのですよ」

それは「その人の本質」なのだと彼は言った。普段、理性の影に潜んでいる感情の部分が、その抑圧を解かれて表に出てきているだけのことだと、説明してくれた。
お酒による人格の変化を科学的に説明してもらって、勿論、私はとても気が楽になった。

……誰もが、建前と本音、嘘と真実、欲望と節度、理想と現実を使い分けて生きている。それができることこそが、きっと大人であるということなのだろう。
私は、そう思う。だからお酒による人格の変貌を「気持ちが悪い」「野蛮だ」と思ったことはない。
むしろ、普段そうした本質を上手に隠して生きている彼等のことは、まっとうな大人として尊敬している。
だから、お酒を飲んで人が変わったようになるのは、悪いことでは決してない。私はそう、教えてもらった。だからそうなのだと分かっている。分かってはいる。

けれども私はどうしても、人前でお酒を飲むことができない。
彼の説明は私の気を楽にしてくれた。恐怖は確かに薄れた。けれども薄れたのは「お酒を飲み人が変わる相手」への恐怖であり、「お酒」への恐怖はまだ、根強く私の中に在る。
だから、大好きな皆にお酒を勧められると、私はどうしようもなくなって困り果ててしまうのが常であった。
注がれたグラスの中身を空にできたことは一度もない。ビールもカクテルも焼酎もワインも、舌の上に少しだけ含む程度の味わい方しかできない。

私はお酒が怖い。お酒を飲むことが恐ろしい。私の大脳皮質の内側に隠されたおぞましいものを、できることなら誰にも知られたくない。
私のおぞましさを、おぞましさを象徴するあの罪を、暴かれてしまうことが怖い。
誰かに裁いてほしいと思っているにもかかわらず、ずっと断罪の時を待っているにもかかわらず、私は被告の席に立つことを恐れ続けている。最低だ、最低、最低。

「あはは、どうしたんですかゲーチスさん。ねえ、そんな悲しい顔をしないで。笑って、笑ってください。私を笑って、許さないで、あの子みたいに」

白ワインを浴びるように飲んだ私がどうなっているか、なんて、この狂った頭では分からずとも、ボトルを取り上げたこの人の表情があまりにも雄弁に語っている。

「……いい加減にしなさい、シア

「そんなこと言わないで、今日くらい許してくださいよ。今日は特別な日なんです。私の大好きなあの子の誕生日、大切な日。
あれ? 誕生日じゃなくて、命日だったかな? 今年は何周忌だったかしら? あはは、もうどうでもいいか!」

お酒が怖い。
大脳辺縁系に司られた感情が、大脳皮質に司られた理性を突き破って湧き出てくる、この麻薬のような飲み物が怖い。

浴びるように飲んでも、焼け付くように痛い喉に手を当てて泣いても、空のボトルを足元に積み上げても、結局は何の解決にもなっていない。
私は断罪されないまま、彼女は戻ってこないまま。
にもかかわらず、この日に私を誘うお酒が怖い。責めるように強く香るワインが怖い。おぞましい罪を抱えて生き続けることが怖い。怖い、怖い。

……ああ、もう少し飲めばよかった。そうすれば、こんなことも全て、全て考えなくていいようにしてくれたかもしれないのに。

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▽ C1(ピンクゴールド特別編、先行公開)

2019.03.09 Sat * 12:41

私は彼で出来ている。それが恋というものである。

朝、目を覚ます。眠い目を擦りながらお気に入りの櫛で髪をとく。
彼が褒めてくれた長い髪、美しいものを好む彼が好きになったストロベリーブロンド。だから私も私の髪を好きになれる。丁寧に触れることができる。
顔を洗う。鏡を見る。ライトグレーの瞳はいつだって不安そうに私を見るばかりだけれど、彼に会えばこの不安が消え失せることを私はよく分かっている。
朝食を適当に食べる。あまりお腹を膨らませたくはない。お腹が膨れても嬉しくならないからだ。独りで、彼のいない場所で食べるものはどれも味気ないからだ。

こうした、日常の動作の一つ一つに彼がいる。彼の思い出が私に囁き続けている。
その記憶は毎日のように新しく更新されているから、彼の囁きが潰えることなど万が一にも在り得ない。

私は彼で出来ている。それが恋というものである。
あの人のくれた居場所が私に前を向かせる。私のことを許させる。それは恋というものの持つ魔法の力だ。
そうした意味で彼は紛うことなき魔術師であり、私はきっと今もその魔法にかけられている。

叶うなら、この魔法がずっと解けないままであればいいと思う。こんなにも満たされた気持ちを絶対に失う訳にはいかないと思う。
けれどもそうした私のエゴは、彼の魔法に何の影響も及ぼさない。私は彼のかける魔法に生かされており、彼はその魔術をいつでもやめることができる。
私を生かすのは私の意思でも私の能力でも私の実績でもない。私を支える要素は私の中に一つもない。そこに私の危うさがある。
「いつ解けるともしれない恋の魔法に生かされており、私が生きるも死ぬも魔術師である彼の意思次第だ」という状況を、私は喜んで受け入れている。

一体、それの何が問題だというのだろう?

