(新連載、更新はまだ先ですが一部だけ紹介)

セイボリー:7さいのすがた 捏造過多 夢主≠主人公

 綺麗なブロンドがお日様に反射してキラキラと瞬いていて、羨ましく感じたことを覚えている。その頃の彼はまだあの丸い眼鏡をかけておらず、そのため大きな二つの水色はガラスに遮られることなく煌々とそこに在った。この町では宝石にまで足が生えて動くのか、などと思いさえしたのだった。
 彼が右手で宙を掴み、くいと手繰り寄せるようにすれば、触れてもいないのにドアがゆっくりと閉まっていく。町の人が見ようものなら一斉に褒めはやしにかかるであろう、見事な超能力だった。でもそんな異能の力について、当時ついぞ馴染みのなかった私は、

「それをやめて、気持ち悪い」

 このように、思うことしかできなかった。
 彼はその水色を益々大きくした。自慢としているのであろうその力について、僻みを受けたことはあっても嫌悪されたことなどついぞない、といった表情であった。ショックや憤りなどよりも、ただ純粋な驚きが勝っているように見えた。そして実際に「そう」であった。昨日教わった通りに、ふっと息を止めつつ目を閉じれば、彼の純朴な感情はそのまま私のものになってしまった。
 嫌だ、嫌だ。気持ち悪い。こんなものがなければ、私は此処に連れてこられることなんかなかったのに。

 頭の中に直接、私のものではない「心地」を流し込まれる感覚。物心ついた時から、当然のように使っていたこの力。それに「テレパシー」などという気味の悪い名前が付いたのがつい昨日のこと。「サイノウあるチカラのホゴのため」などと喚き立てた見知らぬ大人たちに、私の意思もお母さんの言葉も全て無視して力づくて連れてこられたのも、昨日のこと。大好きなお家に二度と戻れない。お母さんのご飯だって二度と食べられない。そうした事実を認めたくなくて夜通しずっと泣き続けて、疲れて眠ってやっとのことで目を開けたのが、ついさっきのこと。そんな矢先にこの部屋へと入って来た男の子は、あまりにもあっさりと自らの「心地」をこちらへと明け渡してきたのだった。

 昨日からの騒動とこの男の子は無関係。私がこんなところにいるのは彼のせいじゃない。分かっていても私はこの感情を、私のものではない「心地」が私の中にあるという状況を強く、つよく憎みたかった。慌てて息を乱暴に吐き出し、この心地を、おそらくは目の前にいる彼の心地を頭の中から追い出そうと努めた。

「えっ、ごめんなさい! これ、嫌いだった?」
「そうよ、好きじゃない。だからちゃんと次からは手でドアを開けて」

 彼は大きく頷いた。こちらが拍子抜けてしまう程の、あまりにも純朴な仕草だった。同い年であった私でも、いい子だなあ、と思ってしまう程度には、当時から彼は素直で純粋で誠実だった。
 けれどもその後の行動は少し面白かった。というのも、彼は自らの超能力で閉めたはずの扉を今度は再び手で開けて部屋の外へと出ていき、先程のそれをやり直すかのようにコンコンとノックをしたからだ。
 翌日以降の訪問を指して「次からは」と告げたつもりだったのだけれど、まさか今すぐにリトライを挟んでくるとは思わなかった。思わず笑い出しそうになっていると、扉を挟んだことにより少し曇りを含んだ彼の声が、聞こえてきた。

「入ってもいい? えっと……その」

 私の名前を呼びあぐねているのだ。困惑が扉を透けてこちらにまで飛び込んでくる。つい先程は不快だと感じたばかりだというのに、次に私の頭を満たしたそれはただ涼しく心地の良いものだった。
 きっと私が名前を伝えれば、彼は喜んでくれる。その甲高い声で私の名前を嬉しそうに告げてくれるに違いないのだ。そして実際、私にはそう「見えて」いた。

「私は××。どうぞ?」
「うん、じゃあ入るね、××」

 そっと扉が開く。彼の小さな手が、大事な宝物を包むようにぎゅっとドアノブを掴んでいる。そのままくるりと向きを変えて、同じように扉をゆっくりと閉める。パタ、と、おおよそ分厚い木の扉が閉まったとは思えないような、軽く優しい音がした。彼が尋常ならざる繊細な手つきで扉を動かしていたことが窺い知れる、とても静かな音だった。
 常日頃からものを「触れずに動かす」ことに慣れすぎている彼は、実物に触れる加減というものがよく分かっていないらしい。私はそう推測した。そして実際、私にはそう「見えて」いた。ドアノブというものに自らの手で触れる。そのことに対する幼い不安が私の頭に流れ込んでくる。不思議なことにもう一切、不快ではなかった。

「これでいい? 大丈夫? もう嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。でも……ふふ、今、やり直してくれるなんて思わなかった」

 思わず笑い声が漏れた。すると彼もとろけるようにその目と口に弧を描いた。どういった意味の笑顔なのかは、探りを入れる必要もなく「感情」としてやはり頭の中へと飛び込んでくる。歓喜、安堵、ほんの少しの……期待? いや違う、あれは、何だったのだろう?
 当時の私には分類しかねる感情もその中には含まれていた。けれどもこんなにも嬉しそうな顔の裏に隠した何かが悪いものであるはずがないと、出会ったばかりの男の子相手に私はそう確信してしまっていたのだった。それ程までに彼の「心地」は純朴で、裏表がなく、ひたすらに真っ直ぐだった。他のどんな人の「心地」を頭の中に飼っているときよりも安心できた。彼の魂の清さを、私は私のずっと奥深くのところで信じていた。この日から、ずっとそうだった。

(七夕までに更新完了させたい)

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