私は私の力では前を向けない。だから彼の魔法に頼っている。彼の魔法があれば私は何だってできる。彼が、彼の魔法が、この恋がそうしてくれた。
それは「目が悪い人が眼鏡を掛けてクリアな視界を確保する」ことと何も変わらない。私には彼が、彼の魔法が必要だ、それだけのことだ。

私は彼で出来ている。それが恋というものである。

恋の病とかいう綺麗な名前の免罪符のせいで、こちらの彼女は「切符と共に散りぬ」よりも更に危険である

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▽ 失格の烙印をどうぞこの満面の笑みに押し付けてくれ

2019.03.09 Sat * 11:27

(「地獄の紅色」のもうちょっとだけ後)

お父様はジムリーダーをしていらっしゃるのですって。お母様は? 家庭に入っているはずですよ。
他に子供はいらっしゃらなかったの? 皆、断ってしまったそうです。まあ、それであの子が? 可哀想に……。
でもいいところへお嫁に行けてよかったじゃありませんか。元のお家にいたままでは、とても今のようには。
奥さん、それ以上はやめておきましょうよ。あんまりに騒ぎ立てては聞こえてしまいます。ほら、こっちを見ている。

カツカツと高いヒールが石畳を叩く。銀髪の青年は苦笑しつつ、美しいドレスを身に纏った花嫁の後をそっと歩く。純白のドレスをたくし上げ、彼女は恭しく一礼する。
カロスの王族も驚くほどの、非の打ち所がない完璧な仕草であった。彼女はその表情に、所作に、指の動き一つに、美を内包するのがとても得意であった。

そんな彼女を前にして、三人の婦人は顔を見合わせつつぎこちない挨拶を返す。少女は可愛らしいソプラノでふふっと笑う。
ああ、毒を吐くときの笑い方だ。青年がそう思い身構えるのと、少女が口を開くのとが同時だった。

「ごきげんよう、奥様方。随分と趣味がよろしくていらっしゃるのね?」

「……あら、いやだわそんな」

「私の家族を好き勝手に査定しないでくださる? ほら、あちらにいらっしゃるわよお父様。媚を売りに行けばいいじゃないの。低俗な貴方達にはそれがお似合いだわ」

手酷い言葉を置き捨てて、少女はくるりと踵を返し、スキップでもするかのような軽い足取りでその場を去る。
彼女は再び、会場であるこの広い中庭を駆け回り始めた。それは冷たい水場を探す鳥ポケモンのようにも、着地する場所を探している蒲公英の綿毛のようにも見えた。

この、彼女を祝うための空間において、最も不安そうな心地でいるのが彼女であった。

だから青年は少女を追う。愕然とした表情の婦人達に頭を下げることさえせずに、駆け足で彼女の隣へと並ぶ。
毒を吐く罪くらい、共に被ってやろう。彼はそうした気概であった。そうして悪事を働いた先に辿り着く場所が、……そう、たとえ地獄であったとしても構わなかった。
何処に迎え入れられることになったとしても、隣に彼女がいさえすればそれでよかったのだ。

「どう? 花嫁失格かしら? きっとお父様に叱られてしまうわね」

「結構なことじゃないか。皆が君を嫌ってくれたなら、その分、ボクが君といられる時間が増えるだろう? お父様、に叱られる時はボクも一緒だ」

「まあ可哀想。私の罪なのに、貴方も一緒に罰を受けるなんて」

「それくらい、どうということはないよ。それに……君のお父さんやお母さんや友人は、君の失格の如何にかかわらず、君の結婚を祝福してくれると思うけれど?」

彼女は立ち止まった。
淡い、本当に淡い、注視しなければ分からない程の淡い緑が差した透明のベールが、まるで彼女を想うようにふわり、ふわりと揺れていた。
赤い宝石が僅かにあしらわれた美しいティアラが、振り向きざまにそっと瞬いたような気がした。
彼女はソプラノをくすくすと震わせた。これは嘘ではない、本音を零すときの笑い方だ。

「それじゃあ失格が良いわ。だってこの烙印があれば、私の本当に大切な人にだけ祝福してもらえるのでしょう? それって、ねえ、願ってもないことよ」

彼女は噴水へと駆け寄る。身を乗り出して覗き込む。緑のベールに赤いティアラを付けた純白の花嫁が、その水に向かって「おめでとう」と言う。

地獄は遥か遠くに。

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▽ 片枝と白翼

2019.02.26 Tue * 6:27

片枝と黒翼で遅れてきた二人組の会話)

「キミは本当に素敵な人だと思うよ、シルバーが好きになるのも分かる気がする」

小石の一切がない大通りで私は躓いてしまった。べしゃりと糸が切れたように崩れ落ちた私に彼は慌てていた。
「大丈夫かい」と焦ったように言う彼は、彼の言葉こそが私の「小石」になったのだということにおそらく気が付いていないのだろう。それ程に彼の言葉は衝撃的だった。
彼がポケモンのことを褒め称える言葉はこれまで幾度となく耳にしてきたけれど、彼が「人」を手放しで称賛することなど、滅多になかったからだ。
とりわけ、その「人」が私であるのだから、それは……驚いて、ないはずの小石に躓いて然るべきだろう。

「どうして急にそんなことを言うの? Nさんに感動してもらえるような凄いこと、今まで私、してきたかな?」

「勿論だよ、キミとチコリータの間に芽生えた絆は素晴らしいものだ。トレーナーとしてのキミを見たら、誰だってボクのように感動するはずだよ。
それにキミは明るく元気だけれど、その実とても謙虚に振る舞っているよね。トウコにはないところだ。
……いや、もしかしたらキミとトウコがあまり似ていなくて、トウコにないところがとてもキラキラして見えるから、一層、素敵だと思うのかもしれないね」

「わ、分かった、分かったよNさん! だからもうやめて!」

数学や物理の話をするときのような、あまりにも眩しい目をしてものすごいスピードでまくし立てる彼の口に、私は大きく×を付けたい気分になってしまった。
ああ、私の背がもう少し高ければその口に、手の平を押し当てて塞ぐことができたのに。

「どうしたんだい? もしかして「恥ずかしく」なってしまったのかな。そういうのもトウコにはないところだね」

「……ねえ、もしかして、トウコちゃんと喧嘩でもしたの?」

ふと思い至って私はそう尋ねてみた。
彼女にない私の一部を褒め称えたくなる程に、何かうんざりするようなことが起きたのかもしれない、と邪推してしまったのだ。
いがみ合うように隣に立つ二人だけれど、私とシルバーのような関係では決してないけれど、それでも二人は互いにとってかけがえがなかったはずだ。
「隣に立つ相手は、キミ以外には在り得ない」「私は隣にあんた以外を置くつもりはない」
二人で一つの形を取る彼等は、白と黒の両翼を広げてイッシュを舞う二人は、誰よりも輝いていた。少なくとも私にとって、彼等以上の二人組などいるはずもなかった。

そんな彼が、私を褒めている。片割れにないところを見つけては笑顔になっている。そうした彼の姿は私を少しばかり不安にさせた。
まさかこの比翼の間に不穏なことなど起こるはずがないと思いながら、それでも、何かあったのだろうかと考えてしまったのだった。
けれども彼は驚いたようにその目を見開き「喧嘩? していないよ」と告げてくれたので、そして彼が嘘を吐かないことをとてもよく知っていたので、
私は「なあんだ」とすっかり安心してしまって、それならば先程のそれはこの不思議な人の気紛れに過ぎなかったのだろう、と結論付けることができた。

「叱られたり蹴られたりすることはあるけれど、それが二人の間に亀裂を生んだことはなかったはずだ。今だってそうだよ」

「それならよかった。ねえ、私に今したように、トウコちゃんにもトウコちゃんの素敵なところをいっぱい伝えてあげてね。きっと喜ぶから」

「……どうかな、キミにするようにはできないかもしれない」

それでも、彼らしくない小さな声でゆっくりとそう発せられたのを機に、再び私の不安はぶり返してしまう。
私は縋るように、隣を歩く彼を見上げて、どうして、と尋ねようとして……。

「……」

彼が口元を抑え、顔を赤くして眉根を下げているところを見てしまった。

この人は、この人は。
自分が先程、どれだけ恥ずかしいことを口にしていたのかということを、相手をトウコちゃんに置き換えなければ理解することができないのだ!
私には躊躇いなく淀みなく告げていた称賛の文句を「同じように」「トウコちゃんへ」告げることがどうしてもできないのだ!
想いが過ぎて、気恥ずかしくなってしまうのだ。彼にとってトウコちゃんはそれ程の相手であり、それこそが、私になくてトウコちゃんにあるものの全てなのだ!
彼の顔色がその事実をあまりにも雄弁に示していた。ちゃんとこの人の片割れは他の誰でもない彼女なのだと確信できてしまった。
私はそれがどうしようもなく嬉しかった。嬉しかったのだ。

「あれ、どうしたの? もしかして「恥ずかしく」なったのかな」

先程の台詞をそっくりそのまま返してみれば、嘘を吐けない彼は口元を覆っていた手を頭の後ろに回して、照れたように笑いながら「よく分かったね」と返した。
ああ、こんな彼を知れば、トウコちゃんはどんな顔をするだろう。

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